【完結】無垢な聖女が逆ハーレム持ちの悪役皇女に入れ替わった理由

江原里奈

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14 裁きの日(1)

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 ――それから一週間後、簡易公判の日がやってきた。
 ユレニアは原告団の筆頭として、アデウスと共に皇帝の私室があるフロアに足を踏み入れた。
 関係者以外には極秘としたため、執務エリアの会議室は使用せず、皇帝が側近たちと使う予備の執務室を会場として用いることになった。
 飾り気のない部屋の中には、古めかしい円卓がある。すでに皇帝とロベルシュタイン公爵、皇妃アデライードがそこに着席していた。
 皇妃の青白い顔を見て、ユレニアは表情を曇らせる。
「ルドヴィカ皇女殿下もゲーリング卿も、ご足労いただきましてありがとうございます。そちらにお掛けになってください」
 マティウス裁判官が指し示す位置に、二人は並んで腰掛けた。
「……では、原告と被告が揃いましたので公判を始めたいと思います。まず、ゲーリング卿のほうから告訴に至った経緯を説明いただけますか?」
「わかりました」
 アデウスは立ち上がり、説明を始めた。
「ルドヴィカ皇女殿下が戦争の和平交渉のために辺境地域に赴き、その帰りに賊に襲われ、怪我を負ったという話は皆さんもご存じかと思います。しかし、下手人は単なる物取りではございませんでした。とある人物から依頼を受けて、皇女殿下を亡き者にしようと企てたのでございます」
 そこまで言うと、アデウスはちらりと皇妃のほうを見た。
「皇女殿下のお命を助ける傍らで、私は賊の一人を捕らえました。その者は当初、ギルドを通じて依頼を受けたから依頼主の名は知らないと言っていました。しかし、しかるべき手段を使って白状させると、そこにアデライード皇妃殿下のお名前が上がって参ったのです……もし、それが本当であれば、皇女殿下をお守りする近衛の一員として許しがたい犯罪。今後、皇女殿下の御身に危険が及ぶのは避けたいと思い、この場を設けさせていただいた次第です」
 そこまで言うと、マティウス裁判官は頷いた。
「……皆様、経緯はそういうことです。皇室内の事件でもあるので皇帝陛下とも相談をさせていただき、貴族裁判は避けて限られた人数での開催にさせていただきました」
「配慮してくれて感謝する」
 裁判官の言葉に、皇帝は沈鬱な面持ちで頷いた。
「さて、被告となった皇妃殿下……何かゲーリング卿に対して、反論はございますか?」
 美しい顔を曇らせた皇妃は、手にしていたハンカチを握りしめた。
「……反論ですって? そもそも、わたくしがここにいること自体が遺憾ですわ」
 震える声で、皇妃は続けた。
「わたくしが……そんなことをするわけがないではありませんか。そんなことをする理由はございません。わたくしは、吹けば飛ぶような小国から嫁いできた身の上ですもの。過分な待遇を受けていると思っておりますもの」
 沈痛な面持ちの美女を前にして、マティウス裁判官は困惑の表情を浮かべる。
「……理由については、私も憶測でしか申し上げられません。しかし、皇位継承権第一位の皇女殿下が暗殺されたとすれば、皇妃殿下の利益になることもございましょう」
「まあ、恐ろしいこと……! そこまでして、マルクを皇位につけたいだなんて思っておりませんわ!」
 当然のことながら、皇妃が容疑を認めることはなかった。
「では、皇妃殿下は否認されるということですね?」
 マティウス裁判官の言葉に、皇妃は大きく頷いた。
「当然でございます。小国の王女としてこの国に嫁いできた時から、今まで帝国に害をなすようなことは何一つしておりません。それどころか、考えたことすらありませんわ!」
 悔しそうな表情で、ユレニアのほうを見つめた。
「……むしろ、ルドヴィカ皇女殿下こそ、わたくしを貶めようとしているのではございませんの?」
 言葉の刃が自分に向かってくると、ユレニアは伏せていた瞳を上げて皇妃の視線を受け止めた。
(彼女のことは怖くはないけど、厄介な相手ではあるわね)
 ユレニアは、内心そう思った。
「前はマルクのことを毛嫌いしていたし……わたくしのことも、皇帝陛下の妾程度にしか思っていないのでしょう? だから、わたくしが皇后になるのを阻んでいらっしゃるのだわ」
 憤っている皇妃に、それまで黙っていた皇帝が口を挟んだ。
「アデライード、過ぎたことを言うのはこれ以上やめなさい。みっともないではないか」
「陛下……!」
 その言葉にショックを受けたのか、皇妃は瞳を潤ませる。
 しかし、この場が公の場だと思い出したのか、きまりが悪そうに俯いて口を噤んだ。
「……さて、先ほどゲーリング卿は証人がいるとおっしゃいましたが、この場に呼んでいただけますか?」
「わかりました。少しお待ちください」
 裁判官に促されたアデウスは、部屋を一時退出した。
 どうにも気まずい空気の中、不意にロベルシュタイン公爵と視線が合う。
 彼はユレニアの緊張を解こうとしたのか、右目でウインクをしてきた。
(……公爵は悪い人ではないわ……この人と付き合っていたルドヴィカ様の気持ち、今は理解できる気がする)
 そう思って微笑みを浮かべたけれど、ユレニアの心が揺らぐわけではない。
 公爵が今のユレニアに加担してくれているのは、彼女がルドヴィカだと固く信じているから。アデウスのように、二人の体が入れ替わっている事実を知らないから……。
 公爵がそれを知ったら、もしかしたら皇妃の味方につくかもしれない。それほど、ユレニアを取り巻く環境は危ういものなのだ。
 そうしている間に、アデウスが一人の青年と手首を後ろに拘束されている中年男を中に招き入れる。
(あ、あの人は……!)
 ユレニアは青年に見覚えがあった。
 戦時中、アデウスが救ってくれと懇願してきた傷病兵だった。
 あのとき見た姿とは打って変わって元気そう。青白く死の訪れを待つばかりだった顔色には血色が戻り、ふてぶてしささえ感じさせるのを見てユレニアはほっとする。
(良かったわ。無事に回復したみたいね)
 それを見て、純粋にうれしく思う。
 教皇庁の周囲の村であれば、傷病人のその後の経過を知ることはできる。
 しかし、戦時中は治癒の力を持つ者が限られているので、救命措置だけして後は看護の担当者に任せる形だった。それゆえ、個々の傷病兵の経過を知ることができなかった。
 アデウスが連れてきた傷病兵は、状態が悪かったから回復したかどうか気になっていたが、それを誰かに聞くことを忘れるほどに多忙だったのだ。
「この男は、皇女殿下を殺そうとしていた賊の一人です。傍らにいるのは、辺境騎士団のオリヴァー・シュミット大尉」
 アデウスはそう紹介する。
「では、大尉のほうからこの男の取り調べでわかったことを説明してくれるか」
「かしこまりました」
 シュミット大尉は、咳払いをしてから説明を始めた。
「私は辺境騎士団第三小連隊副隊長のオリヴァー・シュミットと申します。戦争の折にゲーリング隊長から助けられ、そのご恩を返すために軍隊の休暇中にルドヴィカ皇女殿下の
暗殺未遂事件のことを調べさせていただきました」
 皆が注視する中、大尉は説明を続ける。
「私が現場の近くにいたのは、恩義があるゲーリング卿が皇女殿下の付き添いで辺境地域を訪ねてこられるという連絡があったからです。予定の日になってもいらっしゃらないので何か事件に巻き込まれたと思っていたところ、夜中に血を流した不審な男が街道沿いから足を引きずって歩いてくるではありませんか。しかも、私を見て逃げようとしたのですから、尋問しないわけにはいきません」
 ユレニアはちらりと皇妃を見やった。
 彼女は俯いたままだった。
 悪事が露呈する様に堪えきれないのか、あるいは皇帝の同情を買うためにしおらしい演技をしているのか……そのどちらなのかは、ユレニアにはわからなかった。
「後から追跡してきた近衛兵やゲーリング卿とともに、この男を尋問すると皇女殿下の襲撃はこの都にあるギルドの依頼によるものだとわかりました。ギルドには守秘義務があるので、依頼者の名を吐かせるのには難儀いたしましたが、ゲーリング卿が犯人を突き止めたお陰でギルドが持っている契約書を借りてくることができたのです」
 シュミット大尉は、懐から取り出した羊皮紙を裁判官に渡した。
「おや……この名前は……?」
 裁判官は眉を寄せると、それを一同に見せるために円卓を回った。
 皇帝はその名前を見て、眉を顰める。
「……話が読めないのだが、この契約書とアデライードに何の関係があると申すのだ?この署名欄にあるのは、むしろ……」
 皇帝は助けを求めるように、アデウスに視線を送る。
「皇帝陛下がそうおっしゃるのは、無理もございません。この署名欄にある名前……ヴェルナー・フォン・グントラムは、ルドヴィカ皇女殿下の警備を担当する近衛兵の一人でございます」
 そう言い終わったアデウスに、皇妃は口を挟んできた。
「皇女殿下の近衛兵の一人……でしたら、殿下の自作自演ではありませんこと? わたくしは、そんな者など知りませんわ」
 そう言い切った皇妃に、アデウスは唇の端を吊り上げる。

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