9 / 93
9 黒髪の美青年との出会い(1)
しおりを挟むその夜、私はウルジニア侯爵にカフェ計画のことを話した。
即座に却下されるかと思いきや、侯爵は意外と興味を持ってくれたようだ。
「カフェか、面白そうだね。隣の国で言うところの、コーヒーハウスみたいなものかな?」
「コーヒーハウス?」
「ああ、ティーサロンのコーヒー版のようなものだな。コーヒーハウスは、紳士の社交場になっているんだ」
それを聞いて、私の頭の中にようやくイメージが湧いた。
たしか、コーヒーハウスというのはイギリスのパブの前身になった店舗形態だ。
イギリスでは廃れてしまったけれど、お隣の国のフランスではカフェがけっこう昔からあるし、世界的に今でも流行り続けている。
……ということは、このベルクロン王国でもカフェは受け入れられるかもしれない。
「叔父様、そのコーヒーハウスはどういうものを出しているのですか? どんな方々が集まっていらっしゃるのかも教えていただきたいですわ」
「そうだな。コーヒーや軽食を食べながら煙草を吸ったり新聞を読んだり、政治談議をするような場所だから、男性しかいなかったな。場所によって、集まる人もけっこう違うらしい……新聞社の近くには記者、銀行の近くには銀行員、みたいな感じだろうか」
「なぜ、女性がいないのでしょう?」
そう尋ねると、侯爵は微かに肩を竦めた。
「政治の話をするのは、貴婦人だと好ましくないからじゃないか? 煙草の煙もご婦人方は嫌いだろう」
想像してみて、思わず納得した。
前世の日本では禁煙とか分煙というものがごく当たり前だったが、こちらの世界ではその概念がない。
というのも、煙草とかコーヒーはこの国では高価な嗜好品であり、主に紳士の嗜みとされている。
エルフィネス伯爵家では、朝食時にミルクを入れたコーヒーを一杯飲む習慣があったのであまり気づかなかったけれど、それさえも平民にとっては贅沢なものなのだ。
煙草については、この国で見られるのは紙巻タバコではなく葉巻である。それも、輸入に頼っているために高価で、お金持ちの紳士の嗜みのようなものだ。
店では一本ずつ買って、その場で吸うような形で楽しまれているのだろう。
「なるほど……貴婦人が入れるような形のお店にするのもいいですね」
「カタリナは面白いことを言うんだね。貴婦人はティーサロンがあるじゃないか?」
たしかに、侯爵の指摘は正しい。
貴婦人たちは、紅茶専門店に付設されているサロンを愛好している。
店で扱っている紅茶とそれに合う焼き菓子を楽しめて、帰りに茶葉を購入して帰れるとあって、貴族の令嬢や夫人たちが買い物帰りに寄る憩いの場になっている。
もし、私がお菓子だけを売り込むのなら、こうした紅茶専門店のような店を作ればいいが、そういうわけではない。
そもそも、女性のみをターゲットにしようとは思っていなかった。
「……そうですわね。でも、ティーサロンとは別のお店を作ってみたいんですの」
そう主張する私に、叔父さんは顎髭をいじりながら頷いた。
「わかったよ。支配人に話しておく」
「ありがとうございます、叔父様!」
「まあ、よかったわね! カタリナ」
喜びに目を輝かせる私に、そばで刺繍をしながら成り行きを見守っていたイザベラ叔母さんもうれしそうだった。
「仮にカフェという店をやるとして、そこではどういうメニューを出したいのか今のうちから考えておいてくれ。場合によっては、支配人が君の自慢のお菓子をチェックするかもしれない」
「もちろんですわ! がんばります!」
こうして、私はウルジニア侯爵夫妻の後ろ盾を得て、カフェ経営の小さな一歩を踏み出すことになった。
52
お気に入りに追加
338
あなたにおすすめの小説
強い祝福が原因だった
棗
恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。
父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。
大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。
愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。
※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。
※なろうさんにも公開しています。
転生したらついてましたァァァァァ!!!
夢追子
ファンタジー
「女子力なんてくそ喰らえ・・・・・。」
あざと女に恋人を奪われた沢崎直は、交通事故に遭い異世界へと転生を果たす。
だけど、ちょっと待って⁉何か、変なんですけど・・・・・。何かついてるんですけど⁉
消息不明となっていた辺境伯の三男坊として転生した会社員(♀)二十五歳。モブ女。
イケメンになって人生イージーモードかと思いきや苦難の連続にあっぷあっぷの日々。
そんな中、訪れる運命の出会い。
あれ?女性に食指が動かないって、これって最終的にBL!?
予測不能な異世界転生逆転ファンタジーラブコメディ。
「とりあえずがんばってはみます」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
虐げられ令嬢の最後のチャンス〜今度こそ幸せになりたい
みおな
恋愛
何度生まれ変わっても、私の未来には死しかない。
死んで異世界転生したら、旦那に虐げられる侯爵夫人だった。
死んだ後、再び転生を果たしたら、今度は親に虐げられる伯爵令嬢だった。
三度目は、婚約者に婚約破棄された挙句に国外追放され夜盗に殺される公爵令嬢。
四度目は、聖女だと偽ったと冤罪をかけられ処刑される平民。
さすがにもう許せないと神様に猛抗議しました。
こんな結末しかない転生なら、もう転生しなくていいとまで言いました。
こんな転生なら、いっそ亀の方が何倍もいいくらいです。
私の怒りに、神様は言いました。
次こそは誰にも虐げられない未来を、とー
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる