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54 美青年は恋人のために奔走する(2)
しおりを挟むベルトラ子爵令嬢と同じくらい、私が許せないのはカタリナお嬢様の元婚約者・グラストン侯爵令息だ。
お嬢様が彼のことをどう思っていたか……そして、いまどう思っているのか、私が知る由はない。
ベルトラ子爵令嬢と浮気して、手紙一枚寄越して婚約破棄をした男だ。
どうしようもなく薄情で、カタリナお嬢様を馬鹿にしている男だと思っていた。
ところが、うちが「カフェ・カタリナ」に一階店舗を貸すようになってから、ちらちらと令息と出くわす頻度が上がった。
一度や二度なら、メインストリートに面している場所柄、買い物に来たと言われれば納得する。
……が、それがほぼ毎日。
許婚者であるベルトラ子爵令嬢の店舗だって近くにあるのに、決まって令息は一人でいるのだ。
しかも、街灯や街路樹に体を隠すように「カフェ・カタリナ」のほうを見つめていると、さすがに気味が悪い。
(……もしや、ストーカーか?)
知らぬ間に冷や汗が出てきた。
グラストン侯爵令息はどういうつもりで彼女につきまとっているのか、意味がわからない。
考えられるのは、復縁を望んでいるということ。
ついついベルトラ子爵令嬢の色香に惑わされて浮気をしてしまったものの、しばらくぶりにお嬢様に再会して気持ちが盛り上がってしまったのかもしれない。
(それは困る……すっごく、困るんだが!)
ふと浮かんだ想像に、私は焦った。
なぜなら、私はカタリナお嬢様と将来結ばれたいと思っている。
それには、やるべきことが山積みだし、人生で一番やりたくないこともしなければいけないけれど……それでも、彼女と結婚できるためなら、何でもやるつもりだ。
そんなわけで、私はカタリナお嬢様にグラストン令息が接触しないよう、秘密裏に護衛を雇った。
お嬢様にもマルコという護衛がいるが、「カフェ・カタリナ」は人手不足の様子。
何だかんだで従業員と同じような仕事をさせているので、護衛という意味ではとてつもなく手薄である。
そんなわけで、前職が紛争地帯での傭兵という物騒な身の上の男をギルドで斡旋してもらい、グラストン侯爵令息を尾行させた。
基本的には尾行のみで、日々の行動報告のみさせる。
しかし、カタリナお嬢様の十メートル以内に接触しようとしたら、その時は迷わず拘束して、私のところに連れてこい、と命じた。
かくして、護衛を雇ってから二週間後に令息は、私の目の前に突き出されることになる。
「これはどういうことでしょう? 侯爵令息」
猿轡を噛まされ、後ろ手に拘束された状態の令息を私は見下ろした。
護衛が猿轡を外して、背中から令息を小突く。
「おい、さっさと答えろや!」
「……ひっ」
「手荒な真似はしなくて結構……今はね」
そう言いながら、私はわざと酷薄な笑みを浮かべた。
「……で、令息はいったい何をされたというのですか? 最近、我が家の周りでこそこそしているようですが」
「こそこそって……失敬な! 僕はカタリナに声をかけようとしていただけなのに……」
身の程も知らず、彼女を呼び捨てにする令息に一瞬理性を失いそうになる。
しかし、ここで腹を立ててしまったら最後。逆に法的手段に訴えられかねない。
拳を握りしめて、私は我慢をした。
「過去に彼女とどういう関係だったかは知りませんが、いまはあなたの許婚者は違う女性ではありませんか。そして、カタリナお嬢様は私の恋人なのですよ?」
「うぅ……」
令息は胸の痛みに耐えかねたように、綺麗な顔を歪めている。
そこまでお嬢様のことを好きならば、なぜ浮気なんかしたのだろう?
まぁ、自分以外の人間の心など理解できるものではない。
大事に思う必要があるのは、私にとっては血が繋がった母と……あとは、将来自分と家庭を持つかもしれないカタリナお嬢様だけ。
「申し訳ありませんが、私は独占欲が強いほうでして。社交の場で、あなたもベルトラ子爵令嬢を連れている状態でしたら理解するのですが、個人的にカタリナお嬢様に接触するのはおやめいただけませんでしょうか?」
あえて慇懃無礼な調子で、私は令息にお願いした。
「……そうしていただかないと、法に反することをしてしまうかもしれませんからね……」
にやりと笑うと、護衛がボキボキと手を鳴らしてきた。
その不気味な空気感に耐えかねたのだろうか……。
グラストン侯爵令息は、私が用意した『覚書』に署名することになった。
万が一、侯爵令息がお嬢様に再度接触しようとした場合、代理人不可の決闘を私とする、という内容だ。
ちなみに、銃の腕前でも剣の腕前でも、私に勝つ者はいないという自負がある。
「ひぃ……っ!」
それを知った令息は、真っ青な顔をして私の前から去っていった。
後ろから不意打ちされないか心配そうに、何度も何度も後ろを振り返りながら。
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