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20 愛の告白⁉(3)
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「何でしょう……? 聞いてほしいこととは……」
胸の鼓動が高鳴るのを抑えながら、ユレニアは尋ねた。
改まって、アデウスが話を切り出してくることが、そこはかとなく不安を感じさせる。
(もしかして、ルドヴィカ様の配偶者になる件……あれを受け入れたという報告なのかしら……?)
自分にとって良からぬ方向に物事を考えるのは、ユレニアの悪い癖だった。
いま一番、そのことが恐ろしい。ついつい自分にとって最悪の事態を想定して怯えてしまっていた。
「アデウス様……?」
「いえ、あの……大したことではなくて、その……」
柄にもなく言いよどんでいるところからして、とにかく怪しかった。
(……きっと、私にもお祝いしてほしいんだわ。ご自分の地位が上がることを)
ようやく涙腺の緩みが解消されたというのに、また泣き出したい気分になってしまう。
しかし、こんな場所で涙を流したら、アデウスに迷惑がかかる。
高位貴族の爵位を賜ることも、皇女の配偶者になることも、彼の将来にとって喜ばしいことなのだから。
(だめよ、沈んだ顔をしてたら。アデウス様のために笑わないと……笑って、喜んであげないと……!)
そう思って、ユレニアは無理に笑顔を形作る。
「アデウス様、わたくしは何を言われても大丈夫ですわ。これまで、様々な出来事に堪えてきましたもの……」
「堪えてって……聖女様、いったい何をおっしゃっているのですか?」
不思議そうに首を傾げるアデウスに、ユレニアは微かに苛立った。
(いったい何をって……! あなたと皇女様の結婚のことで怒っている、とでも言ってほしいのかしら?)
ユレニアは作り笑顔の口元をひきつらせた。
「……本日の昼間、大神官様と聖女様……あ、いえ、皇女殿下とお会いいたしまして」
「そう、ですか」
ユレニアは彼の話に頷いた。
「明日、ディズレー枢機卿がいらっしゃって儀式をすれば、あなたは元の体に戻れるかと思います。そうしたら、すぐに辺境にお戻りになられますか?」
そんな当然のことを聞いてどうするのだろう。
思わず、ユレニアは笑いそうになってしまった。
教皇庁には国外の至る場所から、ユレニアに治癒してほしいとやってくる巡礼者がいる。
正当な理由もないのに、聖女が都でふらふらと遊んでいるわけにも、傷病を抱えている彼らを放置しておくわけにもいかないのだ。
「……ええ、そうですわね」
「できれば……しばらく都にいていただけないものでしょうか? せめて建国祭までとか。お忙しいでしょうから、無理だとは思いますが……」
その嘆願を聞いて、ユレニアは困ってしまった。
想いを寄せている相手の頼みだから、できる限り聞いてやりたいと思う。
しかし、建国祭まで都にいれば、ルドヴィカとアデウスの婚約式を見せつけられる羽目になる。
(仕方がないわよね……この方は、私の気持ちをこれっぽっちも理解していないんだから)
ユレニアの切ない心地に拍車がかかる。
聖女という存在は、どこまでも清らかで美しいもの。
そう思わせなければならない、とずっと思い込んできた。
ユレニアを引き取り、異能が現れるまで育ててくれた孤児院の修道女たちも言っていた――聖女は民にとって偶像のようなものだ、と。
教皇庁が信仰を集めるのも、修道女たちが孤児を引き取って育てることができるのも、教皇を始めとした異能者たちのお陰だと。
教徒たちが生きる糧を得て生活する上で、聖女の印象というのはこの上ない財産だから、お前が壊すようなことはしてはならない……と。
その教訓があるからこそ、これまでユレニアは聖女としての務めを遂行しながら、皆に慕われる存在であり続けたのだと思う。
それなのに、ある意味で教皇庁でもヴェルグ帝国においても公的な存在である自分が、ルドヴィカ皇女とその相手との関係に嫉妬しているなんて、そんな姿を誰にも悟られたくはない。
一人でも多くの人に祝ってもらいたいアデウスの気持ちはわかるが、ユレニアとしては彼の懇願を聞くわけにはいかなかった。
それは自分の心を守る手段であり、皇女やアデウスの立場を悪くしないための優しさでもあると思う。
