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23 美青年の一途な想い(1)
しおりを挟む――楽師が奏でる円舞曲の明るい調べ。
フロアの中央でダンスを楽しむ男女たちは、さながら薔薇の都と言われるこの王都の春に咲く大輪の花々よりも豊かな彩りを、サルヴァドール侯爵邸に添えている。
舞踏会は盛会であり、誰しもがこの場所の空気を楽しんでいるように見えた。
そう……冷ややかな表情をしている、パートナーの顔を見るまでは。
「あら、グラストン侯爵令息。ごきげんよう……エレオノールお嬢様から聞きましたわ。王都に転勤になったそうですわね、おめでとうございます」
彼女は見知らぬ男性に話しかけている。
もう一人、女性がいるところを見ると三角関係のもつれだろうか……。
「あ、あの……君とのことは、仕方がなかったんだ。あんな手紙だけで、申し訳なかったと思っているんだよ」
「……こんな場所でわざわざ謝っていただかなくても結構ですわ。ただ、できればこうした場所で話しかけていただかないほうが、お互いのためだと思いませんこと?」
気丈に振る舞っているようだが、傍から見ると彼女が無理をしていることは歴然としていた。
この世の春を謳歌するような場所にいるというのに、どこか寂しげな表情をしているのが気になって仕方がない。
これ以上、三人の空気を悪くするよりは自分が登場することで、何か突破口を見出せないものだろうか。
そう思って、素知らぬフリをして出て行った。
「あの……その男性は、いったい……?」
「恋人ですの。私たちデート中なので、お二人ともお引き取りくださらない?」
彼女の口から出た単語に、私の心臓は鷲掴みにされてしまう。
(こ、恋人……!?)
それは、これまで生きてきた二十二年間の中で、一番胸が高揚するときめきを感じる言葉。
その瞬間、思ったのだ。
いや、ずっと潜在意識にあった気持ちが、頭を擡げただけかもしれない。
この人をもっとしあわせにしてあげたい、という想いが――。
私は、リオネル・ユーレック子爵――もとは平民で、爵位を金で買ったいわゆる新興貴族である。
それに付け加えるのであれば、貴族の血が半分流れている私生児だ。
王都で調香師をしている母は、未婚のままで私を産んだ。
その後も誰とも結婚せずに女手ひとつで事業を拡大し、息子をアカデミーに進学させるだけの余裕のある職業婦人になった。
父親は調香の勉強をしていた頃に出会った貴族だと聞いている。妻子があったため、結婚することができなかった、と聞いた。
……妻子がなかったとしても、身分差がある結婚はむずかしい。
このベルクロン王国では、かつてのように王室や旧来の貴族の権力は弱まる一方だ。
政治を決定する議会は、旧来の貴族が主体となる貴族院と新興勢力が主体となる庶民院の二つに割れ、ブルジョワたちの意向も国の政策に影響を与えるようになった。
だからと言って、まったく貴族の地位が疎かになっているわけではない。
名誉と同じだけの力を持つものは、経済力である。
そのため、アカデミーの在学中に、私は事業を立ち上げた。アカデミーで出会った有力貴族の子息や各国の権力者の子息の助力を得て、まずは母の自慢の香水を異国に輸出することから始めた。
事業は思っていたよりもうまくいき、扱う商材も次第に増えた。卒業を迎える頃には数人を雇う商会を運営するようになった。
利益を得るために交渉することも、数字を追いかけることも私にとって苦ではない。
しかし、仕事を続けるうちに、平民ゆえの蔑みや差別が存在することを知る。
ベルクロン王国の上流階級の人々と対等に話をするには爵位も必要だと悟って、没落貴族から子爵位を買ったのは二年前のこと。
ただの平民の商人と新興貴族では、交流できる相手も変わる。
有力貴族の屋敷に招待されるようになった私は、あまり動きたがらない彼らの手足となることで信頼を得て、二年のうちに王室の仕事を任されるまでになり、さらに資産を増やしていった。
すべては順調で、なにも不足はない。
……しかし、心を揺さぶられることも何もない。
そう思っていた頃、出会ったのだ……カタリナ・エルフィネス伯爵令嬢と。
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