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6 悪役令嬢の王都凱旋
しおりを挟むその翌週、ラミエル様に馬車を手配してもらって王都に辿り着いた。
謁見の間でわたくしを迎え入れた国王陛下は、申し訳なさそうな表情をしていた。
「おお、ロンバルト侯爵令嬢。わしの頼みをよくぞ聞いてくれた。礼を言うぞ」
「……もったいなきお言葉でございます」
「すでに使者が説明しているかもしれないが、王室が直接統治している国王領の干ばつの被害が酷くてな。去年は作物がとれず、周辺の領主に応援要請して何とかなったが、今年も同様の被害が起きそうなのだ」
なるほど、それは大変だ。
ラミエル様に聞いたところ、彼がリアナを聖女にしたのはこの状況を何とかするためだったとか。
放っておけば、ネルシオン王国の土地のすべてが干上がって砂漠になってしまう。
いや……その前に、王室に搾取される領主や領民たちがまず命を落とす。
わたくしがこれまで治した病人のほとんどは、貧しくてろくに食事をしていない者たちだった。
不潔な環境にいて栄養も摂れずにいたら、少しの熱や体調不良が命を奪いかねない。
一方、王都にいる王族や高位貴族たちは、干ばつが酷いのに安楽な日々を過ごしている。
他の領地から作物を貢がせ、自分たちは日夜遊んで暮らしているのだ。
しかし、王都には聖女がいる。
リアナは、この状況でいったい何をしているのだろう?
この災厄を止めるために、神聖力を与えられたはずなのに……。
「恐れながら、国王陛下。すでにこの国には、聖女様がいらっしゃるではございませんか?」
そう言うと、国王は表情を曇らせた。
「令嬢が疑問に思うのはもっともだ。レビオット男爵令嬢に打診したが、彼女は体が弱いから神聖力を使い過ぎると命の危険に関わるそうでな……」
それを聞いて、ため息が出そうになる。
教皇庁の後ろ盾があるから、国王の依頼を断ってもリアナに悪影響はない。
しかも、か弱い印象を植えつけて同情を買ったところが、女狐が女狐たる所以である。
わたくしを罪人にしたときも、彼女は入念に準備をした。
努めて弱いフリをすることで、相手をコントロールして何かをさせたり罪をなすりつけたりする。
……が、今回ばかりはリアナに邪魔されるわけにはいかない。
治癒だけでも体力を削がれるのに、天変地異の対応などやったことのないことを引き受けるのだ。
わたくしが神聖力を持ったことを……いや、ここにわたくしがいることさえも悟られてはいけない。
「わたくしが、お役に立てるかどうかはわかりません。しかし、やってみましょう」
「本当か!? 感謝するぞ。成功した暁には、褒美はいくらでも取らせる!」
「罪人のわたくしに……ですか?」
皮肉めいた微笑みを浮かべたわたくしに、国王は慌てて付け加える。
「もちろん、個別恩赦という形で身分はすぐに元に戻そう。その上で成功したら、領地や爵位やカーライルとの結婚……令嬢が欲しいものは、すべて与えると約束する!」
わたくしにとって、領地も爵位も大した意味はない。
ましてや、わたくしを捨てた元婚約者のことなどリアナにくれてやるわ。
「報奨については、どれも不要ですわ。しかし、お願いを聞いてくださるとおっしゃるのなら、ただ一つだけ……」
「なんだ?」
「……裁判のやり直しを。わたくしは、神に誓って罪を犯しておりません。お茶会での服毒は、聖女様の自作自演でございます」
それを聞いた国王は渋い表情をしたが、最終的には条件を飲んでくれた。
――雨乞いの儀式は、秘密裏に行われることになった。
王宮の敷地の端にある古びた塔の最上階が、急ごしらえの祭祀場。
日照り続きの乾いた熱風が、わたくしの白い衣の裾と顔をすっぽりと覆ったヴェールを揺り動かす。
こんな辺鄙な場所で、雨乞いの儀式をやるとは誰も思わないだろう。
目立たない場所……しかも、太陽に一番近い場所で儀式をやるというのは、わたくしの要望だった。
その分、神への祈りの気持ちが届きやすい、と思ったから。
護衛兼後見人という位置づけのラミエル様と、国王陛下とこのたび王太子に内定したカーライル殿下、あとは近衛の小連隊が、神に祈りを捧げるわたくしを見守っている。
薄絹のヴェールを被って儀式に臨んでいるのは、カーライル殿下や近衛兵たちに顔を見られないため。
外部に情報が漏れないように、細心の注意を払ったつもり。
それはいいけれど、本当に雨が降るのだろうか……?
そんな不安に心は揺れたが、何度もラミエル様は励ましてくれた。
『むしろ、お前でなければできないのだ……自分を信じろ、アリシア』
その言葉を胸に、灼熱の日差しを浴びながら目を閉じる。
すると、ラミエル様が天使の姿になってわたくしを背後から抱きしめている映像が浮かんできた。
黄金のオーラに包み込まれ、自分でも驚くほど強大なエネルギーが内側に満ちてくる。
(……雨よ、降って! お願い……!)
いったいどれほどの時間、神と自然に祈ったことだろう?
体調を言い訳に、リアナがこの儀式を断ったのも納得がいく。
力をおそろしく消耗し、意識が朦朧としてくる。治癒を丸一日行うより、疲労の度合いが激しかった。
それでも、わたくしは雨を降らせなきゃ!
だって、成功すれば真実を明らかにしてもらえる。わたくしを陥れたリアナに、追放刑と同じくらいの屈辱を受けさせる必要があるから。
それに、リアナがやらないことをやるほど、ラミエル様が喜んでくれる。
彼が与えてくれた力で王都に再び来ることができたから、ラミエル様がわたくしに望むことはすべて叶えたいと思った。
――いつの間にか、太陽に雲がかかって熱風に冷たい風が混じるようになった。
そして、ついに祈りの形に組んだ手に、ぽつりと何かが当たった。
「あ、め……?」
うわ言のように呟いてから、わたくしは空を見上げる。
さっきまでの青空が嘘のように、空は灰色の雲で覆われていた。
小さな雨粒は少しずつ大きくなり、激しく勢いあるものへと変わっていく。
「おお……雨だっ、雨が降ったぞ!」
「聖女様だ! 本当の聖女様がここにいらっしゃる!」
「これは、奇跡だッ! 新たな聖女様の誕生だっ!」
見守っていた近衛兵たちの歓声が聞こえた瞬間、わたくしの意識はぷつりと途切れた――。
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