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14 守銭奴侍女の意外な才能(2)
しおりを挟む私がターゲットにしているのは、メインダイニングでゆったりコース料理を食べたい人々ではない。どちらかというと、仕事に追われているビジネスマンである。
そうした人たちは、長々と何皿もあるような料理を待っている時間も、友人たちと語らいを持つ時間もない。
新聞を片手に、パンやサンドイッチをかじってコーヒーで胃袋に流し込むのが、いまの彼らのランチ事情である。
彼らは接客サービスを求めない。食べながら新聞を読む場所があれば、セルフサービスのほうが適している。
そのため、テラスには今よりも席を多く配置した。
前世のホテルや旅館でよくあるように、主要な新聞を何種類か用意して、手ぶらで来店したお客さんが読めるようにと配慮することにした。
食べ物については、午前中には手軽なランチにできるようホットスナックを充実させ、午後はスイーツを多めにする。
コーヒーはハンドドリップしかできないので面倒だが、そこは侯爵家のメイドたちがけっこう上手だから任せることにした。
マドレーヌと私は、フード作りとカウンターでの接客をメインに担当する。
「あら、カタリナお嬢様。それは何ですか?」
大きな紙に鉛筆でデッサンをしていると、マドレーヌが手元を覗いてきた。
「ああ……ポスターを作ろうと思って」
「ポスター! それは、本格的ですね!」
「だって、一週間だけで時間も限られているからね。お客さんにとって、わかりやすいほうがいいでしょう?」
前世でのおしゃれなカフェのチラシを思い出しながら、レイアウトを考える。
ここの世界は、前世のようにパソコンがないのがともかく問題だ。
字も手書きというのがいただけない。写真はあるけど、まだ白黒の時代だしそのうえ高価だから使いづらい。
残る手段は、イラストである。
「……ところで、お嬢様。これはいったい何ですか?」
「……え!? どこをどう見ても、コーヒーカップとパニーニじゃない」
すると、マドレーヌがクスクスと笑い出した。
(何がおかしいっていうの? 失礼な女だわ!)
憤りを露わにする私を見て、彼女は真顔に戻った。
「ちょっと貸してください」
「……!?」
マドレーヌが、私の下書きの上からさらさらと絵を書き足した。
「え、なに……あなた、絵心あるじゃない!」
そう叫んでしまうほど、彼女が筆を加えただけでコーヒーとパニーニのイラストがおいしそうに見えた。
「……カタリナお嬢様がド下手……あ、いえ、独特なだけでございます」
「失礼だけど、認めるわ。あなた、今からポスター担当就任ね!」
「えー、いいですけど私のこと酷使しすぎじゃないですかぁ? こんなに低賃金でこき使われると逃げ出しますよ?」
唇を尖らせる彼女に、私はにっこり笑った。
「ボーナスはずむわよぉー。今回の一番の貢献者はマドレーヌだものぉー、だからがんばってちょうだい!」
「えー、ほんとですか!? ボーナス楽しみにしていますね!」
ぱっと表情を明るくしたマドレーヌを見て、正直ほっとする。
……彼女が貢献してくれているのは本当だった。
侯爵家の侍女たちへのレクチャーだったり、お菓子作りの手際の良さだったり、これまで彼女がやってきてくれたこともすごいと思っていたけれど、イラストまで上手いとは!
まさに、これこそスパダリならぬスパ侍女ではないか。
マドレーヌは私のカフェ経営の成功になくてはならぬ存在だ。
「ねぇ、マドレーヌ」
私は鉛筆で下書きを仕上げにかかっている彼女に話しかけた。
「はい、何でしょう? カタリナお嬢様」
「ギャラはずむからって、他の屋敷に行ったりしないでね。私にとって、マドレーヌは大事な侍女だから」
それを聞いたマドレーヌは、にやりと不気味な笑みを浮かべた。
「……今後、お嬢様からいただくボーナスの額によって考えさせていただきますわ」
守銭奴侍女に情で訴えかけるのは時間の無駄。
そう悟ったのは、この日の最大の収穫だったかもしれない。
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