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72 お茶会で得た情報(1)
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南部地方には、大した娯楽はない。
特に伯爵領の辺りは、南部の中心地のベルンにも距離があり、買い物に行くのも半日がかりだ。
かつて馬鹿みたいにお菓子作りをしていたのは、他にやることがなかったから。
小麦畑や農場、果実園に囲まれた土地だから、材料には事欠かない。
しかし、お菓子作りにおいて盟友だったマドレーヌは、いまは王都で「カフェ・カタリナ」を切り盛りしている。
過保護な伯爵夫妻のせいで身動きがとれない状況で、彼女と護衛のマルコが店に尽力してくれるのは、とてもありがたいことだった。
でも、やっぱり寂しい。
……いまにして思えば、この屋敷でこれまで楽しく過ごせたのはマドレーヌがいてくれたお陰だと言っても過言ではない。
なぜなら、侍女が代わっただけで、伯爵邸での日々が空虚なものに変わっている。
いや、ずっとここでの生活はもともとこんなものだったのかもしれない。
王都にいた時期があまりにも充実していたから、ここの空虚さに気づいてしまっただけ……。
ウルジニア侯爵夫妻は、やりたいことを自由にやらせてくれた。カフェをやりたいとか絵空事を並べる私の力になってくれて、事業のことを両親に内緒にしてくれた。
マドレーヌと二人三脚でテラスカフェを計画し、朝早くから焼き菓子やパニーニのパンをたくさん焼いたのはいい思い出。
そして、リオネル様と偶然に出会って恋に落ちて……事業を拡大させると共に、見た目の美しさばかりではない彼の人となりに魅了された。
フィリップを奪ってすべてを手に入れたはずのエレオノールが、あんなにも私の邪魔をしてきたのは驚きだった。
まったく、フィリップさえいなければ、彼女とも友達のままでいられたのに……!
まぁ、諸々の一般常識が通じないエレオノールがいけないんだけどね。
そう言えば、彼女はその後どうしているのかしら?
南部地方に帰ってから、エレオノールの噂話を聞かないわ。
また、つまらないことを画策していないといいのだけれど……って、さすがの彼女もこれ以上なにもできないわよね?
さすがに何かやっていたとしたら、その不屈の闘志に敬意を示したいところだ。
「あー、ほかの子たちを呼べば、何かわかるかしら?」
思わず、そう口に出して呟いていた。
そうだ……私の友人はエレオノールだけではない。
王都に行くまでの間にお茶会を開いて、ほんの少し憂さ晴らしをしようじゃないか。
新しく来た侍女は、私のお菓子作りのアシスタントを拒絶した。
下級貴族の娘だから、下女の真似をさせられるのが屈辱なのだろう。
「なぜ、わたくしが? こちらのお屋敷には専属の料理人がいるではございませんか?」
「いまのは忘れてちょうだい。雇用契約書にあること以外をお願いするなんて、私が浅はかだったわ」
私は肩を竦めて、料理人のところに手伝いを頼みに行く。
(あーあ……やっぱり、マドレーヌがいてくれないとねぇ)
盟友がいない寂しさに、心が押しつぶされてしまいそうだ。
マドレーヌはよくチップをせがんできたが、ぜんぜん嫌味じゃなかった。
毎度、冗談っぽく要求してくるのが面倒だったけれど、お金というのはある意味「ありがとう」の形である。
ギブアンドテイクが気分よくできて、どこまでも私の意を汲んでくれる相手は、今までもこれからもマドレーヌしかいない。
(早く、王都に行きたいなぁ。お店のみんなに会いたいなぁ……もちろん、リオネル様にも……)
今日のお茶会の主役は、私が大好きなストロベリーズコット。
ドーム型の見た目が美しいイタリアのケーキである。
まずは、土台のスポンジケーキに取りかかる。
基本的な作り方は、卵を泡立てて砂糖を入れてから角が立つくらいまで混ぜる。そこに何度かふるった小麦粉を入れていく。
様々なケーキ類の中で綺麗に膨らますのがむずかしいのは、何と言ってもスポンジケーキだろう。
私も独学で作っていた頃はよく失敗した。
製菓学校で教えられたのだが、卵を湯せんで人肌程度に温めてから泡立てるといいらしい。温度が低いと泡立ちが悪くなってしまうから。
せっかくがんばったのに、オーブンを開くと謎の固いケーキが現れるあのガッカリ具合と言ったら……。
でも、失敗した固いスポンジでティラミスを作ったりラスクを作ったり、とリメイクできるから心配無用。材料がおいしいのだから、アレンジ次第で何とかなる。
さて、竈から出したスポンジケーキは、いい感じで膨らんでいる。
それを横に二枚にスライスし、一枚は放射状に八等分に切り、ドーム型を作るためボウルの底に敷いていく。
その上にクリームチーズと生クリームを混ぜたものを塗り、ダイス状に切った苺をたっぷりと入れて、もう一枚のスポンジで蓋をする。
ボウルを氷水に入れて一時間ほど冷やし固め、お皿の上にひっくり返したケーキの表面にまんべんなく生クリームを塗っていく。
薄くスライスした苺をその上にトッピングしたら、ストロベリーズコットの出来上がりだ!
「相変わらず、お嬢様のケーキは美しいですね! これなら、ご令嬢たちもお喜びになるでしょう」
作業を手伝ってくれた料理人は、私のデザートを手放しで褒めてくれた。
お礼にレシピを教えてあげることにしようか。
ケーキを冷やし固める間、暇だったのでアイスボックスクッキーも焼いてみた。
ココアがなかったから紅茶の茶葉を入れてみたが、これが香り高くてなかなかおいしい。
お嬢様たちは、私の作ったスイーツを喜んでくれるかな?
特に伯爵領の辺りは、南部の中心地のベルンにも距離があり、買い物に行くのも半日がかりだ。
かつて馬鹿みたいにお菓子作りをしていたのは、他にやることがなかったから。
小麦畑や農場、果実園に囲まれた土地だから、材料には事欠かない。
しかし、お菓子作りにおいて盟友だったマドレーヌは、いまは王都で「カフェ・カタリナ」を切り盛りしている。
過保護な伯爵夫妻のせいで身動きがとれない状況で、彼女と護衛のマルコが店に尽力してくれるのは、とてもありがたいことだった。
でも、やっぱり寂しい。
……いまにして思えば、この屋敷でこれまで楽しく過ごせたのはマドレーヌがいてくれたお陰だと言っても過言ではない。
なぜなら、侍女が代わっただけで、伯爵邸での日々が空虚なものに変わっている。
いや、ずっとここでの生活はもともとこんなものだったのかもしれない。
王都にいた時期があまりにも充実していたから、ここの空虚さに気づいてしまっただけ……。
ウルジニア侯爵夫妻は、やりたいことを自由にやらせてくれた。カフェをやりたいとか絵空事を並べる私の力になってくれて、事業のことを両親に内緒にしてくれた。
マドレーヌと二人三脚でテラスカフェを計画し、朝早くから焼き菓子やパニーニのパンをたくさん焼いたのはいい思い出。
そして、リオネル様と偶然に出会って恋に落ちて……事業を拡大させると共に、見た目の美しさばかりではない彼の人となりに魅了された。
フィリップを奪ってすべてを手に入れたはずのエレオノールが、あんなにも私の邪魔をしてきたのは驚きだった。
まったく、フィリップさえいなければ、彼女とも友達のままでいられたのに……!
まぁ、諸々の一般常識が通じないエレオノールがいけないんだけどね。
そう言えば、彼女はその後どうしているのかしら?
南部地方に帰ってから、エレオノールの噂話を聞かないわ。
また、つまらないことを画策していないといいのだけれど……って、さすがの彼女もこれ以上なにもできないわよね?
さすがに何かやっていたとしたら、その不屈の闘志に敬意を示したいところだ。
「あー、ほかの子たちを呼べば、何かわかるかしら?」
思わず、そう口に出して呟いていた。
そうだ……私の友人はエレオノールだけではない。
王都に行くまでの間にお茶会を開いて、ほんの少し憂さ晴らしをしようじゃないか。
新しく来た侍女は、私のお菓子作りのアシスタントを拒絶した。
下級貴族の娘だから、下女の真似をさせられるのが屈辱なのだろう。
「なぜ、わたくしが? こちらのお屋敷には専属の料理人がいるではございませんか?」
「いまのは忘れてちょうだい。雇用契約書にあること以外をお願いするなんて、私が浅はかだったわ」
私は肩を竦めて、料理人のところに手伝いを頼みに行く。
(あーあ……やっぱり、マドレーヌがいてくれないとねぇ)
盟友がいない寂しさに、心が押しつぶされてしまいそうだ。
マドレーヌはよくチップをせがんできたが、ぜんぜん嫌味じゃなかった。
毎度、冗談っぽく要求してくるのが面倒だったけれど、お金というのはある意味「ありがとう」の形である。
ギブアンドテイクが気分よくできて、どこまでも私の意を汲んでくれる相手は、今までもこれからもマドレーヌしかいない。
(早く、王都に行きたいなぁ。お店のみんなに会いたいなぁ……もちろん、リオネル様にも……)
今日のお茶会の主役は、私が大好きなストロベリーズコット。
ドーム型の見た目が美しいイタリアのケーキである。
まずは、土台のスポンジケーキに取りかかる。
基本的な作り方は、卵を泡立てて砂糖を入れてから角が立つくらいまで混ぜる。そこに何度かふるった小麦粉を入れていく。
様々なケーキ類の中で綺麗に膨らますのがむずかしいのは、何と言ってもスポンジケーキだろう。
私も独学で作っていた頃はよく失敗した。
製菓学校で教えられたのだが、卵を湯せんで人肌程度に温めてから泡立てるといいらしい。温度が低いと泡立ちが悪くなってしまうから。
せっかくがんばったのに、オーブンを開くと謎の固いケーキが現れるあのガッカリ具合と言ったら……。
でも、失敗した固いスポンジでティラミスを作ったりラスクを作ったり、とリメイクできるから心配無用。材料がおいしいのだから、アレンジ次第で何とかなる。
さて、竈から出したスポンジケーキは、いい感じで膨らんでいる。
それを横に二枚にスライスし、一枚は放射状に八等分に切り、ドーム型を作るためボウルの底に敷いていく。
その上にクリームチーズと生クリームを混ぜたものを塗り、ダイス状に切った苺をたっぷりと入れて、もう一枚のスポンジで蓋をする。
ボウルを氷水に入れて一時間ほど冷やし固め、お皿の上にひっくり返したケーキの表面にまんべんなく生クリームを塗っていく。
薄くスライスした苺をその上にトッピングしたら、ストロベリーズコットの出来上がりだ!
「相変わらず、お嬢様のケーキは美しいですね! これなら、ご令嬢たちもお喜びになるでしょう」
作業を手伝ってくれた料理人は、私のデザートを手放しで褒めてくれた。
お礼にレシピを教えてあげることにしようか。
ケーキを冷やし固める間、暇だったのでアイスボックスクッキーも焼いてみた。
ココアがなかったから紅茶の茶葉を入れてみたが、これが香り高くてなかなかおいしい。
お嬢様たちは、私の作ったスイーツを喜んでくれるかな?
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