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57 伯爵令嬢からの挑戦状(1)

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 階段を降りた私たちの前に立っていたのは、エレオノール・ベルトラだった。
 開店準備をしていたマドレーヌと新人スタッフが遠巻きに彼女を見ている。止めようとしたらしいが、あまりの剣幕にそれもできなかった様子である。
 エレオノールが身につけているのは、真っ赤なモスリンに黒いリボンをあしらったドレス。この場にいるスタッフ全員が霞んで見えるほどの、女王然とした圧倒的に華やいだ空気を漂わせている。
 たしかに美しいは美しいけれど、これから自分のカフェを視察に行くのだろう。飲食店に似つかわしくないド派手な装いだというのは気がかりだ。
 そして、その装いでうちの店内に殴り込みとは、まったくいい度胸をしているじゃないか。
(とりあえず、まだ準備中だからよかったわ)
 恐らくは、あのナンパ男たちが陳情に行ったのだろうが、だからと言ってこのような暴挙が許されるわけではなかろうに……。
「あら、おはようございます、エレオノールお嬢様。どうなさいましたの? そんな怖いお顔をなさって」
 私は素知らぬふりで、彼女の怒りを煽ってみた。
「ふざけないでちょうだい! あなたのお陰で、わたくしがどれだけ損害を被ったと思っているの!?」
 喚きたてるエレオノールに、リオネル様は私の前に立って毅然とした対応をする。
「これは聞き捨てなりませんね。損害とは、我が社が新聞社に訴訟を起こしたことをおっしゃっているのですか?」
「そうよ!」
「……おかしいですねぇ。なぜ、あなたがそれをご存じで?」
 疑問を口にするリオネル様に、エレオノールは言葉を詰まらせた。
 ユーレック商会と「カフェ・カタリナ」が連名で起こした訴訟は、記事を載せた新聞社と新聞記者ジュリアン・マルニアック、そして「カフェ・カタリナ」の前で営業妨害を行ったルブラン・ベルジーニに対するもの。
 「カフェ・ベルトラ」とエレオノール・ベルトラの名は、どこにも記されていない。
 すなわち、そもそも彼女がこの件を知っているということは、あのナンパ男たちとつながりがあることを私たちに教えるようなもの。
 その上、この件で怒っているということは、彼女が新聞記者に「カフェ・カタリナ」のレシピ材料をリークしたと認めることになる。
 ようやくそのことに思い当たった様子で、彼女の顔は真っ青になった。
(浅はかねぇ……うちの店の周りにいると迷惑だから、クズ男と一緒に粗大ゴミの日に出しちゃいたいくらいだわ!)
 呆れた顔をしている私をキッと睨みつけると、エレオノールはぷいっと顔を背けてそのまま出て行ってしまった。
 来るのが唐突なら、去るのも唐突だ。
 我儘なお嬢様育ちだとあんな風に非常識になってしまうのかと、呆れてため息を漏らした。
「すみません、お嬢様……止めようとはしたんですが……」
 申し訳なさそうなマドレーヌに、私は微笑みかける。
「問題ないわ。もし次回、お客様がいらっしゃる店内に来たら、裏庭に出して私を呼んでちょうだいね」
「かしこまりました!」
「……たぶん、次回はもっと怒っているかもしれないから」
 そう言って、私はリオネル様に目配せをした。
 彼は黙ったままで頷いて、こう言ってくれる。
「たとえ、ベルトラ子爵令嬢が怒ったとしても、カタリナお嬢様の身は私が守りますから」
「ありがとうございます。でも……実はその日が待ち遠しくて堪らないですわ。こんな性格が悪いと、リオネル様に嫌われてしまうかもしれないですけど」
 そんな私の懸念を、彼は一蹴した。
「ご心配いりません。策略を巡らしているときのカタリナお嬢様もとても魅力的ですから」
 微笑み合う私たちを見て頬を赤らめたマドレーヌは、そそくさと仕事に戻っていく。
「……さて、私は新聞記者と打ち合わせがあるので、また夜にでもお話しましょう」
 それを聞いて、頬が緩んでしまう。
 そう……いよいよ、メアリーの密告をもとにした記事が出る。
 リオネル様は多忙な仕事の合間を縫って、記者の手配をしてくれていた。
 「カフェ・ベルトラ」のスタッフのインタビュー記事ができたので、内容を事前に確認させてもらうのだろう。
「わかりましたわ。どんな記事ができあがるか楽しみにしています」
 ネズミ問題が明るみに出るのをこんなに待ち侘びるなんて、エレオノールに感化されて私も性格が歪んでしまったかも?
 でもね……先に突っかかってきたのは私じゃない。これ以上の攻撃を受けないための正当防衛。
 だからこそ、こちらも罪悪感なくやり返すことができるのだ。
 
 
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