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67 波乱の予感(1)

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 エレオノールが去った後、「カフェ・カタリナ」には平和が訪れた。
 「カフェ・ベルトラ」に流れていたお客さんが、あちらが閉店したことで戻ってきてくれたのは、とにかく経営者としてありがたいことだった。
 様々な心理的負担がなくなり、日々が穏やかに過ぎていく。
 エレオノールが南部地方に去ったので、私はなるべく社交界に出入りするようにしようと思った。
 この世界の舞踏会は開始時間が割と遅めである。主催者によって異なるものの、夜の九時や十時に始まり、お開きになるのが夜一時というところが多い。
 お茶会だとマドレーヌとメアリーが揃っているシフトの日じゃないとむずかしいので、まず手始めに舞踏会に参加するのがいいだろう。
 前にリオネル様が紹介してくださったマルモット伯爵邸では、お茶会のケーキを「カフェ・カタリナ」に依頼してもらった。
 店舗に毎日、高価なケーキを置くのはむずかしいけれど、貴族の屋敷のお茶会なら話は別……ホールで作ったほうが利益率も高い。
 華やかなデコレーションケーキを製作するのは、製菓学校に行っていた私にとって腕の見せ所だ。結婚式やお茶会、晩餐会のデザートなど、貴族の屋敷には様々なビジネスチャンスが転がっている。
 そうした機会を得るには、もっと社交の場に行って貴婦人たちに顔を覚えてもらわないと!
 閉店後の店内の床をほうきで掃いているマドレーヌにその計画を話したら、彼女も快く賛成してくれた。
「すごい! カタリナお嬢様しかできない活動ですわ。お嬢様が多忙な時は私が管理業務をやりますから、じゃんじゃん大口顧客を掴んできてください!」
「ありがとう。世話をかけるわね」
「その代わり、ボーナスは弾んでくださいね」
 にやりと笑うマドレーヌに、私は即座に頷いた。
「わかっているわよ。マドレーヌには、ポスター作らせたり紙箱のデザインをさせたり、色々させっちゃったからね」
「カタリナお嬢様は素晴らしいご主人様ですわ! マドレーヌは大変うれしく思っております」
 嬉々として彼女はほうきを持ったままで、バレリーナのようにその場でくるりと回ってから私にお辞儀をした。
「あら、素敵なターンだこと!」
「昔から、お嬢様のダンスのレッスンを見て学ばせていただいていましたから。なかなか腕前を見せる機会がないのが残念ですわ」
「じゃあ、いつか私が結婚することになったら、ウエディングパーティーで踊ってちょうだい」
「えっ、いつですか!? もちろん、ユーレック子爵様とですよね!?」
 興味津々に詰め寄られた瞬間、マドレーヌの肩越しに上の階から降りてきたリオネル様と目が合ってしまう。
 白皙の美貌に赤みが走ったところを見ると、今の会話が聞こえていたのではないか……。
「えっ……やだ、もうマドレーヌってば!」
 恥ずかしさのあまり、私は顔を両手で覆った。
「お嬢様、申し訳ございませんでした……」
 反省した様子の侍女の声に少し落ち着きを取り戻し、手を外して顔を上げる。
 すると、私の目の前にいたのはマドレーヌではなくリオネル様だった!
「……カタリナお嬢様。本気で私との結婚を考えてくださっているのですね? これ以上ないほどうれしいです」
 澄んだブルーの瞳に見つめられて、ここがカフェの店内だということを忘れそうになる。
「あの……リオネル様。それは先々の話でして……」
「あっ、そ……そうですよね。まだ、私たちは婚約もしていない関係ですし」
 しょんぼりしている彼の手を、私はギュッと握る。
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