20 / 30
20 犯罪者の末路
しおりを挟む睨み合う二人の貴族たちの醸し出す空気のせいだろうか。
暖炉に火が入っているはずなのに、室内が一気に冷たくなった気がした。
――が、それも一瞬だけの話。
年嵩の大貴族は、余裕のある表情を取り戻して腕組みをした。
「……国王陛下からの逮捕状? なんの罪があるというのだ、この私に?」
その挑戦的な口振りに、メディス伯爵は苦笑する。
「劣勢だということを、侯爵はおわかりではないようですね。まさか、私が一人だけでここに乗り込んできたとお思いになりますか?」
「なに……!?」
「私は四日前に王都に向かいました……いえ、正確には王都に行くと見せかけて、実はあなたの領地に来ていました。王都との国境の街には、国王陛下直属の精鋭部隊が配置されていました。その数、およそ一千」
「一千……!? 何のために、だ……!!」
オランディーヌ侯爵は、伯爵の言葉に眉間に皺を寄せる。
「この期に及んで、まだしらを切るつもりなのですか。あきれましたねぇ」
「く……!」
「オランディーヌ侯爵、あなたは誘拐罪と国家反逆罪の容疑がかけられています。無実の未成年の少女たちに嘘の婚姻話を持ちかけ、拉致して国外に性奴として売った罪です」
伯爵に罪名を挙げられると、侯爵は唇を歪ませた。
「……証拠はどこにある!?」
「証拠ねぇ……まぁ、ご自分の名前を伏せて商売されているようですが、それだけでバレないと思うのはいささか楽観的すぎるのではありませんか?」
「……ッ」
それまで威勢がよかった侯爵だが、途端に表情が曇った。
商売の規模が大きくなり、期間が長くなればなるほど、秘密はどこかからともなく漏れてしまう。
おそらく、末端がどういう手筈で仕事を遂行しているかを把握し切れていなかったのではないだろうか。
メディス伯爵は、そんな俺の憶測を晴らすように整然と説明する。
「あなたが誘拐した少女のなかに、ある貴族の隠し子がいたのです。母親が亡くなったばかりで、孤児院に一時的に預けられていたんでしょう。父親がそれを知って迎えをやる直前に、あやしげな婚姻話を持ちかけられたらしいのです」
「貴族の娘、だと……!?」
「少女の足取りを捜索していた者が、あなたの領土で失踪した事件はご存じでしょう……おそらく、あなたの手の者が殺したのでしょう。その事件があってから、国王陛下は直々に私に調査に協力してほしいとおっしゃったのです。その娘が貴族の血筋を引く者である限り、彼女を誘拐した者はマルニック王国の支配階級を侮辱したことになる。つまり、国家反逆罪に問われるのですよ」
「なぜ、お前なんだ……!! なぜ国王陛下は、お前にそのような密行を依頼した!?」
侯爵は憎々しげに、伯爵を睨みつける。
その強い視線を躱して、メディス伯爵は「さぁ?」とうそぶいた。
「……私は、ひとつ条件を出しました。陛下はそれを快諾されたので、協力させていただいただけの話。ギブアンドテイクというやつでしょう」
と、なぜか彼は俺のほうをチラリと盗み見る。
「配下の者をあなたの領土に送り、半年近くかけてすべての証拠を掴みましたよ……あなたのご商売の代金授受の帳簿や、輸送先の関係者の名前。すべて、証拠は国王陛下に送ってあります。陛下からのお答えが、この逮捕状ということになりますね」
メディス伯爵は懐から書状を出して、オランディーヌ侯爵の目の前に内容を見せる。
侯爵はそれを見ると「もう、おしまいだ……」と、小さく呟いた。
「おしまい……あなたはそれでもいいでしょう。でも、あなたが奴隷にした女性たちはどうなりますか? まだ全員の行方はわかっていません。このマルニック王国に戻ってきたとしても、心の傷はずっと消えないでしょうね」
「わ、私は……」
「ご自身の罪を、一生をかけて償ってください。あなたは貴族だから、どんな卑劣で最低最悪なことをしたとしても死罪を逃れられるんですから。ご自身の血筋に感謝することですね」
「く、くそぉ……!」
侯爵が憤怒の呻きを漏らしたとき、けたたましい足音が廊下のほうから聞こえてきた。
「旦那様、大変ですっ! 外に見たことがないような大軍が……!!」
慌てているのだろうか、ノックもせずにフールーが部屋に飛び込んできた。
彼は部屋にいるメディス伯爵を認めた瞬間、ギョッとしたようだ。
ずっと部屋の扉の外で待たされていた男からしてみたら、伯爵がどこから入り込んだのかわからないのだ。それも、当然の反応ではないだろうか。
小太りの体を仰け反らせて驚愕を表わす側近に、オランディーヌ侯爵は呆れた様子で呟いた。
「はぁ……お前はいつもワンテンポ遅いな、フールー」
フール―は視線を泳がせながら、ハンカチで汗を拭った。
「し……しかし、旦那様がお楽しみだとばかり思っていましたもので……」
「言い訳は聞かんぞ」
そのやりとりにクスッと笑ったメディス伯爵を見て、フール―はいやらしい笑みを浮かべる。
「……で? 伯爵様は、いやに唐突なお出ましですな。もしや、旦那様とこの小僧と三人で楽しもう、なんていう粋な趣向ですかな?」
ほぼ上半身を裸に剥かれている俺と、大貴族の二人を見比べているフール―。
完全に状況を曲解している己の侍従に、オランディーヌ侯爵は深い溜息を漏らした。
「……言っておくがな、フール―。私にはそういう趣味はないぞ。私のタイプは未亡人だって、何度言えばわかってくれるんだ?」
「その話はすでに何百回も伺っております」
「まぁ、お前のその浅はかなところは愛すべき長所だったな。きっと、いつか懐かしく思い出すだろうよ」
寂しそうな微笑を浮かべる侯爵に、フールーは
「そんな、この世の別れのようなことを!」
「まぁ、そうなるかもしれないからな」
「エッ、旦那様!?」
目をぱちくりさせているフール―には構わずに、オランディーヌ侯爵は伯爵に向き合った。
「……というわけで、フールーは今回の件には関わっていない。メディスよ。お前のところの家来の末席にでも置いてやってくれないか?」
「おやおや、これは……さすがのあなたも、最後の最後で人間味のあるところを見せましたね」
メディス伯爵は微笑んだ。
「あなたがおとなしく言うことを聞いて、私とともに王都に来てくださるのでしたら、家来たちの処遇については善処しましょう」
「……わかった。悔しいが、いい領主とも言えない私にこれまでついてきてくれた彼らを、今更不幸にしたいとは思っていない。一千の軍に囲まれて応戦したところで、勝つことも逃げることもできないのはわかりきっている」
侯爵の言葉に、フール―も事情を察したようだ。
「旦那様……」
フールーは目に大粒の涙を溜めて、オランディーヌ侯爵を見つめた。
「すまなかったな、フールー。お前にはずっと迷惑かけっぱなしだった……」
「いえ……私は、旦那様がまたこのマルトに戻っていらっしゃるのを、ずーっとお待ち申し上げております」
「ありがとう、フールー」
「旦那様!」
ガシッと抱き合う二人……なんだか、俺はその様子に呆気にとられてしまっていた。
(っつーか、侯爵って未亡人好きとか言ってたくせになんなんだよ? 精神的にホモ属性なんじゃねーの?)
思わず、心の中でぼやいてしまう。
すっかり蚊帳の外にいるメディス伯爵も、同じようなモヤモヤした気分になっているのかもしれない。
伯爵がコホンとひとつ咳払いをすると、別れを惜しむ二人はようやく抱擁を解いた。
「それでは、よろしいでしょうか? オランディーヌ侯爵」
「ああ……」
「この地の領主であり、大貴族の一人であるあなたに罪人のような姿を晒させるほど、私は鬼畜ではありません。出発は明日……しかるべき措置はさせていただきますが、馬車を用意して領民には事態がわからぬように配慮しますのでご安心を」
「かたじけない。恩にきるぞ、メディス伯爵」
「どういたしまして」
伯爵が指を鳴らすと、外に控えていた配下の者たちが室内に入ってきた。
「君たち、オランディーヌ侯爵に手枷を。くれぐれも乱暴なことはしないように、な」
「ははっ」
兵士たちはメディス伯爵に敬礼すると、侯爵の両脇に立って彼の手を後ろ手に縛る。
大泣きしているフールーが見守る中、彼の主人は兵士たちに連行されていった。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる