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23 想いが通じるとき
しおりを挟む「皇女殿下は、誤解をといてくださりましたか?」
「ええ……」
「それは、よかったです。あなたに誤解されたままだと、私はとても困りますので」
胸の鼓動が、うるさくなってくる。
彼も自分のことが好きだなんて……そんな素晴らしいことが、本当にこの世にあるのだろうか?
しかし、彼には好きな相手がいたはずではなかったのか――。
「あの……いつかのパーティーの夜におっしゃっていた、アデウス様の想い人というのは……?」
ずっと抱いていた疑問を、思い切って彼にぶつけてみる。
アデウスはあの日、言っていた。天使のように慈悲深く、すべての弱い立場の者を助ける素晴らしい女性……そんな相手にアデウスは想いを寄せている、と。
それを聞いたユレニアはショックを受け、アデウスに八つ当たりをしてしまった。
「……あなたのことに決まっております、聖女様」
迷いのない様子で、アデウスは彼女に想いを告げた。
「最初、あなたが皇女殿下の体に入っているとは思っていませんでした。でも、あまりにあなたはルドヴィカ様と違ってお優しくて……どうしても、教皇庁で見た聖女様のお姿を思い出してしまったのです……」
「……信じられないわ……!」
心の声が漏れ出てしまっていた。
胸が早鐘を打つかのように、ドキドキしている。
こんなにも幸せなことが、これまでの人生であっただろうか?
初恋の相手が、自分のことを好きだと言ってくれている。
信じられないような奇跡に、ユレニアは胸の前で両手を組んだ。
「ああ、神よ……!」
神に祈るユレニアを見て、アデウスは慌てて言い訳をし始めた。
「えっ、あの……聖女様を相手に、こんなことを申し上げるのは不遜だとわかっております! でも、けっして聖女様のことをいかがわしい気持ちで見ていたわけではありませんっ」
早合点しているアデウスに、ユレニアはくすっと笑った。
こんなに晴れやかな気持ちになるのは、いったいいつぶりだろう?
辺境の陽の光が、風が、鳥のさえずりや木々のざわめきが、彼女の中で彩りを増して感じられている。
世界はここまで美しいものだったのだろうか?
アデウスに想いを向けられただけで、すべてが鮮やかに変化している。
いや……おそらく、失恋したという胸の痛みのために、ユレニアは自分を取り巻くものを正しく見ることができなかったのかもしれない。
両手をほどいて、ユレニアはアデウスを見つめた。
「……わかっております、アデウス様。あなたは、わたくしにとって最高の騎士でしたもの」
慈愛の籠もった眼差しを向けるユレニアに、アデウスは彼女の前に膝をついた。
「……最高の騎士。これまでなら、それで満足できたでしょう。ですが、これからはそれ以上の存在になりたいのです」
「アデウス様……」
突然のことに驚く彼女を、アデウスは真剣な眼差しで見上げてくる。
「お願いです、聖女様……私と結婚していただけませんか?」
この土地の領主にまで登りつめた彼が、一介の孤児院出身の女に正式な求婚をするなど誰が予想したことだろう。
辺境伯という身分であれば、通常は隣接国との友好関係のために外国の高位貴族の令嬢を妻に迎えるもの。代々の辺境伯がしてきた当然のしきたりを、アデウスはユレニアのために破ろうとしている。
側室ならともかく、結婚という形を提示されるとは、当の本人が一番驚いていた。
「結婚……!? わたくしを辺境伯夫人にするということですか……?」
声を震わせるユレニアに対して、アデウスは冷静に続けた。
「皇女殿下に言われました。聖女様は魅力的だから、早く求婚しないと他の誰かに嫁いでしまわれるかも、と……それを思うと胸が苦しくなって、死にそうな嫉妬に苛まれてしまいました」
それを聞いて、ようやく本気でアデウスが自分を想ってくれていることを知る。
なぜなら、彼女自身もそうだったから。
嫉妬のあまり、見ず知らずの『想い人』やルドヴィカに嫉妬をして、アデウスにおかしな態度を向けてしまって……。
ところが、そんなユレニアを彼は許してくれた。
その上、想いを告げて求婚までしてくれるだなんて!
(あぁ……夢みたいだわ。でも、これは現実なのね)
心の中で呟くと、頬が熱くなってくる。
あまりの恥ずかしさと、アデウスが向けてくる熱い視線に心がくすぐったい気分になるのだ。
落ち着きを取り戻そうと深呼吸する。
まるで夢のような現実――しかし、これが夢ではない証拠に、目の前のアデウスはユレニアに優しい目を向けて微笑んでいる。
「聖女様……どうぞ、私の想いを受け入れてください」
ようやく自分のすべきことを悟ったユレニアは、彼が差し出した手を取った。
あたたかな手の感触に、心が満たされてくる。
「わたくしなんかでよければ……アデウス様の隣に、ずっといさせてください……!」
勇気を振り絞って、精一杯の想いを口にする。
「ユレニア様」
すっくと立ち上がったアデウスは、彼女の両肩を掴んだ。
「ありがとうございます、私を受け入れてくれて……約束いたしましょう。あなたのことを、一生愛し続けると……」
微かに赤みが差した美しい顔が、少しずつ近づいてくる。
唇が柔らかなもので塞がれ、ユレニアはそっと瞳を閉じた。
アデウスがしてくれたのは、触れるだけの優しいキス……でも、それだけで十分に心は満たされ、二人の想いはひとつに溶け合った。
――その後、すぐに辺境伯アデウス・フォン・ア―レンヴェルグと聖女ユレニアの婚約式が行われた。
ヴェルグ帝国皇太女ルドヴィカの治癒をしたユレニアには、同時に準男爵の爵位を与えられ、若きアーレンヴェルク辺境伯の婚約者として皆に祝福された。
結婚式の時期や聖女としての仕事をどうするのか、まだ決まっていないことは多い。
しかし、その悩みは恵まれた者が感じる贅沢で幸せな悩みだった。
なぜなら、彼女はもう一人ではない。
いつも、隣には美しく優しいアデウスがいる。
帝国で随一の英雄である彼が、いつも彼女のことを守っていてくれるからだ。
END
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