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1 聖女の戸惑い(1)
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「きゃーっ!!」
長い眠りから覚めたユレニアは、思わず悲鳴をあげた。
これが驚かずにいられるだろうか?
目覚めた瞬間、天蓋つきの大きな寝台には裸の男が寝そべっているのだから。
しかも、一人ではない。亜麻色の髪の男と金髪の男……なぜか、両隣にいるのだ!
「……んっ? どうなさいました、ルドヴィカ様」
寝起きの掠れた声を出して、振り向いたのは金髪のほうの男だ。
年齢はどれくらいだろう? まだ少年のようにも見えるが、鍛えているのか体にはそれなりに筋肉がついている。
咄嗟にそんな観察をしてしまった彼女は、顔を真っ赤に染めた。
しかし、そんなことはしていられない。彼女の名はユレニアであり、ルドヴィカなんて知らないのだ。
「ル、ルドヴィカ……? 誰ですか、それは?」
「誰と言いますと……また、私をからかっているのですね?」
「からかってなんかいません!」
毅然とした調子で言うと、金髪の青年は欠伸を堪えたような表情をしてから教えてくれた。
「ルドヴィカ様は、この帝国の皇女殿下ではございませんか。ここは皇女殿下が作られた『薔薇の園』……ルドヴィカ様の公務のお疲れを癒すために作られたハーレムでございましょう?」
そう説明されて、ユレニアはぱちぱちと目を瞬かせた。
(ルドヴィカ……、帝国の皇女……そして、ハーレム?)
その三つが合わさって、ようやくわかった。
ヴェルグ帝国の唯一の皇女の名はルドヴィカ・フォン・シュトレーベル--それくらいのことは、田舎にいて世情に疎いユレニアも知っている。
彼女がハーレムを作り、美青年を侍らかしているかどうかは知る由もないが、もしこの金髪の青年が言っているのがルドヴィカ皇女のことであれば、いまユレニアがいるこの寝室の調度がありえないほど豪奢だということも納得がいく。
納得がいかないのは、なぜ自分がそのルドヴィカ皇女として扱われているのか、ということ。
(どういうことなの? だって、私は……)
ユレニアは、記憶にある限りの自分の身の上を思い出していた。
赤ん坊の時に教会に捨てられていた彼女は、生みの母の顔すら知らない。
ヴェルグ帝国の辺境の地アールベルグ領の孤児院で育ち、十二歳で異能が現れて教皇庁に聖女として認められた。
聖女という肩書を持ってからも彼女が驕り高ぶることはなく、日々、教皇庁に来る傷病人の治癒に尽力してきた。
ただ、ひたすらに教皇庁の内部で働く生活に転機があったのは、隣国ラスター王国との戦争が激しさを増した頃のこと。
長引く戦争の傷病兵を癒すために、故郷でもある辺境の後方部隊に従軍することになった。看護業務をする修道女たちに混じって、国のために働くことはユレニアにとってやりがいがある仕事だった。
しかし、生死に関わる傷を負う兵士は多く、神聖力を使い過ぎたせいなのか、彼女は治療の途中で意識を飛ばしてしまった。
--そうして、彼女は長い眠りについた。
(おかしいわね。私は戦地にいたはずじゃなかったの?)
ユレニアが覚えているのは、自分の神聖力が枯渇して意識を失ったところまで。
ふつうに考えたら、彼女は辺境か教皇庁かのいずれかにいるはずではないか。
しかし、ルドヴィカ皇女の住まいと言えば、首都にある皇宮だろう。
「ここは……皇宮の中ってこと、ですか?」
信じられない気持ちで尋ねると、二度寝しそうになっていた金髪の青年が答えてくれた。
「……もちろんでございます」
それを聞いた途端、ユレニアは蒼褪めてしまう。
(どういうこと……?)
自分の今いる場所を確認した途端、重要なことに気づく。
あられもないシュミーズ一枚であることに驚き、顔を真っ赤にしながら寝台にいる男たちに怒鳴った。
「すみませんっ! 私、着替えがしたいので出て行っていただけますか!?」
目をぱちくりさせる金髪男と、その声にようやく起きたらしい亜麻色の髪の男。
なぜ、ユレニアがそんな恥じらいを見せるのか、二人ともさっぱりわかっていない様子である。
「早くっ!」
「はい……ルドヴィカ様がそうお望みでしたら」
渋々と言った具合に、彼らは寝台を出て行こうとする。
もちろん、彼は何も身につけていない裸だった。
(うぁー、やだ、なんなのよ、これっ!!)