それゆえ、せっかくの誘いではあるがユレニアは断ることにした。
「……申し訳ございません、アデウス様。建国祭と言えば、一年に一度の華やいだお祭りですもの。ぜひとも参加させていただきたいところですが、教皇庁にはわたくしの治癒力を求めて遠方から来てくださる信者の方々が……」
アデウスはそれを聞いて、少し残念そうな表情をした。
「そう……ですよね。聖女様も長くご不在にされていたから、早く辺境に戻らねばなりませんよね」
「そうなのです。アデウス様は高位貴族に叙爵されるのでしょう? ぜひともお祝いを申し上げたかったところなのですが……」
ユレニアがそれを知っていることに、アデウスは驚いたようだ。
「……ご存じだったのですか? もしかして、皇女殿下が私に対する報奨の件をお話になったのでしょうか?」
それにはあえて答えず、ユレニアは曖昧な笑みを浮かべた。
(あぁ、そうよね……そりゃあ、うれしいわよね)
アデウスに待っている報奨は高位貴族になることだけではない。
この国の独身貴族の中で最も地位があるロベルシュタイン公爵さえも欲する皇配の地位も手に入れることになるのだ。
その栄誉は、皇妃アデライードの魔の手からルドヴィカを守った彼に与えられるべきもの。
いつかアデウスは、自身の身の上を語ってくれた。
没落貴族の末子であり後ろ盾がない彼が、武勲のみで皇配にまで上り詰めるのは素晴らしい英雄譚ではないか。
アデウスが皇室の一員になれば、ヴェルグ帝国の民たちも皇妃が悪化させた皇室の印象を変えるだろう。
「……おめでとうございます、アデウス様。皇女様からすべて聞きましたわ」
「そうですか! これも聖女様のお陰です!」
晴れやかな表情をしたアデウスを見るうちに、涙腺が一気に崩壊してしまいそうになる。
(……ああ、無理だわ。これ以上、どう言えばいいって言うのよ?)
困り顔のユレニアの視界に、こちらに手を振ってくる長身の男の姿が見えた。
「あっ……!」
明るい表情で二人に近づいてきたのは、ロベルシュタイン公爵だった。
「ごきげんよう、皇女殿下」
そう言いながら、彼はユレニアの手の甲に口づけをしてきた。
「こんなところでお会いするとは、偶然でございますね」
「ごきげんよう、ロベルシュタイン公爵。遅くまで宮殿に用事でしょうか?」
「ええ。執務が立て込んでおりまして……今夜は執務室で寝ようかと思っていたところです」
「申し訳ございませんわ。わたくしのやるべき仕事を、公爵にお任せしているからでしょう?」
「いえ……殿下のお役に立つのが、私の喜びでございます。さて、殿下はゲーリング卿とお散歩でもされていたのですか?」
牽制するような目つきで、公爵はアデウスをちらりと見やった。
「そうですわ。夜の庭園は一人では不用心ですから」
「なるほど……では、皇女宮への帰りの道は、私が皇女殿下をエスコートする栄誉をいただけますでしょうか?」
ユレニアにとって、その申し出を断る理由は何もなかった。
建国祭でルドヴィカにふられることになる公爵だが、まだ何も聞かされていないに違いない。
アデウスよりも公爵のほうが、今のユレニアはいっしょにいて息が詰まらない気がした。
(前も、こんなことがあったわね……)
パーティーの夜も、公爵が来てくれてアデウスの前で泣くのを免れた。
ある意味、ユレニアにとって何も恋心を感じない公爵は、身の危険さえなければ気楽な相手ではある。
(本当は、この方とルドヴィカ様が幸せになればいいのに……)
今日、ルドヴィカから聞いた話ではそれもむずかしいだろう。
二人の結婚でショックを受ける意味で、ユレニアと公爵は同志のような存在だ。
「ゲーリング卿、わたくしは公爵と宮に戻ります。あなたも部屋に戻って構わないわ」
「……かしこまりました、殿下。お気をつけて」
ユレニアに続いてアデウスもベンチから立つと、丁寧な物腰でお辞儀をする。
公爵の腕に手を預けて、ユレニアは暗闇の中を歩き出した。
後に残ったアデウスが切ない視線を投げかけているのさえ、彼女は気づくことはなかった。
胸の鼓動が高鳴るのを抑えながら、ユレニアは尋ねた。
改まって、アデウスが話を切り出してくることが、そこはかとなく不安を感じさせる。
(もしかして、ルドヴィカ様の配偶者になる件……あれを受け入れたという報告なのかしら……?)
自分にとって良からぬ方向に物事を考えるのは、ユレニアの悪い癖だった。
いま一番、そのことが恐ろしい。ついつい自分にとって最悪の事態を想定して怯えてしまっていた。
「アデウス様……?」
「いえ、あの……大したことではなくて、その……」
柄にもなく言いよどんでいるところからして、とにかく怪しかった。
(……きっと、私にもお祝いしてほしいんだわ。ご自分の地位が上がることを)
ようやく涙腺の緩みが解消されたというのに、また泣き出したい気分になってしまう。
しかし、こんな場所で涙を流したら、アデウスに迷惑がかかる。
高位貴族の爵位を賜ることも、皇女の配偶者になることも、彼の将来にとって喜ばしいことなのだから。
(だめよ、沈んだ顔をしてたら。アデウス様のために笑わないと……笑って、喜んであげないと……!)
そう思って、ユレニアは無理に笑顔を形作る。
「アデウス様、わたくしは何を言われても大丈夫ですわ。これまで、様々な出来事に堪えてきましたもの……」
「堪えてって……聖女様、いったい何をおっしゃっているのですか?」
不思議そうに首を傾げるアデウスに、ユレニアは微かに苛立った。
(いったい何をって……! あなたと皇女様の結婚のことで怒っている、とでも言ってほしいのかしら?)
ユレニアは作り笑顔の口元をひきつらせた。
「……本日の昼間、大神官様と聖女様……あ、いえ、皇女殿下とお会いいたしまして」
「そう、ですか」
ユレニアは彼の話に頷いた。
「明日、ディズレー枢機卿がいらっしゃって儀式をすれば、あなたは元の体に戻れるかと思います。そうしたら、すぐに辺境にお戻りになられますか?」
そんな当然のことを聞いてどうするのだろう。
思わず、ユレニアは笑いそうになってしまった。
教皇庁には国外の至る場所から、ユレニアに治癒してほしいとやってくる巡礼者がいる。
正当な理由もないのに、聖女が都でふらふらと遊んでいるわけにも、傷病を抱えている彼らを放置しておくわけにもいかないのだ。
「……ええ、そうですわね」
「できれば……しばらく都にいていただけないものでしょうか? せめて建国祭までとか。お忙しいでしょうから、無理だとは思いますが……」
その嘆願を聞いて、ユレニアは困ってしまった。
想いを寄せている相手の頼みだから、できる限り聞いてやりたいと思う。
しかし、建国祭まで都にいれば、ルドヴィカとアデウスの婚約式を見せつけられる羽目になる。
(仕方がないわよね……この方は、私の気持ちをこれっぽっちも理解していないんだから)
ユレニアの切ない心地に拍車がかかる。
聖女という存在は、どこまでも清らかで美しいもの。
そう思わせなければならない、とずっと思い込んできた。
ユレニアを引き取り、異能が現れるまで育ててくれた孤児院の修道女たちも言っていた――聖女は民にとって偶像のようなものだ、と。
教皇庁が信仰を集めるのも、修道女たちが孤児を引き取って育てることができるのも、教皇を始めとした異能者たちのお陰だと。
教徒たちが生きる糧を得て生活する上で、聖女の印象というのはこの上ない財産だから、お前が壊すようなことはしてはならない……と。
その教訓があるからこそ、これまでユレニアは聖女としての務めを遂行しながら、皆に慕われる存在であり続けたのだと思う。
それなのに、ある意味で教皇庁でもヴェルグ帝国においても公的な存在である自分が、ルドヴィカ皇女とその相手との関係に嫉妬しているなんて、そんな姿を誰にも悟られたくはない。
一人でも多くの人に祝ってもらいたいアデウスの気持ちはわかるが、ユレニアとしては彼の懇願を聞くわけにはいかなかった。
それは自分の心を守る手段であり、皇女やアデウスの立場を悪くしないための優しさでもあると思う。
それゆえ、せっかくの誘いではあるがユレニアは断ることにした。
