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3 大天使ラミエルの悩み
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俺は、困っていた。とっても、困っていた。
なぜなら、人材を見誤ってしまったからである。
ここで言うところの人材とは、何十年に一度か地上に遣わす『聖女』――神や天使たちが気づかない地上の困窮や病魔を救えるよう、人間の姿を保ちながら神の力を発揮する女性のことだ。
清らかな心を持った乙女に異能を宿すように、と神に厳命されているため、俺は一人の令嬢に目をつけた――そう、リアナ・レビオットである。
俺が見たところ、リアナは格好の人材だった。
他の貴族令嬢のように浮かれたところはなく、日々、恵まれない人々のために献身していた。
だからこそ、信仰心も誰よりも篤いリアナの前に現れ、俺は彼女に神聖力を分け与えたのに……。
――が、その目論見は大いに外れた。
聖女になったリアナは貧しき者を助けるどころか、自分が成り上がることしか考えなくなった。
その肩書がもたらす権力を、私欲のために使い始めたのである。
これでは、これからやって来る災害を防げるわけがない。
大天使としての役割を果たしたことにはならないのだ。
(新たな聖女を探すか……しかし、またあの女のように聖女になった途端、王家に嫁ごうなどという野心を持っては元も子もないな)
そう悩んでいた俺の前に現れたのが、アリシア・ロンバルト侯爵令嬢だ。
アリシアはリアナの策略に陥れられ、追放刑を受けた悲劇の令嬢で、北の領地に打ち捨てられたところだった。
そんな有様を気の毒に思った俺は、彼女に癒しの力を使って蘇生させて自分の屋敷に連れ帰った。
アリシアがすべてを失ったのは、リアナを聖女にした俺の咎でもある。
それゆえ、ある意味で罪滅ぼしのつもりだったが、目覚めたアリシアは俺が善意で助けたと勘違いしているようだ。
(勘違いさせたままでもいいか。とりあえず、聖女の適性が彼女にあるか試すとしよう)
ところが、彼女は何を思ったのか、俺と結婚してもいいとか意味不明のことを言い出した。
たぶん、すべてを失った女の保身ゆえだろう……俺を愛しているから出た言葉ではない。
貴族の身分も身寄りもない女なら、娼館で体を売るくらいしか生きる術はない。
しかも、王都とはわけが違う。娼館の客も犯罪者上がりや荒くれ者ばかりで、酷い扱いを受けるのが目に見えている。
だとしたら、俺のように一見して裕福な暮らしをする男の庇護を受けるほうが、アリシアにとってはまだマシと言える選択なのだ。
(……保身ゆえの求婚か。色恋沙汰に溺れる女よりも、計算高い女のほうが扱いやすそうだな)
その合理的な考え方を気に入った俺は、自分の正体を見せて協力を仰ぐことにした。
別に翼まで見せる必要はなかったが、人間ではない相手であれば彼女が口にした『結婚』という二文字は帳消しになると思った。
――が、アリシアのあきらめの悪さを知り、俺は唖然とすることになる。
「あら、素敵ですわ! 真っ白な翼、神々しいオーラ……」
「はぁ?」
「ラミエル様こそ、わたくしの伴侶としてふさわしいお方ですわ!」
しばし呆然としたと思ったら、いきなりうっとりとした様子でアリシアは呟いた。
「わたくし、やりますわ……『お使い天使』を」
「……話が早くて何よりだ」
「内容を教えてくださいませ。そして、約束してくださいな……わたくしがラミエル様の期待値以上の働きをしたら、わたくしを妻にしてくださると」
……何千年も昔、俺も人間だったことがある。
当然、恋を経験したことも。
それなりの家門の次男だった俺は、兄が結婚した相手に恋をしてしまったのだ。
しかし、それは禁断の恋――自分が感じた、愛と欲が入り混じったよくわからない想いに反吐が出そうだった。
鬱屈とした感情から逃れるように俺は修道院に入り、求められるがままに聖騎士になった。
時代は、神と悪魔が起こした聖戦の最中で、俺は最前線に立ち命を失った。
聖戦は神が勝利し、地上には平和が訪れた。
死んだ俺の魂を引き上げて大天使にしたのは、神の気まぐれだったのだろう。
おそらく、今の俺と同じで従順なパシリが欲しかっただけかもしれない。
俺に与えられた役割は、聖女の発掘と彼女たちのフォロー。色恋に後ろ向きの俺にとって、うってつけの役回りだ。
聖女たちの中には、俺の気を引きたがっている素振りを見せる奴もいた。
……が、アリシアのように何度も求婚してくる図々しい女はいなかった。
艶やかな黒髪に、緑色の瞳――美しく蠱惑的な顔立ち。
体つきも凹凸があって、俺が生身の男だったらすぐにモノにしたくなるような色気が漂っている。
たぶん、この魅惑的な見た目と侯爵令嬢だった経歴が、彼女に大胆な発言をさせているのだろう。
(……面白いな)
ただ、面白いからってすぐにOKを出すわけにもいかない。
人間が言うところの結婚は、天使の世界にはないと思う。あるとしても、神にお伺いを立てないとさすがに無理だろう。
それでもいいから、とアリシアは強硬に条件を飲ませようとする。
「わかった、前向きに考えよう。お前が俺の忠実なパシリになるなら」
このときはアリシアとは単なる契約関係だったし、今後も変わることはない。
そう固く信じていたのに――。
なぜなら、人材を見誤ってしまったからである。
ここで言うところの人材とは、何十年に一度か地上に遣わす『聖女』――神や天使たちが気づかない地上の困窮や病魔を救えるよう、人間の姿を保ちながら神の力を発揮する女性のことだ。
清らかな心を持った乙女に異能を宿すように、と神に厳命されているため、俺は一人の令嬢に目をつけた――そう、リアナ・レビオットである。
俺が見たところ、リアナは格好の人材だった。
他の貴族令嬢のように浮かれたところはなく、日々、恵まれない人々のために献身していた。
だからこそ、信仰心も誰よりも篤いリアナの前に現れ、俺は彼女に神聖力を分け与えたのに……。
――が、その目論見は大いに外れた。
聖女になったリアナは貧しき者を助けるどころか、自分が成り上がることしか考えなくなった。
その肩書がもたらす権力を、私欲のために使い始めたのである。
これでは、これからやって来る災害を防げるわけがない。
大天使としての役割を果たしたことにはならないのだ。
(新たな聖女を探すか……しかし、またあの女のように聖女になった途端、王家に嫁ごうなどという野心を持っては元も子もないな)
そう悩んでいた俺の前に現れたのが、アリシア・ロンバルト侯爵令嬢だ。
アリシアはリアナの策略に陥れられ、追放刑を受けた悲劇の令嬢で、北の領地に打ち捨てられたところだった。
そんな有様を気の毒に思った俺は、彼女に癒しの力を使って蘇生させて自分の屋敷に連れ帰った。
アリシアがすべてを失ったのは、リアナを聖女にした俺の咎でもある。
それゆえ、ある意味で罪滅ぼしのつもりだったが、目覚めたアリシアは俺が善意で助けたと勘違いしているようだ。
(勘違いさせたままでもいいか。とりあえず、聖女の適性が彼女にあるか試すとしよう)
ところが、彼女は何を思ったのか、俺と結婚してもいいとか意味不明のことを言い出した。
たぶん、すべてを失った女の保身ゆえだろう……俺を愛しているから出た言葉ではない。
貴族の身分も身寄りもない女なら、娼館で体を売るくらいしか生きる術はない。
しかも、王都とはわけが違う。娼館の客も犯罪者上がりや荒くれ者ばかりで、酷い扱いを受けるのが目に見えている。
だとしたら、俺のように一見して裕福な暮らしをする男の庇護を受けるほうが、アリシアにとってはまだマシと言える選択なのだ。
(……保身ゆえの求婚か。色恋沙汰に溺れる女よりも、計算高い女のほうが扱いやすそうだな)
その合理的な考え方を気に入った俺は、自分の正体を見せて協力を仰ぐことにした。
別に翼まで見せる必要はなかったが、人間ではない相手であれば彼女が口にした『結婚』という二文字は帳消しになると思った。
――が、アリシアのあきらめの悪さを知り、俺は唖然とすることになる。
「あら、素敵ですわ! 真っ白な翼、神々しいオーラ……」
「はぁ?」
「ラミエル様こそ、わたくしの伴侶としてふさわしいお方ですわ!」
しばし呆然としたと思ったら、いきなりうっとりとした様子でアリシアは呟いた。
「わたくし、やりますわ……『お使い天使』を」
「……話が早くて何よりだ」
「内容を教えてくださいませ。そして、約束してくださいな……わたくしがラミエル様の期待値以上の働きをしたら、わたくしを妻にしてくださると」
……何千年も昔、俺も人間だったことがある。
当然、恋を経験したことも。
それなりの家門の次男だった俺は、兄が結婚した相手に恋をしてしまったのだ。
しかし、それは禁断の恋――自分が感じた、愛と欲が入り混じったよくわからない想いに反吐が出そうだった。
鬱屈とした感情から逃れるように俺は修道院に入り、求められるがままに聖騎士になった。
時代は、神と悪魔が起こした聖戦の最中で、俺は最前線に立ち命を失った。
聖戦は神が勝利し、地上には平和が訪れた。
死んだ俺の魂を引き上げて大天使にしたのは、神の気まぐれだったのだろう。
おそらく、今の俺と同じで従順なパシリが欲しかっただけかもしれない。
俺に与えられた役割は、聖女の発掘と彼女たちのフォロー。色恋に後ろ向きの俺にとって、うってつけの役回りだ。
聖女たちの中には、俺の気を引きたがっている素振りを見せる奴もいた。
……が、アリシアのように何度も求婚してくる図々しい女はいなかった。
艶やかな黒髪に、緑色の瞳――美しく蠱惑的な顔立ち。
体つきも凹凸があって、俺が生身の男だったらすぐにモノにしたくなるような色気が漂っている。
たぶん、この魅惑的な見た目と侯爵令嬢だった経歴が、彼女に大胆な発言をさせているのだろう。
(……面白いな)
ただ、面白いからってすぐにOKを出すわけにもいかない。
人間が言うところの結婚は、天使の世界にはないと思う。あるとしても、神にお伺いを立てないとさすがに無理だろう。
それでもいいから、とアリシアは強硬に条件を飲ませようとする。
「わかった、前向きに考えよう。お前が俺の忠実なパシリになるなら」
このときはアリシアとは単なる契約関係だったし、今後も変わることはない。
そう固く信じていたのに――。
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