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22 天敵との再会!(2)
しおりを挟む静けさが戻ったバルコニーで、私はユーレック氏に頭を下げた。
「ごめんなさいっ! 勝手に恋人とか言ってしまって!」
「あぁ……顔を上げてください。ご事情があったのでしょう? 私でよければ、話していただけないでしょうか。もちろん、無理にとは言いませんが……」
なんて、優しい人なんだろう?
こんな風に慰められると、ついつい心がぐらぐらと揺れてしまう。
憧れの人のままでいいのに、それ以上を求めてしまいそうで怖かった。
顔を上げると、心配そうな表情をした彼の美貌がそこにある。
さっき、あの二人に言ったみたいに恋人同士だったらいいのに……そうしたら、彼の胸に飛び込んでいたかもしれない。
ただ、そういう関係性ではないから、冷静になってあんなことを言ってしまった原因だけは説明しよう。
「……湿っぽい話になってしまうかもしれないですが、大丈夫ですか?」
「問題ありませんよ」
そう言ってもらったので、私は王都に来た本当の経緯を話し始めた。
これまでも、彼に尋ねられたことはあったけれど、適当に誤魔化してきたのだ。
ふつうに考えたら、南部地方の貴族の令嬢が王都に一人で来るケースは珍しい。
父親が国王の側近か中央の官僚ならともかく、エルフィネス伯爵家は名門とは言っても政治と関わりを持たず、領地経営を地道に行っている一族である。タウンハウスも持たず、王都に赴く機会はほぼない。
その娘の私が、親戚がいると言っても一人で王都にいるのがユーレック氏としても不思議だったのだろう。
「……そうでしたか。デリケートな話題なのに、尋ねてしまって申し訳ありませんでした」
当の本人よりも、ユーレック氏のほうが沈鬱な表情になっている。
たしかに、内容は衝撃的だったに違いない。
万が一、自分が友人と婚約者に裏切られたとしたら……そう思ったら、誰しも心が乱されてしまうものだろう。
「いえ……リオネル様に話せて、すっきりしましたわ」
「私はカタリナお嬢様のことを尊敬します」
ユーレック氏は、静かにそう言ってくれた。
「そんなひどいことをしてきた相手に、あんな風に堂々と渡り合うなんて。もし、私が同じ立場だったら取り乱していたでしょう」
「……そんなに褒められるようなものではございませんわ。結局、わたくしは元婚約者に気持ちがなかったというだけの話ですから」
そう言いながら、私は彼が持ってきてくれた前菜をつまみ始めた。
何種類かあるけれど、フレッシュチーズとブラックオリーブが載ったカナッペが美味だった。葡萄酒に合うものということで、料理長が作ったのではないだろうか。
いつも夜会などに出ると、壁の花だったのは本当だ。
壁の花というかビュッフェテーブルの近くに陣取って、ダンスの申し込みを断り続けた壁の花とは私のこと。
フィリップが婚約者になったことでよかったことは、断る口実があったことだ。
まぁ、その程度の存在でしかないからクズカップルが目の前に出てきても、動じなかっただけかもしれない。
「あの……カタリナお嬢様」
「……は、はい! 何でしょう?」
前菜のおいしさに気を取られてしまっていた私は、咀嚼していたカナッペを飲み込んでから慌てて笑顔を作った。
「さっき、咄嗟に私のことを恋人って言ってくださったじゃないですか」
「ごめんなさいっ」
私は、再び頭を下げた。
本当にそれだけは、何度謝っても足りない気がする。
カフェの経営者としても、優良顧客の一人を手放すわけにはいかないのだ。
「いえ、違います! 違うんです!」
「えっ……?」
「むしろ、それがうれしくて……たしかに少し驚きましたけれど、私はあなたと今よりはもう少し親しくなれればいいな、と思っていたので……」
驚きのあまり、私は目をこすった。
こんなに都合のいい話があるだろうか?
「あの……リオネル様。本当にそう思ってくださっているのですか?」
「ええ、もちろん」
恐る恐る目線を上げると、ユーレック氏の真摯な青い瞳にぶつかった。
「カタリナお嬢様。新興貴族の私では、伯爵令嬢に交際の申し込みをするのは不遜だとは思います……しかし、私の気持ちを受け入れて……その、お……お付き合いをしていただけないでしょうか?」
いつもは冷静で自信がある様子の彼が、私の顔色を窺いながら不安そうな表情をしている。
(……ほ、本当に!?)
脳内では、いち早く小躍りしてしまっている自分がいる。
カフェ経営と恋愛……二兎追うもの一兎も得ず、と思っていたけれど、二兎を得られるかもしれない!
その予感にウキウキが止まらない。
「……お付き合い、させてくださいっ! ぜひ、よろしくお願いいたしますっ!」
「ありがとうございます……! これから、絶対にお嬢様に釣り合う男になります。そうしたら、その時は私と婚約してください」
ユーレック氏はそう呟いて、私の手の甲に口づけを降らせる。
(素敵だわ……! リオネル様とお付き合い? 婚約……!? 最高じゃない!)
心の中の小躍りは、激しくなる一方だ。
彼の唇の感触は葡萄酒より甘く、私は未知の陶酔に浸ることになった。
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