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12 黒髪の美青年との出会い(4)

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 ――こんなできすぎたシチュエーションは、滅多にないと思う。
 変な男たちに絡まれて困っているメイドを、美青年が助けてくれる……しかも、この人は若そうなのに、その男たちを権力でねじ伏せられるような凄い存在なのだ!
 これまで私が出会った色男の筆頭が、婚約者の友人と浮気をするクズ男だから、私の男性への視線のハードルはやたらと低い。それは、百歩譲って認めよう。
 それにしたって、いまの私は一介のメイドであり、確実に社会的弱者に見えるはず。
 ウルジニア侯爵家の縁戚という立場や、伯爵令嬢という肩書きがない私を助けてくれるなんて、公明正大で心が真っ直ぐな人ではないか。
 見返りを求めずに善行を施してくれる人を、私は心密かに天使様と呼ぶことにしている。
 確実に、ユーレック氏は天使様だ。見た目も心も素晴らしいから、大天使様に格上げしておこう。
「ここまで来れば大丈夫でしょう。彼らもどこかにいなくなったようですし」
 振り向いて、さっきの場所を確認したユーレック氏は、そう言って私の手をそっと放した。
「ありがとうございます……! ユーレック様」
 私は笑顔で、彼にお辞儀をする。
「いえ、礼には及びません。紳士たる者、ご婦人がお困りになっているなら助けるのがマナーだと心得ております」
 ユーレック氏はにっこりと笑った。
 切れ長の青い目は、さっき男たちと対峙していた時は冷酷に見えたが、笑うと目尻が少し下がって柔和な印象になる。
 それは、とてつもなく魅力的で……再び、私は彼に見惚れてしまっていた。
(あー……! ダメ、すごいイケメンだからって。さっき会ったばかりの男性をじろじろ見るなんて失礼だわ)
 心の中で、自分を叱咤する。
 私の視線には一銭の価値もないけれど、私が作ったお菓子にはいくばくかの商品価値があるのだ。
 手にしている籠には、焼き菓子が余分に入っている。何かあったときのために、多めに焼いてきたのだ。
 その中から、薄紙に包まれたフィナンシェを彼に手渡す。
「これ、よかったら召し上がってください。私が作ったものです……焼き菓子なんですが、これから売り物にするものなので、味は保証できます!」
「……えっ、お嬢さんが?」
 彼は手にした袋を開けて、中に入っている金塊型のフィナンシェをしげしげと眺めた。
「クッキーみたいな大きさだけど、柔らかそうですね。こんな独創的なお菓子を作るなんて、もしかしてパティシエールなんですか?」
「見習いみたいなものです。金塊の形に作っているので、金運アップに御利益あるんですよ! 名前はフィナンシェと言います」
「へぇ……お金持ちという意味ですね。いい香りがする」
 珍しそうに袋を覗き込んでいる彼を見て、私は得意になって補足する。
「アーモンドパウダーと焦がしバターの風味のおかげだと思います。コーヒーにも紅茶にも合いますから、お仕事の休憩時間にぜひ召し上がってください」
「ありがとうございます。コーヒーと一緒に楽しみます」
 私が作ったお菓子を、美青年が喜んでくれるなんてうれしすぎる。
 晴れやかな気分でペコリと再度お辞儀をして、ナンパ男たちがいなくなったテラスのほうへと向かおうとした。
「……じゃあ、本当にありがとうございました!」
「あ……すみません!」
「……?」
「お嬢さん……もし失礼でなければ、お名前をお伺いしても……?」
 そう尋ねるユーレック氏は、微かに頬を赤く染めている。
 彼は私よりは年上かもしれないが、まだ二十歳を少し超えたくらいの年代である。もしかしたら、異性と話をするのがまだ不慣れなのかもしれない、と思った。
「カタリナです。カタリナ・エルフェネス」
「……カタリナ嬢、ですね。また、いつかお会いできるでしょうか……?」
 その問いに、私はにっこりと微笑んだ。
「はい、もちろん! 近々、そこのテラスでカフェの試験店舗をやるんです。ぜひ、ユーレック様もいらっしゃってください!」
 この時の私は、リオネル・ユーレック氏のことをイケメンの有望顧客としか考えていなかった。

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