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55 新商品は爽やかな恋の味(1)

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 ――メアリーは仕事ができる女だ。
 「カフェ・カタリナ」の仕事の合間や休みの日に、「カフェ・ベルトラ」になるべく行かせるようにした。
 理由はもちろん、ライバル店の弱点を探させるため。
 小ネタはたくさんあるが、それでは駄目だ。新聞記事の一面に出る醜聞を狙うつもり。
 そう……目には目を歯には歯を、だ。
 特に「カフェ・ベルトラ」のキッチンや調理環境を厳しくチェックさせた。
 監視を続けさせること、二週間。
 几帳面なメアリーは報告書をまとめて、私に提出してきた。
「……ふむふむ。キッチンスタッフは怠け者で、客が使った皿を放置。その結果、人が少なくなる閉店後の店内にはネズミが走り回っている」
 飲食店でこれはまずい……っていうか汚らしい。
 私はのっけから、眉を顰めた。
「な、何なの……? エレオノールはそんなスタッフを解雇しないの!?」
「ベルトラ様は店内のことは、口出ししないのです。せめて猫でも飼えばいいんですが、ベルトラ様が猫アレルギーだということで、それもできず……」
 この国では、飲食店でネズミよけのために猫を飼う習慣が根強く残っている。
 それがいやならば、隅々まで清めて残飯は残さないか殺鼠剤を使う措置が必要になってくる。
 「カフェ・カタリナ」では、ユーレック商会から他国で利用されているユリ科の根から抽出した成分が入った殺鼠剤を輸入して、キッチンと店内のカウンターに置いている。
 けっして安いものではないが、前世でも同じような天然成分のものは使われていたし、人間には悪影響がないと記憶しているので安心できる。
「殺鼠剤は使わないってこと?」
「そのようです。綺麗好きのスタッフが陳情したようなのですが、むしろ毒物のようなものを置くほうが怖い、とベルトラ様がおっしゃったようで……」
 それを聞いて、頭が痛くなった。
 前世の知識がある私は、保菌したネズミを放置するとノミを媒介にして人に疫病が広がることを知っている。
 ヨーロッパの中世で魔女が弾圧された時に、魔女の使いとされた猫も同時に処刑したため、ペストが蔓延してしまったという説もある。
 それでなくとも、前世に比べてこの世界の衛生状態はいいとは言えない。
 それだけ、身近にネズミがいるのは危険なこと。
 特に飲食店で放置したら、お客さんの健康を害することにもつながる。
「いいわ……これはネタとして、なかなかよ! その綺麗好きのスタッフの証言がとれるといいわね」
「わかりました。彼女に話を聞けるか確かめてみます」
「記事が出たら、あの店は終わりよ。そのスタッフには十分なお礼をするわ。私のカフェで働くかホテルのカフェに推薦するか、どちらかはできるからぜひよろしくね」
 そう言うと、その下に書いてある項目をチェックした。
「……うーんと、材料費を値切って新鮮じゃない卵や牛乳を仕入れている。お腹が痛くなるのが怖いので、スタッフは店舗のものを口にしない……うわぁ、最低!」
「そうなんです。こちらのカフェとは真逆ですわ。パティシエはがんばって作っているのに、と嘆いています」
「うちは、みんな賄い大好きだものねぇ」
 好きすぎるのも困りものだけれど、自分が勤める飲食店の食べ物に愛がないのも考え物だ。
 前世でカフェのバイトをしていた時、私も色々と思うことはあった。
 飲食店の従業員をしていると、見たくない部分まで見ることになってしまう。
 お客さんとして見る表の華やいだ部分に反して、裏の部分は思っている以上に地味だし大変なのだ。
 ただ、そんな飲食業で唯一ありがたいのは賄いである。
 人間は動かなくてもお腹が減る。動いたらもちろんお腹がもっと減る。
 そんな時に、賄いで安くご飯が食べられるのは、何よりの特権だった。それがあるだけで、時給が安くても我慢できるんだから。
 なのに、そんな特権を利用しないほどに「カフェ・ベルトラ」の材料は酷いと言うんだろうか?
 それにもかかわらず、うちのパンナコッタを攻撃してくるなんてどういうことだろう!
「わかったわ、メアリー。衛生上の問題があることを記事にとりあげてもらいましょう。お客さんはそんなこと知らないんだからかわいそうだわ」
「本当ですね。あの衛生状態だと、いつお腹が痛くなるかわからないですものね」
 身震いしたメアリーを見ながら、私はにやりと笑った。
 この時代、ネズミや虫の害が世間にも知れ渡ってきた。
 以前と比べて、衛生観念が厳しくなってきているというのに、エレオノールが店に無関心なことは、私にとっては追い風になるだろう。

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