シーツで顔を覆いながら、ユレニアは男たちが部屋から出ていくのをじっと待つ。
ようやく扉が閉まる音が聞こえると、体にシーツを巻いて寝台から抜け出した。
深紅と金色を基調にしたファブリックや緻密な彫りが施された家具調度など、教皇庁の荘厳な設えとはまったく違う豪奢過ぎるほどの空間だ。
広すぎる寝室の壁に立てかけられた大きな鏡の前に立ち、ユレニアは恐る恐る中を覗き込むと、映し出された自分の顔に驚愕した。
「あぁ……ッ!」
思わず声を漏らしたのには、理由がある。
もともと、ユレニアは孤児院育ちで貧しい生活を長く送っていたせいで、栄養失調気味の華奢な体格をしていた。
色素が薄い銀髪と淡い水色の瞳を持つため、小さい頃から『水の妖精』と周りから呼ばれていた。
しかし、いま鏡の中に映る姿は『水の妖精』とは正反対。ルドヴィカという皇女は必要以上に肉感的だった。
(こ、これ……う、羨ましいけど、どうなの……?)
褐色のウェーブかかった長い髪は背中まで覆い尽くし、緑色の瞳は目尻が少し下がっている。男性の歓心をひくために存在するような、ぽってりとした赤い唇は蠱惑的だ。
そして、絹のシュミーズから零れそうなほど豊かな胸--その深すぎる谷間は、同性であるユレニアさえ目のやり場に困るほどである。
「……すごい、ゴージャスな美人……」
ぼんやりと見惚れていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「おはようございます、皇女殿下。お召し換えのご準備をさせていただいて大丈夫でしょうか?」
「す、すみません! 自分でやるから結構です!」
扉の向こうの相手に思わずそう答えてしまったものの、この先どうしたらいいのかわからない。
(とりあえず、服を着てここから逃げなきゃダメよね……)
ユレニアはそう思って、慌てて衣裳部屋を探しに行った。
侍女の助けを借りずに着替えをするのは、皇女としてはおかしいのかもしれない。
しかし、今のユレニアはなるべく侍女に会いたくなかった。
幸いなことに、ヴェルグ帝国では昨今コルセットを使わないシュミーズドレスも流行し始めている。
山ほどある衣装の中で露出が少ない若草色のシュミーズドレスを着ると、ユレニアは部屋の外に出た。
皇宮という印象から、いかめしい顔をした衛兵が守りを固めているかと思いきや、外にいるのはさっき寝台にいたような美形の兵士ばかり。
「皇女様、ごきげんよう!」
彼らが蕩けるような笑顔を向けて敬礼してくる様子は、さすがにハーレムだけある。
「……ご、ごきげんよう」
素知らぬふりで笑顔を振りまくユレニアに、彼らは呆気にとられている。
(あれ? 何か、おかしかったかしら……?)
コソコソと辺りを見回して外に通ずる出口を探していると、後ろから声をかけられた。
「皇女殿下、何かお探しでしょうか?」
「あっ!」
振り向くと、ユレニアは大きな声をあげた。
そこには、何とも麗しい青年が立っていた。
まるで天使のような黄金色の髪、大理石の色味の肌。すっと通った鼻梁、形がよい唇—何より目を惹くのは、切れ長の暗い湖水にも似た神秘的な青緑の瞳だ。
長身の秀でた体躯には、白と金を基調とした近衛兵の軍服がよく似合う。
その青年の名を、ユレニアは知っていた。
傷病兵を治療していた戦地で、その青年と出会ったことがあるからだ。
たしか辺境騎士団の少佐だと言っていた気がするが、辺境にいるはずの彼がなぜこの皇宮にいるのかは不思議だった。
「アデウス様……! なぜ、こちらに……」
思わず心の声が口に出てしまう。
そして、アデウスと呼ばれた青年も、先ほどの兵士たちと同じように不審そうにユレニアのことをしげしげと見つめた。
「い、いえ……あの、これは、そのぉ……」
「どうやら、殿下が今朝ほどから様子がおかしいとグントラム少尉が噂をしていたのは、本当だったようですね。私なんかに『様』をつけるだなんて……」
そう言われて、中身が別人だと悟られていないことを知る。
そう……他人から見て、おかしいだけに見えるのだ。
(おかしいふりをして、アデウス様に色々と聞けば教えてもらえるかな?)
