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2 それは婚約破棄から始まった(2)
しおりを挟む……え? 私があまりにも貴族の令嬢っぽくないって?
そんな声が、どこかから聞こえてきそうな気がするけど、その異論反論はごもっとも。
そもそも、私は他の貴族令嬢とは違うんだから!
具体的に何が違うかと言えば、それは前世の記憶があるということ。
――私は、前は日本という国の学生だった。
物心ついた時からお菓子が好きで、高校に入ってから趣味と実益を兼ねてケーキ屋さんでアルバイトを始めた。
実家には短大や大学に行くほどの経済的な余裕がなく、製菓専門学校の夜間部に通いながら、授業料を安くしてもらう代わりに学校が経営するカフェの早番シフトで働いた。
最初は不安しかなかったカフェのバイトも、やってみると意外と性に合っていた。
色とりどりのケーキを作る作業も楽しいが、おしゃれな空間で働いているうちにどんどんカフェを自分で経営することに興味が湧く。
カフェには、色々な人が集まってくる。
コーヒー片手にパソコン作業をするスーツ姿の会社員、リラックスした雰囲気のノマドワーカー、デートする若いカップル、会社帰りに読書をするおしゃれな女性……。
もし、自分が経営者だったらどういうターゲットを想定しよう? それとも、万人受けするカフェにしようか?
そういう妄想をするのが、苦学生だった私の唯一の楽しみだった。
実際は経営者になるような元手もない。昼はバイトで夜は授業と分刻みのスケジュールだったから、夢のまた夢だ。
……しかも、学校帰りに私は交通事故に遭ってしまった。最寄り駅から自宅まで歩いている途中、信号無視した車にはねられて――。
十九年のあっという間の人生、唯一の悔いはカフェ経営をするという夢を叶えられなかったこと……そして、バイトと勉強に勤しむあまり恋愛をする余裕もなかったこと。
もう一度、どこかで人生をやり直せるなら、お金持ちの家に生まれてすてきな人と恋をしてみたい。
そして、できることならカフェを経営できたらうれしいな。
そんなことを思いながら、私の意識はぷつりと途切れたのだ。
……そうして、私はこの世界に生まれた。
生まれつき前世の記憶はあったけれど、日本とこの中世ヨーロッパもどきの世界とはすべてが違いすぎて、十九年分の記憶や体験が役に立ったことはほとんどない。
それでも、あくせく働くことなしに趣味のお菓子作りを楽しめるのは、私にとってありがたかった。
記憶にある限り、製菓学校で習ったレシピは文書に残していた。万が一にでも盗まれたら困るから、暗号の代わりに日本語で書いた。
いつか、秘伝のケーキを使ってカフェ経営をする日がやってくるかもしれない。そう思って、前世で果たせなかった夢を再び思い描いていた。
ところが、この世界の常識というのは、前世の記憶がある人間にとっては非常識だ。
エルフィネス伯爵家のご令嬢と言えば、この南部地方で有数のお嬢様。それに見合った格式がある家門の令息と結婚することが生まれたときから決まっている。
お母様は、唯一の女の子である私の結婚に執念を燃やしていた。
社交界にデビューする十六歳になると、色々な伝手を使って年回りの合う貴族の令息と会わせてきた……そう、いわゆるお見合いだ。
その中で、一番感じがよかったのがグラストン侯爵令息フィリップ……私をフッた男である。
私に一目惚れしたと言って、彼はすぐにお父様のところに行って婚約を願い出た。
(この人、見た目によらずけっこう漢気あるのね!)
なんて、一瞬心ときめいた自分がいまは哀れに感じる。
これまで、できるだけ両親には逆らわずに生きてきた。
前世とは違う人間に生まれたのだから、この世界に適合しなければ罰が当たると思い込んでいたから。
――が、両親が推し進めた縁談を受けたのに、こんな屈辱を味合わされているのだ。
この世界で結婚なんかしても、私が幸せになるとは思えない……絶対に!
……だから、私はエルフェネス伯爵家のいい娘で居続けるのはやめることにする。
楽しくケーキを焼いて、できればカフェ経営もしたい!
慰謝料は伯爵家の資産に入れられてしまうから、どうにかしてそれを使わせてもらおう。
そんなことを考えていたら、すっかりフィリップのことなんてどうでもよくなっていた。
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