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9 黒髪の美青年との出会い(1)

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 その夜、私はウルジニア侯爵にカフェ計画のことを話した。
 即座に却下されるかと思いきや、侯爵は意外と興味を持ってくれたようだ。
「カフェか、面白そうだね。隣の国で言うところの、コーヒーハウスみたいなものかな?」
「コーヒーハウス?」
「ああ、ティーサロンのコーヒー版のようなものだな。コーヒーハウスは、紳士の社交場になっているんだ」
 それを聞いて、私の頭の中にようやくイメージが湧いた。
 たしか、コーヒーハウスというのはイギリスのパブの前身になった店舗形態だ。
 イギリスでは廃れてしまったけれど、お隣の国のフランスではカフェがけっこう昔からあるし、世界的に今でも流行り続けている。
 ……ということは、このベルクロン王国でもカフェは受け入れられるかもしれない。
「叔父様、そのコーヒーハウスはどういうものを出しているのですか? どんな方々が集まっていらっしゃるのかも教えていただきたいですわ」
「そうだな。コーヒーや軽食を食べながら煙草を吸ったり新聞を読んだり、政治談議をするような場所だから、男性しかいなかったな。場所によって、集まる人もけっこう違うらしい……新聞社の近くには記者、銀行の近くには銀行員、みたいな感じだろうか」
「なぜ、女性がいないのでしょう?」
 そう尋ねると、侯爵は微かに肩を竦めた。
「政治の話をするのは、貴婦人だと好ましくないからじゃないか? 煙草の煙もご婦人方は嫌いだろう」
 想像してみて、思わず納得した。
 前世の日本では禁煙とか分煙というものがごく当たり前だったが、こちらの世界ではその概念がない。
 というのも、煙草とかコーヒーはこの国では高価な嗜好品であり、主に紳士の嗜みとされている。
 エルフィネス伯爵家では、朝食時にミルクを入れたコーヒーを一杯飲む習慣があったのであまり気づかなかったけれど、それさえも平民にとっては贅沢なものなのだ。
 煙草については、この国で見られるのは紙巻タバコではなく葉巻である。それも、輸入に頼っているために高価で、お金持ちの紳士の嗜みのようなものだ。
 店では一本ずつ買って、その場で吸うような形で楽しまれているのだろう。
「なるほど……貴婦人が入れるような形のお店にするのもいいですね」
「カタリナは面白いことを言うんだね。貴婦人はティーサロンがあるじゃないか?」
 たしかに、侯爵の指摘は正しい。
 貴婦人たちは、紅茶専門店に付設されているサロンを愛好している。
 店で扱っている紅茶とそれに合う焼き菓子を楽しめて、帰りに茶葉を購入して帰れるとあって、貴族の令嬢や夫人たちが買い物帰りに寄る憩いの場になっている。
 もし、私がお菓子だけを売り込むのなら、こうした紅茶専門店のような店を作ればいいが、そういうわけではない。
 そもそも、女性のみをターゲットにしようとは思っていなかった。
「……そうですわね。でも、ティーサロンとは別のお店を作ってみたいんですの」
 そう主張する私に、叔父さんは顎髭をいじりながら頷いた。
「わかったよ。支配人に話しておく」
「ありがとうございます、叔父様!」
「まあ、よかったわね! カタリナ」
 喜びに目を輝かせる私に、そばで刺繍をしながら成り行きを見守っていたイザベラ叔母さんもうれしそうだった。
「仮にカフェという店をやるとして、そこではどういうメニューを出したいのか今のうちから考えておいてくれ。場合によっては、支配人が君の自慢のお菓子をチェックするかもしれない」
「もちろんですわ! がんばります!」
 こうして、私はウルジニア侯爵夫妻の後ろ盾を得て、カフェ経営の小さな一歩を踏み出すことになった。

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