いつもはそんなことは考えないが、背に腹は代えられない。
とにかく、戦争がどうなっているのか……聖女として自分が意識を失ってから、どれほどの月日が経っているのか、知りたいことは山ほどある。
アデウスは本当の自分を知っている。素直に何かが起きて、皇女と体が入れ替わったと打ち明けてしまおうか、とユレニアは考えた。
(……今はやめておいたほうがいいわ)
すぐに、思い浮かんだ考えを打ち消した。
きっと今、自分が聖女だと言っても誰も信じてくれないだろう。
なぜか変わった言動をとるようになった皇女、という今の状況を万人が納得できるような言い訳はないものか……。
「あっ……、実は私、昨日頭を打ってしまって……」
「何ですと!? あの二人が、殿下に無礼な真似を!?」
剣を抜く勢いのアデウスを、ユレニアは慌てて宥めた。
「いえ、違います! あの人たちは関係ありません!」
「……でも、打ち所が良くなかったみたいで、記憶を所々失ってしまったようで……だから、あなたに色々教えてもらいたいんです」
「それなら、先に宮廷医をお呼びいたしましょう」
「えっ、大事にするのはやめていただけないかしら?」
そんなユレニアを、アデウスは驚いたように見つめた。
「殿下、ここは人目がございます。もし、お体の調子が悪くなければ、庭園を散歩しながらお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですわ」
そう言った途端、腕を差し出されてユレニアは頬を赤らめた。
おずおずと彼の腕に手を絡めると、彼女はアデウスと共に庭園に向かって歩き始めた。
長い眠りから覚めたユレニアは、思わず悲鳴をあげた。
これが驚かずにいられるだろうか?
目覚めた瞬間、天蓋つきの大きな寝台には裸の男が寝そべっているのだから。
しかも、一人ではない。亜麻色の髪の男と金髪の男……なぜか、両隣にいるのだ!
「……んっ? どうなさいました、ルドヴィカ様」
寝起きの掠れた声を出して、振り向いたのは金髪のほうの男だ。
年齢はどれくらいだろう? まだ少年のようにも見えるが、鍛えているのか体にはそれなりに筋肉がついている。
咄嗟にそんな観察をしてしまった彼女は、顔を真っ赤に染めた。
しかし、そんなことはしていられない。彼女の名はユレニアであり、ルドヴィカなんて知らないのだ。
「ル、ルドヴィカ……? 誰ですか、それは?」
「誰と言いますと……また、私をからかっているのですね?」
「からかってなんかいません!」
毅然とした調子で言うと、金髪の青年は欠伸を堪えたような表情をしてから教えてくれた。
「ルドヴィカ様は、この帝国の皇女殿下ではございませんか。ここは皇女殿下が作られた『薔薇の園』……ルドヴィカ様の公務のお疲れを癒すために作られたハーレムでございましょう?」
そう説明されて、ユレニアはぱちぱちと目を瞬かせた。
(ルドヴィカ……、帝国の皇女……そして、ハーレム?)
