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5 王都からの使者
しおりを挟む病人や怪我人がいなくなった北の領地には、意欲に満ちた労働者たちが溢れ返った。
それまで頓挫していた建設工事や鉱山の採掘事業が一気に進む。
穀物の栽培については不毛の大地だが、北の領地は鉄鉱石の埋蔵量において、ネルシオン王国で最も多いらしい。
元気になった労働者を新たな鉱山へと送り込んだが、驚くべきことにこれまで輸入に頼っていたダイヤモンドが発掘されたそう。
その鉱山の労働者がみな、わたくしの治療を受けた元傷病人。それゆえ、そこで採掘されたダイヤモンドには『貧しき者の聖女』という名がつけられたらしいわ。
美しく研磨された宝石を領主から送られたわたくしは、この領地において貴婦人のような扱いを受けるまでにのしあがった。
だからと言って、あの女狐のような失敗をするわけがない。
この能力はラミエル様に与えられたもので、慢心してはいけないとわかっている。
ラミエル様の庇護がなくなったら、すべてを失ってしまうことも……。
だから、目の前にある仕事に全力で取り組むだけ。
もう、嫉妬にかられてリアナをいじめた頃の自分には戻らない。
誰も助けてくれない状況、冷ややかな視線に満ちた法廷、罪人扱いされる屈辱……そうしたものが、わたくしの心に傷跡と気づきを残したのだ。
――ラミエル様との旅が始まった。
王都から離れた場所は衛生管理がずさんで、北部と同じように病気が蔓延し、悲惨な状況だった。
それに加え、王都近辺の作物の育ちが悪く周辺の領地に課される税が上がったため、地方の領主はもちろん領民たちも貧しさに喘いでいた。
しかし、わたくしが行く先々で治癒の力を用いると、そこでは思いがけぬ富を得ることになる。
傷病人を治癒するだけではない……なぜか、幸運を与える力も備わっているようだ。
『貧しき者の聖女』との呼び声はますます高まり、当初は粗末な宿に寝泊まりしていたわたくしたちも、いつの間にか領主たちから歓待されるまでになった。
地方を回り終えて北部に戻ろうとしたとき、わたくしのもとに見慣れたお仕着せの男がやってきた――そう、ネルシオン王家の使者である。
「ネルシオン国王の名において、『貧しき者の聖女』を王宮にご招待する。王都の周辺では干ばつが続いており、聖女に雨乞いの儀式をしてもらいたい」
書状を読み上げる使者に、わたくしは眉を吊り上げた。
「あら……いったい、どういうおつもりかしら? わたくしを追放したのは、いったいどこのどなた?」
そう問い詰めると、使者は泣きそうな表情になる。
「も、申し訳ございませんっ! しかし、存じ上げなかったのです。令嬢にそのようなお力があるということを」
「それにしても、あの女狐。いえ、リアナは何をしているのかしら? 天変地異の対応をしない聖女なんて最悪じゃない」
無言のままの使者に変わって、その様子を横目で眺めていたラミエル様が口を挟む。
「アリシア嬢、伝令を虐めるものではない。文句があるのなら、王族なり聖女なりに直接言えばよかろう」
「……では、子爵様もわたくしが王都に向かうことを望まれるのですか? わたくしは、聖女でも何でもございませんのに」
王都行きをためらうのは当然だ。
だって、わたくしは罪人として追放された身の上なのに。
たとえ、わたくしが全能の神だとしても、王族のために力を使いたくはない。
あの女狐とカーライル殿下の仲睦まじい様子を見るのは嫌だし、娘を助けようともせずに勘当した毒親にも会いたくなかった。
「お前の気持ちはわからんでもない。しかし、すでにお前は立派な聖女ではないか」
「立派な聖女……!」
「これまで通りにお前が善行を施せば、誰かに奪われた名誉を間違いなく回復できるだろう。それまで見守ってやるから心配するな」
そう励まされて、わたくしは心を決めた。
「わかりましたわ、王都に参ります。フェルバース子爵様とご一緒する旨、お伝えください」
「ありがとうございます! さぞかし、国王陛下がお喜びになることでしょう!」
嬉々として去っていく使者の後ろ姿を見送ってから、わたくしは重い腰を上げて荷支度を始めた。
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