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30 寝取り令嬢はご立腹!(2)
しおりを挟む「……それなら、婚約破棄をさせるよう仕向ければいいのよ」
略奪愛を成就させたモンパス伯爵夫人に、悩みを相談したらそう言われた。
彼女は妻帯者の伯爵と恋仲になった途端、あらゆる手を使って正妻をノイローゼにさせ、自ら離婚を申し入れさせた魔性の女。
晴れて後妻の座に収まった彼女は、わたくしに紫色のカードを手渡した。
「なんですの? 魔女の館……?」
「ええ。あの人の前妻がノイローゼになったのは、ここの魔女に力を借りたお陰なのよ」
あら……この世の中には、まだ魔女なんて存在していたの? わたくしは思わず耳を疑ったわ。
だって、歴史書によれば二百年前に魔法を使う者たちは全員王室に管理されて、魔法省の役人になったはず。
魔法は国民の役に立つことだけに使うように定められ、それ以来、新たな発明品が生まれるようになった。
……それが、誰かを害する魔法を使う魔女がいるですって? そもそも、それは違法ではないのかしら?
「……伯爵夫人、わたくしは法律に反することはしたくありませんわ!」
「完全に違法というわけではないわ。けっして、身体的に傷をつけたり命を脅かしたりするものではないもの……表向きは占い師としているし、魔法については紹介でしか受付しないらしいの」
「では、精神的な魔法ですの?」
「そうね。主に夢を操る術を使う魔女だわ。私が前夫人にかけてもらったのは、このまま結婚生活を続けていると私に殺されるっていう夢よ。毎日見させれば、さすがにメンタルが病むわよねぇ」
にやりと笑う伯爵夫人に、背筋が寒くなる。
背に腹は代えられない。
人を害することなく、グラストン侯爵子息がわたくしと結婚してくれるのだとすれば、これ以上いいことはないと思った。
そう思って、わたくしは魔女に依頼をすることにしたの。
彼が一人暮らしをしているベルンを訪問し、わたくしは二人で食事をするところまでこぎつけた。
わたくしは、婚約者の友人だと思われている。カタリナの近況を伝えたい、と言ったら喜んで受け入れてくれたわ。
滞在先のホテルに来たグラストン侯爵子息の夢を、傍で控えていた魔女は安々と操作した。
飲み物に睡眠剤を入れられて眠り込んだ彼は、夢のせいでわたくしと『既成事実』ができた、と勘違いした。
そのような幻想を見せたのだから当然よね。
「すまなかった……君のことを傷つけるつもりじゃなかったんだ! でも、カタリナには秘密にしてもらえないかな?」
そんなことを言われたら、とどめを刺したくなるというもの。
わたくしは医者を買収して、妊娠したように見せかけた。
それを知ったお父様がグラストン侯爵邸に怒鳴りこめば、カタリナとの婚約破棄のカウントダウンが始まるわ。
うまく事が運び、彼女との婚約破棄が成立したあと、わたくしは彼と婚約した。
妊娠の件は間違いだとお父様にはバレたけれど、事業を拡大するうえでもグラストン侯爵家と結びつきを持ちたかったようで、婚約の儀が終わるまでは内緒にしてくれた。
妊娠していなかったと知っても、既成事実があるから婚約破棄はできないはず。
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そう……カタリナのカフェが人を募集していると聞いて、お金に困っていたメアリーをスパイとして送り込んだの。
舞踏会の夜、カタリナに未練たらたらだった婚約者を見張るため。
そして、二人が復縁するのを未然に防ぐための保険のつもりだったけれど、こんなに早く動きがあるなんて!
「そうなんです! 婚約者様はあの方のことをあきらめていないご様子でした。よりを戻したいとおっしゃっていて」
「……な、なんてことかしら……?」
わたくしは怒りに震えていた。
どう考えても、おかしいじゃないの。
なぜ、カタリナだけが素敵な殿方の心を掴んでしまうのだろう?
彼女よりもわたくしのほうが美しく、教養もあるというのに……。
王都で彼女が見つけた新しい恋人だってそう。探偵の報告によれば、新興貴族だと言うけれど、事業は成功していてそれなりに財産はあるようだった。
婚約破棄を経験した女の二度目の相手としてなら、あの美青年は十分すぎるわよ。
それに飽き足らず、フィリップを惑わすなんて恐ろしい女!
(カタリナ・エルフィネス……! わたくしは、あなたを許さないわ!)
わたくしは、心に決めた。
あの子のしあわせをどこまでも邪魔しよう、と――。
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