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88 寝取り令嬢の凋落(1)
しおりを挟む――魔女の予言なんて、信じていなかった。
いえ、信じないようにしていた。
そのために、夜な夜なベルンで行われる舞踏会に行き、底知れぬ不安を払拭するかのように色々な殿方と踊り明かしたわ。
その中には、かつて情熱的に愛を囁いてくれた令息もいた。
でも、ダンスを踊って少しお話をするくらいで、それ以上のことは何もなかったわよ!
当たり前じゃない。わたくしにはフィリップという婚約者がいるんですもの。
それに……残念なことに、かつてわたくしを好きだと言ってくれた殿方のほとんどは、すでに意中のお相手がいたり、縁談の話が進んでいたりしている様子。
彼らがわたくしと話がしたかったのは、どうしたら令嬢の心を掴めるかを知りたかったからなのね……もう、失礼しちゃうわ!
明け方まで踊り明かし、おいしい葡萄酒を飲む。楽しく夜明けまで語り尽くせば、翌日の昼間までグッタリよ。
そんな状態では、食欲があるわけがないわ。
午餐も兼ねて山羊のチーズと新鮮なイチゴを使ったサラダ、ミルクティーという美意識の高いメニューをいただいていると、ダイニングルームの扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは、長らく王都に滞在していたお父様――シルクハットを手にしながら、何やら渋い表情をしている。
「お帰りなさいませ、お父様!」
立ち上がって挨拶をしたわたくしを、お父様は睨みつけてきた。
「エレオノール……! お前に話がある。後で書斎に来なさい」
「は、はい。わかりました、お父様……」
あまりの剣幕に怯えるわたくしを、そばに控えていた侍女が心配そうに見守っていた。
その後、お父様に告げられたことは、心穏やかではいられない内容だった。
そして、例のナンパ男……ジュリアン・マルニアックがお金を要求してきた件については、今後はいっさいわたくしとの関係を口外しないという念書を書かせて解決したらしい。
それについては、わたくしも胸を撫で下ろしたわ。
だって、あんな下品な男たちにこれからも悩まされるのはまっぴらですもの。
ただ、それだけでは終わらなかった。
「……グラストン侯爵と面会してきた。お前の店が新聞沙汰になっているのを、ひどく悲しんでおいででな」
「申し訳ございません、ご心配をおかけしてしまって」
肩を落とすわたくしに頓着せず、お父様は話を続けた。
「心配どころの話ではないぞ、エレオノール! 侯爵はお前が令息の元婚約者であるカタリナ嬢に対抗心を燃やしているのを、苦々しく思っていたそうだ。しかも、先日のベルンでの舞踏会でお前が他の男と仲睦まじい様子なのを見て、堪忍袋の緒が切れたようでな」
「えっ!?」
それを聞いて、どこの舞踏会だろうと思い出そうとした。
こちらに戻ってきて、憂さ晴らしをするように多くの舞踏会に出席しているわたくしだけれど、そうした場でグラストン侯爵の顔を見た覚えはなかった。
他のことに気を取られている間に、いらっしゃったのかしら?
ただ、どこで会ったとしても結果はさほど変わらない。
だいたいの舞踏会で、モテるわたくしは殿方たちと楽しい時間を過ごしていたから。
美しいっていうことは、それだけで罪深いことなのよね。
「申し訳ございませんでした……わたくしの配慮が足りなかったようです。でも、けっして殿方たちとふしだらなことをしたわけではございませんわ」
「言い訳はもういい。今後はしばらく舞踏会に参加するのを自粛しなさい」
「え……、そんな……!」
「お前の持参金は、使い果たしてしまった。お前が事業に失敗したのもあるし、我が家の財産から補填できる分についても、マルニアックとかいう男との示談金でなくなった。こんな状況で、グラストン侯爵家がお前を快く令息の嫁として迎え入れるわけがなかろう?」
そう強く言われて、わたくしは目の前が真っ暗になる心地がした。
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