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93 幸せな婚約式(3)★第一部最終話★
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日がずいぶんと長くなった。
ようやく夜の帳が落ち、薄い紫色に染まる空に浮かぶ月が神秘的な光を放っている。
パーティーの会場から漏れる煌々とした灯り。そして、背の高い外灯が点在している庭は、庭のあちこちに咲く花々や低木の織り成す風景がロマンチックである。
……それもそのはず。
この建物はかつてはある伯爵家がタウンハウスとして使っていたらしいが、ホテルに滞在すれば用が足りるとのことで、今のオーナーに売却したそうだ。
ウルジニア侯爵のタウンハウスよりは規模は小さいものの、それなりの設えはあって風情がある。
小さな池の周りには白い彫刻が点在する。
そうした風雅な景色を愛でられるよう、真鍮製のベンチが置かれている。
「ここで少し休みましょう」
ベンチの座面にハンカチを敷き、リオネル様は私を誘った。
「ありがとうございます」
会場で演奏されている明るい音楽が裏庭にも聞こえ、少しひんやりした風が頬をなぶってくる。
五感を刺激してくるすべてが心地いい。
こんなに満ち足りた気分になったのは、リオネル様と私の関係に確固たる名がついたからかもしれない。
一度、一方的に婚約破棄を言い渡された私が、それから一年も経たないうちに愛すべき人を見つけて、再び婚約することになった。
自分に起きた奇跡が信じられなくて、まるで夢の中にいるような気分である。
「……夢みたいです。婚約したんですね、カタリナお嬢様と」
ぽつりと呟いたリオネル様の横顔を見て、私はクスッと笑ってしまった。
――以心伝心とでもいうのだろうか。
私が不安を感じると、だいたい彼も同じような思いを抱えている。
リオネル様の秀麗な見た目だけで惹かれたと周囲は思っているだろうが、けっしてそうではない。
感情的な部分がシンクロするところ……そして、私がつらい思いをしている時に、それを感じ取って、手を差し伸べてくれる優しさ。
そうしたリオネル様の内面にこそ、私は強く惹かれたのだ。
今回もメイプルストリート店のオープンをより印象づけるために、彼は自分の身分を明らかにすることを選んでくれた。
そこまでしてもらう価値が私にあるのか……私が手がけるカフェ事業にそんな価値があるのか、はまだわからない。
でも、きっとこの事業の価値はこれからどんどん上がっていく。いや、上げていかなければいけない。
ここまでやってきたのだから……リオネル様やマドレーヌ。スタッフや関係者の方々のお陰で、ここまで事業を大きくすることができたのだから。
「……リオネル様、色々とありがとうございます。これからも迷惑かけるかもしれないですが、どうぞよろしくお願いいたします」
ペコリと頭を下げると、頬にあたたかい手が触れてきた。
「堅苦しいことは無しにしましょう。あなたには、もっと私のことを頼ってほしいから」
顔を上げると、優しいブルーの瞳が私を真っ直ぐに見つめている。
「リオネル様……」
「私はあなたが夢を追う姿に心を奪われました。あなたが大事になさっているカフェ事業は、私にとっても同じくらい大事なもの。ただ……私が王族だと周囲に知られたことが、あなたにとって不利益に働かなければいいのですが」
そこまで心配してくれるなんて、なんていい人なんだろう!
世の中には陰口を叩く人もいるだろう。エレオノールのように、悪意を向けて妨害行動をしてくる者も、また出てくるかもしれない。
それでも、隣にリオネル様がいれば、私は何度でも立ち上がれる。
なぜなら、彼は前世と通算して恋愛経験ゼロだった私が、ようやく辿り着いた素晴らしい伴侶だから。
彼の手をギュッと握りしめて、私は微笑んだ。
「大丈夫です! 私、がんばります……だから、ずっとそばで見守っていてください」
私の言葉に、リオネル様は目を眇めてとろけるような笑みを浮かべた。
「ええ、もちろん。でも、たまには私との時間を作ってくださいね!」
そう言われて、ドキッとする。
社交行事にはパートナーになってもらって出かけているが、それらは厳密に言えば「カフェ・カタリナ」の広報業務にリオネル様を付き合わせているだけだ。
純粋にデートというと、しばらくしていない。
「もうすぐ、東部地方への汽車が開通します。その暁には、ぜひアステリウス公爵領にお嬢様をご招待したいものです」
東部は未開の地と呼ばれているが、交通網が整備されれば人の行き来が盛んになり、領地から収められるものも上向きになっていくだろう。
これまで国王が持つ領地の一つに過ぎなかった土地も、リオネル様の代になって価値が上がればそれ以上のことはない。
王都と違って手つかずの自然が残っている東部では、仕事のことを考えずに静かに時を過ごすこともできるだろう。
二人だけで、そんな場所に行けるだなんてなんて素敵なんだろう!
「そうですわね。最近、仕事以外でリオネル様と外出することもなかったし」
「そう……そうです! せっかく婚約者になったことですし、これからは努力して二人きりの時間を作りましょう。そうしないと、臍曲げちゃいますから」
いつも完璧なリオネル様らしからぬ子どもっぽい言い方に、思わず失笑してしまう。
こんな風に飾らない、ありのままの彼を少しずつ知っていきたい。
人生の伴侶として歩む私たちの間に、隠し事は要らない。
私も彼に話さねばならない秘密がある……前世の記憶を持って生まれ。その時の知恵を使って、カフェを経営しているということを。
それを明かしても、きっとリオネル様はさほど動じない気がする。
そう信じられるのは、私のことを自分よりも優先してくれる姿を何度も見たから。
そっと彼の肩に凭れかかって、私はそっと目を閉じた。
あたたかな人々に囲まれた素晴らしい日々が、いつまでも続くように――私は心の底から、そう願っている。
END
ようやく夜の帳が落ち、薄い紫色に染まる空に浮かぶ月が神秘的な光を放っている。
パーティーの会場から漏れる煌々とした灯り。そして、背の高い外灯が点在している庭は、庭のあちこちに咲く花々や低木の織り成す風景がロマンチックである。
……それもそのはず。
この建物はかつてはある伯爵家がタウンハウスとして使っていたらしいが、ホテルに滞在すれば用が足りるとのことで、今のオーナーに売却したそうだ。
ウルジニア侯爵のタウンハウスよりは規模は小さいものの、それなりの設えはあって風情がある。
小さな池の周りには白い彫刻が点在する。
そうした風雅な景色を愛でられるよう、真鍮製のベンチが置かれている。
「ここで少し休みましょう」
ベンチの座面にハンカチを敷き、リオネル様は私を誘った。
「ありがとうございます」
会場で演奏されている明るい音楽が裏庭にも聞こえ、少しひんやりした風が頬をなぶってくる。
五感を刺激してくるすべてが心地いい。
こんなに満ち足りた気分になったのは、リオネル様と私の関係に確固たる名がついたからかもしれない。
一度、一方的に婚約破棄を言い渡された私が、それから一年も経たないうちに愛すべき人を見つけて、再び婚約することになった。
自分に起きた奇跡が信じられなくて、まるで夢の中にいるような気分である。
「……夢みたいです。婚約したんですね、カタリナお嬢様と」
ぽつりと呟いたリオネル様の横顔を見て、私はクスッと笑ってしまった。
――以心伝心とでもいうのだろうか。
私が不安を感じると、だいたい彼も同じような思いを抱えている。
リオネル様の秀麗な見た目だけで惹かれたと周囲は思っているだろうが、けっしてそうではない。
感情的な部分がシンクロするところ……そして、私がつらい思いをしている時に、それを感じ取って、手を差し伸べてくれる優しさ。
そうしたリオネル様の内面にこそ、私は強く惹かれたのだ。
今回もメイプルストリート店のオープンをより印象づけるために、彼は自分の身分を明らかにすることを選んでくれた。
そこまでしてもらう価値が私にあるのか……私が手がけるカフェ事業にそんな価値があるのか、はまだわからない。
でも、きっとこの事業の価値はこれからどんどん上がっていく。いや、上げていかなければいけない。
ここまでやってきたのだから……リオネル様やマドレーヌ。スタッフや関係者の方々のお陰で、ここまで事業を大きくすることができたのだから。
「……リオネル様、色々とありがとうございます。これからも迷惑かけるかもしれないですが、どうぞよろしくお願いいたします」
ペコリと頭を下げると、頬にあたたかい手が触れてきた。
「堅苦しいことは無しにしましょう。あなたには、もっと私のことを頼ってほしいから」
顔を上げると、優しいブルーの瞳が私を真っ直ぐに見つめている。
「リオネル様……」
「私はあなたが夢を追う姿に心を奪われました。あなたが大事になさっているカフェ事業は、私にとっても同じくらい大事なもの。ただ……私が王族だと周囲に知られたことが、あなたにとって不利益に働かなければいいのですが」
そこまで心配してくれるなんて、なんていい人なんだろう!
世の中には陰口を叩く人もいるだろう。エレオノールのように、悪意を向けて妨害行動をしてくる者も、また出てくるかもしれない。
それでも、隣にリオネル様がいれば、私は何度でも立ち上がれる。
なぜなら、彼は前世と通算して恋愛経験ゼロだった私が、ようやく辿り着いた素晴らしい伴侶だから。
彼の手をギュッと握りしめて、私は微笑んだ。
「大丈夫です! 私、がんばります……だから、ずっとそばで見守っていてください」
私の言葉に、リオネル様は目を眇めてとろけるような笑みを浮かべた。
「ええ、もちろん。でも、たまには私との時間を作ってくださいね!」
そう言われて、ドキッとする。
社交行事にはパートナーになってもらって出かけているが、それらは厳密に言えば「カフェ・カタリナ」の広報業務にリオネル様を付き合わせているだけだ。
純粋にデートというと、しばらくしていない。
「もうすぐ、東部地方への汽車が開通します。その暁には、ぜひアステリウス公爵領にお嬢様をご招待したいものです」
東部は未開の地と呼ばれているが、交通網が整備されれば人の行き来が盛んになり、領地から収められるものも上向きになっていくだろう。
これまで国王が持つ領地の一つに過ぎなかった土地も、リオネル様の代になって価値が上がればそれ以上のことはない。
王都と違って手つかずの自然が残っている東部では、仕事のことを考えずに静かに時を過ごすこともできるだろう。
二人だけで、そんな場所に行けるだなんてなんて素敵なんだろう!
「そうですわね。最近、仕事以外でリオネル様と外出することもなかったし」
「そう……そうです! せっかく婚約者になったことですし、これからは努力して二人きりの時間を作りましょう。そうしないと、臍曲げちゃいますから」
いつも完璧なリオネル様らしからぬ子どもっぽい言い方に、思わず失笑してしまう。
こんな風に飾らない、ありのままの彼を少しずつ知っていきたい。
人生の伴侶として歩む私たちの間に、隠し事は要らない。
私も彼に話さねばならない秘密がある……前世の記憶を持って生まれ。その時の知恵を使って、カフェを経営しているということを。
それを明かしても、きっとリオネル様はさほど動じない気がする。
そう信じられるのは、私のことを自分よりも優先してくれる姿を何度も見たから。
そっと彼の肩に凭れかかって、私はそっと目を閉じた。
あたたかな人々に囲まれた素晴らしい日々が、いつまでも続くように――私は心の底から、そう願っている。
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