7 / 9
7 甘い夢と残された記憶
しおりを挟む――甘い夢を見ていた。
ラミエル様がわたくしを抱きしめて、キスをしてくる。
愛しそうにわたくしを見下ろす視線に、艶っぽい熱を感じてしまうのは気のせい……?
いつもの彼は、冷静沈着。どんなにわたくしが美しくても、熱っぽく口説いたとしても、俗っぽい感情には揺らがないと思っていた。
それなのに、今の彼はまるで別人。わたくしへの欲をありのままに見せてくる。
誰かからまっすぐに求められるのは、こんなにもうれしいものだったのね……?
思えば、貴族の娘に生まれて一度も純粋な愛を向けられたことがなかった。もちろん、純粋な欲も。
両親はわたくしのことを王家の外戚になるための持ち駒としか見ていなかった。
婚約者のカーライル殿下は優しくしてくれていたけれど、それは高位貴族の後ろ盾を得るためだけ。
結局、誰からも愛されないまま、孤独のうちに死ぬところだった……。
死の淵にいたわたくしを救ったのは、ラミエル様だった。
初対面で、いきなりわたくしが求婚をしたのは、彼の庇護が生きる上で必要だったから。
でも、そんな真似をせずとも、わたくしを大事にしてくださった。
欲得ずくで口に出した結婚という言葉が、今ではとてつもなく恥ずかしい。
――旅の途中、共に過ごす時間の中で、ラミエル様がどういう経緯で大天使になったかを聞くことができた。
もともと、ネルシオンの建国前に起こった神と悪魔の聖戦――その戦いの最中に命を失った聖騎士だったらしい。
人間だった頃も、修道院に所属していた彼は色恋に興味がなかっただろうし、大天使という人ならぬ存在になった今は絶対に女に惑わされないはず。
それでも……いま、たしかにわたくしに触れている。
彼を動かしたのが自分だという事実が何より誇らしく、胸のドキドキが止まらない。
きっと、これは本当の恋――。
婚約者にも感じなかったときめきは、わたくしの心を打ち震わせていた。
これが、夢じゃなく本当だったらいいのに……。
「もっと、キスして……」
離れようとしている彼に、思わず手を差し伸べる。
彼の背を抱き寄せ、指先に触れたのは生々しいぬくもり。それを感じた瞬間、これが本当に夢かどうかさえわからなくなる。
「相変わらず、大胆だな」
耳朶に霞める声が、ゾクッとするほど色っぽい。
「そんなことを言うと、本当に俺のものにしてしまうぞ。そうしたら、困るのはお前のほうだろう……?」
それは、どういう意味……?
尋ねようとしても、声が出ない。
ああ……やっぱり、これは夢の中なのかしら?
彼の低い問いかけの余韻は、恋に昂った精神をゆっくりと深い闇に導いていった。
雨乞いの儀式の後、力を使い果たして死に瀕していたわたくしは、離宮の一室に運ばれて十日ほど寝込んでいたらしい。
ようやく意識を取り戻し窓の外を見ると、まだ雨が降り続いていた。
宮廷の侍女にラミエル様のことを尋ねたが、わたくしを宮廷医に任せたあと北の領地に戻ったとのこと。
でも、わかっていた……今回も、ラミエル様がわたくしを救ってくれたって。
そう確信しているのは、枕元に白い羽が一枚落ちていたから。オーラの気配を感じ取れるそれを見れば、彼がここに来たことがわかる。
仮にわたくしがただのパシリだとしても、ラミエル様が見捨てるわけがない……職務放棄しているリアナを、ご自身の手で罰することができないくらい寛大な方だから。
あっ……そう言えば、リアナをどうにかしなきゃ。
病める人々を放置する職務怠慢な聖女なんて、税金で遊びまくるこの世のゴミじゃない!
ラミエル様の代わりに、わたくしが成敗してさしあげるわ!
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
聖女にはなれませんよ? だってその女は性女ですから
真理亜
恋愛
聖女アリアは婚約者である第2王子のラルフから偽聖女と罵倒され、婚約破棄を宣告される。代わりに聖女見習いであるイザベラと婚約し、彼女を聖女にすると宣言するが、イザベラには秘密があった。それは...
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】第三王子殿下とは知らずに無礼を働いた婚約者は、もう終わりかもしれませんね
白草まる
恋愛
パーティーに参加したというのに婚約者のドミニクに放置され壁の花になっていた公爵令嬢エレオノーレ。
そこに普段社交の場に顔を出さない第三王子コンスタンティンが話しかけてきた。
それを見たドミニクがコンスタンティンに無礼なことを言ってしまった。
ドミニクはコンスタンティンの身分を知らなかったのだ。
孤島送りになった聖女は、新生活を楽しみます
天宮有
恋愛
聖女の私ミレッサは、アールド国を聖女の力で平和にしていた。
それなのに国王は、平和なのは私が人々を生贄に力をつけているからと罪を捏造する。
公爵令嬢リノスを新しい聖女にしたいようで、私は孤島送りとなってしまう。
島から出られない呪いを受けてから、転移魔法で私は孤島に飛ばさていた。
その後――孤島で新しい生活を楽しんでいると、アールド国の惨状を知る。
私の罪が捏造だと判明して国王は苦しんでいるようだけど、戻る気はなかった。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる