19 / 45
2章
黒い心
しおりを挟む試合再開後、しばらくは何も問題なかった。
相手チームはやけにアイコンタクトを取り合い、嫌な笑みを浮かべる。
ドンッという音と、右肩に鈍い痛みが走る。痛みでしゃがみ込む。
何が起きたのか直ぐには理解できなかった。
コロコロと私の足元を転がるバスケットボールが視界に映り、ようやく状況を把握した。
右肩の鈍い痛み、足元をコロコロと転がるボール。どうやら、ボールを肩にぶつけられたらしい。
「ごめんなさい。わざとじゃないの! ね?」
猫撫で声で私を心配したふりをするのは、さっきまで文句を言っていた彼女だった。
「ちょっと! 今の絶対わざとでしょ? 鬼王さん、肩大丈夫?」
「……うん。ちょっと痛いくらい」
一ノ瀬さんや、チームメイトが心配して駆け寄ってきてくれた。
「本当ごめんね? 手が滑っちゃって……」
「絶対わざとでしょ?!」
ニヤリと口元を緩めながら話す彼女を、一ノ瀬さんは睨みつけながら詰め寄る。
「だ、大丈夫だから」
今にも喧嘩が始まりそうだったので、ズキンと痛むのを我慢して平気なフリを装った。
わざとじゃないかもしれない。真意は分からないけど、問題を大きくしたくなかった。
きっと大丈夫。故意じゃない。事故だ。自分に言い聞かせて、淡い期待と共に試合は再開された。その期待はすぐに砕け散る。
「……いっ」
試合が再開された数十秒には、またボールが右肩に当たった。今度はさっきより至近距離なので、痛みは何倍も強かった。敵のチームメイトは、痛がる私を見てニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。
これは、故意でぶつけられてる。
そう認めざるを得なかった。
直接的にぶつかる嫌がらせはしてこない。おそらく呪いを恐れて触れたくないのだろう。
その代わり、何度も強い力が込められたボールが飛んできた。
誰が見ようと明らかに違反なのに、審判は目線を逸らして知らないふりをする。それを見ている先生たちも知らんふりだ。理由は分かる。私が鬼の子だから。
さすがの私も、こんなに何度もわざとボールをぶつけられて、お咎めなしは悔しい。
でも、鬼の子の呪いがあるのに、試合に出た私が悪いのかも知れない。戸惑いと肩の痛みで、心と顔が俯いてしまう。
「鬼王さん、保健室で休む?」
「大丈夫?」
バスケチームのみんなが心配してくれている。それだけで、心がジーンと温まっていくのが分かる。
「ありがとう……」
何度もボールを投げつけられた方は痛みが次第に強くなってきている。正直痛みが強くて立っているのがやっとだ。身体のことを考えるなら、今すぐ棄権するべきだ。そう分かっているけど、このままでは悔しい。
私は俯き、他のメンバーも戸惑っている様子で頭を抱えていた。
そんな私たちに声が降りてくる。
「おい! 正々堂々とやれ!」
「スポーツマンシップに反するぞ!」
「鬼の子は棄権しなくていいから!」
コート外からヤジが飛ぶ。フォローの言葉を投げかけてくれたのは、バスケを応援していたクラスメイトだった。その声援に答えるように俯いていた顔をあげて立ち上がる。
「スポーツマンシップに乗っとれー」
「気にすんな! シュート打て!」
「鬼の子、シュート上手いじゃん!」
「肩大丈夫か?」
「やり方が汚いぞ!」
「わざとボールぶつけるとけ、ださいぞ!」
コート外のクラスメイトからだけだった声援は、次第に広がり、他のクラスの生徒も擁護の言葉を投げかけた。私に対して中傷の野次を飛ばしていた人達が、手のひらを返したように、今は声援を送ってくれている。
どの種目よりも、注目の的となっている。向けられる視線も、試合が始まった時の何倍にも増えていた。
でも、突き刺さる視線が嫌ではなかったのは初めてだ。
今まで私に向けられてきた視線は、悪口や中傷を言われた時で、嫌な記憶しかなかった。
そんな私が、今は応援されている。
応援されて、嫌な気持ちになる訳がなかった。
私が、応援されてる――。
鬼の子の私が。
心の底から喜びが込み上げてきてしまって、緩む表情を抑えるのに必死だった。嬉しくて笑ってしまうと同時に、涙が込み上げてきそうになる。泣かないように唇を噛んだ。
さまざまな感情が喧嘩をして、私の顔は百面相のように表情が、コロコロ変わっていたと思う。
「私、このまま試合に出ていいかな?」
「肩は大丈夫?」
「うん、このままじゃ悔しいから、試合に出たい!」
庇ってくれた一ノ瀬さん、コート外から味方してくれたクラスメイト、応援してくれた人たち。
みんなの想いに応えたい。拳をぎゅっと握って、精一杯、今の自分の気持ちを声にした。
「よし。頑張ろう!」
そんな私に優しい眼差しを向けて、頷くチームメイト。私は棄権する事なく、試合を続けることになった。
「頑張れ――」
「負けるな――」
コート外も声援で湧き上がる。気づくと沢山の人が私のクラスに声援を送り応援してくれている。
騒つく人だかりの中に、人一倍嬉しそうに笑っている綱くんの姿が目に映った。
そんな姿を見て、私も一瞬で笑顔になる。
ホイッスルの合図と共に試合が再開された。
相変わらず私はノーガードで、手元が空いているので、ボールさえ渡ればこっちのものだった。
「ずるい」「卑怯」と言われたって、もう気にしてなんかやらない。
確かにずるいかもしれないけど、わざとボールを当ててくるような卑怯な真似はしていない。
ルール違反もしていない。
正々堂々とシュートを打とう。
「鬼王さん!」
一ノ瀬さんがドリブルで運んでくれたボールを、今度は私が点に繋げたい。
投げられたボールをキャッチすると、ぐっと力を込めてゴール目掛けてシュートを打つ。
綱くんとたくさん練習して、身につけた綺麗なフォーム。私の手から離れたボールは、ゴールに吸い込まれていくようにネットに落ちた。
「おお――」
「よしっ!」
「いいぞ!」
見事にシュートが成功した。と同時に歓声が沸き起こる。歓声が大きなうねりとなって、空気が揺れ動く。聞こえてくる歓声の大きさに驚いて、辺りを見渡すと、試合を見ている人の人数が格段に増えていた。
ピ――。
試合終了の合図のホイッスルが鳴り響く。
16対12でギリギリの点差で勝利を収めた。
「きゃあ――!」
「やったあ――!」
試合に出ていた私たちだけに留まらず、試合を見ていたギャラリーも大いに盛り上がっている。彼方此方から歓声が沸き上がる。
私は歓声の渦の中心にいる。こんなに応援してもらえて、たくさんの歓声を浴びるの初めてだ。いじめられっ子の鬼の子がヒーローになったみたいな錯覚に陥る。
心に湧き上がるワクワクが収まらない。
「試合に出してくれてありがとう」
興奮が冷め切らない私は、興奮して目が見開いていたと思う。そんな私を見てもみんなは、笑顔で迎えてくれた。
「お疲れ様!」
「鬼王さん、シュート上手かったね!」
あたたかい言葉に迎えられて喜びを分かち合う。心が充実感で満たされる。
興奮した気持ちを抑え込み、1番にお礼を伝えたい人を探した。この嬉しい気持ちを全部、全部伝えたい。コート外をキョロキョロと見回す。人が群がっている中から、ある人を探していた。
みんなお揃いの運動着を着て、たくさんの人混みの中から、彼をすぐ見つけることが出来た。
いつもの気だるげそうな雰囲気を身にまとう彼の姿を見つけた。途端に私は嬉しくなって、急いで駆け寄る。私が凄い勢いで走ってくるものだから「おぉ」と小さい声を出して驚いていた。
「綱くんありがとう! 綱くんのおかげで、初めて球技大会に出られたし、初めてバスケの試合が出来た。初めて同じクラスの人に笑って話しかけられて……。綱くんのおかげで今日だけで初めてのこと、たくさん経験出来たよ!」
興奮して思わず早口でまくし立てる。そんな私を見て、目を見開いて驚いて、次の瞬間には目を細めて笑った。
「見てたよ。よく出来ました!」
綱くんの大きな手で、私の頭をグシャっと撫でた。髪がボサボサに乱れる。髪が乱れても嫌な気持ちになんて一切ならずに、私のトキメキ数値が上がるのだった。
乱れた髪を治しながら、綱くんに視線を戻すと、あまりにも綺麗な顔で笑っていて、直視出来ずに慌てて目を逸そらした。そんな私を見て彼はまた笑うのだった。
笑い合っている私達に視線が集まっている事に、全然気づかずにいた。ヒソヒソ声が聞こえてきて周りに目線を送ると、私達を見ている人たちと視線が重なる。そこでようやく、たくさんの人から見られていた事に気が付いた。
「おいー」
「こんなところでイチャつくなよ!」
球技大会というイベントで、みんなテンションがハイになっている。冷やかしの声があちこちから飛ぶ。冷やかしの声は笑い声も混じっているので、本気ではなく、からかいの冷やかしだと感じる。
「あー、めんどい。そういうの。花純、保健室行くぞ」
眉間に皺を寄せ、露骨に嫌な顔をする。不機嫌だと言わんばかりに舌打ちもセットだ。
綱くんは冷やかされたりするのを極端に嫌いそうだ。皆の前で話しかけるべきではなかったかもしれない。試合に勝った喜びで気持ちが昂り、独りよがりだったと自分を責めた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
若紫の君と光源氏になれない僕
いなほ
青春
❀平安時代や『源氏物語』に詳しくない方でもお楽しみいただけるようになっています❀
「生きる意味って何?」と思っている人、夢に一歩踏み出せない人に読んでほしい、もちろんそれ以外の人にも。
この時代には超えてはいけないものがある。破ってはいけないものがある。
たとえ光源氏になれなくても。
僕は……あなたの願いを叶えたいんだ。
時は平安時代。源氏物語が記された一条帝の治世から少し時を経た頃。
朝廷で下級役人として働く雅行は「歌嫌い」で、何事にも興味を示さない青年だったが……。
「桜を見せてはいただけませんか?」
自分を助けてくれた少女の願いを知った時から、雅行の心は少しずつ変わり始めていた――その時。
雅行の前にある人物が現れる。人知を超える「桜」の力で現れたというその人物は雅行が最も知りたくない真実を雅行に告げるのだった。
偽ることのできない自分の心と、自らと少女の間にある決して越えられない壁。
それを目の当たりにした先に、雅行は何を選ぶのか――?
「桜」を巡る思惑のなかで、「若紫」を映した少女と「光源氏」にはなれない青年が秘められていた自分の願いと生きる意味を見出していく、平安青春ファンタジー。
・カクヨムでも掲載しています。
・時代考証は行なっておりますが、物語の都合上、平安時代の史実とは違う描写が出てくる可能性があります。
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ライトブルー
ジンギスカン
青春
同級生のウザ絡みに頭を抱える椚田司は念願のハッピースクールライフを手に入れるため、遂に陰湿な復讐を決行する。その陰湿さが故、自分が犯人だと気づかれる訳にはいかない。次々と襲い来る「お前が犯人だ」の声を椚田は切り抜けることができるのか。
優秀賞受賞作【スプリンターズ】少女達の駆ける理由
棚丘えりん
青春
(2022/8/31)アルファポリス・第13回ドリーム小説大賞で優秀賞受賞、読者投票2位。
(2022/7/28)エブリスタ新作セレクション(編集部からオススメ作品をご紹介!)に掲載。
女子短距離界に突如として現れた、孤独な天才スプリンター瑠那。
彼女への大敗を切っ掛けに陸上競技を捨てた陽子。
高校入学により偶然再会した二人を中心に、物語は動き出す。
「一人で走るのは寂しいな」
「本気で走るから。本気で追いかけるからさ。勝負しよう」
孤独な中学時代を過ごし、仲間とリレーを知らない瑠那のため。
そして儚くも美しい瑠那の走りを間近で感じるため。
陽子は挫折を乗り越え、再び心を燃やして走り出す。
待ち受けるのは個性豊かなスプリンターズ(短距離選手達)。
彼女達にもまた『駆ける理由』がある。
想いと想いをスピードの世界でぶつけ合う、女子高生達のリレーを中心とした陸上競技の物語。
陸上部って結構メジャーな部活だし(プロスポーツとしてはマイナーだけど)昔やってたよ~って人も多そうですよね。
それなのに何故! どうして!
陸上部、特に短距離を舞台にした小説はこんなにも少ないんでしょうか!
というか少ないどころじゃなく有名作は『一瞬の風になれ』しかないような状況。
嘘だろ~全国の陸上ファンは何を読めばいいんだ。うわーん。
ということで、書き始めました。
陸上競技って、なかなか結構、面白いんですよ。ということが伝われば嬉しいですね。
表紙は荒野羊仔先生(https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/520209117)が描いてくれました。
学園制圧
月白由紀人
青春
高校生の高月優也《たかつきゆうや》は、幼馴染で想い人の山名明莉《やまなあかり》とのごくありふれた学園生活を送っていた。だがある日、明莉を含む一党が学園を武力で占拠してしまう。そして生徒を人質にして、政府に仲間の『ナイトメア』たちを解放しろと要求したのだ。政府に対して反抗の狼煙を上げた明莉なのだが、ひょんな成り行きで優也はその明莉と行動を共にすることになる。これは、そんな明莉と優也の交流と恋を描いた、クライムサスペンスの皮をまとったジュブナイルファンタジー。1話で作風はつかめると思います。毎日更新予定!よろしければ、読んでみてください!!
Toward a dream 〜とあるお嬢様の挑戦〜
green
青春
一ノ瀬財閥の令嬢、一ノ瀬綾乃は小学校一年生からサッカーを始め、プロサッカー選手になることを夢見ている。
しかし、父である浩平にその夢を反対される。
夢を諦めきれない綾乃は浩平に言う。
「その夢に挑戦するためのお時間をいただけないでしょうか?」
一人のお嬢様の挑戦が始まる。
光属性陽キャ美少女の朝日さんが何故か俺の部屋に入り浸るようになった件について
新人
青春
朝日 光(あさひ ひかる)は才色兼備で天真爛漫な学内一の人気を誇る光属性完璧美少女。
学外でもテニス界期待の若手選手でモデルとしても活躍中と、まさに天から二物も三物も与えられた存在。
一方、同じクラスの影山 黎也(かげやま れいや)は平凡な学業成績に、平凡未満の運動神経。
学校では居ても居なくても誰も気にしないゲーム好きの闇属性陰キャオタク。
陽と陰、あるいは光と闇。
二人は本来なら決して交わることのない対極の存在のはずだった。
しかし高校二年の春に、同じバスに偶然乗り合わせた黎也は光が同じゲーマーだと知る。
それをきっかけに、光は週末に黎也の部屋へと入り浸るようになった。
他の何も気にせずに、ただゲームに興じるだけの不健康で不健全な……でも最高に楽しい時間を過ごす内に、二人の心の距離は近づいていく。
『サボリたくなったら、またいつでもうちに来てくれていいから』
『じゃあ、今度はゲーミングクッションの座り心地を確かめに行こうかな』
これは誰にも言えない疵を抱えていた光属性の少女が、闇属性の少年の呪いによって立ち直り……虹色に輝く初恋をする物語。
※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』でも公開しています。
https://kakuyomu.jp/works/16817330667865915671
https://ncode.syosetu.com/n1708ip/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる