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17 皇女と聖女(2)
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ルドヴィカの指摘に、ユレニアは黙り込んでしまった。
(ど、どうしよう……否定すべき? でも、読心術使えるとしたら、心の声だって聞こえてしまっているわけよね。そうしたら、嘘も意味がないわ……!)
表情を変えないように努力したが、自然と冷や汗が流れ落ちている。
ルドヴィカは怒っていないだろうか? 自分の体を勝手に使って、勝手に恋愛したと思われたら困る。
いや……皇女が想像するような恋愛関係には、なっていないのだけど。
「……あら、困らせたくて言ったわけではないわ。でも、わかっているでしょう? わたくしが辺境騎士団にいたアデウスを、なぜ自分の護衛騎士にしようと思ったのか」
「いえ……どうしてなのか、伺ってもいいでしょうか?」
恐る恐る尋ねるユレニアに、ルドヴィカは色っぽい笑みを浮かべる。
「そんなの、決まっているじゃない。あんな美しくて強い男はなかなかいないわ。この『薔薇の園』の住人にしたかったからよ」
ルドヴィカの男性の好みが、ユレニアにはよくわからない。
公認の恋人だというロベルシュタイン公爵は何となく遊び人っぽい雰囲気だし、『薔薇の園』の住人たちは皇女に忠誠を誓う従順な美形男子の集団である。
その中で、アデウスはそのどちらのタイプでもない気がする。
職務上の忠誠は誓うかもしれないけれど、遊び人でも犬のようでもない。ルドヴィカに対する気持ちは、あくまで職務上のもの……そう信じたかった。
(だって、アデウス様には他に想いを寄せている方がいらっしゃるんですもの)
皇女の中身がユレニアだと知らない時にその話をしたのだから、彼の想い人からルドヴィカは除外されるだろう。
それゆえ、ユレニアは彼女に尋ねた。
「皇女殿下はアデウス様のことをどうされるおつもりなのですか? 公爵様は皇女殿下との結婚をお望みでいらっしゃいますが……」
「ウィルフリードはそう思っているでしょうね。昔から、私と結婚したいって言っていたから」
当然のことのように、ルドヴィカはそう言った。
「でも、わたくしがいない間にアデライードの化けの皮を剥いでくれたのは、ウィルじゃなくてアデウスだわ。それを思えば、アデウスをわたくしの配偶者にして権力をあげるのは最高の褒美じゃないこと?」
「……配偶者……!」
その単語を聞いた途端、ユレニアは目の前が真っ暗になる思いがした。
先日、皇帝が考えていたように、アデウスが領地を持つ高位貴族に叙爵されれば、ルドヴィカとの婚姻も今ほど不自然ではなくなる。
順当に考えれば、皇女と付き合いが長く古参の貴族でもあるロベルシュタイン公爵が皇配になるべきだが、公爵をそのまま側近に置くことができるのなら、他の人物が皇配になったとしてもルドヴィカとしては問題ないのかもしれない。
しかも、先日の皇女暗殺未遂事件の直後でもある。事情を知る皇帝のアデウスに対する評価が上がっている格好の時期である。
愛娘が決めたことであれば、闇雲に反対することはしないだろう。
「……あら? 不服かしら」
ルドヴィカはユレニアの顔をじっと見つめた。
「もちろん、聖女様にはいろいろお世話になってしまったから、それなりのお礼は差し上げますわ。その他に、教皇庁にもたっぷり献金をするつもりよ」
「……わたくしは当然のことをしたまででございます。謝礼などは不要でございます」
悲しみを噛みしめながら、ユレニアは必死の思いでそう言った。
「まぁ、聖女様は欲がないのね。あなたのような人じゃないと、聖女という役割はやっていられないんでしょうね」
紅茶を飲み終わると、ルドヴィカはため息をつく。
「まったく……大変だったわよ。あなたが皇女の生活をしていて不都合があったように、わたくしもあなたのやっている仕事はかなりきつかったわ。貧民救済事業に関わっていたことがあるから、傷病人の治癒くらい何でもないって思っていたけれど……あんなに疲れるものとは思わなかった」
「そうお思いになりましたか?」
「ええ、お金や物資で解決できるほうが楽だわ! 朝から晩まで神聖力を使い続けることなんて、この都ではありえない話よ。神官や聖女の働きがどんなに大変なのか、重々わかったつもり。だから、たとえあなたが嫌がっても寄付はさせてもらうわよ」
それを聞いて、ユレニアは表情を和らげた。
「教皇庁の配下にいるものとして、皇女殿下のお気持ちに感謝いたします」
そう言ったが、あくまで聖女という公的な役割から出る台詞である。
私的な面……ルドヴィカとアデウスが結婚する、と切り出された時の衝撃はユレニアの心に翳りを与えていた。
「そう……あなたにも、アデウスにも感謝しているの。このわたくしの気持ちをわかっていただけるわね?」
その艶やかな笑みを見るだけで、ユレニアは泣きそうになってしまう。
(皇女様は素晴らしい方だけれど、贅沢すぎるわ)
心を落ち着けようとしても、どうしても卑屈になった。
ユレニアが誇るべきものは治癒力だけ。それさえも、ルドヴィカだって聖女の真似事をする程度には使えるのだ。
それ以外には何もない……頼るべき家族もなく、身分さえもない。いずれ神聖力が枯渇したら、聖女という唯一のプライドさえも失ってしまうのだ。
そんなユレニアに対して、ルドヴィカの周囲には豊かで美しいもので溢れている。
見た目の優美さはもちろん、皇女としての身分や彼女の身の回りを守る華やかな男性たち。
……中でも、アデウスの存在がそこにいることがユレニアには羨ましくて仕方がない。
この皇女宮で過ごした短い間、彼がいなかったらどうなっていたのか、と考えるだけでも恐ろしい。
あんなに信頼できる男性は、きっと彼女の人生にもう現れないだろう。そう思うほどに、ユレニアは彼の存在に依存してしまっていた。
しかし、ルドヴィカがアデウスのことを配偶者として選ぶことは、こうして皇女が口にしているのだからほぼ確定だろう。
それがアデウスにとって喜ばしいことでも、ユレニアはそれを聞いてお祝いの言葉を告げられる自信はない。
「……聖女様、そこまでアデウスのことを想っているのなら、彼に気持ちを伝えてはどうかしら?」
押し黙ったままのユレニアを見咎めたのか、ルドヴィカがそう提案してきた。
「わたくしが結婚するようにと言ったとしても、彼には断る権利はあるのよ? いくら悪女と言われているわたくしでも、その気がない相手を脅して結婚するなんてことはできないわ」
「き、気持ちを……伝える……!?」
ユレニアはその大胆な助言に、呆気にとられた。
ルドヴィカは自分が結婚しようという男を、ユレニアに譲ろうとでも言うのだろうか?
そこまでの余裕がある彼女が、羨ましくて仕方がなかった。
「……そうよ。胸の奥底に押し留めていたって、口に出さない限りは相手に伝わらないわ。特にアデウスは、もう二十四歳にもなるのに女と付き合ったことがなさそうじゃない」
呆れたように言うルドヴィカに、ユレニアは恐る恐る尋ねた。
「あのぉ……皇女様は、アデウス様とはまだそういう関係ではない……のですか?」
ルドヴィカは不機嫌そうに唇を尖らせた。
「当たり前よ! 断られたわよ。あの堅物……!」
それを聞いて、ようやくホッとした。
今のところ、アデウスはルドヴィカとは男女の関係がない。
それは、これまでの彼の言動から何となく察していたが、ルドヴィカからきちんと聞かされると安心する。
「そうなんですね。何だか、気分が軽くなりました! アデウス様に告白はしないかもしれないけれど……辺境に戻る前に、感謝は伝えたいと想います」
「……そう? くれぐれも後悔のないように、ね」
余裕のある笑みを取り戻して、ルドヴィカは残りの紅茶をティーポットから注いだ。
(ど、どうしよう……否定すべき? でも、読心術使えるとしたら、心の声だって聞こえてしまっているわけよね。そうしたら、嘘も意味がないわ……!)
表情を変えないように努力したが、自然と冷や汗が流れ落ちている。
ルドヴィカは怒っていないだろうか? 自分の体を勝手に使って、勝手に恋愛したと思われたら困る。
いや……皇女が想像するような恋愛関係には、なっていないのだけど。
「……あら、困らせたくて言ったわけではないわ。でも、わかっているでしょう? わたくしが辺境騎士団にいたアデウスを、なぜ自分の護衛騎士にしようと思ったのか」
「いえ……どうしてなのか、伺ってもいいでしょうか?」
恐る恐る尋ねるユレニアに、ルドヴィカは色っぽい笑みを浮かべる。
「そんなの、決まっているじゃない。あんな美しくて強い男はなかなかいないわ。この『薔薇の園』の住人にしたかったからよ」
ルドヴィカの男性の好みが、ユレニアにはよくわからない。
公認の恋人だというロベルシュタイン公爵は何となく遊び人っぽい雰囲気だし、『薔薇の園』の住人たちは皇女に忠誠を誓う従順な美形男子の集団である。
その中で、アデウスはそのどちらのタイプでもない気がする。
職務上の忠誠は誓うかもしれないけれど、遊び人でも犬のようでもない。ルドヴィカに対する気持ちは、あくまで職務上のもの……そう信じたかった。
(だって、アデウス様には他に想いを寄せている方がいらっしゃるんですもの)
皇女の中身がユレニアだと知らない時にその話をしたのだから、彼の想い人からルドヴィカは除外されるだろう。
それゆえ、ユレニアは彼女に尋ねた。
「皇女殿下はアデウス様のことをどうされるおつもりなのですか? 公爵様は皇女殿下との結婚をお望みでいらっしゃいますが……」
「ウィルフリードはそう思っているでしょうね。昔から、私と結婚したいって言っていたから」
当然のことのように、ルドヴィカはそう言った。
「でも、わたくしがいない間にアデライードの化けの皮を剥いでくれたのは、ウィルじゃなくてアデウスだわ。それを思えば、アデウスをわたくしの配偶者にして権力をあげるのは最高の褒美じゃないこと?」
「……配偶者……!」
その単語を聞いた途端、ユレニアは目の前が真っ暗になる思いがした。
先日、皇帝が考えていたように、アデウスが領地を持つ高位貴族に叙爵されれば、ルドヴィカとの婚姻も今ほど不自然ではなくなる。
順当に考えれば、皇女と付き合いが長く古参の貴族でもあるロベルシュタイン公爵が皇配になるべきだが、公爵をそのまま側近に置くことができるのなら、他の人物が皇配になったとしてもルドヴィカとしては問題ないのかもしれない。
しかも、先日の皇女暗殺未遂事件の直後でもある。事情を知る皇帝のアデウスに対する評価が上がっている格好の時期である。
愛娘が決めたことであれば、闇雲に反対することはしないだろう。
「……あら? 不服かしら」
ルドヴィカはユレニアの顔をじっと見つめた。
「もちろん、聖女様にはいろいろお世話になってしまったから、それなりのお礼は差し上げますわ。その他に、教皇庁にもたっぷり献金をするつもりよ」
「……わたくしは当然のことをしたまででございます。謝礼などは不要でございます」
悲しみを噛みしめながら、ユレニアは必死の思いでそう言った。
「まぁ、聖女様は欲がないのね。あなたのような人じゃないと、聖女という役割はやっていられないんでしょうね」
紅茶を飲み終わると、ルドヴィカはため息をつく。
「まったく……大変だったわよ。あなたが皇女の生活をしていて不都合があったように、わたくしもあなたのやっている仕事はかなりきつかったわ。貧民救済事業に関わっていたことがあるから、傷病人の治癒くらい何でもないって思っていたけれど……あんなに疲れるものとは思わなかった」
「そうお思いになりましたか?」
「ええ、お金や物資で解決できるほうが楽だわ! 朝から晩まで神聖力を使い続けることなんて、この都ではありえない話よ。神官や聖女の働きがどんなに大変なのか、重々わかったつもり。だから、たとえあなたが嫌がっても寄付はさせてもらうわよ」
それを聞いて、ユレニアは表情を和らげた。
「教皇庁の配下にいるものとして、皇女殿下のお気持ちに感謝いたします」
そう言ったが、あくまで聖女という公的な役割から出る台詞である。
私的な面……ルドヴィカとアデウスが結婚する、と切り出された時の衝撃はユレニアの心に翳りを与えていた。
「そう……あなたにも、アデウスにも感謝しているの。このわたくしの気持ちをわかっていただけるわね?」
その艶やかな笑みを見るだけで、ユレニアは泣きそうになってしまう。
(皇女様は素晴らしい方だけれど、贅沢すぎるわ)
心を落ち着けようとしても、どうしても卑屈になった。
ユレニアが誇るべきものは治癒力だけ。それさえも、ルドヴィカだって聖女の真似事をする程度には使えるのだ。
それ以外には何もない……頼るべき家族もなく、身分さえもない。いずれ神聖力が枯渇したら、聖女という唯一のプライドさえも失ってしまうのだ。
そんなユレニアに対して、ルドヴィカの周囲には豊かで美しいもので溢れている。
見た目の優美さはもちろん、皇女としての身分や彼女の身の回りを守る華やかな男性たち。
……中でも、アデウスの存在がそこにいることがユレニアには羨ましくて仕方がない。
この皇女宮で過ごした短い間、彼がいなかったらどうなっていたのか、と考えるだけでも恐ろしい。
あんなに信頼できる男性は、きっと彼女の人生にもう現れないだろう。そう思うほどに、ユレニアは彼の存在に依存してしまっていた。
しかし、ルドヴィカがアデウスのことを配偶者として選ぶことは、こうして皇女が口にしているのだからほぼ確定だろう。
それがアデウスにとって喜ばしいことでも、ユレニアはそれを聞いてお祝いの言葉を告げられる自信はない。
「……聖女様、そこまでアデウスのことを想っているのなら、彼に気持ちを伝えてはどうかしら?」
押し黙ったままのユレニアを見咎めたのか、ルドヴィカがそう提案してきた。
「わたくしが結婚するようにと言ったとしても、彼には断る権利はあるのよ? いくら悪女と言われているわたくしでも、その気がない相手を脅して結婚するなんてことはできないわ」
「き、気持ちを……伝える……!?」
ユレニアはその大胆な助言に、呆気にとられた。
ルドヴィカは自分が結婚しようという男を、ユレニアに譲ろうとでも言うのだろうか?
そこまでの余裕がある彼女が、羨ましくて仕方がなかった。
「……そうよ。胸の奥底に押し留めていたって、口に出さない限りは相手に伝わらないわ。特にアデウスは、もう二十四歳にもなるのに女と付き合ったことがなさそうじゃない」
呆れたように言うルドヴィカに、ユレニアは恐る恐る尋ねた。
「あのぉ……皇女様は、アデウス様とはまだそういう関係ではない……のですか?」
ルドヴィカは不機嫌そうに唇を尖らせた。
「当たり前よ! 断られたわよ。あの堅物……!」
それを聞いて、ようやくホッとした。
今のところ、アデウスはルドヴィカとは男女の関係がない。
それは、これまでの彼の言動から何となく察していたが、ルドヴィカからきちんと聞かされると安心する。
「そうなんですね。何だか、気分が軽くなりました! アデウス様に告白はしないかもしれないけれど……辺境に戻る前に、感謝は伝えたいと想います」
「……そう? くれぐれも後悔のないように、ね」
余裕のある笑みを取り戻して、ルドヴィカは残りの紅茶をティーポットから注いだ。
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