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17 初めてのデート(1)
しおりを挟む中庭のテラス席は、ホテルの規模もありテーブルは大小合わせて五十席ほどある。
その中で、一番カウンターから離れている席に私たちは移動した。
「ここなら、少しは職場のことを忘れられるでしょう?」
「ユーレック様、お気遣いいただいてありがとうございます……えっ?」
彼は私の椅子を引いてくれた。
メイドの格好の私にそんなことをしてくれるなんて、ユーレック氏はなんて紳士的な振る舞いをする人なんだろう!
しかも、私はカフェで食事を提供した身で、彼は優良顧客。これじゃあ、立場が逆ではないか。
ただ、礼儀作法としては私がそれを断るほうがマナーに反する。
ここは、ご好意に甘えておとなしく座ることにした。
「重ね重ね、ありがとうございます。こんな風に接していただけるとは思っておりませんでしたわ」
「いえ……カタリナお嬢様の休憩時間が、少しでもリラックスできるものになればいいのですが」
爽やかな笑みを浮かべて、彼はパニーニが包まれた紙袋を開ける。
「じゃあ、食べましょうか。あったかいうちがおいしいですしね」
「そうですね!」
私もパニーニを包んでいる袋を開けた。
中から湯気とともに、おいしそうな香りが立ち上ってくる。
(あぁ、しあわせ……)
焼きたてをもらってきたから、パニーニはまだ熱々だ。
意外と猫舌の私は少し冷めてから食べるほうが好きだった。
生地はピザと似ているけれど、発酵のさせ方だけならパニーニは二次発酵までするから、どちらかというとパンに近い。それをオーダーが入ったら具材を挟んで焼くのだ。
外がカリカリして、中がモチモチしている触感がいい。生地作りも、限られた時間の中で色々研究に研究を重ねた。薄力粉と強力粉の配合を変えた生地を作り、侯爵邸の皆さんに試食してもらって一番評判のいいものにしたのだ。
――初めて私がこれを食べたのは、前世のイタリアンカフェ。バイト代が入ると、色々なカフェの調査をしていた知識が、ようやく役に立つ日が来た。
自分が食べておいしいのはもちろん、みんなにおいしいと喜ばれれば、空腹だけではなく心もほっこりと満たされる。
「……温かくて手軽な食事がこの値段で食べられるなんてね。賃金のことを考えたら、もう少し高く設定してもいいんじゃないですか?」
ユーレック氏は猫舌ではないようで、出来立て熱々のパニーニを先に食べ終わった。
私はと言えば、まだふーふーと冷ましながら彼の美しい手に見惚れていた。
古くからの貴族はこのホテルに出入りしないって、イザベラ叔母さんが言っていたから、たぶんユーレック氏は新興貴族かブルジョワのどちらかだろう。
それにしては、食べる手つきが優雅だなぁー……と観察してしまっていた。
ぼんやりしていたところに、現実的な話を持ちかけられて私も急にお仕事モードに戻る。
「賃金は……いまは謝礼程度でしか支払っていないんです。もともと、彼女たちはわたくしが居候させていただいている屋敷と、わたくしの実家から連れてきた使用人なので」
本物の実業家を相手に、こんなことを言うのは気恥ずかしい。
私は申し訳なさそうに目を伏せる。
「もしかして、カタリナお嬢様は南部地方のご出身ですか?」
「はい」
「ああ……では、ご実家というのはエルフィネス伯爵家でいらっしゃるのですね。道理で所作が美しいと思っておりました」
社交界で出会ったわけではないから、私の素性をはっきりとは知らなかったのだろう。
そりゃあ、貴族令嬢がメイドの格好をしているなんて思うわけがない。
エルフィネスの姓を名乗っていても、ユーレック氏としてはそれが偽名なのか本当なのかわからなかったのではないだろうか?
「申し訳ございません。伯爵家の一人娘がこんなことをしているなんて、驚かれたでしょう?」
「いえ。お名前伺ったときから、もしかしたらとは思っていました。私もいまでこそ子爵位を持っておりますが、もともと平民の出なのです。エルフィネス伯爵家は由緒正しい家門ですから、こうして交流させていただけて光栄です」
そう言うユーレック氏は、爵位を金で買った新興貴族なのだろう。
私からしてみたら、出自に胡坐をかかずに事業をしているところは尊敬に値する。イザベラ叔母さんの思惑とは違うけれど、私はできればもう少し色々彼と話ができればいいな、と思った。
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