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53 美青年は恋人のために奔走する(1)

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(……カタリナお嬢様を悲しませているのは、いったい誰なんだ!?)
 あの日の朝、叔母さんが持ってきた新聞に目を走らせて、私は唇を震わせた。
 見出しの文字を読んだだけで、その悪意は感じられて気分が悪くなるほどだった。
 今や「カフェ・カタリナ」は王都では、異例の人気店になっている。
 経営者がうら若き令嬢。しかも、彼女自らがお菓子作りや接客を行っていることもあって、ライバル店の「カフェ・ベルトラ」よりも注目度は高い。
 そうした状況を考えても、記事の出所はライバル店の経営者であるエレオノール・ベルトラ子爵令嬢ではないか――。
 オープン当初から、あの店は怪しいと思っていた。
 なぜなら、内装も外装も「カフェ・カタリナ」にそっくりそのまま。しかも、メニューも似通っていると聞く。
 実は、カタリナお嬢様には内緒で社員に偵察に行かせてみた。
 若干は見た目を変えているものの、味は似ているそうだ。
「でも、おいしさはカフェ・カタリナのほうが断然上ですよ。素材が引き立っているっていうか、新鮮っていうか」
 そんな社員の感想を耳にして、私はお嬢様に店舗をお貸ししている大家として誇らしく思った。
 「カフェ・ベルトラ」で買ってきてもらった焼き菓子を試食してみたが、社員が言ったことは本当だった。
 自慢ではないが、私は味覚音痴なほう。それでも、カタリナお嬢様のお菓子は上品で口に合っていると断言できる。
 それゆえ、ライバル店が近くにオープンしただけなら心配していなかった。
 近隣に二軒カフェがあるから一軒だけよりもお客さんが集まることもあるし、競争することで互いの店のクオリティーが上がることもある。競合というのは、けっしてマイナス面ばかりではないのだ。
 それに、私としては「カフェ・カタリナ」の店内が混み過ぎていないほうがありがたかったりする。
 なぜなら、たまにはカフェでコーヒーを飲みながら仕事をしたいから。
 そうすれば書類を見ながら、その先にいるメイド服姿のカタリナお嬢様を眺めることも……あ、いや、何でもない。
 と、ともかく、この状況も一時的なものだから、私は私なりに楽しもうかなぁと思っていたわけだ。
 ライバル店のオープンだけなら、客入りについては時間が解決するはずで心配はいらなかった。
 しかし、新聞記事による風評被害となると深刻だ。原材料の汚染を指摘されたら、低迷が長く続く可能性がある。
 ゼラチンと皆が言っているものは、もともと接着剤として使われていたもの。
 たしかに、豚や牛の骨で作るが安全面で問題があるわけではない。
 自信を持っている彼女の熱意に圧されて、食用にしても問題がなさそうな品質のものを探して納入した。
 安価なものではないし、製造元にも確認もしているから、何ひとつ問題はない。
 だから、今回の新聞記事は事実無根で、ユーレック商会への挑戦状も同然だ。
 私は新聞を握り潰すと、会社の弁護士のもとに急いだ。


 カタリナお嬢様も、この件で私が動くことを快く思ってくれているらしい。
 それでなくとも、彼女は日々忙しく働いている。
 新聞の件でパンナコッタを販売停止するため、新規のメニュー作りや広報の作業で手一杯のようだ。
 懸命に努力するカタリナお嬢様ほど力強く、輝いている女性はいない。
 そんな彼女が喜んでくれるのなら、私は彼女の足下にひざまずくことさえ厭うことはないだろう。
 初めて事業に携わるお嬢様にとってハードルが高い法務手続きも、私がやれば大したことはない。
 いつも世話になっている弁護士や行政窓口に行き、着々と準備を進めていった。
 そうする間にも自分の仕事をこなし、社員のフォローをし、遅くまで仕事をするカタリナお嬢様を気遣う日々が続いた。
 そして、訴訟準備のために雇っていた密偵から、新聞記事騒ぎの首謀者について報告が入った。
「……ジュリアン・マルニアックにルブラン・ベルジーニ?」
 その名前に、聞き覚えがあった。
 私がカタリナお嬢様と初めて出会った日、ホテルの中で彼女に言い寄っていた許しがたい連中である。
 たしか二人とも、ルドニック合同会社の社員だったはず。この国に留まって、つまらない記事のでっちあげ作業に精を出しているところを見ると、鉄道入札業務に参加できなくて会社をクビにでもなったのだろうか?
 だとしたら、私に個人的な恨みを持っていて、ベルトラ子爵令嬢と結託したとしても不思議はない。
「そうです。二人はベルトラ子爵令嬢と接触し、記事の続きの準備をしている様子でした」
「それだけは、絶対に阻止しなければな」
 まだ完全に調査し終えていないが、急がねばならない。
 名誉毀損の訴訟は、ただの宣戦布告。
 その次に他の新聞社に今回の件が帳消しになるような、先方の醜聞記事を出すつもりだ。
 やられたことをやり返すだけでは、抑止力にならない。さらに相手の上をいくことをしなければ。
 じわじわと相手の社会的な生命を絶っていく……それが、カタリナお嬢様を苦しめる天敵への一番いい復讐方法だと思っている。

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