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56 新商品は爽やかな恋の味(2)
しおりを挟む策略を巡らす一方で、地味な経営努力は続けていた。
ひとまず、パンナコッタは販売停止にしたので、似たような商品で若い女性が好むものを用意したい。
前世の知識から言うと、スイーツに絡めてよく聞くのは「ダイエット」だ。
そう……この世界のお菓子はカロリーが高そうなものばかり。バターに小麦粉に砂糖を使ったスイーツはとってもおいしいけれど、食べ過ぎると危険である。
グラストン王国では、食事の回数が一日三食になったのはここ数十年ほどのこと。
基本的には朝晩の二食で、お昼の時間帯にはスコーンとミルクティーのように軽いものを口にする人が多かった。昼とおやつが一緒になった感じである。
しかし、午餐の習慣が広まるにつれ、お茶の時間の分のカロリーがお腹の脂肪に変わっていき、貴婦人たちは前よりも頑張って運動をするようになり、食事を節制する傾向がある。
いわゆる「ダイエット」である。
舞踏会などの正式な席ではコルセットを着用する貴婦人たちは、せっかく「カフェ・カタリナ」でお友達と談笑していても、お茶と小さな焼き菓子しか頼まない場合が多い。
「コルセットを気にしなければ、もっと色々なスイーツを頼めるんですけどねぇ」
ため息混じりに、フルーツタルトを眺めながら本音を吐露した令嬢もいた。
……そこで、新製品の投入である。
本当は夏場にフルーツゼリーを出したかったが、ゼラチンの悪いイメージが払拭されるまではむずかしい。
だけど、ゼラチンの代わりになるものが、この世の中には存在するではないか。
そう……前世の日本では、和菓子によく使われる寒天だ!
私はフルーツゼリーを、ゼラチンではなく寒天バージョンで出すことにした。
ゼラチンのぷるぷるした食感は出せないが、寒天の主原料は海藻。食物繊維はお通じにもいいから、女性にはうれしい効果があるはず。
ただ、男性客もいるのでコーヒー寒天もラインナップに入れて、あとは季節の果物を二種類で合計三種類作り、様子を見ることにした。
店舗のスタッフには、これまで賄いで出していたお菓子類の代わりに寒天を食べてもらって、ウエストのサイズを測ってもらった。
「カタリナ様! すごいです。お腹の辺りがすっきりしました!」
「私もです!」
「そう、よかったわ!」
女性の評判は上々のようだ。
従業員の口コミというのは意外に侮れない。効果を実感して、新商品のPRをしてもらわねばならない。
この寒天の材料を入手してくれたのは、もちろんリオネル様だ。
寒天は、こちらの世界でも使われている。
主に東方において長い歴史があるので、ゼラチンの時のように揚げ足を取られる危険は少ない。
オリエンタルゼリーとでも命名して、異国趣味の貴族の注目を集めることにしよう。
まずは、寒天輸入のお礼を兼ねて、彼には毎日のように差し入れをすることにした。
書斎にオレンジとミントの寒天を持っていくと、書類に目を通していたリオネル様はさっそく試食した。
「ふーん……変わった食感ですけど、爽やかでおいしいですね。夏場とかで食欲がない時も、これなら食べられそうな気がします」
「うれしいですわ! リオネル様がそう言って下さるってことは、女性だけではなく男性にも人気が出るってことですもの」
「……そう、ですね。私としては、微妙な気分ですが……」
「え?」
「他の男性客がお嬢様の作るお菓子を味わっていると思うと、何だか悔しくなってしまいまして」
嫉妬心を隠さなくなったリオネル様に、思わず顔が熱くなってくる。
「……大丈夫です。わたくしがプライベートでお菓子を作りたいって思う男性は、リオネル様だけですから」
「カタリナお嬢様……」
とろけそうな眼差しで私を見つめてくる彼に、胸のドキドキが止まらない。
どうしよう? いまキスされそうになったら、拒絶する自信がない。
だって、あまりにもリオネル様は魅力的なんだもの。
仕事中だっていうことを忘れてしまいそうになる。
最近では、前みたいに外でデートをすることがなくなった。
基本的には同じ建物で仕事をしているし、法務関係のことで顔を合わせることもある。
ビジネスパートナーというつながりが強くなったけれど、リオネル様はたまに不意打ちで甘く囁いてきて、私を戸惑わせる……まったく、罪な人だ。
顔を赤らめている私に、リオネル様は謝ってきた。
「あ……すみません、仕事中ですよね。近いうちに、母が食事をご一緒したいと言っていました。新商品の準備で忙しければ、そのうちで構わないですが」
「わぁ、うれしいです! ぜひ、またご一緒したいですわ」
リオネル様のお母様も、よくカフェに顔を見せてくれる。
香水店のスタッフたちの分も焼き菓子を買ったり、可愛らしいパッケージの香水をプレゼントしてくれたりする、本当に素敵なお母様だ。
(リオネル様と結婚しても、嫁姑問題は起こらなそうだわ)
そんな妄想をしていると、階下が突然騒がしくなってきた。
「カタリナ、そこにいるんでしょう? 隠れていないで出ていらっしゃいよっ!」
金切り声を上げているのは、エレオノール・ベルトラだろう。
いつものお上品さをすっかり忘れているのは、訴訟の件でナンパ男たちから連絡が行ったからだろうか?
「ベルトラ子爵令嬢ですか……訴訟の件で怒り狂っていらっしゃるんでしょうね」
「そのようですわね。あら、怖いわぁ」
大仰に震えて見せると、リオネル様が先に立って部屋を出た。
「私がお守りしますので、心配はいりません。一緒に参りましょう」
彼の広い背中を見て、胸がキュンとときめいた。
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