9 / 9
9 大天使と悪役令嬢の婚姻【最終話】
しおりを挟む「お会いしたかったですわ、ラミエル様! なぜ、わたくしを置いて行ってしまったんですの?」
人気のないバルコニーに俺を拉致したアリシアは、涙ながらに問い詰めてきた。
正直、そこまで俺を気にしているとは知らなかった。
ネルシオンの危機を救った彼女が国王の信頼を得て、名誉を回復した様子は上空から眺めていた。
リアナは罪人として囚われ、処刑を待っているような有様だ。
復讐を果たして女伯爵になったアリシアは、この上なく幸せなはずなのに……。
「お前は十分すぎるほどの善行を施した。もう、俺の庇護は不要だろう? お前は一人前の聖女なのだから」
「そんなの酷いわ! 最初に約束してくださったはず。善行を働けば、わたくしと結婚してくださると」
「……お前は王太子妃になれるほどに復権したではないか?」
それが答えになっていないことは、自分でもわかっている。
アリシアは俺の腕を掴んで、切ない表情で俺を見つめた。
「あなたと結婚できないなら、王太子妃なんて何の意味もありません……わたくしのこれまでの人生で一番幸せだったのは、あなたと共に旅をしていた時間ですわ」
――それは、俺も同じだ。
彼女と過ごした時間は、慎ましくも幸せなもの。
田舎の粗末な宿や、時には野宿も余儀なくされたが、アリシアは文句ひとつ言わなかった。
これまでに聖女に力を分け与えたことも、任務を行わせるため旅を共にしたことも、数え切れぬほどあった。
しかし、彼女たちは天使という異形の俺に興味は示すものの、恋愛感情を抱くことはなかった。
そもそも、俺がそれを許さなかったというのもあるが……。
ところが、アリシアは違っていた。
対等な一人の人間として、俺のことを見てくれていた……初めて会ったときから、ずっと。
彼女の想いを振り払うのはたやすい――なぜなら、俺はとうの昔に生身の人間としての感情を失っているから。
なのに、なぜ……俺はあの夜、彼女に口づけをしてしまったのだろう?
神の使いであり、この世の何よりも清廉潔白であるはずの大天使が、たかが一人の女に惑わされるなど……。
俺は、アリシアの色香に溺れたわけではない。彼女の内面の美しさに惹かれたのだ。
どんなに疲れていても、病人のひとりひとりに向き合って苦痛を取り除く彼女の姿は眩しかった。
与えられた役割なら当然だと思うかもしれないが、そんな献身ができる人間は実はなかなかいない。
リアナのように任務を投げ出し、貴族や王族しか治癒しない聖女がほとんどだった。
俺もアリシアのことを、そんな女の一人だと思っていた。
しかし……実際の彼女はそうではなかった。
見た目によらず素朴で、俺に同じ人間として興味を持ってくれた。
旅の最中、澄んだ瞳で見つめられながら昔話をしていると、いつしか数千年前に経験した胸の疼きに苛まれるようになった。
そう――いつの間にか、俺はアリシアに恋をしていた。
果てしなく不器用で、実ることのない恋を。
雨乞いの儀式を終わらせれば、アリシアの命は失われるさだめだった。
そこを自分の魂を削って助けたのも、キスを奪ったのも俺の個人的な感情のせい。
だから、彼女のもとから立ち去った。
別れの言葉さえ告げず、彼女に二度と会わねばよかったのに……。
このパーティー会場に来てしまったのは、魔が差したとしか言いようがない。
縋るような目をして俺を見つめるアリシアに、まるで病気にでもなったように胸が高鳴る。
清廉潔白だなんて、とんでもない!
こんな俺が、大天使を続けていていいのだろうか……?
――その刹那、脳裏に天からの声が響き渡った。
(……ラミエルよ、思うがままに行動するがよい。これは長年、私に仕えてきたお前への褒美だ)
神は、俺が修道院に入った経緯もすべてご存じだ。
そのうえで、俺の最後の恋愛を許してくださったのだろう……。
俺は泣きそうになるのを我慢しながら、アリシアに囁いた。
「共に行こう、アリシア。お前に、俺と添い遂げる決心があるのなら」
「……当たり前じゃないですか! 覚悟がなければ、わたくしは自分から迫ったりしませんわ?」
高飛車な答えに混じる安堵と喜びの色――その時、俺は実感した。
この世の誰よりも、彼女のことを愛している……と。
彼女を抱き上げて、俺は白い翼を広げて夜空へと舞い上がった。
――アリシアと俺だけの終わらぬ恋物語は、今この瞬間から始まる。
5
お気に入りに追加
51
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪女の私を愛さないと言ったのはあなたでしょう?今さら口説かれても困るので、さっさと離縁して頂けますか?
輝く魔法
恋愛
システィーナ・エヴァンスは王太子のキース・ジルベルトの婚約者として日々王妃教育に勤しみ努力していた。だがある日、妹のリリーナに嵌められ身に覚えの無い罪で婚約破棄を申し込まれる。だが、あまりにも無能な王太子のおかげで(?)冤罪は晴れ、正式に婚約も破棄される。そんな時隣国の皇太子、ユージン・ステライトから縁談が申し込まれる。もしかしたら彼に愛されるかもしれないー。そんな淡い期待を抱いて嫁いだが、ユージンもシスティーナの悪い噂を信じているようでー?
「今さら口説かれても困るんですけど…。」
後半はがっつり口説いてくる皇太子ですが結ばれません⭐︎でも一応恋愛要素はあります!ざまぁメインのラブコメって感じかなぁ。そういうのはちょっと…とか嫌だなって人はブラウザバックをお願いします(o^^o)更新も遅めかもなので続きが気になるって方は気長に待っててください。なお、これが初作品ですエヘヘ(о´∀`о)
優しい感想待ってます♪

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

白い結婚のはずでしたが、王太子の愛人に嘲笑されたので隣国へ逃げたら、そちらの王子に大切にされました
ゆる
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」
オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。
「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」
そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。
「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」
このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。
オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。
愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん!
王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。
冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている
五色ひわ
恋愛
ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。
初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
「アンジェリーナ・ナイトレイ。貴様との婚約を破棄し、我が国の聖女ミサキを害した罪で流刑に処す」
物語でよくある婚約破棄は、王族の信頼を揺るがした。婚約は王家と公爵家の契約であり、一方的な破棄はありえない。王子に腰を抱かれた聖女は、物語ではない現実の残酷さを突きつけられるのであった。
★公爵令嬢目線 ★聖女目線、両方を掲載します。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
2023/01/11……カクヨム、恋愛週間 21位
2023/01/10……小説家になろう、日間恋愛異世界転生/転移 1位
2023/01/09……アルファポリス、HOT女性向け 28位
2023/01/09……エブリスタ、恋愛トレンド 28位
2023/01/08……完結

【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。
ところが新婚初夜、ダミアンは言った。
「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」
そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。
しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。
心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。
初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。
そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは─────
(※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる