30 / 93
30 寝取り令嬢はご立腹!(2)
しおりを挟む「……それなら、婚約破棄をさせるよう仕向ければいいのよ」
略奪愛を成就させたモンパス伯爵夫人に、悩みを相談したらそう言われた。
彼女は妻帯者の伯爵と恋仲になった途端、あらゆる手を使って正妻をノイローゼにさせ、自ら離婚を申し入れさせた魔性の女。
晴れて後妻の座に収まった彼女は、わたくしに紫色のカードを手渡した。
「なんですの? 魔女の館……?」
「ええ。あの人の前妻がノイローゼになったのは、ここの魔女に力を借りたお陰なのよ」
あら……この世の中には、まだ魔女なんて存在していたの? わたくしは思わず耳を疑ったわ。
だって、歴史書によれば二百年前に魔法を使う者たちは全員王室に管理されて、魔法省の役人になったはず。
魔法は国民の役に立つことだけに使うように定められ、それ以来、新たな発明品が生まれるようになった。
……それが、誰かを害する魔法を使う魔女がいるですって? そもそも、それは違法ではないのかしら?
「……伯爵夫人、わたくしは法律に反することはしたくありませんわ!」
「完全に違法というわけではないわ。けっして、身体的に傷をつけたり命を脅かしたりするものではないもの……表向きは占い師としているし、魔法については紹介でしか受付しないらしいの」
「では、精神的な魔法ですの?」
「そうね。主に夢を操る術を使う魔女だわ。私が前夫人にかけてもらったのは、このまま結婚生活を続けていると私に殺されるっていう夢よ。毎日見させれば、さすがにメンタルが病むわよねぇ」
にやりと笑う伯爵夫人に、背筋が寒くなる。
背に腹は代えられない。
人を害することなく、グラストン侯爵子息がわたくしと結婚してくれるのだとすれば、これ以上いいことはないと思った。
そう思って、わたくしは魔女に依頼をすることにしたの。
彼が一人暮らしをしているベルンを訪問し、わたくしは二人で食事をするところまでこぎつけた。
わたくしは、婚約者の友人だと思われている。カタリナの近況を伝えたい、と言ったら喜んで受け入れてくれたわ。
滞在先のホテルに来たグラストン侯爵子息の夢を、傍で控えていた魔女は安々と操作した。
飲み物に睡眠剤を入れられて眠り込んだ彼は、夢のせいでわたくしと『既成事実』ができた、と勘違いした。
そのような幻想を見せたのだから当然よね。
「すまなかった……君のことを傷つけるつもりじゃなかったんだ! でも、カタリナには秘密にしてもらえないかな?」
そんなことを言われたら、とどめを刺したくなるというもの。
わたくしは医者を買収して、妊娠したように見せかけた。
それを知ったお父様がグラストン侯爵邸に怒鳴りこめば、カタリナとの婚約破棄のカウントダウンが始まるわ。
うまく事が運び、彼女との婚約破棄が成立したあと、わたくしは彼と婚約した。
妊娠の件は間違いだとお父様にはバレたけれど、事業を拡大するうえでもグラストン侯爵家と結びつきを持ちたかったようで、婚約の儀が終わるまでは内緒にしてくれた。
妊娠していなかったと知っても、既成事実があるから婚約破棄はできないはず。
王都への転勤が決まったフィリップはすでに腹を括って、わたくしと生活する新居も用意してくれていたのよ。
彼の婚約者として過ごす生活は、まるで夢みたいだった……王都でカタリナに再会するまでは。
「なんですって? フィリップが、あの子のカフェに現れた……!?」
フードで顔を隠したわたくしは、同じく変装したメイドから報告を受けていた。
そう……カタリナのカフェが人を募集していると聞いて、お金に困っていたメアリーをスパイとして送り込んだの。
舞踏会の夜、カタリナに未練たらたらだった婚約者を見張るため。
そして、二人が復縁するのを未然に防ぐための保険のつもりだったけれど、こんなに早く動きがあるなんて!
「そうなんです! 婚約者様はあの方のことをあきらめていないご様子でした。よりを戻したいとおっしゃっていて」
「……な、なんてことかしら……?」
わたくしは怒りに震えていた。
どう考えても、おかしいじゃないの。
なぜ、カタリナだけが素敵な殿方の心を掴んでしまうのだろう?
彼女よりもわたくしのほうが美しく、教養もあるというのに……。
王都で彼女が見つけた新しい恋人だってそう。探偵の報告によれば、新興貴族だと言うけれど、事業は成功していてそれなりに財産はあるようだった。
婚約破棄を経験した女の二度目の相手としてなら、あの美青年は十分すぎるわよ。
それに飽き足らず、フィリップを惑わすなんて恐ろしい女!
(カタリナ・エルフィネス……! わたくしは、あなたを許さないわ!)
わたくしは、心に決めた。
あの子のしあわせをどこまでも邪魔しよう、と――。
44
お気に入りに追加
342
あなたにおすすめの小説

憧れと結婚〜田舎令嬢エマの幸福な事情〜
帆々
恋愛
エマは牧歌的な地域で育った令嬢だ。
父を亡くし、館は経済的に恵まれない。姉のダイアナは家庭教師の仕事のため家を出ていた。
そんな事情を裕福な幼なじみにからかわれる日々。
「いつも同じドレスね」。「また自分で縫ったのね、偉いわ」。「わたしだったらとても我慢できないわ」————。
決まった嫌味を流すことにも慣れている。
彼女の楽しみは仲良しの姉から届く手紙だ。
穏やかで静かな暮らしを送る彼女は、ある時レオと知り合う。近くの邸に滞在する名門の紳士だった。ハンサムで素敵な彼にエマは思わず恋心を抱く。
レオも彼女のことを気に入ったようだった。二人は親しく時間を過ごすようになる。
「邸に招待するよ。ぜひ家族に紹介したい」
熱い言葉をもらう。レオは他の女性には冷たい。優しいのは彼女だけだ。周囲も認め、彼女は彼に深く恋するように。
しかし、思いがけない出来事が知らされる。
「どうして?」
エマには出来事が信じられなかった。信じたくない。
レオの心だけを信じようとするが、事態は変化していって————。
魔法も魔術も出て来ない異世界恋愛物語です。古風な恋愛ものをお好きな方にお読みいただけたら嬉しいです。
ハッピーエンドをお約束しております。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない
天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。
だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。

転生令嬢、シスコンになる ~お姉様を悪役令嬢になんかさせません!~
浅海 景
恋愛
物心ついた時から前世の記憶を持つ平民の子供、アネットは平凡な生活を送っていた。だが侯爵家に引き取られ母親違いの姉クロエと出会いアネットの人生は一変する。
(え、天使?!妖精?!もしかしてこの超絶美少女が私のお姉様に?!)
その容姿や雰囲気にクロエを「推し」認定したアネットは、クロエの冷たい態度も意に介さず推しへの好意を隠さない。やがてクロエの背景を知ったアネットは、悪役令嬢のような振る舞いのクロエを素敵な令嬢として育て上げようとアネットは心に誓う。
お姉様至上主義の転生令嬢、そんな妹に絆されたクーデレ完璧令嬢の成長物語。
恋愛要素は後半あたりから出てきます。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる