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1章
私は鬼の子
しおりを挟む「今日も、鬼の子学校来てんのかよ。神経図太いな」
「鬼の子のくせに、よく学校来られるよな」
「鬼の子と同じクラスとか本当最悪なんだけど」
窓側の1番後ろの端っこの席。クラスメイトと異様に離された場所に私の席はある。孤立された席に座り、だんまりと窓の外の景色を眺めていた。
あちこちから聞こえてくる数々の悪口は、全て私に向けられたものだ。悪口を言われるのには慣れている。慣れているというよりも、もはや日常である。私は、嫌われるようなことをやらかしたわけではない。存在しているだけで私は迷惑がられるのだ。
決して神経が図太いわけではない。顔には出さずに悪口を言われても気にも止めてないような顔をするのは、ちっぽけなプライドだった。泣いたら負けな気がして、絶対に表情に出したくなった。本当は心がボロボロで、今にも崩れ落ちそうなのに、平気なふりをして窓の外の景色を今日も眺めている。
この町で私の家系しかいない「鬼王」。
私の住んでる町は古くに鬼と縁があったらしい。特に鬼王の名を持つ者が、鬼と親しくしていたと言われている。はるか昔のご先祖が鬼と子を持ち私の家系が生まれた。と代々伝わる鬼王家の書物に記されていた。
生まれつき栗色の明るい髪色にふわふわとした毛質。頭には1cm程度の小さなツノが2本生えている。鬼の血は年々薄くなっていて、ツノは昔と比べるとだいぶ小さくなっているらしい。そのおかげで、私に生えているツノは、ふわふわとした髪の毛で隠せていた。側から見てもツノが生えていることは分からない。
だけど、人間とは違う髪色に髪質。ツノと鬼歯が生えている。
――私は正真正銘、鬼の子なのだ。
「えー、この問題分かる人。挙手してください」
「……」
「……」
現代社会の授業。皆やる気がなく、自ら挙手して答える者はいない。私は勉強が嫌いではない。友達のいない私が集中できることといえば、勉強だけだった。この問いは簡単に回答出来る。しかし、私が挙手したところで、先生が困るだけだ。私はこの教室に存在しているはずなのに、居ないものとして扱いされているからだ。
「あー、じゃあ、今日の日直! 答えてくれ」
「……」
教室がシンと静まり返った。先生は大きなミスを犯した。今日の日直は私だ。
普段なら、日直だろうが、私が名指しされることはない。先生はまさか日直が私だとは思ってもいないのだろう。自分は全く悪くないが、先生が気の毒に思えてしまう。
「日直誰だー? 今日の日直は……」
黒板に視線を移し、書かれた名前を目視して固まる。瞬時に額から汗が噴き出た。どうやら、日直が私だと知ったらしい。そして動揺しているのだろう。
「え、え、えっと、日直の人は……な、な、なーし! ははっ、鈴木、答えてくれるか? なっ? 答えられるよな?」
先生は早口でまくし立てた。私に答えさせまいと必死で、一番前の席に座る鈴木に無理やり擦り付けた。
「鬼の子、先生にも見放されてるじゃん。なんで学校くるんだろう。早くやめろよ」
「ちょっと……あんまり言うと、殺されるよ?」
「あー、そうだった。鬼の子は殺人鬼だもんね。殺人鬼と同じクラスとか、人生詰んだ」
「それなー」
あちこちから私の噂話が飛び交う。クラスメイトが私を殺人鬼と呼ぶのは話を誇張しているわけではない。真実だ。
鬼王家には、鬼の子に纏わる呪いの伝承がある。
男児は鬼に守られる、幸運の子。
女児は鬼に呪われる、呪いの子。
鬼王家には、なぜか男児しか生まれてこない。女児が生まれても呪いの子と言われ卑しめられるだけなので、女児が生まれてくることは誰も望んでいなかった。
私は、鬼王家に200年ぶりに産まれた女児だった。私は呪われた鬼の子なのだ。
呪われた鬼の子に纏わる書記にはこう記されていた。
「呪われた鬼の子に接吻キスされたものは死す」
私に接吻された者は死ぬ。
この伝承のせいで、私の人生は生まれた時から、苦難の人生が約束されているようなものだ。
私は誰かを殺してしまうかもしれない。
実際は、まだ人を殺したことはない。
しかし、私が鬼の子という事実は、みんなが私を避けるには充分な理由だ。死にたくないから私に近づいてほしくないのだ。私は誰にも望まれずに生まれた子なのだから。
窓から見える景色が変わり始める。空に夕日の赤みが交じり合っていた。今日一日、一言も口を開いていない。学校全体の生徒から避けられ、虐められている中で、一人だけ話しかけてくる奴がいる。
「花純ー、お前、またいじめられてんの? なんでそこまでして学校くんの? うけんだけど」
同じ高校に通う従兄弟の鬼王光希だ。
光希の父と私の父が兄弟。光希もまた、鬼の子だった。同じ鬼の子でも私と違うのは光希が男子ということ。これが、天と地ほどの差なのだ。
「……光希には関係ないでしょ」
「関係ねーけど。同じ鬼の子がここまで嫌われてんの迷惑なんだよな」
「それは……」
「光希様だー」
「今日もカッコいいですね」
「光希様を拝めたから良いことありそう」
光希に群がる女子たちの歓声で、私の声はかき消される。
目鼻立ちがくっきりとしていて、栗色で癖毛のようにふわふわした髪の毛。学生の中でも目を引く容姿をしている。その上、鬼の子の男児は「幸運の子」と呼ばれ、他民を幸福にするという伝承がある。
私がみんなから疎ましがられるのとは反対に、光希様と呼ばれ人が集まってくる。学校でも光希と親しくなりたい人は後を立たず、歩いてるだけで黄色い歓声を浴びるのだった。
寄ってくる人だかりに嫌な顔を一切みせずに、笑顔をキープしつつのらりくらりと対応するのは、まるで一国の王子様のようだった。鬼の子と呼ばれ、悪口暴言を言われる私とは全くの正反対だ。芸能人に憧れるように崇拝する子から、ガチ恋をする子まで幅広く人気者だった。
今まで妬まなかったと言ったら嘘になる。
同じ鬼の子なのに、扱いに差がありすぎて、妬み、僻んだことはある。
しかし最近は生きることに希望も持つことを辞めた。すると、少しだけ生きやすくなった。その代わり、希望を未来に持たない人生は、ただ息を吸い、ご飯を食べて寝る。ただそれだけだ。
いつのまにかさっきまで光希に群がっていた女子生徒がいなくなってた。せっかく離れられたのに、わざわざ私の隣に戻ってくる。
みんなの前では笑顔の仮面を貼り付けているが、私の前では本性を表す。
「花純さー。いい加減、学校やめれば?」
「……私は悪いことしてないんだから、やめないよ」
「毎日、毎日、辛くねえの?」
つらいよ。辛いに決まってるじゃん。
本音と弱音を吐き出すことは出来ない。深呼吸をして、空気と一緒に飲み込んだ。
私は高校を卒業してこの町を出て、私のことを誰も知らない町へ行く。誰にも頼らず生きていくには、それ相応の仕事につかなければならない。なので最低限の高校は卒業したいだけだ。だからどんなに酷い扱いをされても我慢し続ける。
「大丈夫。辛くないから」
「ふーん、まあ、どうでもいいけど」
「……」
「花純を見てると、自分が幸せだと思えるわ。お前が不幸すぎて」
酷いセリフを吐き捨てて、大口を開けて笑っている。光希が私を見下して、嫌味を投げつけるのはいつものことだ。いらついても仕方がないので、顔には出さずに頭の中では違うことを考える。これが対処法だ。
不幸。その言葉は私のためにあるような言葉だ。
鬼王の名を持つ私の父は、この町で1番大きいお寺の住職をして生計を立てている。1番大きいお寺といっても、お金に裕福なわけではない。母は飲食店にパートで働きに出ているし、なんら普通の家庭と変わらない。
古い時代の鬼王の名を持つ者は、他民に恐れられ権力を持ち、地位と名誉を認められ、だいぶ幅を利かせてたらしい。それも昔の話で、令和の現在は鬼王だからといって昔みたく権力がある訳ではないし、地位も名誉もなにもない。ごく普通の人間と一緒なのだ。
鬼の子と言っても、私は金棒を振り回して暴れるわけでもないし、ツノと鬼歯があること以外は普通の人と変わりない。しかしそれを受け入れてくれる人には、今まで出会ったことがなかった。
誰にも受け入れてもらえない、私は不幸モノの鬼の子だ。
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