婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈

文字の大きさ
上 下
72 / 93

72 お茶会で得た情報(1)

しおりを挟む
 南部地方には、大した娯楽はない。
 特に伯爵領の辺りは、南部の中心地のベルンにも距離があり、買い物に行くのも半日がかりだ。
 かつて馬鹿みたいにお菓子作りをしていたのは、他にやることがなかったから。
 小麦畑や農場、果実園に囲まれた土地だから、材料には事欠かない。
 しかし、お菓子作りにおいて盟友だったマドレーヌは、いまは王都で「カフェ・カタリナ」を切り盛りしている。
 過保護な伯爵夫妻のせいで身動きがとれない状況で、彼女と護衛のマルコが店に尽力してくれるのは、とてもありがたいことだった。
 でも、やっぱり寂しい。
 ……いまにして思えば、この屋敷でこれまで楽しく過ごせたのはマドレーヌがいてくれたお陰だと言っても過言ではない。
 なぜなら、侍女が代わっただけで、伯爵邸での日々が空虚なものに変わっている。
 いや、ずっとここでの生活はもともとこんなものだったのかもしれない。
 王都にいた時期があまりにも充実していたから、ここの空虚さに気づいてしまっただけ……。
 ウルジニア侯爵夫妻は、やりたいことを自由にやらせてくれた。カフェをやりたいとか絵空事を並べる私の力になってくれて、事業のことを両親に内緒にしてくれた。
 マドレーヌと二人三脚でテラスカフェを計画し、朝早くから焼き菓子やパニーニのパンをたくさん焼いたのはいい思い出。
 そして、リオネル様と偶然に出会って恋に落ちて……事業を拡大させると共に、見た目の美しさばかりではない彼の人となりに魅了された。
 フィリップを奪ってすべてを手に入れたはずのエレオノールが、あんなにも私の邪魔をしてきたのは驚きだった。
 まったく、フィリップさえいなければ、彼女とも友達のままでいられたのに……!
 まぁ、諸々の一般常識が通じないエレオノールがいけないんだけどね。
 そう言えば、彼女はその後どうしているのかしら?
 南部地方に帰ってから、エレオノールの噂話を聞かないわ。
 また、つまらないことを画策していないといいのだけれど……って、さすがの彼女もこれ以上なにもできないわよね?
 さすがに何かやっていたとしたら、その不屈の闘志に敬意を示したいところだ。
「あー、ほかの子たちを呼べば、何かわかるかしら?」
 思わず、そう口に出して呟いていた。
 そうだ……私の友人はエレオノールだけではない。
 王都に行くまでの間にお茶会を開いて、ほんの少し憂さ晴らしをしようじゃないか。


 新しく来た侍女は、私のお菓子作りのアシスタントを拒絶した。
 下級貴族の娘だから、下女の真似をさせられるのが屈辱なのだろう。
「なぜ、わたくしが? こちらのお屋敷には専属の料理人がいるではございませんか?」
「いまのは忘れてちょうだい。雇用契約書にあること以外をお願いするなんて、私が浅はかだったわ」
 私は肩を竦めて、料理人のところに手伝いを頼みに行く。
(あーあ……やっぱり、マドレーヌがいてくれないとねぇ)
 盟友がいない寂しさに、心が押しつぶされてしまいそうだ。
 マドレーヌはよくチップをせがんできたが、ぜんぜん嫌味じゃなかった。
 毎度、冗談っぽく要求してくるのが面倒だったけれど、お金というのはある意味「ありがとう」の形である。
 ギブアンドテイクが気分よくできて、どこまでも私の意を汲んでくれる相手は、今までもこれからもマドレーヌしかいない。
(早く、王都に行きたいなぁ。お店のみんなに会いたいなぁ……もちろん、リオネル様にも……)
 今日のお茶会の主役は、私が大好きなストロベリーズコット。
 ドーム型の見た目が美しいイタリアのケーキである。
 まずは、土台のスポンジケーキに取りかかる。
 基本的な作り方は、卵を泡立てて砂糖を入れてから角が立つくらいまで混ぜる。そこに何度かふるった小麦粉を入れていく。
 様々なケーキ類の中で綺麗に膨らますのがむずかしいのは、何と言ってもスポンジケーキだろう。
 私も独学で作っていた頃はよく失敗した。
 製菓学校で教えられたのだが、卵を湯せんで人肌程度に温めてから泡立てるといいらしい。温度が低いと泡立ちが悪くなってしまうから。
 せっかくがんばったのに、オーブンを開くと謎の固いケーキが現れるあのガッカリ具合と言ったら……。
 でも、失敗した固いスポンジでティラミスを作ったりラスクを作ったり、とリメイクできるから心配無用。材料がおいしいのだから、アレンジ次第で何とかなる。
 さて、竈から出したスポンジケーキは、いい感じで膨らんでいる。
 それを横に二枚にスライスし、一枚は放射状に八等分に切り、ドーム型を作るためボウルの底に敷いていく。
 その上にクリームチーズと生クリームを混ぜたものを塗り、ダイス状に切った苺をたっぷりと入れて、もう一枚のスポンジで蓋をする。
 ボウルを氷水に入れて一時間ほど冷やし固め、お皿の上にひっくり返したケーキの表面にまんべんなく生クリームを塗っていく。
 薄くスライスした苺をその上にトッピングしたら、ストロベリーズコットの出来上がりだ!
「相変わらず、お嬢様のケーキは美しいですね! これなら、ご令嬢たちもお喜びになるでしょう」
 作業を手伝ってくれた料理人は、私のデザートを手放しで褒めてくれた。
 お礼にレシピを教えてあげることにしようか。
 ケーキを冷やし固める間、暇だったのでアイスボックスクッキーも焼いてみた。
 ココアがなかったから紅茶の茶葉を入れてみたが、これが香り高くてなかなかおいしい。
 お嬢様たちは、私の作ったスイーツを喜んでくれるかな?

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない

天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。 だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

転生先は推しの婚約者のご令嬢でした

真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。 ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。 ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。 推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。 ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。 けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。 ※「小説家になろう」にも掲載中です

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

処理中です...