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4章
希望と絶望
しおりを挟む手紙を読み終えると、息が詰まりそうになるほど驚きに打たれた。あまりに衝撃な内容に手紙を持つ手が震えている。
「鬼の子に接吻キスされた者は死す」
幼い頃から言われ続けてきた呪い。
それが偽物だったとこと――?
実際の呪いは、命を授ける。だなんて。
この手紙の信憑性はどのくらいあるのだろう。
「花純……花純! 大丈夫?」
分からないことだらけで、頭の中がパンク寸前だった。私は母の声でハッと我に返る。
「混乱しちゃって……」
「混乱して当然よ。お母さんとお父さんが調べた情報を説明してもいい?」
ゆっくり頷いた。
「200年前の女児の鬼の子は、『鬼の子に接物キスされたものは命を授かる』この呪いのせいで、欲のある人達に襲われたり、家臣達もたくさん亡くなり悲劇が起きてしまった。その悲劇を繰り返さないために、"偽物"の呪いを、作り上げた……」
「長生きしたい"欲"のために、10歳の子に大勢の人が襲いかかったってこと?」
「信じられないけど、そうみたいね。人の欲は怖いと改めて思い知らされたわ。この手紙が本物だとすると、花純が生まれた頃から言われ続けてきた『鬼の子に接吻キスされた者は死す』この呪いは、作り上げられた嘘だということ」
人を殺してしまう呪いが作り上げられた嘘なら、喜んでいいはず。それなのに、素直に喜べない。
物心つく前から言われ続けた呪いは私の心に鎖のように絡みついている。
「お父さんとお母さんは、またこの200年前の悲劇が起きたら……花純の身に危険が襲いかかってきたら、って考えたら、怖くて仕方なかったの」
命を授かる呪いが本物なら、それを欲する人々は後を絶たないだろう。200年前の悲劇。長生きしたい欲を持った人たちが、私を襲いに来るかもしれない。少し想像しただけで、恐ろしくて全身身震いがした。考えたくないけど、200年前に起きたのなら令和の現在だって起こるかもしれない。
「だから、花純にすぐには言えなくて……」
母と父は呪いのことを抱え込んで、たくさん格闘したんだろう。そう思うと胸がキュッと締め付けられる。
頭の中で言われた言葉達を整理しながら、ハッと気づいた。「鬼の子の呪いが命を授ける」なら、死を待つだけの綱くんを助けることが出来るかもしれない。奇跡とも感じるこの出来事に、興奮してその場から乱暴に立ち上がった。
綱くんを助けられるのではないかという希望が、全身を稲妻のように駆け巡る。
「お母さん、私助けたい人がいるの」
「助けたい人って?」
「実は、好きな人がいて……彼は癌で緩和ケア病棟に入院してる。手の施しようがなくて、死を待つだけなの」
「もしかして、蔵に忍び込んだ時に一緒にいた彼?」
「う、うん」
勢いで好きな人がいると言ってしまったけど、冷静になると途端に恥ずかしくなり顔が俯く。
何か考えてるような顔をして数秒の無言が続く。そして、難しそうな顔をしながら言葉を発した。
「花純、ここからが1番の問題なの。200年前の出来事だから、生存者がいない。証拠はそれぞれの書物のみ。どちらも"確実"な証拠がないの」
「……」
「つまり、鬼の子の呪いが『接吻キスされた者は死す』なのか。『接吻された者は命を授かる』なのか。どちらの呪いが真実なのか、誰にも分からないってこと」
全身を駆け巡った希望が、一瞬で消えて無くなった。希望を持ってしまった反動で、頭が揺れるようにショックを受ける。
いくら調べても、どちらが本当かという確実な証拠は出てこなかったらしい。
呪いの確証がない以上。綱くんの命を助けたくてキスをしたら、私の手で殺してしまうかもしれないということだ。
そんなこと……出来る訳ない。そんな勇気は持ち合わせていない。
自分の部屋に戻り1人で頭を抱え込んだ。情報量が多すぎてパンク寸前の頭の中を必死に整理した。
幼い頃から言われ続けた『鬼の子に接吻キスされた者は死す』
この呪いの他にもう一説が現れた。『鬼の子に接吻キスされた者は命を授かる』
人を殺してしまうかもしれない呪いと、人の命を延ばすことの出来る呪い。まるで、正反対の呪いのことが記されている書物が見つかった。
後者の呪いなら、死を待つだけの綱君の命を、助けることが出来るかもしれない。
素直に喜べないのは、この呪いの信憑性が分からないからだ。
どちらの呪いが本当で、どちらの呪いが作られた嘘なのか。200年前を知る人が生存していない現在、誰にも分からないことだった。
綱くんの命を助けることが出来るかもしれないという希望と、私が殺してしまうかもしれない恐怖。考えても、考えても、答えが出なかった。綱くんを助けようと、私が接吻をして。もし、呪いが後者だった場合、私が大好きな人を殺してしまうことになる。
そんな博打を打てる人がいるのだろうか。私には出来ない。大切な人を殺めてしまうかもしれないなんて、そんなこと出来る人がいるなら、教えて欲しい。私には荷が重すぎた。未知の恐怖に身が震えた。
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