鬼の子

柚月しずく

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2章

黒い心

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 試合再開後、しばらくは何も問題なかった。
 相手チームはやけにアイコンタクトを取り合い、嫌な笑みを浮かべる。
 ドンッという音と、右肩に鈍い痛みが走る。痛みでしゃがみ込む。

 何が起きたのか直ぐには理解できなかった。
 コロコロと私の足元を転がるバスケットボールが視界に映り、ようやく状況を把握した。
 右肩の鈍い痛み、足元をコロコロと転がるボール。どうやら、ボールを肩にぶつけられたらしい。


「ごめんなさい。わざとじゃないの! ね?」

 猫撫で声で私を心配したふりをするのは、さっきまで文句を言っていた彼女だった。

「ちょっと! 今の絶対わざとでしょ? 鬼王さん、肩大丈夫?」
「……うん。ちょっと痛いくらい」

 一ノ瀬さんや、チームメイトが心配して駆け寄ってきてくれた。


「本当ごめんね? 手が滑っちゃって……」
「絶対わざとでしょ?!」

 ニヤリと口元を緩めながら話す彼女を、一ノ瀬さんは睨みつけながら詰め寄る。


「だ、大丈夫だから」

 今にも喧嘩が始まりそうだったので、ズキンと痛むのを我慢して平気なフリを装った。
 わざとじゃないかもしれない。真意は分からないけど、問題を大きくしたくなかった。
 
 きっと大丈夫。故意じゃない。事故だ。自分に言い聞かせて、淡い期待と共に試合は再開された。その期待はすぐに砕け散る。


「……いっ」

 試合が再開された数十秒には、またボールが右肩に当たった。今度はさっきより至近距離なので、痛みは何倍も強かった。敵のチームメイトは、痛がる私を見てニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。

 これは、故意でぶつけられてる。
 そう認めざるを得なかった。

 直接的にぶつかる嫌がらせはしてこない。おそらく呪いを恐れて触れたくないのだろう。
 その代わり、何度も強い力が込められたボールが飛んできた。
 誰が見ようと明らかに違反なのに、審判は目線を逸らして知らないふりをする。それを見ている先生たちも知らんふりだ。理由は分かる。私が鬼の子だから。


 さすがの私も、こんなに何度もわざとボールをぶつけられて、お咎めなしは悔しい。
 でも、鬼の子の呪いがあるのに、試合に出た私が悪いのかも知れない。戸惑いと肩の痛みで、心と顔が俯いてしまう。


「鬼王さん、保健室で休む?」
「大丈夫?」

 バスケチームのみんなが心配してくれている。それだけで、心がジーンと温まっていくのが分かる。


「ありがとう……」


 何度もボールを投げつけられた方は痛みが次第に強くなってきている。正直痛みが強くて立っているのがやっとだ。身体のことを考えるなら、今すぐ棄権するべきだ。そう分かっているけど、このままでは悔しい。
 私は俯き、他のメンバーも戸惑っている様子で頭を抱えていた。
 そんな私たちに声が降りてくる。

 
「おい! 正々堂々とやれ!」
「スポーツマンシップに反するぞ!」
「鬼の子は棄権しなくていいから!」

 コート外からヤジが飛ぶ。フォローの言葉を投げかけてくれたのは、バスケを応援していたクラスメイトだった。その声援に答えるように俯いていた顔をあげて立ち上がる。


「スポーツマンシップに乗っとれー」
「気にすんな! シュート打て!」
「鬼の子、シュート上手いじゃん!」
「肩大丈夫か?」
「やり方が汚いぞ!」
「わざとボールぶつけるとけ、ださいぞ!」

 コート外のクラスメイトからだけだった声援は、次第に広がり、他のクラスの生徒も擁護の言葉を投げかけた。私に対して中傷の野次を飛ばしていた人達が、手のひらを返したように、今は声援を送ってくれている。

 どの種目よりも、注目の的となっている。向けられる視線も、試合が始まった時の何倍にも増えていた。
 でも、突き刺さる視線が嫌ではなかったのは初めてだ。
 今まで私に向けられてきた視線は、悪口や中傷を言われた時で、嫌な記憶しかなかった。

 そんな私が、今は応援されている。
 応援されて、嫌な気持ちになる訳がなかった。

 私が、応援されてる――。
 鬼の子の私が。

 心の底から喜びが込み上げてきてしまって、緩む表情を抑えるのに必死だった。嬉しくて笑ってしまうと同時に、涙が込み上げてきそうになる。泣かないように唇を噛んだ。

 さまざまな感情が喧嘩をして、私の顔は百面相のように表情が、コロコロ変わっていたと思う。


「私、このまま試合に出ていいかな?」
「肩は大丈夫?」
「うん、このままじゃ悔しいから、試合に出たい!」

 庇ってくれた一ノ瀬さん、コート外から味方してくれたクラスメイト、応援してくれた人たち。
 みんなの想いに応えたい。拳をぎゅっと握って、精一杯、今の自分の気持ちを声にした。


