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77 王子殿下とのお見合い!(1)

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 その夜は、なかなか眠れなかった。
 寝ようと思えば思うほど、どんどんネガティブな考えが頭に浮かんでくる。
 もしかして、すでに私のことなんて忘れているんじゃないか。他にもっと好きな女性ができたんじゃないか……。
 そんなことをグルグルと考えて、気分が地中の奥深くにまで落ち込んだ。
 そして、落ちるところまで落ちたら、途端にイライラしてくる。
 だって、どこで歯車が狂ったのか、さっぱり理解できない。
 天敵のエレオノールが南部に戻ってからは、仕事も恋も順風満帆。楽しく毎日を過ごせていたというのに……いったい、どうしてこうなったのだろう?
(……まぁ、怒っていても仕方がないわ。建設的に考えたら、とりあえず今は寝るしかないわよね)
 心を鎮めようとするけれど、その努力はなかなか実らない。
 いつの間にか、日付が変わってしまっていた。
 ベッドから抜け出して、読みかけの本や店の帳簿をペラペラ捲ってみたものの、一向に眠気は訪れない。
 寝酒でも煽ろうと寝室の扉を開くと、真っ先に目に飛び込んできたのは、椅子に座ったまま仮眠をとっている護衛の背中。ペントハウスの出入り口ではなく、私の寝室のすぐそばにいること自体、監視の意図がはっきりしている。
 このまま逃げ出してリオネル様と駆け落ちでもするんじゃないか、と夫妻に警戒されているのだろう。
(いいなぁ、駆け落ち……)
 寝酒をあきらめた私は、そっと扉を閉じてため息を漏らした。
 駆け落ちは、愛し合っている恋人同士が合意のもとでするもの。私一人がしたいと思っても、できるものではない。
 私が想うほどには、リオネル様が私を想っていないんだろうなぁ。
 悶々としてしまい、さらに眠気は遠ざかっていく――。


 どんなに眠れなくても、残酷に夜は明けてしまう。
 窓の外にある王都の眺望は息を呑むほどだった。
 朝焼けに赤い煉瓦の民家や商店の屋根が照らされ、一際高く天に聳え立つ荘厳な大聖堂の塔や王宮の威風堂々とした建物群がアクセントを添えている。
 美しい景色を見ていると、今日に限っては何だか悲しい気分になってきた。
(リオネル様がいたからこそ、王都に行きたかったのに……)
 ツキッと突き刺さるような胸の痛み。
 マドレーヌのお陰で「カフェ・カタリナ」が順調とわかった途端、不安の矛先は恋人へと向かっていく。
 無論、私も知っている……リオネル様が携わっている事業は、ベルクロン王国の国益に関わることだって。
 鉄道網がさらに多くの地方に張り巡らされたら、交通の利便性が上がり経済が活発になっていく。
 そうした事業を取り仕切っているリオネル様がお忙しいのは当然のことだ。
 それなのに、私に時間を割いてくれたのは、たまたま近くにいる私が悩んだり苦しんだりしているのを見ていたから……私がいなくなれば仕事に精を出すのは当然のこと。
 ただ……気になる。
 王都に残っている私の最側近であるマドレーヌが、リオネル様の動向を知らないということは、そんなに私に対して興味がないということじゃないか。
(やっぱり、好きじゃないのね……私のことなんて)
 思わず、切ない気分になってしまう。
 鍵が厳重に閉じられた窓の下には、ホテルの中庭が見える。
 ホテルのスタッフたちがカウンターにかけられた覆いを取って、カフェの開店準備をしている様子がここからも確認できた。
 あそこに私が働いている時に戻れたら……そうしたら、もう少しうまく物事を進められるだろうか?
 前世でも恋愛なんてしてこなかった私に、そんな器用な真似は無理かしら?
 だとしたら、せめて彼に心を奪われる前に戻りたい。
 リオネル様と付き合い始めるきっかけになったテラスカフェ――ただ、彼のことを素敵な顧客の一人だと思えていたあの頃が、いまはひどく懐かしくて。
 実らない恋がこんなに苦しいものだなんて、私は生まれて初めて知った。
 
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