その三つが合わさって、ようやくわかった。
ヴェルグ帝国の唯一の皇女の名はルドヴィカ・フォン・シュトレーベル--それくらいのことは、田舎にいて世情に疎いユレニアも知っている。
彼女がハーレムを作り、美青年を侍らかしているかどうかは知る由もないが、もしこの金髪の青年が言っているのがルドヴィカ皇女のことであれば、いまユレニアがいるこの寝室の調度がありえないほど豪奢だということも納得がいく。
納得がいかないのは、なぜ自分がそのルドヴィカ皇女として扱われているのか、ということ。
(どういうことなの? だって、私は……)
ユレニアは、記憶にある限りの自分の身の上を思い出していた。
赤ん坊の時に教会に捨てられていた彼女は、生みの母の顔すら知らない。
ヴェルグ帝国の辺境の地アールベルグ領の孤児院で育ち、十二歳で異能が現れて教皇庁に聖女として認められた。
聖女という肩書を持ってからも彼女が驕り高ぶることはなく、日々、教皇庁に来る傷病人の治癒に尽力してきた。
ただ、ひたすらに教皇庁の内部で働く生活に転機があったのは、隣国ラスター王国との戦争が激しさを増した頃のこと。
長引く戦争の傷病兵を癒すために、故郷でもある辺境の後方部隊に従軍することになった。看護業務をする修道女たちに混じって、国のために働くことはユレニアにとってやりがいがある仕事だった。
しかし、生死に関わる傷を負う兵士は多く、神聖力を使い過ぎたせいなのか、彼女は治療の途中で意識を飛ばしてしまった。
--そうして、彼女は長い眠りについた。
(おかしいわね。私は戦地にいたはずじゃなかったの?)
ユレニアが覚えているのは、自分の神聖力が枯渇して意識を失ったところまで。
ふつうに考えたら、彼女は辺境か教皇庁かのいずれかにいるはずではないか。
しかし、ルドヴィカ皇女の住まいと言えば、首都にある皇宮だろう。
「ここは……皇宮の中ってこと、ですか?」
信じられない気持ちで尋ねると、二度寝しそうになっていた金髪の青年が答えてくれた。
「……もちろんでございます」
それを聞いた途端、ユレニアは蒼褪めてしまう。
(どういうこと……?)
自分の今いる場所を確認した途端、重要なことに気づく。
あられもないシュミーズ一枚であることに驚き、顔を真っ赤にしながら寝台にいる男たちに怒鳴った。
「すみませんっ! 私、着替えがしたいので出て行っていただけますか!?」
目をぱちくりさせる金髪男と、その声にようやく起きたらしい亜麻色の髪の男。
なぜ、ユレニアがそんな恥じらいを見せるのか、二人ともさっぱりわかっていない様子である。
「早くっ!」
「はい……ルドヴィカ様がそうお望みでしたら」
渋々と言った具合に、彼らは寝台を出て行こうとする。
もちろん、彼は何も身につけていない裸だった。
(うぁー、やだ、なんなのよ、これっ!!)
シーツで顔を覆いながら、ユレニアは男たちが部屋から出ていくのをじっと待つ。
ようやく扉が閉まる音が聞こえると、体にシーツを巻いて寝台から抜け出した。
深紅と金色を基調にしたファブリックや緻密な彫りが施された家具調度など、教皇庁の荘厳な設えとはまったく違う豪奢過ぎるほどの空間だ。
広すぎる寝室の壁に立てかけられた大きな鏡の前に立ち、ユレニアは恐る恐る中を覗き込むと、映し出された自分の顔に驚愕した。
「あぁ……ッ!」
思わず声を漏らしたのには、理由がある。
もともと、ユレニアは孤児院育ちで貧しい生活を長く送っていたせいで、栄養失調気味の華奢な体格をしていた。
色素が薄い銀髪と淡い水色の瞳を持つため、小さい頃から『水の妖精』と周りから呼ばれていた。
しかし、いま鏡の中に映る姿は『水の妖精』とは正反対。ルドヴィカという皇女は必要以上に肉感的だった。
(こ、これ……う、羨ましいけど、どうなの……?)
