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18 初めてのデート(2)
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「旧来の貴族よりも、ご自身で事業をされているほうが素晴らしいと思いますわ。ぜひ、わたくしも見習いたいものです」
「カタリナお嬢様は、事業に積極的でいらっしゃるんですね。これから、このカフェの経営は本格的にされるのですか?」
「ええ。このテラスでの店舗はお陰様で、続けてほしいとホテル側に言われました」
「それは、おめでとうございます! お嬢様のようなお若い女性が事業を起こされるのは大変でしょうが頑張ってください。私ができることなら、いくらでもお手伝いいたしますよ」
その言葉に、励まされた。
もちろん、ウルジニア侯爵夫妻も頼りになるが、住まいを提供してもらい、お手伝いの人員を融通してもらったのだから、あまり甘えてばかりはいられない。
この店舗を続けるとしたら、人材については今のままではいけない。カウンターのスタッフを誰か雇わねばならないし、そのうちここ以外に店舗をオープンするのなら、不動産の契約もしなければいけないのだ。
そうした時に、この王都でビジネスをしているユーレック氏なら、色々と知恵を授けてくれるだろう。
「ありがとうございます! 何かあればご相談させていただきます」
「ぜひ、お気軽に。これでも、色々事業は手掛けているのでお役に立てるかと思います」
「ユーレック様には、助けられてばかりで……お願いばかりするのも何なので、私が何かユーレック様のお手伝いをできないものでしょうか?」
それは、本心から出た言葉だった。
ずっと、借りを作りっぱなしだと居心地が悪い。
マドレーヌや侯爵家の侍女ならお金や物で解決できるが、ユーレック氏にとって私の存在が何ひとつ役に立たないのが歯痒かった。
「うーん、そうですねぇ」
彼はカフェオレのカップを両手で持ちながら、思案している様子である。
ちょっとした仕種さえも、イケメンがするとこんなに絵になるんだなって思ってしまう。
「あ……! ちょうど、お願いさせていただきたいことを思いつきました!」
「何でしょう?」
「明後日、仕事の取引先のお屋敷で舞踏会が催されるのです。よかったら、パートナーとして一緒に行っていただけないでしょうか?」
それは、まるで夢のような申し出だった。
こんな素敵な男性と、素晴らしいひと時を過ごせるだなんて!
私は即座に首を縦に振っていた。
「もちろんですっ! わたくしなんかで宜しければ……!」
「うれしいですわー! こんな風に、本来業務ができる日が来るなんて」
マドレーヌは私の髪を梳いて、結い上げてくれる。
今夜は、ユーレック氏の取引先であるサルヴァドール侯爵邸での舞踏会。実家から持ってきたイブニングドレスに着替え、いつものカフェ用の装いから美しい貴族令嬢へと早変わりしていた。
何より、仕事場以外でユーレック氏と会えるとあって、まるで恋人とのデートの前みたいに期待でいっぱいだ。
いや、あのクズ男と婚約していたときも、こんなにもときめいたことなどない。
ユーレック氏にとっては、適当なパートナーがいなかっただけ。ただ、年齢的に釣り合いそうな私が都合よく近くにいたから声をかけてくれただけ――。
そうだとしても、私には過ぎた相手だった。
(まあ、比較対象がクズなのもあるけど……)
私は鏡の中に映る自分の、晴れやかな微笑みを見つめた。
機嫌が良さそうな私を見て、マドレーヌはにやにやしてくる。
「な、何よ……!?」
「……いえ、カタリナお嬢様のおしあわせそうな顔を見ると、私もうれしくなってしまって」
「しあわせそう?」
「だって、よくカフェにいらっしゃる方でしょう? 南部地方ではまず見ないイケメンですよねぇ!」
「そうねぇ……」
「でも、新興貴族の方だとおっしゃいましたよね?」
「そう、だけど……?」
にやにやしてくるマドレーヌの意図は、なんとなくわかった。
彼女は、エルフィネス伯爵家の使用人である。私が直接的に給金を出しているわけではない。
(もしかして、ユーレック様と私のことをお母様に言いつけるつもりかしら?)
マドレーヌは眉を顰めた。
「……なに? 口止め料がほしいの?」
「まぁ! 人聞きが悪いですわ、お嬢様。私はお嬢様のしあわせを祈っているだけですわ……カフェの話や新興貴族の男性との交際の件が、奥様の耳に入って大変ですからねぇ」
たしかに、カフェの件もユーレック氏との交流も内密にすべきこと。
ある程度の形になれば、エルフィネス伯爵夫妻も口を鎖すかもしれない。突然、婚約破棄されて傷心の娘が生き甲斐を見つけたのだ。
修道女になってしまうのに比べたら、カフェ経営者という職業婦人の道を歩むほうがまだいいだろう。
しかし、いま新興貴族の青年との交流までばらされてしまうと面倒だ。
爆弾は一発投げ込んで小康状態になった頃にまた一発投げるのと、二発同時に投げるのではどちらに破壊力があるのか……?
二発同時だと、さすがにエルフィネス伯爵夫妻の堪忍袋の緒が切れるかもしれない。
「わかった……わかったわ! 口止め料払うから、お願いだから内緒にしておいてよ!」
「かしこまりました、お嬢様!」
うれしそうな守銭奴侍女と相反して、私は予想外の出費に心の中で涙を流すのであった。
「カタリナお嬢様は、事業に積極的でいらっしゃるんですね。これから、このカフェの経営は本格的にされるのですか?」
「ええ。このテラスでの店舗はお陰様で、続けてほしいとホテル側に言われました」
「それは、おめでとうございます! お嬢様のようなお若い女性が事業を起こされるのは大変でしょうが頑張ってください。私ができることなら、いくらでもお手伝いいたしますよ」
その言葉に、励まされた。
もちろん、ウルジニア侯爵夫妻も頼りになるが、住まいを提供してもらい、お手伝いの人員を融通してもらったのだから、あまり甘えてばかりはいられない。
この店舗を続けるとしたら、人材については今のままではいけない。カウンターのスタッフを誰か雇わねばならないし、そのうちここ以外に店舗をオープンするのなら、不動産の契約もしなければいけないのだ。
そうした時に、この王都でビジネスをしているユーレック氏なら、色々と知恵を授けてくれるだろう。
「ありがとうございます! 何かあればご相談させていただきます」
「ぜひ、お気軽に。これでも、色々事業は手掛けているのでお役に立てるかと思います」
「ユーレック様には、助けられてばかりで……お願いばかりするのも何なので、私が何かユーレック様のお手伝いをできないものでしょうか?」
それは、本心から出た言葉だった。
ずっと、借りを作りっぱなしだと居心地が悪い。
マドレーヌや侯爵家の侍女ならお金や物で解決できるが、ユーレック氏にとって私の存在が何ひとつ役に立たないのが歯痒かった。
「うーん、そうですねぇ」
彼はカフェオレのカップを両手で持ちながら、思案している様子である。
ちょっとした仕種さえも、イケメンがするとこんなに絵になるんだなって思ってしまう。
「あ……! ちょうど、お願いさせていただきたいことを思いつきました!」
「何でしょう?」
「明後日、仕事の取引先のお屋敷で舞踏会が催されるのです。よかったら、パートナーとして一緒に行っていただけないでしょうか?」
それは、まるで夢のような申し出だった。
こんな素敵な男性と、素晴らしいひと時を過ごせるだなんて!
私は即座に首を縦に振っていた。
「もちろんですっ! わたくしなんかで宜しければ……!」
「うれしいですわー! こんな風に、本来業務ができる日が来るなんて」
マドレーヌは私の髪を梳いて、結い上げてくれる。
今夜は、ユーレック氏の取引先であるサルヴァドール侯爵邸での舞踏会。実家から持ってきたイブニングドレスに着替え、いつものカフェ用の装いから美しい貴族令嬢へと早変わりしていた。
何より、仕事場以外でユーレック氏と会えるとあって、まるで恋人とのデートの前みたいに期待でいっぱいだ。
いや、あのクズ男と婚約していたときも、こんなにもときめいたことなどない。
ユーレック氏にとっては、適当なパートナーがいなかっただけ。ただ、年齢的に釣り合いそうな私が都合よく近くにいたから声をかけてくれただけ――。
そうだとしても、私には過ぎた相手だった。
(まあ、比較対象がクズなのもあるけど……)
私は鏡の中に映る自分の、晴れやかな微笑みを見つめた。
機嫌が良さそうな私を見て、マドレーヌはにやにやしてくる。
「な、何よ……!?」
「……いえ、カタリナお嬢様のおしあわせそうな顔を見ると、私もうれしくなってしまって」
「しあわせそう?」
「だって、よくカフェにいらっしゃる方でしょう? 南部地方ではまず見ないイケメンですよねぇ!」
「そうねぇ……」
「でも、新興貴族の方だとおっしゃいましたよね?」
「そう、だけど……?」
にやにやしてくるマドレーヌの意図は、なんとなくわかった。
彼女は、エルフィネス伯爵家の使用人である。私が直接的に給金を出しているわけではない。
(もしかして、ユーレック様と私のことをお母様に言いつけるつもりかしら?)
マドレーヌは眉を顰めた。
「……なに? 口止め料がほしいの?」
「まぁ! 人聞きが悪いですわ、お嬢様。私はお嬢様のしあわせを祈っているだけですわ……カフェの話や新興貴族の男性との交際の件が、奥様の耳に入って大変ですからねぇ」
たしかに、カフェの件もユーレック氏との交流も内密にすべきこと。
ある程度の形になれば、エルフィネス伯爵夫妻も口を鎖すかもしれない。突然、婚約破棄されて傷心の娘が生き甲斐を見つけたのだ。
修道女になってしまうのに比べたら、カフェ経営者という職業婦人の道を歩むほうがまだいいだろう。
しかし、いま新興貴族の青年との交流までばらされてしまうと面倒だ。
爆弾は一発投げ込んで小康状態になった頃にまた一発投げるのと、二発同時に投げるのではどちらに破壊力があるのか……?
二発同時だと、さすがにエルフィネス伯爵夫妻の堪忍袋の緒が切れるかもしれない。
「わかった……わかったわ! 口止め料払うから、お願いだから内緒にしておいてよ!」
「かしこまりました、お嬢様!」
うれしそうな守銭奴侍女と相反して、私は予想外の出費に心の中で涙を流すのであった。
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