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4 アデウスの独白(1)
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アデウス・フォン・ゲーリングが皇女ルドヴィカと出会ったのは、戦時中に彼女が辺境騎士団の慰問に訪れた時のこと。
美しい褐色の髪を靡かせ、凹凸がはっきりした肉感的な体を際立たせるヴェルグ帝国陸軍の軍服姿がとてもよく似合っていた。
宝石のような緑色の瞳で兵士一人一人の挨拶を、辺境騎士団の隊長であるアーレンベルグ辺境伯から受けていた彼女は、戦地にあるまじき華やかさと小悪魔のような蠱惑的な雰囲気で、そこにいた者たちの心を一瞬で鷲掴みにした。
(あれが、皇女様か……)
しかし、アデウスの感想といえばその程度。
兵士たちの中で、一番平常心を保っていたのはアデウスだっただろう。
そのためか輝くばかりの金髪を持つ長身の青年に、ルドヴィカ皇女は注意を向けた。
「あなた、名前は?」
つかつかとアデウスのところにやってきて、値踏みするような視線をアデウスに投げかけてくる。
「アデウス・フォン・ゲーリングと申します」
「そう……アデウスね。こんな辺境にいるのはもったいないほどの美形だこと」
うれしそうに観察している皇女に、高齢の辺境伯はアデウスの身の上を紹介した。
「皇女殿下、ゲーリング卿は見た目だけの男ではございません。この地域の馬上試合の優勝者であり、勇猛果敢な騎士でございます」
その言葉に、ルドヴィカ皇女の緑の瞳はキラキラと光った。
「まあ、そうなの? それはよかったわ!」
「……?」
「あなたのような人材を探していたの! すぐに都にいらっしゃい」
「都へ、ですか?」
「そう。あなたを近衛兵の一員にしてあげてよ。しかも、わたくしの親衛隊の隊長という待遇で……悪くない提案でしょう?」
それは提案というより、命令であった。
皇女ルドヴィカは、皇帝の正妃の血筋を受け継ぎ、強大な神聖力を持つ次期君主である。
彼女が求めるのであれば、辺境騎士団の誰もが自分の命さえも差し出さねばならない。
アデウスが所属する辺境騎士団は、ヴェルグ帝国陸軍の下部組織である。帝国陸軍の元帥は現皇帝であるが、皇女ルドヴィカは大将の地位にあり、アデウスばかりかここにいる者たちにとっては神のような存在だからだ。
しかし、今は戦時中である。小隊長であるアデウスがいないと、その下にいる千人の兵士の志気が下がる。
それを危惧した辺境伯は、ルドヴィカとアデウスの間に割って入った。
「申し訳ございませんが、ゲーリング卿は指揮官としての役目がございまして……この戦争が落ち着いてから、というわけにはいかないものでしょうか……?」
「構わないけれど、早いほうがいいわ。戦いを指揮する役目よりも、戦いを終わらせる皇族を守ることが大事だということもあるのよ」
それを聞いて、アデウスは皇女の立場をおもんばかった。
アデウスは没落した子爵家の末子である。食い扶持を稼ぐために十歳で辺境騎士団に入り、十五歳で出場した馬上試合で優勝し、その後の戦争の功績をもって準男爵位を得た。
軍人としてのキャリアは順風満帆に見えるが、戦士としての能力は日々の訓練の努力の賜物だし、指揮官としての能力は歩兵として戦場に行った十二歳の時からの長年の経験を経て体得したものである。
しかし、辺境騎士団に居続けても軍人としても指揮官としても大成することはできないのを、アデウスは以前から理解していた。
辺境騎士団はラスター王国との警備を担務する地方部隊であり、ヴェルグ帝国全体の守りを網羅する帝国陸軍とは格が違う。
そして、その陸軍を統べるのは皇帝ではあるが、高齢のためほとんどの権限は皇女に譲っていると聞く。
その皇女を守る部署に配属されれば、帝国陸軍での立身出世も見えてくるだろう。
そんな計算から、アデウスは彼女にこう答えていた。
「私が殿下のお役に立てるのであれば、すぐにでも都に向かいましょう」
その答えに、兵士たちはどよめいた。
「まあ、うれしいわ! では、わたくしが帝都に戻る際に、ゲーリング卿が護衛をしてちょうだい……約束よ!」
しかし、その時は知る由もなかった。
皇女ルドヴィカが『薔薇の園』という美形を揃えたハーレムを作りつつあることも、自分がそのハーレムの住人になってしまうことも--。
ルドヴィカのハーレムには、金髪の美形が多い
それは、彼女が恋人であるロベルシュタイン公爵が浮気をしたことへの腹いせだと噂されている。その証拠に、黒髪の男は誰もいなかった。
金髪の美形だというだけで集められた兵士たちは軟弱な男が多く、皇女宮の『薔薇の園』……すなわちハーレムの隊長にさせられたアデウスの最初の任務は、兵士たちに訓練をつけることだった。
半年ほど鍛錬させると、ようやく彼らは名目上だけの兵士ではなくなった。剣の技術も上がり、筋肉もついた。
それは、彼らの軍服を脱がせて鑑賞するルドヴィカも満足させることになった。
ロベルシュタイン公爵という恋人がありながら、兵士たちとも火遊びを楽しんでいるらしいルドヴィカの私生活に、どうしてもアデウスは慣れることはなかった。
無論、寝室に誘われたことはあったが、きっぱり断ると「そうよね。わかったわ」とあっさり皇女は引き下がった。
恐らくは公私混同しない堅物だと気づいたのだろう。その後は、皇女はアデウスのことを部下としてしか扱わないようになる。
そして、護衛として再度向かった辺境の地で、皇女は襲撃に遭ってしまった。
アデウスが敵勢を迎え討つ間に、味方の兵士が寝返った。
「悪女は地獄に落ちろ!」
その叫びと共に、ルドヴィカが乗った馬車は崖の下に転落し、彼女は意識不明の重体となる。
頭から血を流す皇女の姿を見て、アデウスは絶望した。
自責の念に駆られたが、後悔ばかりしても皇女の命は助からない。
--しかし、幸いなことに、事件現場の目と鼻の先に教皇直轄領がある。
皇女によってラスター王国との戦いは停戦したから、戦線に駆り出されていた救護部隊も解散し、異能を持った聖人たちは教皇庁に戻ってきている頃ではないか。
(……あの方も、いらっしゃるだろうか?)
アデウスが思い出したのは、戦時中に瀕死だった部下を助けてくれた銀髪の乙女。
凄まじい異能を持った聖女が手を貸してくれたら、ルドヴィカを救えるかもしれない。
(ああ……俺のほうが礼をすると言ったのに、結局、また力を借りることになってしまうな)
そう悔やむが、他に頼るべき相手はいない。
皇女を生き残った部下に託して、アデウスは教皇庁に馬を走らせた。
「皇女殿下が、襲撃された……!? それは本当ですか?」
教皇庁でアデウスを出迎えたグラストン大神官は、今しがた騎士がしてきた話にショックを受けたようだ。
「……ええ。都に報告するより先にここに来ております。一刻も早く、殿下を助けねばならないのです。聖女様のお力をお借りできないものでしょうか?」
「それが……」
困ったように大神官は言い淀む。
「ユレニア聖女は、異能を使い過ぎたせいで意識不明になっておりまして……」
「聖女様が!?」
そちらのほうが衝撃だった。
神聖力は無尽蔵にあるわけではない。アデウスも、それは聞いたことがある。
無理に使いすぎると力を取り戻すため、何年も眠り続ける者もいるという。最悪の場合、そのまま命尽きることもあるらしい。
もし、聖女が自分のせいかと思うと、心がちくちくと痛んだ。
グラストン神官は、沈鬱な表情をする彼に提案した。
「ひとまず、私のほうで皇女様の治癒をいたしましょう。皇女様は神聖力があるから、状態によっては救える可能性はございます」
「お願いいたします……!」
アデウスは大神官を、辺境にある療養所に連れ出した。
療養所の粗末な寝床で、ルドヴィカは寝かされていた。
いつも華やかで色気を振りまいていた彼女が、まるで死人のように青白い顔色で横たわっている姿は痛々しい。
「では、さっそく診させていただきます」
大神官は右手をルドヴィカの体の上にかざした。
白い光が彼女の周りを靄のように包み込み、息遣いが心なしか穏やかなものに変わっていった。
「……皇女殿下の体は、いま神聖力を分け与えたからお体の回復は早まるでしょう。しかし、問題になるのは精神のほうでして……」
「精神?」
アデウスは、大神官の言葉に眉を顰めた。
「これは、異能者にしか理解できない感覚なのですが……皇女殿下の神聖力はユレニア聖女のものに似ております。近い場所で二人とも意識不明になっているせいか、共鳴し合っているようです。そうなると、ずっとこのままになってしまうかも……」
「……それは困ります! 皇女殿下は次期君主としての役割がある。ずっとここで過ごすわけには……!」
声を荒げるアデウスに、大神官は大きく頷いた。
「そうでしょう。聖女様がいないのは教皇庁にとって問題ですが、ヴェルグ帝国にとって皇女殿下がいないというのは、更に大きな問題になりましょう」
それを聞いて、アデウスは項垂れた。
辺境騎士団から自分を見出して引き上げてくれた主君を危機に晒したばかりか、意識不明の重体にしてしまった。
このまま都に戻ったら、皇帝に顔向けができない。
「どうにかできないものでしょうか……主君を守れなかった報いなら、私がいくらでも受けましょう。どうにか、殿下を助けてください!」
必死な顔で懇願する騎士に、しばし考えを巡らしていた大神官だが、やがてゆっくりと話し始める。
「一つだけ……一つだけ、方法がございます」
「……それは何ですか!? 私の命を捧げてもいい、その方法を試してもらえないでしょうか!」
藁にも縋る思いで、アデウスは大神官の前に膝をつき、その法衣の裾を掴んだ。
「騎士様、お立ちください! あなたのお気持ちは十分にわかりましたから……!」
グラストン大神官は慌ててそう言ったが、アデウスは頑として動こうとはしなかった。
「ならば、殿下を助けてくださるのですか?」
「……その方法は古代の書に記されているだけで、この教皇庁はおろか世界中を探しても誰一人とて行ったことがない秘法なのでございます。数いる異能者の中でも、最も力が強い者が行うに越したことはありません」
「では、どなたがしてくださると言うのですか?」
「ディズレー枢機卿に頼みましょう。あの方は、いま教皇庁で最も力がある異能者です。そして、ユレニア聖女にもお力添えいただく形になります」
「聖女様に……?」
「ユレニア聖女と皇女様の魂を交換することで一度目覚めさせ、その後、元に戻すというやり方をいたします」
「……そんなことができるのですか!」
「ええ。古代の秘法は力の制御がむずかしいと言われますが、枢機卿は過去に似たような方法を成功させたことがございます。枢機卿の中で一番若いのに、次期教皇に名前が挙がるお方です。きっと、お二人の意識を取り戻させてくれるでしょう」
「ありがとうございます……、よろしくお願いいたします……!」
それを聞いたアデウスは繰り返し感謝の言葉を呟き、法衣の裾に頬を擦りつけるのだった。
美しい褐色の髪を靡かせ、凹凸がはっきりした肉感的な体を際立たせるヴェルグ帝国陸軍の軍服姿がとてもよく似合っていた。
宝石のような緑色の瞳で兵士一人一人の挨拶を、辺境騎士団の隊長であるアーレンベルグ辺境伯から受けていた彼女は、戦地にあるまじき華やかさと小悪魔のような蠱惑的な雰囲気で、そこにいた者たちの心を一瞬で鷲掴みにした。
(あれが、皇女様か……)
しかし、アデウスの感想といえばその程度。
兵士たちの中で、一番平常心を保っていたのはアデウスだっただろう。
そのためか輝くばかりの金髪を持つ長身の青年に、ルドヴィカ皇女は注意を向けた。
「あなた、名前は?」
つかつかとアデウスのところにやってきて、値踏みするような視線をアデウスに投げかけてくる。
「アデウス・フォン・ゲーリングと申します」
「そう……アデウスね。こんな辺境にいるのはもったいないほどの美形だこと」
うれしそうに観察している皇女に、高齢の辺境伯はアデウスの身の上を紹介した。
「皇女殿下、ゲーリング卿は見た目だけの男ではございません。この地域の馬上試合の優勝者であり、勇猛果敢な騎士でございます」
その言葉に、ルドヴィカ皇女の緑の瞳はキラキラと光った。
「まあ、そうなの? それはよかったわ!」
「……?」
「あなたのような人材を探していたの! すぐに都にいらっしゃい」
「都へ、ですか?」
「そう。あなたを近衛兵の一員にしてあげてよ。しかも、わたくしの親衛隊の隊長という待遇で……悪くない提案でしょう?」
それは提案というより、命令であった。
皇女ルドヴィカは、皇帝の正妃の血筋を受け継ぎ、強大な神聖力を持つ次期君主である。
彼女が求めるのであれば、辺境騎士団の誰もが自分の命さえも差し出さねばならない。
アデウスが所属する辺境騎士団は、ヴェルグ帝国陸軍の下部組織である。帝国陸軍の元帥は現皇帝であるが、皇女ルドヴィカは大将の地位にあり、アデウスばかりかここにいる者たちにとっては神のような存在だからだ。
しかし、今は戦時中である。小隊長であるアデウスがいないと、その下にいる千人の兵士の志気が下がる。
それを危惧した辺境伯は、ルドヴィカとアデウスの間に割って入った。
「申し訳ございませんが、ゲーリング卿は指揮官としての役目がございまして……この戦争が落ち着いてから、というわけにはいかないものでしょうか……?」
「構わないけれど、早いほうがいいわ。戦いを指揮する役目よりも、戦いを終わらせる皇族を守ることが大事だということもあるのよ」
それを聞いて、アデウスは皇女の立場をおもんばかった。
アデウスは没落した子爵家の末子である。食い扶持を稼ぐために十歳で辺境騎士団に入り、十五歳で出場した馬上試合で優勝し、その後の戦争の功績をもって準男爵位を得た。
軍人としてのキャリアは順風満帆に見えるが、戦士としての能力は日々の訓練の努力の賜物だし、指揮官としての能力は歩兵として戦場に行った十二歳の時からの長年の経験を経て体得したものである。
しかし、辺境騎士団に居続けても軍人としても指揮官としても大成することはできないのを、アデウスは以前から理解していた。
辺境騎士団はラスター王国との警備を担務する地方部隊であり、ヴェルグ帝国全体の守りを網羅する帝国陸軍とは格が違う。
そして、その陸軍を統べるのは皇帝ではあるが、高齢のためほとんどの権限は皇女に譲っていると聞く。
その皇女を守る部署に配属されれば、帝国陸軍での立身出世も見えてくるだろう。
そんな計算から、アデウスは彼女にこう答えていた。
「私が殿下のお役に立てるのであれば、すぐにでも都に向かいましょう」
その答えに、兵士たちはどよめいた。
「まあ、うれしいわ! では、わたくしが帝都に戻る際に、ゲーリング卿が護衛をしてちょうだい……約束よ!」
しかし、その時は知る由もなかった。
皇女ルドヴィカが『薔薇の園』という美形を揃えたハーレムを作りつつあることも、自分がそのハーレムの住人になってしまうことも--。
ルドヴィカのハーレムには、金髪の美形が多い
それは、彼女が恋人であるロベルシュタイン公爵が浮気をしたことへの腹いせだと噂されている。その証拠に、黒髪の男は誰もいなかった。
金髪の美形だというだけで集められた兵士たちは軟弱な男が多く、皇女宮の『薔薇の園』……すなわちハーレムの隊長にさせられたアデウスの最初の任務は、兵士たちに訓練をつけることだった。
半年ほど鍛錬させると、ようやく彼らは名目上だけの兵士ではなくなった。剣の技術も上がり、筋肉もついた。
それは、彼らの軍服を脱がせて鑑賞するルドヴィカも満足させることになった。
ロベルシュタイン公爵という恋人がありながら、兵士たちとも火遊びを楽しんでいるらしいルドヴィカの私生活に、どうしてもアデウスは慣れることはなかった。
無論、寝室に誘われたことはあったが、きっぱり断ると「そうよね。わかったわ」とあっさり皇女は引き下がった。
恐らくは公私混同しない堅物だと気づいたのだろう。その後は、皇女はアデウスのことを部下としてしか扱わないようになる。
そして、護衛として再度向かった辺境の地で、皇女は襲撃に遭ってしまった。
アデウスが敵勢を迎え討つ間に、味方の兵士が寝返った。
「悪女は地獄に落ちろ!」
その叫びと共に、ルドヴィカが乗った馬車は崖の下に転落し、彼女は意識不明の重体となる。
頭から血を流す皇女の姿を見て、アデウスは絶望した。
自責の念に駆られたが、後悔ばかりしても皇女の命は助からない。
--しかし、幸いなことに、事件現場の目と鼻の先に教皇直轄領がある。
皇女によってラスター王国との戦いは停戦したから、戦線に駆り出されていた救護部隊も解散し、異能を持った聖人たちは教皇庁に戻ってきている頃ではないか。
(……あの方も、いらっしゃるだろうか?)
アデウスが思い出したのは、戦時中に瀕死だった部下を助けてくれた銀髪の乙女。
凄まじい異能を持った聖女が手を貸してくれたら、ルドヴィカを救えるかもしれない。
(ああ……俺のほうが礼をすると言ったのに、結局、また力を借りることになってしまうな)
そう悔やむが、他に頼るべき相手はいない。
皇女を生き残った部下に託して、アデウスは教皇庁に馬を走らせた。
「皇女殿下が、襲撃された……!? それは本当ですか?」
教皇庁でアデウスを出迎えたグラストン大神官は、今しがた騎士がしてきた話にショックを受けたようだ。
「……ええ。都に報告するより先にここに来ております。一刻も早く、殿下を助けねばならないのです。聖女様のお力をお借りできないものでしょうか?」
「それが……」
困ったように大神官は言い淀む。
「ユレニア聖女は、異能を使い過ぎたせいで意識不明になっておりまして……」
「聖女様が!?」
そちらのほうが衝撃だった。
神聖力は無尽蔵にあるわけではない。アデウスも、それは聞いたことがある。
無理に使いすぎると力を取り戻すため、何年も眠り続ける者もいるという。最悪の場合、そのまま命尽きることもあるらしい。
もし、聖女が自分のせいかと思うと、心がちくちくと痛んだ。
グラストン神官は、沈鬱な表情をする彼に提案した。
「ひとまず、私のほうで皇女様の治癒をいたしましょう。皇女様は神聖力があるから、状態によっては救える可能性はございます」
「お願いいたします……!」
アデウスは大神官を、辺境にある療養所に連れ出した。
療養所の粗末な寝床で、ルドヴィカは寝かされていた。
いつも華やかで色気を振りまいていた彼女が、まるで死人のように青白い顔色で横たわっている姿は痛々しい。
「では、さっそく診させていただきます」
大神官は右手をルドヴィカの体の上にかざした。
白い光が彼女の周りを靄のように包み込み、息遣いが心なしか穏やかなものに変わっていった。
「……皇女殿下の体は、いま神聖力を分け与えたからお体の回復は早まるでしょう。しかし、問題になるのは精神のほうでして……」
「精神?」
アデウスは、大神官の言葉に眉を顰めた。
「これは、異能者にしか理解できない感覚なのですが……皇女殿下の神聖力はユレニア聖女のものに似ております。近い場所で二人とも意識不明になっているせいか、共鳴し合っているようです。そうなると、ずっとこのままになってしまうかも……」
「……それは困ります! 皇女殿下は次期君主としての役割がある。ずっとここで過ごすわけには……!」
声を荒げるアデウスに、大神官は大きく頷いた。
「そうでしょう。聖女様がいないのは教皇庁にとって問題ですが、ヴェルグ帝国にとって皇女殿下がいないというのは、更に大きな問題になりましょう」
それを聞いて、アデウスは項垂れた。
辺境騎士団から自分を見出して引き上げてくれた主君を危機に晒したばかりか、意識不明の重体にしてしまった。
このまま都に戻ったら、皇帝に顔向けができない。
「どうにかできないものでしょうか……主君を守れなかった報いなら、私がいくらでも受けましょう。どうにか、殿下を助けてください!」
必死な顔で懇願する騎士に、しばし考えを巡らしていた大神官だが、やがてゆっくりと話し始める。
「一つだけ……一つだけ、方法がございます」
「……それは何ですか!? 私の命を捧げてもいい、その方法を試してもらえないでしょうか!」
藁にも縋る思いで、アデウスは大神官の前に膝をつき、その法衣の裾を掴んだ。
「騎士様、お立ちください! あなたのお気持ちは十分にわかりましたから……!」
グラストン大神官は慌ててそう言ったが、アデウスは頑として動こうとはしなかった。
「ならば、殿下を助けてくださるのですか?」
「……その方法は古代の書に記されているだけで、この教皇庁はおろか世界中を探しても誰一人とて行ったことがない秘法なのでございます。数いる異能者の中でも、最も力が強い者が行うに越したことはありません」
「では、どなたがしてくださると言うのですか?」
「ディズレー枢機卿に頼みましょう。あの方は、いま教皇庁で最も力がある異能者です。そして、ユレニア聖女にもお力添えいただく形になります」
「聖女様に……?」
「ユレニア聖女と皇女様の魂を交換することで一度目覚めさせ、その後、元に戻すというやり方をいたします」
「……そんなことができるのですか!」
「ええ。古代の秘法は力の制御がむずかしいと言われますが、枢機卿は過去に似たような方法を成功させたことがございます。枢機卿の中で一番若いのに、次期教皇に名前が挙がるお方です。きっと、お二人の意識を取り戻させてくれるでしょう」
「ありがとうございます……、よろしくお願いいたします……!」
それを聞いたアデウスは繰り返し感謝の言葉を呟き、法衣の裾に頬を擦りつけるのだった。
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