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81 天敵に向けられる疑惑
しおりを挟む「カタリナお嬢様……もしかして、何か心当たりがおありなのですか?」
無言で考え込んでいる私に、リオネル様が尋ねてくる。
正直に言っていいものか悩んだが、この先、彼とはただの恋人ではなく生涯の伴侶となるだろう間柄……つまらない隠し事はせず、些細な情報も共有しなくてはいけない。
そう思って、重い口を開いた。
「実は、エレオノールに関してある噂を耳にしたのです」
「ああ、ベルトラ子爵令嬢ですか。カフェを閉じて、おとなしく南部に戻ったのではなかったのですか?」
「カフェ・ベルトラ」の衛生管理のずさんさについて、新聞記事にして衛生省の役人に情報をリークした張本人はリオネル様である。
こてんぱんに成敗したはずの彼女の名がここで出ることが、彼にとっては意外だったようだ。
「その通りですわ。ただ、わたくしと親しい令嬢がエレオノールのことを、ベルンの占い館で見かけたと言っていて……その話が、とても気になりましたの」
「占い館ですか?」
「ええ。そこのオーナーは、特別なお客様しか対応しないらしいのですが、オーナーの部屋からエレオノールが出てきた、と令嬢は言っていました。しかも、エレオノールと同じように、略奪愛を成功させたとある貴婦人も同じようにそのオーナーの顧客だそうです」
それを聞いて、リオネル様は考えあぐねる様子を見せたが、すぐに私に礼を言ってきた。
「貴重な情報をありがとうございます。ベルンの占い館の件は、私のほうから魔法省に命じて調べさせることにいたします。非合法に魔法を使う者がいるのなら、きちんと取り締まらねばならないでしょうし」
「そうしていただけるとうれしいですわ。今後、今回のようなことがあったら困りますもの」
私は地面に視線を落としながら、そう呟いた。
エレオノールがいったいどんな気持ちなのか……そして、どんな方法を使って、私に対する嫌がらせをし続けているのかは本人にしかわからないことだ。
もし、彼女がまっとうな方法で勝負をするなら、いくらでも応じてもいい。
しかし、明らかにこちらに分が悪い勝負だったら願い下げだ。
今回は幸いにもリオネル様が求婚者だったからよかったものの、もしそうじゃなかったらどうなっていたかと思う。愛する相手と引き離されたまま、私は別の男に嫁がされていたかもしれないのだ。
エレオノールに恋路を邪魔されるのは、今回で二度目だ。
ああ……一度目は、ある意味で私にとってラッキーな破談だった。
婚約者のクズ具合を確認できたうえに、グラストン侯爵家から慰謝料をもらったお陰で、王都に出ることもできてカフェを開業する資金も困ることはなかったのだから。
婚約破棄についてはフィリップを誘惑したエレオノールに、むしろ感謝状を渡したいくらいだが、それ以降の彼女の悪行は少々いただけない。
「カフェ・ベルトラ」が閉業して完全におとなしくしていたら、それでも許すことができたと思う。
しかし、もし私が想像しているようなことがあったとしたら……?
エレオノールが占い館のオーナーと共謀して、エルフィネス伯爵を魔法で操っていたとしたら、それは許しがたいことだと思う。
険しい表情で黙り込んだ私を、リオネル様は心配そうに見つめてくる。
「もう、大丈夫です。これ以上、悩まないでください。私があなたをお守りいたしますから」
「リオネル様……」
「あなたがいなければ、王子としての地位もそれに伴って与えられる公爵位も受けようとは思っていませんでした。そんなものがなくても、自分で培ったものもありますし……だから、私が得た新たな力は、大事なあなたとこの国の民のために使いますよ」
そう言われて、私は申し訳なさを感じた。
彼はむしろ、新興貴族であるリオネル・ユーレックとして生きていたかったのだろう。
王族であることで有利になる部分はあるにせよ、それを隠していても彼の能力があれば十分に成功することができるはず。
それなのに、王宮からの求婚状を今回出すことになったのは、国王の力を借りてでも私を王都に戻したかったから。
それほどの犠牲を強いてしまった罪悪感が、私の心に翳りを落とす。
「……心苦しいですわ、リオネル様。わたくしのせいで、大変な思いをさせてしまって」
そう謝った私の手を取って、彼は唇を押し当てた。
その感触は思いがけず艶めかしく、真面目な話をしているのにもかかわらず、胸がドキッと高鳴ってしまう。
そこかしこに衛兵が見回りをしている王宮の中だからこそ、リオネル様に触れられているのが、たとえ手だけでも気恥ずかしく感じてしまうのかもしれない。
頬を赤らめた私を見て、彼はうれしそうに微笑んだ。
「お嬢様のためにする苦労は、どんなことでも私にとっては喜びなのです。初めて会った時から、私はカタリナお嬢様の虜でしたから」
歯が浮くような台詞も、リオネル様に言われると心がくすぐられる。
彼になら、何をされたとしてもうれしくなるのかもしれない。
そう思うほどに、私はリオネル様のことを深く愛していた。
「……わたくしはリオネル様に、選んでもらえてよかったですわ……この王都で、あなたと出会えた奇跡に感謝いたします」
「お嬢様……」
彼は私の体を、やさしく抱き寄せてきた。
かつて何度も感じたことのある懐かしいぬくもりが、心に沁み渡ってくる。
「カタリナお嬢様……あなたのことを愛しています。求婚状を受け入れて、私の妃になってくださいますね?」
「もちろんです! わたくしもリオネル様を愛していますから」
薔薇の香りがする微風が吹く庭園で、私たちは結婚を誓い合った。
これから、どんな苦難が待ち受けようとも、互いの存在さえあれば強く生きていけるだろう。
そして、リオネル様の力があれば、私とエレオノールのこじれてしまった因縁をすっぱりと断ち切ってくれるはず。
彼の広い胸に抱かれながら、私はそう確信していた。
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