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20 舞踏会はときめきに満ちて(2)

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 楽団が奏でる円舞曲の音色に合わせ、私はユーレック氏と踊り始める。
 きらびやかな水晶のシャンデリアの下で、彼のリードに任せてステップを踏んでいると、少しずつ緊張感が抜けていく。
 思えば王都に着いてから、ずっと働きづくめだった。
 カフェの企画から運営から、これからの展望まで色々とやることも考えることも多くて、プライベートというものは皆無だった。
 それが今、ようやく一息つくことができている。
 憧れの人にパーティーに誘われて、彼と手を取り合って円舞曲を踊っているのだ。
 運動音痴の私でダンスも下手だが、ユーレック氏のリードが上手なお陰か、まるで雲の上を歩くようにステップを踏むことができている。
「さすがにカタリナお嬢様は、踊りがお上手ですね」
 澄んだ青い目が、いつもよりも近い。
 低くて甘い声音で褒められると、頬が熱くなってくる。
「そんな……! ユーレック様のリードがうまいおかげですわ。わたくしなんて、南部でも壁の花でしたもの」
「本当ですか? 私がその場にいれば、あなたを寂しがらせたりはしないのに」
 そんな甘い言葉を囁かれると、誤解してしまいそう。
 ユーレック氏にとって、私は地方の伯爵令嬢。いつかは実家に戻って、どこかの令息と結婚する予定の娘である。
 カフェをしていることも、ほんのひと時の気まぐれだと思っているかもしれない。
 そう……彼は私にとって優良顧客であり、それ以上の存在にしてはいけないのだ。
(でも、今夜だけは……誤解してもいいんじゃないかしら?)
 夢見がちなもう一人の自分が、そう囁いてくる。
 白皙の美貌は私だけを見つめ、腰に回された彼の手の感覚はいやに艶めかしい。
 婚約者のフィリップにさえ覚えたことがない心の高揚を、ユーレック氏にはいつも感じてしまう。
「ありがとうございます、ユーレック様。お言葉だけでうれしいですわ」
「リオネルと……名前で呼んでくださいませんか? そのほうが、打ち解けられるでしょう?」
 そう提案されて、私はほんの少しだけ恥じらった。
 ただ、ユーレック氏のほうも私のことを名前で呼んでいる。だから、彼のことを名前で呼んでも馴れ馴れしいということにはならないだろう。
「リオネル様……」
「そう。これからも、そう呼んでください」
 イケメンの輝くような笑みは反則だ。
 胸のドキドキが加速してしまいそう……! 円舞曲を踊って倒れても、この世界では救急車なんて来てくれないから自制心を持たないといけないのに。
 努めてお仕事モードに戻って、私は冷静に微笑んだ。
「本当にうれしいですわ……こんな風に、理解のある方がいらっしゃるなんて」
「……そう言っていただけて、私もうれしいです」
 その時、拍手が沸き起こり、私は円舞曲が終わったことを知った。
 しばし楽団の交代制の休憩が始まるようで、ユーレック氏と私は給仕から飲み物をもらって、バルコニーへと向かう。
 ちょうど、誰もいない場所を見つけると私は腰を下ろした。
「食事をとってきましょう。少し待っていてくださいね」
「リオネル様、ありがとうございます」
 彼のすらりとした後ろ姿を見送った。
 楽団のメンバーが弦楽四重奏を奏でるのをぼんやり聞きながら、夜の庭園を眺める。
 舞踏会の類を開催しているとあって、サルヴァドール侯爵邸の庭園はタウンハウスとしては広い部類に入る。ライトアップされた噴水や白亜の彫刻が美しく、手に手を取り合っている男女の姿もちらほら見える。
 舞踏会はこの時代では格好のデート場所なのだろう。それを覗いているような気分になるのが、何となく恥ずかしかった。
(私とリオネル様も、そういう風に見えるのかしら?)
 変な妄想とダンスで火照った頬に、冷ややかな夜風が心地よい。
 そうしているうちに、バルコニーに誰かが近づいてくる気配があった。
「……?」
 後ろを振り向くと、薄緑色のドレスを着た令嬢が私を見つめていた。
「ああ、やっぱりカタリナお嬢様! 似ている方がいらっしゃると思ったんですのよ」
 逆光だから、瞬時に顔までは判別できなかった。
 ただ、声を聞けばすぐにわかった。
 それが、私から婚約者を寝取った女……エレオノール・ベルトラ子爵令嬢だということを。

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