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71 王宮からの求婚状!!
しおりを挟む――ベルクロン王国の王宮は、とにかく異質である。
長年、周辺国と同様にこの国でも王子たちは王都の城で生活し、その中で後継者教育を施されて、次期国王となる王太子が決められていた。
しかし、後継者争いの度に王宮内で暗殺事件が勃発し、内乱騒ぎにまで発展することもあった。実際に歴代の国王も、腹違いの兄弟に殺されそうになっている。
ただ、尊い王族の命が王位継承争いのたびに失われるのは無意味だ。
直系の王族の血筋だけではなく、傍系の血筋もベルクロン王国には重要な意味があるからだ。万が一の場合に、直系の血筋が途絶えた場合に王位を担う役割もある。
そのために、三代前の国王の時代よりベルクロン王国では、王子たちを王宮内で育てないことに決定された。
彼らは母親の身分も名前も伏せられ、公文書にさえ記載されない。そうすることにより、無益な兄弟殺しを防ぐことができると考えられた。
王太子の選考方法も開示されていない。
アカデミー時代の成績という噂もあれば、商才にどれだけ長けているかという噂もある。
いずれにせよ、周辺国の王女との婚姻に合意する必要があるため、未婚かつ心身ともに健康であること、というのが最も大事な要件である。
次期国王たる王太子が決定した後は、他の王子たちにしかるべき爵位が与えられる。
その時になって初めて、彼らは自分が王族の一員だったと知ることになるらしい。
爵位の売買が許されて新興貴族が増えた背景には、こうして王族から臣下に下った王子たちの身分を隠すという意図もあったようだ。
私が新聞や本で得たベルクロン王国の王室に関する情報は、これくらいなものだろうか――。
そんな謎に包まれた王宮から、なぜ求婚状が届いたのかさっぱりわからない。
王太子が先日決定したと聞いたが、それ以外の王子が何人いるかも私にはまったく見当もつかないこと。
王宮から求婚状が届いたというのは、私を王太子以外の誰かが見初めたということだろう。
たしかに、王都で何度か社交の場に行っているから、その時に王子が参加していて私の名を見知った可能性はある。
(……誰だか知らないけれど、厄介な話だわ)
そう思って、私はため息をついた。
まぁ、常に隣にリオネル様がいたから、声がかけられなかったのかもしれないけれど。
そして、自分が王子だと知って爵位を得たから、権利を振りかざして王宮から求婚状を送る? なんて、卑怯な考え方なんだろう!
――しかし、ある意味でこれは私にとってチャンスだ。
なぜなら、その求婚状に応じるにしても断るにしても、再び王都に行かねばならないから。
複雑な心境の私と反対に、エルフィネス伯爵夫妻の顔はとてもうれしそう。
よほど、私とリオネル様の仲を引き裂きたいと見える。
彼らにとってみれば、一人娘が王子の一人と結婚することはこの上ない喜びに違いないから。
たしかに、新興貴族のリオネル様よりも、私の相手としては王子のほうがいいに決まっている。
この先、王太子に何かあれば王子妃になった私が、繰り上がって王妃になる可能性さえ出てくるからだ。
そうしたら、エルフィネス伯爵家は将来の国王の縁戚となるわけだ。
これは血筋や名誉を重んじる伯爵にはこの上ない縁談……断るとか言い出すと、また烈火の如く怒り出しそうだ。
ここは、前世の悪い政治家や官僚を見習おう――すなわち、『のらりくらりと結論までの時間を引き延ばす作戦』である。
婚約破棄の憂き目に遭った悩める乙女を装うことができれば、最終的にお断りしたとしてもあっさり許してもらえるかもしれない。
迷う素振りで、私はエルフィネス伯爵夫妻に陳情する。
「そう、ですか……お会いしたことがない殿方との縁談ですもの。相手の身分が王子殿下であろうが誰であろうが、すぐに快諾するわけには参りません」
「もちろんだよ、カタリナ。しかし、前向きに検討してくれるのだろうね?」
猫なで声を出して、伯爵は私の機嫌を取ろうとする。
「伯爵家の娘として、もちろんそうするつもりですわ。でも、お相手の方がどういう方なのか心配でございます……わたくし、婚約破棄を経験しておりますもの。まずは、お会いするところから始めませんと……」
「おお、カタリナ! 素晴らしい我が娘よ……! よし、そのように陛下にはお返事を書こうではないか」
手を取り合って喜ぶ伯爵夫妻を眺めながら、私は王都でリオネル様にどう接触するかばかりを考えあぐねていた。
汽車ができたお陰で、郵便事情が格段によくなった。
王宮とのやり取りはすんなり進み、その二週間後、王宮で私を見初めた王子と謁見する機会が設けられた。
ここぞとばかりに張り切っている伯爵夫人は、私が王都で着るドレスやらアクセサリー類を調達するため、色々な商人を呼び寄せていた。
見知らぬ王子のために採寸をされ、着せ替え人形のように様々なデザインの服を試着させられる。
これがリオネル様と会うためだったら喜ばしいはずなのに、そうじゃないからどうにも浮かない気分だ。
(どうしよう……王宮でそのまま監禁とかされて、力づくで婚姻させられたりしたら)
一度、悪いほうに考えれば、どんどん思考がネガティブに傾いてしまう。
万が一そんなことになったら、私を真摯に愛してくれたリオネル様に対して、酷い仕打ちをすることになる。
それはすなわち、浮気して婚約破棄を言い渡してきたフィリップ以上のクズに成り下がるっていうこと。
そう思っただけで、寒気に襲われてしまう。
ようやくひと通りの試着を済ませた頃には、すっかり具合が悪くなっていた。
「あら、カタリナちゃん。どうしたの? お顔が真っ青よ」
自分の服も新調するとあってはしゃいでいた伯爵夫人は、ようやく私の異変に気づいたようだ。
「いえ、何でもありませんわ、お母様……少し疲れが出てしまっただけです」
「あらぁー、心配だわぁ! 早く休養をとって、二週間後には薔薇色の頬をしていないといけないわよ。なんせ、エルフィネス伯爵家の未来がカタリナちゃんにかかっているんだから!」
感情が高ぶると、伯爵夫人はやけに高いソプラノボイスになる。
脳天に突き抜けるキンキン声を聞いているだけで、気が遠くなってしまいそう。
「そ、そうですわね……では、これで失礼いたしますわ」
侍女の肩を借りながら、私は自分の部屋に戻る。
(……はぁ、疲れたわ。しばらく仮病を使って、両親とは距離をとったほうがいいかもしれないわね)
大きなベッドに寝転がって、リオネル様と過ごした楽しかった日々を思い出す。
(待っていてね。絶対、あなたに会いに行くから……)
やさしい面影にそう囁きかけたが、彼からの答えは何も聞こえてはこなかった。
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