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12 アデウスの計画
しおりを挟む「グントラム少尉、少し話があるからいいか?」
ユレニアを皇女宮に送ってから、アデウスはヴェルナー・フォン・グントラム少尉に声をかけた。
「はい、隊長」
明るい声で返事をした青年を連れて、アデウスは裏庭の馬場のほうに連れていく。
近衛隊が使っている兵舎がある一画に、小隊にあてがわれている武器倉庫がある。その中に、二人は入っていった。
朝の鍛錬の時間には兵士たちで賑わうが、夕方の終業時刻になるまでここは人気がない。その理由は、武器の盗難を防止するために隊長であるアデウスが鍵を持っているからだ。
静寂に支配されているかに思えた武器倉庫には、しかしながら先客がいた。
アデウスの腹心の部下であり、ヴェルナーと仲がいいカール・フォン・シュヴァーフェン中尉である。
「カール? どうした、こんなところで」
この時間に思いがけない場所に現れた友人に声をかけると、ヴェルナーの足に衝撃が走った。
手に持っていた乗馬用の鞭で、カールがヴェルナーの右腿を打ったのである。
「うっ……!」
不意打ちを食らわされて、ヴェルナーは痛みに顔を歪める。
「お、お前……何をしやがる?」
「それは、こっちの台詞だぜ。カール、お前こそ裏でコソコソ何をやっているんだ?」
怒りに顔を歪ませて、カールはヴェルナーの肩を掴んだ。
優男揃いの『薔薇の園』の中で、最も体格が良く腕力があるのは他でもないこのカールである。
剣や武術を教えたはずのアデウスさえも、手合わせをすると力で圧されることもあるくらいだ。
そんな相手に力を入れて掴まれると、骨が折れそうな恐怖に苛まれてしまう。
「た、助けてくれっ……! 俺は、何もしてないじゃないか!!」
大声で喚くヴェルナーに、アデウスが近づいてきた。
「た、隊長! 隊長も見ていたでしょう? 俺は何もしていないっていうのに、カールがいきなり……」
その言葉に、アデウスは冷ややかな反応を示してくる。
「ほぅ……グントラム少尉は、本当に何もしていないと言うのか? 後ろ暗いことは何ひとつないと誓えるのか?」
「……ど、どういうことです!?」
額に汗が浮き出て、ヴェルナーの緩やかにウェーブかかった金髪の前髪を濡らしていた。
その様子を眺めながら、アデウスとカールは冷笑する。
「シュヴァーフェン中尉から、大変興味深い話を聞いたのだ……お前が夜中に宿舎から抜け出して、皇妃宮に行っていたという話を、な」
「……!」
瞬時に、ヴェルナーは表情を強ばらせた。
おそらく、自身の深夜の行動に目撃者がいるとは思っていなかったのだろう。
「皇妃宮に行って、いったい何をしていたのだ? 包み隠さず白状するのなら、裁判沙汰になった時には、私が庇ってやらないこともないぞ」
「裁判……!? そんな大それたことはしていません!ただ、あの辺りに用事があって……」
「用事だと? 真夜中の用事とはいったい何だ?」
困惑したように目を泳がせると、ヴェルナーは言いづらそうに小声で言った。
「あ、あの……皇妃宮の下女と、恋仲になりまして……」
それを聞いた途端、アデウスは失笑した。
「グントラム少尉、なかなか即興で言い訳を考えるのが上手だな! しかし、その話は作り話だ。なぜなら、皇妃宮には間者を潜り込ませている。少尉が本当に下女と恋仲になっているのなら、間者から報告が上がってきているはず」
「間者、ですと……!?」
ヴェルナーは、目を丸くする。
もし、本当にそうだとしたらこれまでの自分の行動は、アデウスたちにすべて把握されていることになる。
「そうだ。アデライード皇妃殿下が何を企んでいるのか、私が知らないとでも思っているのか?」
「……」
無言を貫いているヴェルナーの軍服の襟首を、アデウスは脅すように掴み上げる。
「私は皇女殿下に害を成す人物は排除する。それが自分の部下であろうが関係はない」
「……ひっ!」
「なぜなら、近衛小隊はルドヴィカ皇女殿下のために作られた集団であり、私はその隊長だからだ」
怒気をまとった声音に、ヴェルナーは恐怖を覚える。
辺境地域出身のせいもあるのか、アデウスは物静かな男である。剣の腕前はたしかに凄いが、余程のことがなければ部下を叱責することはなかったので、こんな風に脅すことも想像できなかった。
しかし、最近のアデウスは、以前よりもルドヴィカとの関係が緊密になっているように見える。この状況下で嘘を突き通せば、自分よりも力量のある二人の男に痛めつけられ、悪くすれば命を落とすかもしれない。
それを裏づけるように、アデウスが恐ろしい笑みを浮かべた。
「ここには、私とシュヴァーフェン中尉しかいない。お前がこれからどんな扱いを受けようと、目撃証言をする者は誰もいない」
その不気味な発言を受けて、カールも嗜虐的に笑う。
「……そういうわけだ。何本、骨を折ってほしい? いくらでもやってやるぜぇ! それとも、鞭で背中みみず腫れにして塩を擦り込んでやろうか……へへっ」
カールの狂気じみた笑いに、ヴェルナーは全身を震わせた。
「わ、わかりましたっ! すべて白状しますっ……しますから、どうか許してくださいっ!!」
逃げ道はもうない……だとしたら、優位なほうにつくのが得策だ。
心の中で皇妃に謝ってから、ヴェルナーは口を割った。
ヴェルナーにすべてを自供させると、アデウスは唇を歪めて人が悪そうな笑みを浮かべた。
ヴェルナーは、皇妃のこれまでの悪事を暴く大事な生き証人である。カールを護衛につけて始終見張らせ、自害などがないように兵舎の地下にある懲罰房に軟禁することにした。
部下たちがその場から去ると、武器庫の裏手に声をかけた。
「もう出てきて大丈夫ですよ」
それを合図に出てきたのは、ロベルシュタイン公爵と官僚らしき制服を着た老人だった。
「ロベルシュタイン公爵、マティウス裁判官殿。今の私たちの話を、すべてお聞きになりましたか?」
アデウスの問いかけに対して、二人は深々と頷いた。
「もちろんだ。この至近距離で喚かれたら、聞きたくなくとも耳に入ってくるだろう」
「そうでしょうね」
「しかし、この皇宮に来て長くはない貴公がここまで暗躍するとは驚いたな。皇女殿下の伴侶の座の有力候補の一人に、名乗りを上げようとでもしているのか?」
面白くなさそうに唇を尖らせる公爵は、まるで拗ねた子どものようだ。
アデウスは彼を安心させるように首を横に振った。
「それは、考えすぎというものです。近衛の小隊長に過ぎない私が、公爵閣下の恋のライバルになどなれるわけなどないでしょう」
「その通りだ。最近では距離を置かれているが、私がルドヴィカの初めての恋人なんだからな! 身分と見た目で考えたら、貴公になど負けるわけがなかろう」
この場に集合している趣旨に外れたやり取りを聞かされて、マティウス裁判長は困った表情をした。
咳払いをして、二人に静かな声で問いかける。
「……それで、どういう形で裁判を起こしましょうか? 皇妃殿下という地位のある方を訴追するとなると、皇帝陛下に事前に話を通さねばなりませんが……」
「たとえ正妃でなくとも、伴侶に貴族裁判を起こされるのは大問題だ。皇室の権威に関わる事態でもあるから、陛下が難色を示されるだろうな」
先ほどとは打って変わった真剣な面持ちで、公爵は意見を述べる。
「大々的に貴族を集めなければいいのであれば、関係者のみで簡易公判をするというのはいかがでしょう? 資料を司法関係者以外に極秘扱いにもできるので、ふつうの裁判よりは皇族の秘密を保つことができます」
マティウス裁判官の提案に、アデウスと公爵は頷いた。
「簡易公判ですか……それなら、穏便に事件を片づけられそうですね。皇女殿下も必要以上に事を荒立てることはお望みにならないと思います」
懐から取り出した紙片をちらりと見てから、アデウスは言った。
「……暗殺未遂事件の証人になる人物が、都に到着するのは一週間後の予定です。その頃に公判を行えるよう準備しましょう」
「ほう。さすがに用意周到だな」
「公爵閣下と裁判官殿は、まずは陛下への事情説明をしていただけますか? 私のほうから皇女殿下に話を伝えておきますので」
「了解した。問題なく進めばいいな」
「……そうですね。これ以上、皇女殿下の身の上に危険が及ばないようにしないと」
アデウスの言葉に、公爵は相槌を打った。
「いずれ、私は皇配になる身の上だ。皇女殿下が心穏やかに過ごせるよう、誠心誠意努めることにしよう」
その言葉に、今の皇女が実はルドヴィカではないと知るアデウスは、少し複雑そうな表情をした。
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