上 下
81 / 93

81 天敵に向けられる疑惑

しおりを挟む


「カタリナお嬢様……もしかして、何か心当たりがおありなのですか?」
 無言で考え込んでいる私に、リオネル様が尋ねてくる。
 正直に言っていいものか悩んだが、この先、彼とはただの恋人ではなく生涯の伴侶となるだろう間柄……つまらない隠し事はせず、些細な情報も共有しなくてはいけない。
 そう思って、重い口を開いた。
「実は、エレオノールに関してある噂を耳にしたのです」
「ああ、ベルトラ子爵令嬢ですか。カフェを閉じて、おとなしく南部に戻ったのではなかったのですか?」
 「カフェ・ベルトラ」の衛生管理のずさんさについて、新聞記事にして衛生省の役人に情報をリークした張本人はリオネル様である。
 こてんぱんに成敗したはずの彼女の名がここで出ることが、彼にとっては意外だったようだ。
「その通りですわ。ただ、わたくしと親しい令嬢がエレオノールのことを、ベルンの占い館で見かけたと言っていて……その話が、とても気になりましたの」
「占い館ですか?」
「ええ。そこのオーナーは、特別なお客様しか対応しないらしいのですが、オーナーの部屋からエレオノールが出てきた、と令嬢は言っていました。しかも、エレオノールと同じように、略奪愛を成功させたとある貴婦人も同じようにそのオーナーの顧客だそうです」
 それを聞いて、リオネル様は考えあぐねる様子を見せたが、すぐに私に礼を言ってきた。
「貴重な情報をありがとうございます。ベルンの占い館の件は、私のほうから魔法省に命じて調べさせることにいたします。非合法に魔法を使う者がいるのなら、きちんと取り締まらねばならないでしょうし」
「そうしていただけるとうれしいですわ。今後、今回のようなことがあったら困りますもの」
 私は地面に視線を落としながら、そう呟いた。
 エレオノールがいったいどんな気持ちなのか……そして、どんな方法を使って、私に対する嫌がらせをし続けているのかは本人にしかわからないことだ。
 もし、彼女がまっとうな方法で勝負をするなら、いくらでも応じてもいい。
 しかし、明らかにこちらに分が悪い勝負だったら願い下げだ。
 今回は幸いにもリオネル様が求婚者だったからよかったものの、もしそうじゃなかったらどうなっていたかと思う。愛する相手と引き離されたまま、私は別の男に嫁がされていたかもしれないのだ。
 エレオノールに恋路を邪魔されるのは、今回で二度目だ。
 ああ……一度目は、ある意味で私にとってラッキーな破談だった。
 婚約者のクズ具合を確認できたうえに、グラストン侯爵家から慰謝料をもらったお陰で、王都に出ることもできてカフェを開業する資金も困ることはなかったのだから。
 婚約破棄についてはフィリップを誘惑したエレオノールに、むしろ感謝状を渡したいくらいだが、それ以降の彼女の悪行は少々いただけない。
 「カフェ・ベルトラ」が閉業して完全におとなしくしていたら、それでも許すことができたと思う。
 しかし、もし私が想像しているようなことがあったとしたら……?
 エレオノールが占い館のオーナーと共謀して、エルフィネス伯爵を魔法で操っていたとしたら、それは許しがたいことだと思う。
 険しい表情で黙り込んだ私を、リオネル様は心配そうに見つめてくる。
「もう、大丈夫です。これ以上、悩まないでください。私があなたをお守りいたしますから」
「リオネル様……」
「あなたがいなければ、王子としての地位もそれに伴って与えられる公爵位も受けようとは思っていませんでした。そんなものがなくても、自分で培ったものもありますし……だから、私が得た新たな力は、大事なあなたとこの国の民のために使いますよ」
 そう言われて、私は申し訳なさを感じた。
 彼はむしろ、新興貴族であるリオネル・ユーレックとして生きていたかったのだろう。
 王族であることで有利になる部分はあるにせよ、それを隠していても彼の能力があれば十分に成功することができるはず。
 それなのに、王宮からの求婚状を今回出すことになったのは、国王の力を借りてでも私を王都に戻したかったから。
 それほどの犠牲を強いてしまった罪悪感が、私の心に翳りを落とす。
「……心苦しいですわ、リオネル様。わたくしのせいで、大変な思いをさせてしまって」
 そう謝った私の手を取って、彼は唇を押し当てた。
 その感触は思いがけず艶めかしく、真面目な話をしているのにもかかわらず、胸がドキッと高鳴ってしまう。
 そこかしこに衛兵が見回りをしている王宮の中だからこそ、リオネル様に触れられているのが、たとえ手だけでも気恥ずかしく感じてしまうのかもしれない。
 頬を赤らめた私を見て、彼はうれしそうに微笑んだ。
「お嬢様のためにする苦労は、どんなことでも私にとっては喜びなのです。初めて会った時から、私はカタリナお嬢様の虜でしたから」
 歯が浮くような台詞も、リオネル様に言われると心がくすぐられる。
 彼になら、何をされたとしてもうれしくなるのかもしれない。
 そう思うほどに、私はリオネル様のことを深く愛していた。
「……わたくしはリオネル様に、選んでもらえてよかったですわ……この王都で、あなたと出会えた奇跡に感謝いたします」
「お嬢様……」
 彼は私の体を、やさしく抱き寄せてきた。
 かつて何度も感じたことのある懐かしいぬくもりが、心に沁み渡ってくる。
「カタリナお嬢様……あなたのことを愛しています。求婚状を受け入れて、私の妃になってくださいますね?」
「もちろんです! わたくしもリオネル様を愛していますから」
 薔薇の香りがする微風が吹く庭園で、私たちは結婚を誓い合った。
 これから、どんな苦難が待ち受けようとも、互いの存在さえあれば強く生きていけるだろう。
 そして、リオネル様の力があれば、私とエレオノールのこじれてしまった因縁をすっぱりと断ち切ってくれるはず。
 彼の広い胸に抱かれながら、私はそう確信していた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

転生令嬢、シスコンになる ~お姉様を悪役令嬢になんかさせません!~

浅海 景
恋愛
物心ついた時から前世の記憶を持つ平民の子供、アネットは平凡な生活を送っていた。だが侯爵家に引き取られ母親違いの姉クロエと出会いアネットの人生は一変する。 (え、天使?!妖精?!もしかしてこの超絶美少女が私のお姉様に?!) その容姿や雰囲気にクロエを「推し」認定したアネットは、クロエの冷たい態度も意に介さず推しへの好意を隠さない。やがてクロエの背景を知ったアネットは、悪役令嬢のような振る舞いのクロエを素敵な令嬢として育て上げようとアネットは心に誓う。 お姉様至上主義の転生令嬢、そんな妹に絆されたクーデレ完璧令嬢の成長物語。 恋愛要素は後半あたりから出てきます。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

処理中です...