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7 王都での生活(1)
しおりを挟む――王都は薔薇の都と言われているらしい。
所々に四季咲きの薔薇が植えられ、訪れる人々の目を楽しませる。
華やかなのは、もちろん植物が織りなす景観のみではない。この王都にある建物は赤みが強い煉瓦で作られている。赤薔薇に似た色味の赤土がこの地の特徴だからだ。
私が生まれ育った南部地方は白っぽいシンプルな建物が多かったが、ここは荘厳な煉瓦作り。
そこに集う人々も、それに負けぬほどに華やかでカラフルな衣装を身にまとっている。
汽車の駅に迎えに来てくれたイザベラ叔母さんと落ち合い、侯爵家の馬車の窓から見る景色に、私は思わずうっとりしていた。
「……すばらしい! 人の数もお店も、南部とは比較になりませんわ」
田舎者丸出しで、道行く人々や商店の数々を嘗めるようにチェックする。
「あらそう? わたくしは、南部のひなびたところが落ち着くと思っているわ。そのうち、エルフェネス伯爵にお願いして、しばらく静養させてもらおうかしら……おほほ」
「まぁ、それは楽しみですわ!」
イザベラ叔母さんに適当に話を合わせる。
私の頭の中では、この王都にカフェを出したらどれほどの集客が見込めるだろう、という計算が働いている。
カフェは南部で試しにやってみるのと、ここでやるのでは雲泥の差だろう。
なぜなら、確実に人口密度が違う。
この王都という場所は、前世の日本でいうところの東京や大阪のような大都市で、国内外の商業の中心である。
それに対して、南部地方はとっても田舎だ。たとえば地方の中の中心地ベルンであっても、県の中で一番大きな駅の周辺というイメージである。
大きな駅の周辺だってもちろん魅力的だが、それは住む人にとっての話。
初めて商売をやるなら、確実に大都市のほうが成功しやすいだろう。
しかも、これまでにないことをするなら勝機はある!
そんなことを考えているうちに、私たちを乗せた馬車は王宮やメインストリートに近い赤煉瓦で造られた瀟洒なタウンハウスへと辿り着いた。
ウルジニア侯爵の領地は、王都の郊外にある。なだらかな丘陵地帯に建てられた広大なカントリーハウスに、お母様……エルフィネス伯爵夫人とともにお邪魔したことがある。
しかし、こちらのタウンハウスは初めてだ。
都の中心地でも、中庭があって過ごしやすそうな屋敷だ。
田舎の広大な屋敷と比べたらコンパクトだが、前世の狭小住宅に慣れっこの私にとっては大豪邸である。
「領地に比べたら小さいけど、意外と住みやすいのよ。母屋も自分の家だと思って、ゆっくりしていってちょうだいね」
イザベラ叔母さんに案内されて、自分たちが滞在させてもらう離れに行った。
母屋と中庭を挟んだところにあるその建物は、二代前の老侯爵夫妻が過ごすために作られたとあって、比較的新しい作りのようだった。
建物が新しいということは、肝心の厨房も新しい。
母屋に比べたら規模は小さいが、竈があるのがケーキ作りやお菓子作りをしたい私にはとてもありがたい。ここなら、侯爵夫妻の使用人たちの邪魔をせずにレシピの研究もできそうだ。
裏門が近いというのも、メリットだ。
イザベラ叔母さんも私の行動には注意を払っていることだろう。未婚の令嬢を預かるのだから当然だけれど、それは要らぬ心配というものだ。
なぜなら、夜間にどんな人が出歩いているか、どんな店に人が集まっているか、というのもカフェの経営には大事な要素。
カフェバーのようにお酒も提供する形がいいのか、きっちりノンアルコールだけの店にするのか、など検討材料になる、
そんなわけで、時にはこっそり街に視察に出かけたりもしたいから、警備の目が厳しい表門よりも手薄な裏門が近いに越したことはない。
一応、伯爵家からは護衛が一人来てくれているし、侍女のマドレーヌもいるのだから、侯爵夫妻には心穏やかにしていてほしいものだ。
(まぁ、二人とも買収済みだけどね!)
私はイザベラ叔母さんが見ていない隙に、人が悪い笑みを浮かべた。
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