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5 犯人はお前か!(1)
しおりを挟む案の定、イザベラ叔母さんは深く同情してくれた。
当分の間は、私と侍女のマドレーヌを使っていない離れに置いてくれるという。
しばらくはウルジニア侯爵邸に居候させてもらって、社交活動という名の婚活をしているようにエルフィネス伯爵夫妻に思わせるのがいい。
そして、その間に王都のパティスリーや喫茶店のような場所を視察しよう。前世で言うところの市場調査というやつである。
その相棒になるのは、侍女のマドレーヌ。
お菓子のような名前が気に入っているが、お菓子のマドレーヌと違って微塵も甘い雰囲気がない女だ。情ではなく金で動くタイプの守銭奴女子……いつも、私が用件を頼むと生意気にもチップを要求してくる。
とは言え、こっちとしては金で動く人間のほうが使いやすい。人間の情ほどあやふやなものはないからだ。
仕事さえしてくれれば、多少の出費は仕方がないと思っている。
「はぁ、カタリナお嬢様のお菓子作りごっこも今日で終わりですわね」
マドレーヌは飽き飽きした様子で、木のボールに入った卵を混ぜていた。
前世のお菓子を作るとき、伯爵家の調理人を締め出して彼女と二人だけで準備する。それは、秘伝のレシピが盗まれないためだ。
竈の火加減を確認しながら、私は彼女に言った。
「何を言っているの? 都に行ってからが本番よ!」
「えーっ……いい加減、この下女みたいな真似は卒業したいんです。一応、貧しいですけど私も準男爵家の娘なんですよぉ」
マドレーヌが言う通り、厨房に仕えている下女は平民出身ばかり。貴族の身分を持つ彼女は侍女として令嬢の身の回りの世話をする上級使用人である。
ただ、こればかりは仕える主が悪かったと思ってあきらめてもらうしかない。
「わかったわ。これが後に大流行したら、このお菓子にあなたの名前つけてあげる。一個売れるごとにロイヤリティーもあげるわよ」
「え……本当に? 料率は私に有利に交渉させてくださいませね!」
俄然、やる気を取り戻したマドレーヌは、生地作りを手際よく進めていく。
パティシエのような慣れた手つきは、厨房担当の下女にも真似できないだろう。
(私にとって、今日は大事な日だもの……がんばってもらわないと)
今日は、王都に行く前に開催する最後のお茶会。
趣味がお菓子作りだと公言する私にとって、毎回手作りのお菓子を令嬢たちに振る舞うのは当然のこと。
そして、この世界で私しか作れないオリジナルスイーツは、令嬢たちに大好評である。
「カタリナお嬢様が作るお菓子は、本当においしいですわ」
「そうですわねぇ! しばらくの間、この素晴らしいお菓子を味わえないのは寂しいですわ!」
あまりに用意が大変になるとマドレーヌが準備で怒るので、今回は特に仲がいい令嬢を三人だけ招待した。
彼女たちは社交界に出る前からの友達だ。気が置けない友人たちとの語らいがしばらくできないのは私だってつらい。
「そう言っていただけて何よりですわ」
私は微笑んで、今日作ったお菓子を手に取る。
令嬢が手に取って食べやすいサイズ感のもの。前世で言えば、まさにマドレーヌだ。
型は鍛冶屋の特注品で、いつも家族の分を焼いているが今日はお客さんの分もあるから二回焼いている。
元々、この世界では保存がきくビスケットのような堅いお菓子しか存在せず、私が作るふわっとしたスポンジ生地は珍しいようだ。
「カタリナお嬢様は、お菓子作りの才能がおありになるわ。王都に行ったら、職人になれそうですわね」
ベルトラ子爵令嬢エレオノールが、マドレーヌを一個食べてから微笑んだ。
「まあ! 貴族の令嬢が職人だなんて……」
他の令嬢たちがエレオノールの発言に眉を顰める。
そう……この世の中、貴族令嬢が働くのは御法度だ。貴族というのは、働かないからこそ貴族である。平民を使うから貴族なのである。
その貴族が働いてしまったら、貴族という概念が崩れる。
しかし、前世の記憶がある私にとって、それはよくわからない感覚でもあった。
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