鬼の子

柚月しずく

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3章

破られた歴史

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 外出ると肌に当たる風が冷たい。風に木の葉が揺さぶられている。9月半ばになると、夕方は一段と冷える。やっと残暑が終わったかと思えばもう一気に秋だ。

 今日という1日は、経験したことのない夢のような時間だった。
 みんなとスポーツが出来たこと。たくさんの人に声援を送られ応援されたこと。楽しすぎてあっという間に過ぎ去ってしまった。

 満ち足りた気持ちは言葉1つでどん底につき落とされる。

「お前さ、なに球技大会とか出ちゃってんの?」
「……」

 私が球技大会に参加したことが納得いかないような顔をして、冷ややかな視線向けてくる。さっきまでの満ち足りた感情が抜け落ちて行く。

「……クラスの了承得たんだからいいでしょ」

 決死の反発も、鼻で笑い飛ばされた。

「あいつが転校してきて、ちょっと味方されたくらいで調子乗ってんのか?」
「……綱くんのこと?」
「同情で味方されてんのに、そこまで調子乗れる花純って……すげぇな。馬鹿だろ」

 光希の言葉は居心地が悪い。激しい嫌悪感を抱く。
 隣から漂う空気がピリピリしていて、今日は特に機嫌が悪そうだ。

「あいつだって、三年の二学期に転校してくるなんて、なんか訳ありだろ? 前の学校で暴行事件とかやらかしたりしてな」
「綱くんはそんな人じゃないよ。憶測でそういうこと言わないで」
「あ?  お前、本性知らないだけじゃねえの?」
「綱くんはそんな人じゃないよ! 光希の方が知らないくせに、悪く言わないで」
「お前、あいつに洗脳でもされてんのかよ。絶対ヤバい奴じゃん。明日学校中に言いふらしてやる」
「やめて……」

 私の訴えに聞く耳を持たず、スタスタと歩いて行く。苛ついている様子の光希を見ると、有る事無い事変な噂を言いかねないと思った。
 自分のことは良くても綱くんのことを悪く言われるのは、どうしも許せなかった。
 そして、今日は幸せなことがありすぎた。幸せすぎて私の感覚を狂わせた。
 
「ねえ! 綱くんのこと、でたらめな悪口を言いふらしたりしないでよ? ねえ!」
 
 聞く耳を持たない光希に苛立ち、勢いで腕を掴んでしまった。
 触れたと同時に、本物の鬼のような血相で腕を思い切り振り払われた。その力は凄まじく、払われた腕ごと私の身体は宙に浮いた。お尻から尻餅をつく。

「おい! なに触ってんだ! 穢らわしい! 俺に触るな! 殺人鬼!」

 光希の言葉が心に鉛のように重くのしかかる。尻餅をついたお尻よりも、心の方が痛かった。
 ぞっとするような表情で、汚いモノを見るような目で睨んでくる。
 綱くんが普通に触れてくるのが日常化してしまい、感覚が狂っていたのかもしれない。間違いを犯したのは私だ。腕に触れた私が完全に悪い。

 立ち上がれない私を見下ろす眼差しが、凍るように冷たくて身体が震える。

「お前、なに勘違いしてんだよ。お前は人を殺すかもしれない殺人鬼なんだぞ? なに普通に話して、腕掴んでんだよ? そんな権利お前にないだろ」
 
 光希の言葉は鞭のように心を叩いていく。私が触れてしまった。悪いのも事実だ。幸せボケをしてしまった心は、また暗い闇に覆われていく。

 私の目の前で仁王立ちをして見下ろされる。まるで私たちの関係性を表すようだった。孤独に追いかけられる。抜け出せたと思っていたのは幻想だった。これが現実だ。頭の上から耳を塞ぎたくなるような暴言が降ってくる。言葉に蹴落とされ、立ち上がりたいのに立ち上がれない。


 「――花純っ」
 
 遠くから声が聞こえてくるような錯覚に陥る。
 きっとまた幻想だ。自分に都合のいい幻想だ。だって、この声は――。

「花純! 大丈夫か?」
 
 俯いて地面しか映っていなかった視界を広げる。顔を上げると目の前には、しゃがみ込み顔を覗き込む綱くんがいた。

「本物――?」
「なんだよそれ」

 ふっと軽く笑う。本物だ。
 ただ顔を見ただけで、ただ声を聞いただけで、心を覆っていた闇が晴れていく。
 
「やっぱり心配で……病院に行ってみたら、今帰ったって言われて……。光希……くん? 女の子が尻餅着いたら手を貸すのが男だろ?」
「なっ。そいつは女じゃねーだろ、鬼の子だろ」
「女の子だよ。立派な女の子だろ」
「呪われてる鬼の子なんて、人間じゃねーよ」
「……」

 綱くんは急に黙り込み、なにか考えるような表情を浮かべている。

「あのさ、鬼の子の呪いって誰が言ったの?」
「言ったんじゃねーよ。そもそも呪われた鬼の子が産まれるなんて200年ぶりなんだよ。知るやつ生きてるわけねーだろ。鬼王家に伝わる書物に記されていたんだ」
「それって、確実なわけ? 呪いなら……その呪いを解く方法はないのか?」

 改めて聞かれると答えが分からなかった。
 幼い頃から、「呪われた鬼の子に接吻された者は死ぬ」
 そう何度も言われ続けてきたので、事実なのだと疑うことがなかったからだ。

「確実かと聞かれると……誰にも分からない。令和の現在、知ってる人がいないから……」

 ――鬼の子の呪いを解く方法。
 考えた事がないわけではない。鬼王家に産まれたのだから、鬼の子の呪いは背負っていかないといけないとばかり考えていた。

 鬼の子の呪いを解く方法があるかもしれないという可能性は、考えないようにしていた。期待や希望を持つほど、辛くなることを知っていたから。


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