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80 なぜ、あなたがここにいるの?(2)
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そんな様子に、国王は伯爵に提案した。
「どうだ、エルフィネス伯爵。王子と伯爵令嬢を二人だけで話す時間を与えてやってはくれないか?」
王子と私のお見合いとしてはもっともな言葉に、伯爵は何度も首を縦に振った。
「もちろんでございます、陛下! 娘も殿下との再会を喜んでいるようですし、ぜひともそうさせてやってください」
「では、伯爵夫妻は控えの間で待っていてもらうとしよう。リオネルよ……そういうわけだから、令嬢に王宮の中を案内してやってほしい」
玉座を仰ぎ見て、リオネル様は手を胸に当てて頭を下げた。
「ご配慮ありがとうございます、陛下」
「裏庭の薔薇が見頃を迎えておるようだ。気分転換に行ってみてはどうだ?」
「そういたします」
リオネル様は私に向き直って、腕を差し出してきた。
「さあ、カタリナお嬢様、参りましょうか?」
「はいっ……!」
両親の目の前で彼にエスコートを受けられるのがうれしくて堪らない。
この謁見室に入ってきたとき、塞ぎ込んでいたのがまるで嘘みたい。
正々堂々とリオネル様の隣で歩けることに心躍らせながら、私たちはその場を後にした。
国王が言っていたように、王宮の裏庭には広大な薔薇園があった。
王都の至る場所に植えられている薔薇が一堂にここに集まっており、青空の下に華やいだ空間が広がっている。
愛しいリオネル様と色とりどりの花を愛でられる今日という日は、私の人生の中で最良の日……彼にとっても、同じように素敵な日になるといいのだけれど。
「お嬢様と一緒にこうしていられるなんて、まるで夢みたいです」
そのリオネル様の言葉が、爽やかな風に乗って私を舞い上がらせる。
昨晩の絶望の中で、これまで彼が私にくれたものをどれだけ懐かしく思っただろう?
「私もです! あの舞踏会の晩は、父が大変失礼をいたしました」
「それは気になさらないでください。私のほうこそ自分の母を先にあなたに紹介しておいて、エルフィネス伯爵夫妻にご挨拶に伺わなかったことを申し訳なく思っているのです」
「いえ、父が少々神経質になりすぎていただけですわ。前はそこまで頑固ではなかったのですが、どうしたものやら……」
それについては何も答えないまま、リオネル様は薔薇のアーチの奥にある東屋に私を誘った。
「せっかくですから、庭園を眺めながらゆっくりと話をさせていただきましょうか」
「ええ」
私のドレスが汚れないよう、ベンチの座面にハンカチを敷いてくれる辺り、彼の気遣いが感じられる。
並んで座ると、リオネル様は途端に神妙な面持ちになった。
「実は、不可解なことがありまして……」
「えっ、何ですの?」
「……あの舞踏会の席で伯爵にお目にかかった際、違和感を覚えたのです。私は王族の血が入っているせいか、魔法の気配を感じ取る力が備わっておりまして」
彼の言葉に、私は眉を顰めた。
魔法や魔術はこの世界にありがちなスキルだが、ベルクロン王国においては厳格に使用を制限されている。
魔法省という行政機関が設置され、魔力を持った者たちはそこに登録され、ベルクロン王国の国益のために魔力を使うことになっている。
そのため、魔法省とは何の関わりもない伯爵からそんな気配が漂っているなんて、とてつもなく奇妙な話だった。
「そんな……なぜ、そんなものがお父様から……」
「それはわかりません。私も気のせいかと思って、念のため魔法省の官僚の一人を謁見室のカーテンの奥に控えさせました。彼もやはり、私と同じような意見を持ったようです」
それを聞いて、途端に寒気がする。
誰かが、意図的にエルフィネス伯爵を操っていたとしたら……それによって私が南部地方に連れ戻されて、リオネル様と離れ離れにさせられていたとしたら?
その時、ふとエレオノールのことを思い出す。
いつか汽車に乗り込む前に見せた、底知れぬ憎悪を感じさせる眼差しと、屈辱に震える声が、鮮やかに脳裏に甦ってきた。
南部地方に戻った彼女が私への敵意を持ち続けていたとしたら、今回の件はただの偶然ではないような気がした。
「どうだ、エルフィネス伯爵。王子と伯爵令嬢を二人だけで話す時間を与えてやってはくれないか?」
王子と私のお見合いとしてはもっともな言葉に、伯爵は何度も首を縦に振った。
「もちろんでございます、陛下! 娘も殿下との再会を喜んでいるようですし、ぜひともそうさせてやってください」
「では、伯爵夫妻は控えの間で待っていてもらうとしよう。リオネルよ……そういうわけだから、令嬢に王宮の中を案内してやってほしい」
玉座を仰ぎ見て、リオネル様は手を胸に当てて頭を下げた。
「ご配慮ありがとうございます、陛下」
「裏庭の薔薇が見頃を迎えておるようだ。気分転換に行ってみてはどうだ?」
「そういたします」
リオネル様は私に向き直って、腕を差し出してきた。
「さあ、カタリナお嬢様、参りましょうか?」
「はいっ……!」
両親の目の前で彼にエスコートを受けられるのがうれしくて堪らない。
この謁見室に入ってきたとき、塞ぎ込んでいたのがまるで嘘みたい。
正々堂々とリオネル様の隣で歩けることに心躍らせながら、私たちはその場を後にした。
国王が言っていたように、王宮の裏庭には広大な薔薇園があった。
王都の至る場所に植えられている薔薇が一堂にここに集まっており、青空の下に華やいだ空間が広がっている。
愛しいリオネル様と色とりどりの花を愛でられる今日という日は、私の人生の中で最良の日……彼にとっても、同じように素敵な日になるといいのだけれど。
「お嬢様と一緒にこうしていられるなんて、まるで夢みたいです」
そのリオネル様の言葉が、爽やかな風に乗って私を舞い上がらせる。
昨晩の絶望の中で、これまで彼が私にくれたものをどれだけ懐かしく思っただろう?
「私もです! あの舞踏会の晩は、父が大変失礼をいたしました」
「それは気になさらないでください。私のほうこそ自分の母を先にあなたに紹介しておいて、エルフィネス伯爵夫妻にご挨拶に伺わなかったことを申し訳なく思っているのです」
「いえ、父が少々神経質になりすぎていただけですわ。前はそこまで頑固ではなかったのですが、どうしたものやら……」
それについては何も答えないまま、リオネル様は薔薇のアーチの奥にある東屋に私を誘った。
「せっかくですから、庭園を眺めながらゆっくりと話をさせていただきましょうか」
「ええ」
私のドレスが汚れないよう、ベンチの座面にハンカチを敷いてくれる辺り、彼の気遣いが感じられる。
並んで座ると、リオネル様は途端に神妙な面持ちになった。
「実は、不可解なことがありまして……」
「えっ、何ですの?」
「……あの舞踏会の席で伯爵にお目にかかった際、違和感を覚えたのです。私は王族の血が入っているせいか、魔法の気配を感じ取る力が備わっておりまして」
彼の言葉に、私は眉を顰めた。
魔法や魔術はこの世界にありがちなスキルだが、ベルクロン王国においては厳格に使用を制限されている。
魔法省という行政機関が設置され、魔力を持った者たちはそこに登録され、ベルクロン王国の国益のために魔力を使うことになっている。
そのため、魔法省とは何の関わりもない伯爵からそんな気配が漂っているなんて、とてつもなく奇妙な話だった。
「そんな……なぜ、そんなものがお父様から……」
「それはわかりません。私も気のせいかと思って、念のため魔法省の官僚の一人を謁見室のカーテンの奥に控えさせました。彼もやはり、私と同じような意見を持ったようです」
それを聞いて、途端に寒気がする。
誰かが、意図的にエルフィネス伯爵を操っていたとしたら……それによって私が南部地方に連れ戻されて、リオネル様と離れ離れにさせられていたとしたら?
その時、ふとエレオノールのことを思い出す。
いつか汽車に乗り込む前に見せた、底知れぬ憎悪を感じさせる眼差しと、屈辱に震える声が、鮮やかに脳裏に甦ってきた。
南部地方に戻った彼女が私への敵意を持ち続けていたとしたら、今回の件はただの偶然ではないような気がした。
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