27 / 93
27 あなたなど願い下げです!(1)
しおりを挟む「はぁー、今日も忙しかったわねぇ」
パニーニを売りに売ったランチタイムが終わり、私はマドレーヌが作ってくれた賄いをカウンター内で食べていた。
最近入ってくれた新人のメアリーに仕事を教えるため、しばらくはきちんとした休憩時間はとれないかもしれない。
でも、これも事業が順調な証拠! 前世でも賄いだけ食べられれば、休憩なんてなくてもよかった。そんなわけで、今世でも空腹が満たされれば問題はない。
ランチはテイクアウトのお客さんが多いので、テラス席はけっこう空いている。
ありがたいことにメアリーはよく気がつく子で、率先して客席の清掃をしてくれている。
「マドレーヌ、新人の印象はどうかしら?」
先輩である彼女にも、尋ねてみた。
「仕事の覚えは早いです。たしかレストランで働いていた経験があるんですよね?」
「そういう風に聞いているわ。よかった! これなら、侯爵家のメイドたちはたまにヘルプで来てもらうくらいでいいわね。マルコにも作業だけじゃなく、接客もしてもらうことにするから……」
そんな打ち合わせをしていると、遠くから誰かが近づいてくる気配があった。
立ち上がろうとする私を、マドレーヌが制した。
「……お嬢様、どうしましょう? フィリップ様が……」
「えっ?」
うろたえる彼女につられて、私も動揺してしまう。
焼き菓子の合間から顔を覗かせると、クズ男の姿があった。
こういう場所で見ると、リオネル様には劣るがなかなかの美男子である……なーんて、平然としている場合じゃない!
デート現場をじっとり眺めるだけでは飽き足らず、私の仕事場にも来るだなんて、どこまで厚顔無恥なんだろう?
「マドレーヌ、さっさと追い返しちゃって!」
「了解です! お任せください!」
私はその言葉に甘えて、マドレーヌのスカートの中に潜り込んだ。
制服はふわりとパニエで膨らませてあるので、座った状態で入れば何とか私一人くらいは隠れられる。
「お、お嬢様……隠れ場所、そこですかっ! いやらしいなぁ!」
「仕方ないじゃない」
「わかりました。あまり動かないでくださいね!」
そう言って、しばし沈黙が流れる。
「いらっしゃいませ! あら、フィリップ様ではございませんか? 奇遇ですわね」
「……マドレーヌ、久しぶりだね。あのぉ……カタリナは今日いないのかな?」
「お嬢様でしたら、新規の出店のことでお打ち合わせがありまして、しばらくはここにいらっしゃらないかと……」
「そうなんだ……マドレーヌ。カタリナに会わせてくれたら、このチップはぜんぶ君のものだよ」
――ジャラジャラとした音が聞こえてくる。
よもや、金貨で侍女を買収しようとしているのか?
マドレーヌという女を理解しているとしても、それは汚いのではないか?
(クズ男はやることもクズだわね……私のことを、マドレーヌが売るわけがないじゃないの! サイテー!)
そう思って、私はマドレーヌのパニエの中で唇を歪めていた。
しかし――その考えは甘かった!
「うーん……ほんの五分だけでいいなら、説得してみましょう!」
「よろしく頼む!」
えー……? 耳がおかしくなったのかしら?
それとも、マドレーヌのパニエの中の何とも言えない体温と微かな石鹸の匂いに誘われて、昼寝をして夢でも見ているのかしら?
できれば、そのどちらかであってほしい。
しかし、これが現実である証拠に、パニエの覆いはさっさと外されて目の前がパッと明るくなる。
「……申し訳ございません、お嬢様。そういうわけですので、五分だけフィリップ様とお話していただけませんでしょうか?」
コソコソと声を潜めて話しかけてくるマドレーヌだが、カウンターのところにいるフィリップから丸見えじゃないか!
(勘弁してよーっ! 侍女に売られる伯爵令嬢ってどういうこと!?)
腹立たしさのあまり彼女を睨みつけるが、そんな時に限ってお客さんがわらわらとやってくる。
「いらっしゃいませー、何になさいますかぁ? カフェタイムのオススメは、ブルーベリーとフレッシュチーズのタルトでぇーす!」
嬉々として、販売促進のお声がけまでし始めるマドレーヌ。
いつもは指示を無視して、定型文句しか言わないくせに調子のいい女である。
(……むかつくけど、仕事の邪魔をしてもよくないわね)
その様子にため息を漏らし、私はゆっくりと立ち上がった。
接客中のマドレーヌを問い詰めることはできない。そもそも、彼女を買収したほうが悪い。
私は居心地が悪そうな様子のフィリップを睨みつけた。
「カタリナ……済まない。仕事の邪魔をするつもりじゃなかったんだが……」
「グラストン侯爵令息、あちらに行きましょう。もし、ここで話し始めたら、あなたを営業妨害で訴えますわよ!」
46
お気に入りに追加
342
あなたにおすすめの小説
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。


傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない
天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。
だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる