83 / 93
83 美青年の事情(2)
しおりを挟む無言のままの私に、母はこう続けた。
「その家では、近々後継者が決まるらしいの。だから、それ以外の男子に爵位や領地を分け与えるっていうことになってね、あなたもその手続きをするために、彼に会うことになると思うわ」
「彼って……? しかも、領地を分け与えるっていったい……」
ついに、母はおかしくなってしまったのか?
ほら、たまにいるじゃないか……自分は何代前の国王の落胤だぁーとかわめいている、妄想癖の激しい狂人が。
あれと同じように、本当は亡くなったはずの父を美化して、従属爵位がたくさんある高位貴族だと思い込みたいのだろうか?
端から信じていない私に、母はにっこり笑ってこう言った。
「あなたの父の名はね、カルロス=アルフォンソ・ミケーレ・デ・ベルクロン……つまり、このベルクロンの国王陛下よ」
思いがけぬ固有名詞に、唖然としたのは言うまでもなかった。
ひとまず、カフェオレのカップを落とさなかった自分を、まずは褒めてやりたいところだった……。
ベルクロン王国の王子たちは、無益な後継者争いを避けるために王宮の外で育てられると言う。
それは前々から知っていたが、そのうちの一人がまさか自分だなんて想像さえしたことはなかった。
むしろ、父親が貴族だということさえ信じていなかった。
母は父が貴族だと言い張るが、実は酔っ払いのならず者か何か。酒場で喧嘩して誰かに刺されて死んだんだろうな、と悪いほうに想像していた。
自分が見たことがないものを判断するには、それなりに根拠が必要だ。
調香師である母は、感性が豊かなせいなのか実際のものを美化してしまう傾向がある。
その分、超現実的な私が下方修正したわけである。
それなのに、自分の父が貴族どころか王族……しかも、現国王だったとは!
ただ、相手が国王であれば、私に会いたいというのは希望ではなく王命である。
事業の繁忙感にかこつけて謁見を避けるわけにはいかず、母を伴って謁見をすることになった。
……ただ、それは父と子の再会というにはあまりにあっさりしていた。
ほんの十分ほどの時間内で、形式的な挨拶と私が継ぐことになる爵位……東部地方にあるアステリウス公爵領について簡単な説明をされただけ。
はっきり言って、父親との対面というより仕事の引継ぎのようなもの。王太子が誰なのか、他の王子たちについての情報もまったく知らされない。
自ら望めば王族の一員だと公表することはできるが、他の王位継承権者たちからの暗殺や金銭トラブルに巻き込まれる危険は高まる。それを避けたいのか、領地経営を人に任せてそれまでの生活を続ける王子がほとんどだと聞かされた。
ただ、私の場合はカタリナお嬢様と釣り合う爵位と領地を得るという目的がある。
そのため、少なくともエルフィネス伯爵と伯爵夫人には、真実を話さねばならない。そうしたら、いくら秘密にしてほしいと言っても、どこからともなく話は広がるだろう。
――が、そうであっても仕方がない。
カタリナお嬢様と結婚できなかったら、私は一生後悔するから。
彼女は恋人でありながら、ビジネスパートナーにもなれる稀有なる存在だ。彼女をほかの男に取られるのだけは絶対に避けなければ。
だから、王宮からエルフィネス伯爵邸に求婚状を出させることにした。
ベルクロン王国第二王子としての権利――自分の人生の伴侶を王都に呼び戻すのに、それを使うことに何をためらう必要があるだろう?
38
お気に入りに追加
342
あなたにおすすめの小説

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】愛を信じないモブ令嬢は、すぐ死ぬ王子を護りたいけど溺愛だけはお断り!
miniko
恋愛
平凡な主婦だった私は、夫が不倫旅行で不在中に肺炎で苦しみながら死んだ。
そして、自分がハマっていた乙女ゲームの世界の、どモブ令嬢に転生してしまう。
不倫された心の傷から、リアルの恋愛はもう懲り懲りと思っている私には、どモブの立場が丁度良い。
推しの王子の幸せを見届けよう。
そう思っていたのだが、実はこのゲーム、王子の死亡フラグが至る所に立っているのだ。
どモブでありながらも、幼少期から王子と接点があった私。
推しの幸せを護る為、乱立する死亡フラグをへし折りながら、ヒロインとの恋を応援する!と、無駄に暑苦しく決意したのだが・・・。
ゲームと違って逞しく成長した王子は、思った以上に私に好意を持ってしまったらしく・・・・・・。
※ご都合主義ですが、ご容赦ください。
※感想欄はネタバレの配慮をしてませんので、閲覧の際はご注意下さい。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました
葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。
前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ!
だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます!
「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」
ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?
私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー!
※約六万字で完結するので、長編というより中編です。
※他サイトにも投稿しています。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

転生令嬢、シスコンになる ~お姉様を悪役令嬢になんかさせません!~
浅海 景
恋愛
物心ついた時から前世の記憶を持つ平民の子供、アネットは平凡な生活を送っていた。だが侯爵家に引き取られ母親違いの姉クロエと出会いアネットの人生は一変する。
(え、天使?!妖精?!もしかしてこの超絶美少女が私のお姉様に?!)
その容姿や雰囲気にクロエを「推し」認定したアネットは、クロエの冷たい態度も意に介さず推しへの好意を隠さない。やがてクロエの背景を知ったアネットは、悪役令嬢のような振る舞いのクロエを素敵な令嬢として育て上げようとアネットは心に誓う。
お姉様至上主義の転生令嬢、そんな妹に絆されたクーデレ完璧令嬢の成長物語。
恋愛要素は後半あたりから出てきます。
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる