婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈

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68 波乱の予感(2)

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「婚約なんて、どうでもいいことですわ。わたくしはリオネル様以外の男性に興味はございませんもの」
「本当ですか!?」
「……舞踏会にこれからたくさん参加していこうと思いますの。できましたら、リオネル様とご一緒に……」
「もちろんです。私にお嬢様をエスコートさせてください!」
 まるで中世の騎士のように、彼は私の前に跪いて手の甲に唇を押し当てる。
 この世界でそうした仕種をするのは、まさに騎士が最愛の貴婦人に愛を誓う時。
 そして、結婚を申し込む時だけ……。
「リオネル様……!」
「心から愛しています、カタリナお嬢様」
「わたくしも同じ気持ちですわ、リオネル様」
 この国で最も美しく優れた貴公子にかしずかれた瞬間、私は確かに幸せの極地にいた。


 リオネル様のスケジュールも考えつつ、週一回は舞踏会に参加することになった。
 その甲斐あってか、お茶会へのデコレーションケーキの受注が多くなり、キッチンの担当者をもう少し増やさねばならなくなった。
 そこで、メアリーに頼んで「カフェ・ベルトラ」にいて仕事を探しているスタッフに声をかけてもらった。その中で、パティシエのグラン氏を雇うことができたのは、本当にありがたかった。
 前世の日本とこの国では、製菓技術はかなり違う。そうは言っても、こちらで一通りの経験があることは邪魔にならない。
 しかも、エレオノールがレシピを盗んでいたせいで、「カフェ・カタリナ」のメニューのほとんどを、グラン氏は難なく作ることができるのだ。
 ある意味、いい事前教育をしてくれたエレオノールに感謝しなければいけない。
 キッチン作業や仕込みをグラン氏にやってもらえるので、厨房の管理をやっていた私やマドレーヌは前よりも楽ができるようになった。


 舞踏会でひとしきりダンスを楽しんだ後、私とリオネル様はバルコニーで夜空を見上げていた。
 さっき渇いた喉を潤したのは、隣国からの輸入品。飲みやすい味だったから、思わず三杯も飲んでしまった。
 酔いで火照った頬を掠める夜風が、とてつもなく気持ちいい。
 そんな私を見て、リオネル様が微笑みかける。
「カフェの経営は順調そうですね。安心しました」
「リオネル様のお陰ですわ。大変な時も、ずっとそばにいてくれましたもの」」
 気分がいいから酔ったふりして、横にいるリオネル様の肩に凭れかかった。
「……カタリナお嬢様……」
 少し驚いたように、リオネル様が私の名を呟く。
 いつもは甘い雰囲気になっても、お店の中だったりすぐ近くにマドレーヌがいたりするから、私たちの間には何も進展はない。
 それはそれで仕方がないけれど、もう少し恋人らしい時間を過ごしたいと思うのは、私の我儘だろうか……?
 顔を上げると、彼の美貌が至近距離にある。
(キスしてくれたらいいのにな……)
 そう思いながらそっと瞼を伏せると、彼は私の背を抱き寄せてきた。
 彼の緊張感が伝わってくるせいか、触れ合ったところが内側から熱くなる。
 ――しかし、私たちの甘い時間に、思いがけぬ邪魔が入った。
 唇が触れ合いそうな瞬間、バタンと大きな音が聞こえ、自然の夜空の星々しか光源がなかったバルコニーに大広間の灯りが入ってくる。
 閉めておいた扉を開けた人々が、こちらを凝視していた。
「……カタリナ! お前はこんなところで、いったい何をしているのだ!?」
 尖った男性の声に咎められて、私はリオネル様から体を離す。
 目の前に現れたのは、一番ここで会いたくなかった人物……。
「お父様……!」
 そう呟く私を見て、エルフィネス伯爵は怒りに震えているようだった。

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