褐色のウェーブかかった長い髪は背中まで覆い尽くし、緑色の瞳は目尻が少し下がっている。男性の歓心をひくために存在するような、ぽってりとした赤い唇は蠱惑的だ。
そして、絹のシュミーズから零れそうなほど豊かな胸--その深すぎる谷間は、同性であるユレニアさえ目のやり場に困るほどである。
「……すごい、ゴージャスな美人……」
ぼんやりと見惚れていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「おはようございます、皇女殿下。お召し換えのご準備をさせていただいて大丈夫でしょうか?」
「す、すみません! 自分でやるから結構です!」
扉の向こうの相手に思わずそう答えてしまったものの、この先どうしたらいいのかわからない。
(とりあえず、服を着てここから逃げなきゃダメよね……)
ユレニアはそう思って、慌てて衣裳部屋を探しに行った。
侍女の助けを借りずに着替えをするのは、皇女としてはおかしいのかもしれない。
しかし、今のユレニアはなるべく侍女に会いたくなかった。
幸いなことに、ヴェルグ帝国では昨今コルセットを使わないシュミーズドレスも流行し始めている。
山ほどある衣装の中で露出が少ない若草色のシュミーズドレスを着ると、ユレニアは部屋の外に出た。
皇宮という印象から、いかめしい顔をした衛兵が守りを固めているかと思いきや、外にいるのはさっき寝台にいたような美形の兵士ばかり。
「皇女様、ごきげんよう!」
彼らが蕩けるような笑顔を向けて敬礼してくる様子は、さすがにハーレムだけある。
「……ご、ごきげんよう」
素知らぬふりで笑顔を振りまくユレニアに、彼らは呆気にとられている。
(あれ? 何か、おかしかったかしら……?)
コソコソと辺りを見回して外に通ずる出口を探していると、後ろから声をかけられた。
「皇女殿下、何かお探しでしょうか?」
「あっ!」
振り向くと、ユレニアは大きな声をあげた。
そこには、何とも麗しい青年が立っていた。
まるで天使のような黄金色の髪、大理石の色味の肌。すっと通った鼻梁、形がよい唇—何より目を惹くのは、切れ長の暗い湖水にも似た神秘的な青緑の瞳だ。
長身の秀でた体躯には、白と金を基調とした近衛兵の軍服がよく似合う。
その青年の名を、ユレニアは知っていた。
傷病兵を治療していた戦地で、その青年と出会ったことがあるからだ。
たしか辺境騎士団の少佐だと言っていた気がするが、辺境にいるはずの彼がなぜこの皇宮にいるのかは不思議だった。
「アデウス様……! なぜ、こちらに……」
思わず心の声が口に出てしまう。
そして、アデウスと呼ばれた青年も、先ほどの兵士たちと同じように不審そうにユレニアのことをしげしげと見つめた。
「い、いえ……あの、これは、そのぉ……」
「どうやら、殿下が今朝ほどから様子がおかしいとグントラム少尉が噂をしていたのは、本当だったようですね。私なんかに『様』をつけるだなんて……」
そう言われて、中身が別人だと悟られていないことを知る。
そう……他人から見て、おかしいだけに見えるのだ。
(おかしいふりをして、アデウス様に色々と聞けば教えてもらえるかな?)
いつもはそんなことは考えないが、背に腹は代えられない。
とにかく、戦争がどうなっているのか……聖女として自分が意識を失ってから、どれほどの月日が経っているのか、知りたいことは山ほどある。
アデウスは本当の自分を知っている。素直に何かが起きて、皇女と体が入れ替わったと打ち明けてしまおうか、とユレニアは考えた。
(……今はやめておいたほうがいいわ)
すぐに、思い浮かんだ考えを打ち消した。
きっと今、自分が聖女だと言っても誰も信じてくれないだろう。
なぜか変わった言動をとるようになった皇女、という今の状況を万人が納得できるような言い訳はないものか……。
「あっ……、実は私、昨日頭を打ってしまって……」
「何ですと!? あの二人が、殿下に無礼な真似を!?」
剣を抜く勢いのアデウスを、ユレニアは慌てて宥めた。
「いえ、違います! あの人たちは関係ありません!」
「……でも、打ち所が良くなかったみたいで、記憶を所々失ってしまったようで……だから、あなたに色々教えてもらいたいんです」
「それなら、先に宮廷医をお呼びいたしましょう」
「えっ、大事にするのはやめていただけないかしら?」
そんなユレニアを、アデウスは驚いたように見つめた。
「殿下、ここは人目がございます。もし、お体の調子が悪くなければ、庭園を散歩しながらお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですわ」
そう言った途端、腕を差し出されてユレニアは頬を赤らめた。
おずおずと彼の腕に手を絡めると、彼女はアデウスと共に庭園に向かって歩き始めた。
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