「……申し訳ございません、アデウス様。建国祭と言えば、一年に一度の華やいだお祭りですもの。ぜひとも参加させていただきたいところですが、教皇庁にはわたくしの治癒力を求めて遠方から来てくださる信者の方々が……」
アデウスはそれを聞いて、少し残念そうな表情をした。
「そう……ですよね。聖女様も長くご不在にされていたから、早く辺境に戻らねばなりませんよね」
「そうなのです。アデウス様は高位貴族に叙爵されるのでしょう? ぜひともお祝いを申し上げたかったところなのですが……」
ユレニアがそれを知っていることに、アデウスは驚いたようだ。
「……ご存じだったのですか? もしかして、皇女殿下が私に対する報奨の件をお話になったのでしょうか?」
それにはあえて答えず、ユレニアは曖昧な笑みを浮かべた。
(あぁ、そうよね……そりゃあ、うれしいわよね)
アデウスに待っている報奨は高位貴族になることだけではない。
この国の独身貴族の中で最も地位があるロベルシュタイン公爵さえも欲する皇配の地位も手に入れることになるのだ。
その栄誉は、皇妃アデライードの魔の手からルドヴィカを守った彼に与えられるべきもの。
いつかアデウスは、自身の身の上を語ってくれた。
没落貴族の末子であり後ろ盾がない彼が、武勲のみで皇配にまで上り詰めるのは素晴らしい英雄譚ではないか。
アデウスが皇室の一員になれば、ヴェルグ帝国の民たちも皇妃が悪化させた皇室の印象を変えるだろう。
「……おめでとうございます、アデウス様。皇女様からすべて聞きましたわ」
「そうですか! これも聖女様のお陰です!」
晴れやかな表情をしたアデウスを見るうちに、涙腺が一気に崩壊してしまいそうになる。
(……ああ、無理だわ。これ以上、どう言えばいいって言うのよ?)
困り顔のユレニアの視界に、こちらに手を振ってくる長身の男の姿が見えた。
「あっ……!」
明るい表情で二人に近づいてきたのは、ロベルシュタイン公爵だった。
「ごきげんよう、皇女殿下」
そう言いながら、彼はユレニアの手の甲に口づけをしてきた。
「こんなところでお会いするとは、偶然でございますね」
「ごきげんよう、ロベルシュタイン公爵。遅くまで宮殿に用事でしょうか?」
「ええ。執務が立て込んでおりまして……今夜は執務室で寝ようかと思っていたところです」
「申し訳ございませんわ。わたくしのやるべき仕事を、公爵にお任せしているからでしょう?」
「いえ……殿下のお役に立つのが、私の喜びでございます。さて、殿下はゲーリング卿とお散歩でもされていたのですか?」
牽制するような目つきで、公爵はアデウスをちらりと見やった。
「そうですわ。夜の庭園は一人では不用心ですから」
「なるほど……では、皇女宮への帰りの道は、私が皇女殿下をエスコートする栄誉をいただけますでしょうか?」
ユレニアにとって、その申し出を断る理由は何もなかった。
建国祭でルドヴィカにふられることになる公爵だが、まだ何も聞かされていないに違いない。
アデウスよりも公爵のほうが、今のユレニアはいっしょにいて息が詰まらない気がした。
(前も、こんなことがあったわね……)
パーティーの夜も、公爵が来てくれてアデウスの前で泣くのを免れた。
ある意味、ユレニアにとって何も恋心を感じない公爵は、身の危険さえなければ気楽な相手ではある。
(本当は、この方とルドヴィカ様が幸せになればいいのに……)
今日、ルドヴィカから聞いた話ではそれもむずかしいだろう。
二人の結婚でショックを受ける意味で、ユレニアと公爵は同志のような存在だ。
「ゲーリング卿、わたくしは公爵と宮に戻ります。あなたも部屋に戻って構わないわ」
「……かしこまりました、殿下。お気をつけて」
ユレニアに続いてアデウスもベンチから立つと、丁寧な物腰でお辞儀をする。
公爵の腕に手を預けて、ユレニアは暗闇の中を歩き出した。
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