「よし。頑張ろう!」

 そんな私に優しい眼差しを向けて、頷くチームメイト。私は棄権する事なく、試合を続けることになった。

「頑張れ――」
「負けるな――」

 コート外も声援で湧き上がる。気づくと沢山の人が私のクラスに声援を送り応援してくれている。
 騒つく人だかりの中に、人一倍嬉しそうに笑っている綱くんの姿が目に映った。
 そんな姿を見て、私も一瞬で笑顔になる。

 ホイッスルの合図と共に試合が再開された。
 相変わらず私はノーガードで、手元が空いているので、ボールさえ渡ればこっちのものだった。

「ずるい」「卑怯」と言われたって、もう気にしてなんかやらない。
 確かにずるいかもしれないけど、わざとボールを当ててくるような卑怯な真似はしていない。

 ルール違反もしていない。
 正々堂々とシュートを打とう。

「鬼王さん!」

 一ノ瀬さんがドリブルで運んでくれたボールを、今度は私が点に繋げたい。
 投げられたボールをキャッチすると、ぐっと力を込めてゴール目掛けてシュートを打つ。

 綱くんとたくさん練習して、身につけた綺麗なフォーム。私の手から離れたボールは、ゴールに吸い込まれていくようにネットに落ちた。

「おお――」
「よしっ!」
「いいぞ!」

 見事にシュートが成功した。と同時に歓声が沸き起こる。歓声が大きなうねりとなって、空気が揺れ動く。聞こえてくる歓声の大きさに驚いて、辺りを見渡すと、試合を見ている人の人数が格段に増えていた。

 ピ――。
 試合終了の合図のホイッスルが鳴り響く。
 16対12でギリギリの点差で勝利を収めた。


「きゃあ――!」
「やったあ――!」

 試合に出ていた私たちだけに留まらず、試合を見ていたギャラリーも大いに盛り上がっている。彼方此方から歓声が沸き上がる。

 私は歓声の渦の中心にいる。こんなに応援してもらえて、たくさんの歓声を浴びるの初めてだ。いじめられっ子の鬼の子がヒーローになったみたいな錯覚に陥る。

 心に湧き上がるワクワクが収まらない。

「試合に出してくれてありがとう」

 興奮が冷め切らない私は、興奮して目が見開いていたと思う。そんな私を見てもみんなは、笑顔で迎えてくれた。

「お疲れ様!」
「鬼王さん、シュート上手かったね!」

 あたたかい言葉に迎えられて喜びを分かち合う。心が充実感で満たされる。

 興奮した気持ちを抑え込み、1番にお礼を伝えたい人を探した。この嬉しい気持ちを全部、全部伝えたい。コート外をキョロキョロと見回す。人が群がっている中から、ある人を探していた。


 みんなお揃いの運動着を着て、たくさんの人混みの中から、彼をすぐ見つけることが出来た。
 いつもの気だるげそうな雰囲気を身にまとう彼の姿を見つけた。途端に私は嬉しくなって、急いで駆け寄る。私が凄い勢いで走ってくるものだから「おぉ」と小さい声を出して驚いていた。


「綱くんありがとう! 綱くんのおかげで、初めて球技大会に出られたし、初めてバスケの試合が出来た。初めて同じクラスの人に笑って話しかけられて……。綱くんのおかげで今日だけで初めてのこと、たくさん経験出来たよ!」

 興奮して思わず早口でまくし立てる。そんな私を見て、目を見開いて驚いて、次の瞬間には目を細めて笑った。

「見てたよ。よく出来ました!」
 
 綱くんの大きな手で、私の頭をグシャっと撫でた。髪がボサボサに乱れる。髪が乱れても嫌な気持ちになんて一切ならずに、私のトキメキ数値が上がるのだった。

 乱れた髪を治しながら、綱くんに視線を戻すと、あまりにも綺麗な顔で笑っていて、直視出来ずに慌てて目を逸そらした。そんな私を見て彼はまた笑うのだった。

 笑い合っている私達に視線が集まっている事に、全然気づかずにいた。ヒソヒソ声が聞こえてきて周りに目線を送ると、私達を見ている人たちと視線が重なる。そこでようやく、たくさんの人から見られていた事に気が付いた。

「おいー」
「こんなところでイチャつくなよ!」

 球技大会というイベントで、みんなテンションがハイになっている。冷やかしの声があちこちから飛ぶ。冷やかしの声は笑い声も混じっているので、本気ではなく、からかいの冷やかしだと感じる。

「あー、めんどい。そういうの。花純、保健室行くぞ」

 眉間に皺を寄せ、露骨に嫌な顔をする。不機嫌だと言わんばかりに舌打ちもセットだ。
 綱くんは冷やかされたりするのを極端に嫌いそうだ。皆の前で話しかけるべきではなかったかもしれない。試合に勝った喜びで気持ちが昂り、独りよがりだったと自分を責めた。

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