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52 寝取り令嬢の誤算(2)
しおりを挟むマルモット伯爵夫人のお茶会は、王都でも大規模な催しだ。
古くからの有力貴族でありながら、新興貴族にも門戸を広げているとあって、広い庭園内にはすでに色とりどりのドレスを着た貴婦人方の姿がある。
ほとんどの貴婦人が隣にはパートナーを連れていて、楽しいひと時を過ごしているように見えた。
わたくしは、さっそく招待状を送ってくださった伯爵夫人のもとに挨拶に行った。
「ごきげんよう、マルモット伯爵夫人。今日はお招きいただきありがとうございます」
「よくいらっしゃったわ、ベルトラ子爵令嬢。お隣にいらっしゃるのが、婚約者の方ね……たしか、グラストン侯爵家のご子息様よね」
にこやかに声をかける伯爵夫人に、フィリップは優雅な仕種で挨拶をする。
「初めまして、マダム。フィリップ・グラストンでございます」
「素敵な婚約者様だこと。お二人とも楽しんでくださいね。今日は、おいしい紅茶とお菓子を用意していますからね」
あらかじめ決まったテーブルに案内され着席すると、入口のほうから新たに男女がやってくる。
わたくしたちが最後かと思っていたのに、と視線を凝らすと……そこにいたのは、カタリナとユーレック子爵ではないか!
その姿を見た瞬間、フィリップは悲痛な面持ちになっていた。
カタリナはわたくしたちのほうを見ると、にっこりと余裕のある笑みを浮かべて会釈をしてくる。
自分のところのカフェが大変なことになっているというのに、平然とこんなところに来るだなんて驚きだ。
まだ、懲りてないようならこちらももっと邪魔するだけの話だわ!
マルモット伯爵夫人と歓談したカタリナは、なぜかそのまま席につかずに夫人の横に控えている。
「皆様、本日はわたくしのお茶会にお越しいただきありがとうございます。楽しい時間を皆様と共有できることをうれしく思いますわ」
すっくと立ち上がった夫人が挨拶を始めた。
「今日、ご用意させていただいたお茶は、こちらにいらっしゃるユーレック子爵にお願いして入手いたしました東方の茶園のファーストフラッシュでございます。お菓子はそれに合うものを、エルフィネス伯爵令嬢にご準備いただきました」
――えっ、どういうことよ?
「初めまして、カフェ・カタリナでオーナーをしているカタリナ・エルフィネスです。本日は特別に、店舗では出していない苺のズコットというケーキをご用意しました。生クリームとふわふわしたスポンジケーキ、そして苺の爽やかな酸味があるドーム型のケーキでございます。ファーストフラッシュとともにお楽しみくださいませ」
人々の拍手とともに、カタリナはうれしそうにお辞儀をする。
その笑顔に、わたくしは激しく嫉妬した。
(なぜ、伯爵夫人はわたくしにも相談してくれなかったのかしら? わたくしだって、カフェのオーナーなのに……!)
この大がかりなお茶会でスイーツを紹介できたら、それは店舗の売上にいい影響を及ぼすに決まっている。
そんなチャンスを、わたくしはみすみす見逃したっていうの? カタリナよりも、わたくしのほうが王都での社交活動に専心しているっていうのに。
目の前に運ばれてきたのは、見たことがない美しいケーキだった。
切る前はドーム型だっただろうケーキは、断面から何から美しかった。
表面には生クリームのデコレーション、上には苺のトッピングがされ、中はスポンジ生地に生クリーム、そして苺がふんだんにサンドされている。
一口食べると、見た目よりも軽やかな味わい。
もっとこってりして甘ったるいのかと思っていたのに、意外に甘さが抑えられていて爽やか。春摘みの紅茶のすっきりした味わいとのマリアージュが素晴らしい。
周りの紳士淑女たちも、口々に彼女のケーキを褒めそやしている。
(……まったく、なんて悪運が強い子なのかしら!)
恐らく、カフェの窮地を知って、彼女に手を差し伸べたのはユーレック子爵だろう。
もしかしたら、カタリナを破滅させるには、あの黒髪の美青年を彼女から離したほうが早いのではないか。
「あぁ……やっぱり、カタリナの作るケーキはおいしいなぁ」
隣でうれしそうにケーキを食べるフィリップが、わたくしの苛々に拍車をかけた。
――それから数日後、事件が起こった。
朝、カフェに出かけようとしているわたくしのところに、ジュリアンとルブランが駆けつけてきたの。
「ちょっと、こんなところまで来ないでちょうだい! ここはわたくしの婚約者のタウンハウスなのよ。見られでもしたら大変じゃないの!」
怒るわたくしに、二人はそれ以上の剣幕で怒りだした。
「ふざけるなよ、お嬢さん! 俺たち、告訴されちまったんだぜ?」
「告訴……?」
「そう。あんたが依頼してきたあの仕事で、ユーレック商会が名誉棄損で訴えてきやがったんだ! つまり、あんたに弁護士費用を出してもらわないと困るぜ?」
それを聞いて、わたくしは表情を強張らせた。
そして、思わぬカタリナの反撃はこれだけに留まらなかった――。
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