50 / 93
50 反撃の準備(2)
しおりを挟む実際、うちの店舗の損害は明らかだった。
新聞記事が出てからパンナコッタはさっぱり売れなくなった。そのため、一時的に販売を休止した。原料の牛乳を仕入れている農家さんにも迷惑をかけた。
あやしげな原料を使っている店舗だということで、客足自体も落ち込んでいる……が、ホテルと駅での販売についてはそこまで売上が落ちていないのが、せめてもの救いだった。
おそらく、この二つの店舗は路面店より外国人や旅行者が多いからだろう。
新聞記事をじっくり見ていないというのもあるだろうし、そこまで細かく気にしていないというのもあるだろう。路面店でゆっくり洋菓子を食べるという属性の人々ではないことが幸いしているようだ。
いずれにしても、路面店の売上に関しては「カフェ・ベルトラ」がオープンした当初と同程度に落ち込み、その後の回復がどうなるかはわからない。
うちに人が入らない分、お客さんたちは「カフェ・ベルトラ」に流れている。それが消去法だとしても、事実は変わらない。
それを考えると、心は晴れない。
記事が出た日に鬱々としていた私を心配して、リオネル様はこう言ってくれた。
「法律関係のことは、心配しなくていいですよ。会社の顧問弁護士に話はしておきます」
「いつも、ご面倒をかけてしまって申し訳ありません……」
「いえ、全然。前々から、カタリナお嬢様に悪さをする奴らをこらしめてやりたいと思っていたんです。ぜひ、私に協力させてください!」
笑顔でそう言ってくれるリオネル様の背後から、黄金に輝くオーラが見えた気がした。
(ああ、やっぱりこの方は天使様だわ……!)
眩しすぎる美貌をありがたく拝みながら、私はいい仲間といい恋人に恵まれて幸せだと心底思った。
……さて、休み明けに出勤してきたメアリーの首根っこを捕まえて、マドレーヌは彼女を私のところに連れてきた。
さすがに他のスタッフの目があるところで話すのはまずいので、私は店舗の裏でメアリーと話すことにした。
「マドレーヌ、しばらくお店を頼むわね」
開店準備を進めている店内をマドレーヌに任せると、私はメアリーを庭の端に連れて行く。
二棟続きの屋敷の裏庭には、リオネル様のお母様が香水の材料として使用する薬草や花が所狭しと植えてある。
仕事で忙しい彼女の代わりに香水店の若い店員が、毎日水やりや手入れをしているので、年中美しい花や芳しい香りを楽しむことができる。
ベンチもあるので、晴れている日はここでパニーニを齧るのが、私の気分転換になっている。
――そんな癒しの場所が、制裁の場所になるとは心外だ。
私の険しい表情を認めた途端、メアリーは私の前に膝をついて謝ってきた。
「……申し訳ございません、カタリナ様! 私がやったことでこんなことになってしまって」
罪悪感を覚えているのか、涙ぐんでいる。
こちらとしては、悔い改めてくれるのなら問題はない。これ以上の営業秘密の流出がなければ安心していられるのだ。
ただ、あっさり許してしまっては面白くない。
こういうのは舐められたら最後――エレオノールよりずっと怖いっていうことを、この機会に知らしめなければいけない。
「……あら、本当にそう思っているの? あなたのせいで、売上がどれだけ下がったかわかっているかしら?」
「も、申し訳ございませんっ!」
深々と頭を下げるメアリーに憐憫の情を感じながらも、私は心を鬼にした。
「謝って済む問題なの? あなたを相手に訴訟を起こしても構わないのよ」
「訴訟……!」
「そうしたらどうなるかしら? あなたには弁護士を雇うお金がないでしょう。エレオノールだって、あなたを見捨てるわ。そうしたら、立場が弱いあなたは確実に懲役刑に課されるでしょうねぇ」
腕組みをして、意地悪な笑みを浮かべながら彼女を見下ろす。
そう、エレオノールの真似をしているわけ。演劇の素養なんてないけど、あの子がしそうな態度をするのは、彼女と長年過ごしてきた私にはたやすいこと。
それが、平民の娘には必要以上に威圧感を与えるってことも知っている。
「そ、そんな……私の母は病気がちで、薬を買うお金が必要なんです! 私がいなくなったら死んでしまいますっ!」
「身から出た錆でしょう。そんなことまで考えていたら、この商売はやっていられなくてよ。それがいやなら、あなたが体を売ってでもうちに出た損害を返しなさい。今すぐに!」
鬼畜なことを言っている、と思った。
メアリーの蒼褪めていた顔が、いよいよ真っ白になる。
「な、何でもいたします……ですから、なにとぞご容赦を!」
「……仕方がないわねぇ」
もったいぶった様子で、私は彼女を見下ろした。
「じゃあ、訴訟はやめることにするわ」
「ありがとうございます! 一生、恩に着ますっ」
地面に頭をつけてひれ伏すメアリーに、私は微笑んで付け加えた。
「その代わり、私に有益な情報を持ってきなさい。カフェ・ベルトラを潰せるくらいのね!」
52
お気に入りに追加
342
あなたにおすすめの小説
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる