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9.願う事は推しの幸せだけだったはずなのに
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「誰のために…か、…」
それを言われたら自分の為に、しかないんだよなぁ…。
あの涙の後、彼女はしっかりと自分の役割を果たし舞踏会の場で鮮烈なデビューを飾り未だ話題の中心にいる。
社交スキルはまぁ問題ないだろうし、いつまでも隣でサポートしなくともと思ってドリンクを取りに来たところだ。
遠巻きに観察は出来るし、何かあればフォロー体制は問題ない。
誰かしら護衛が彼女の傍にいる手筈になっている。
今はハーラルの時間らしい。
楽しそうに笑う2人の姿はあまり面白いものでもないけれど、ハーラルが楽しそうにしてるならいいか、とも思う。
もう一度言うけど面白くはない。
「殿下、眉間に皺を刻んだまま笑顔を浮かべてもレディに嫌われますよ?」
「カインか…。何かあったか?」
「別に。楽しめてなさそうな殿下にお節介をと思いまして」
普段はしっかりと仕事を熟す彼らなので、公私は分けているらしく専らこう言う場では敬語で接してくる。
普段が普段なので気持ち悪、と正直思うが、会議中にどんなに仲良い同僚も敬語になるアレと同じかと思うと妙に納得した。
「楽しんでるよ。ハーラルの髪に合わせたピンクのタイピンが似合いすぎてて可愛いとか。どうせならどれかを色を合わせたかったとか、そんなとこを思ってたくらいには」
「…お前な、…失礼」
小声だけど聞こえてるよ。と意味を込めてチラりと彼を見る。察した彼は軽い咳払いをしつつも悪びれるわけでもなく飄々している。
「ハーラルとべーーーったりなのは知ってましたけど、そんなにベタ惚れでしたたっけ?」
「…あまり表立って出さないだけだよ。だからって惚れてるか惚れてないかはまた別問題かな」
視線はハーラルに向けたままカイルに返答してるからあまり説得力は無いかもしれないけど、アリーシャとワルツを踊り始めた姿が気になってそこから目を離せそうもない。
スチルでは何度も見る姿だけど
動画じゃなかったからねゲームの方は。
なるべく目に焼き付けておきたい。
「そう?前はもっと誤魔化す感じで捉えどころない笑顔で笑ってるだけでしたよね?」
「…それは今も変わらないし、対外的には変えるつもりないんだけどね。さすがに仲間の前では繕うのも面倒になってきたんだよ」
「…それは、実に良い傾向だ。もっと自分を出した方がいいんですよ、殿下は」
バシッと背中を叩かれた。どこまでも容赦ない。
「自由にやればいいんじゃないですか。殿下は殿下のやれる事を」
可笑しそうに笑うカインに反して周りの貴族はギョッとしてるけどカイン自体も侯爵家の嫡男だから指摘も何も出来ないんだろうなと苦笑するしかない。
「じゃ、俺はハニー達と踊って来るからまた。近くにはいるんで何かあったらお声掛け下さい」
「あぁ、楽しんで」
手を振り、人混みに紛れていくカインを見送ると視線をまた中央に向ける。
先程まで中央のホールで踊っていたはずなのだが、周囲を見渡してもその姿は何処にも見当たらない。
ドリンクを取りに行った訳でもなければ、誰かと談笑しているわけでもない。
忽然と2人の姿が見えなくなってるのだ。
攫われた…?
いや、周囲には他の護衛もつけているしルイ達も周りを固めている。
確かこの後って…!
好感度の1番高いキャラとテラスでのイベントがあるはず。
そこでのイベントがキャラ攻略に関わる最大の要所だった。
…マズイな。
グラスを置いてテラスへと繋がるスペースに向かうが人が多すぎてなかなか前に進む事が出来ない。
ダンスホールを突っ切れば早いのだが、流石にそれは難しい。
何処にも2人が見当たらないのだから恐らくテラスにいる事は間違いないのだが…
焦燥と苛立ちで足取りが少し早くなる。
このままだとゲームの強制力でハーラルが
誰かのものになるなんて
…………いやだ。
その笑顔も
猫みたいに時々甘えて来る天邪鬼なところも
甘えてるように見せて
本当は1番に甘やかしてくれる優しさも
誰にも渡したくない。
目の前に次々に現れては消えていく人たちに
思わず舌打ちしたくなるのをアルフリートというキャラを守る為に堪えつつ前に進んでいると
「殿下…っ!」
ニコルがモーリスを連れて小走りで近寄ってきた。
2人がここにいると言う事は…。まったくタイミングが悪いな。
「おかえり。準備はどうなってる?」
「もちろーん!完璧デース!」
「ニコルが迷子にならなかったらもっと早かった…」
「まぁそれもね、想定済みだから大丈夫」
「想定済みってヒドイ!」
「…さすが…殿下」
キャラ把握くらいはしてるんだよ、これでも。
ハーラルに偏りすぎてるのは否めないけども。
「あれ?アリーシャ王女は?」
「…ちょうど探してるところでね」
「えぇ?!それって大丈夫?」
「大丈夫、ハーラルがついてるはずだから」
キョロキョロとニコルが辺りを見渡す。
「あ!いた!!」
「あれ?アルフリート殿下?お揃いでどうされたんですか?」
彼女は無警戒にも単独でこのホール内を彷徨いていやがったのが驚きだ。
少し離れたところにコンラートを見つけたから少し安心したのだが。
ハーラルは…?
此方に気付いてバタバタと走り寄るアリーシャに思わず溜息が漏れてしまった。
「………(この残念王女がっ)」
「ひぃ~~!!私なにかやらかしました?!」
表情だけはにこりと笑って心で思っただけなんだけど、彼女には伝わったらしい。
「まだ何も。それより急ぎで控室に行って欲しい。ニコル、モーリス、案内してくれ」
「えっえっ?!何かあったんですか?」
「話は後ですよー!ほら早くー」
背中をグイグイ押して先に進むよう促すニコルに少し頭が痛い。
「ニコル、いちよう王女。丁重に扱って」
「いちようはひどいです!!」
「はーい、では、王女。お手を拝借~」
それも違うけど、もうツッコむの疲れてきたな。
「あ!アルフリート殿下!ハーラル様はテラスです!…行ってあげて下さい」
にっこり微笑んで彼女はその場を後にした。
最後に準備した仕上げは完璧だし
…これで強制的にフラグは折れるはず。
ただ…
ハーラルのフラグは…
私が回収してもいいんだろうか?
ただ推しを見つめているだけで幸せだった。
推しが幸せそうに笑ってくれるなら、なんでもしようと思った。
結局のところ
アリーシャに協力したのだって
政務を熟したのだって
アルフリートとしてあろうとしたのだって
結局はハーラルの傍に居たかったからだけで。
傍にいられて
会話ができて
触れられることで
もっと欲しくなってしまった。
…最初はただ推しの幸せを願っていただけなのに。
今は。
テラスはもうすぐそこなのに足取りが鉛をつけたように重い。
一歩一歩進む足がまるでスローモーションのようだ。
意を決してテラスに続く扉に手をかけて外に出る。
カツン、カツンと靴を鳴らして彼へと近付いていくのに
此方に気付く様子もない彼は街並みを見下ろして
鼻歌混じりに何かを歌って遠くを見るばかりで此方に気付く様子もない。
「”…一緒に踊って頂けませんか?"」
それがヒロインのセリフ。
そのセリフきっかけでイベントはスタートする。
「なぁにそれ?誘う相手が違うじゃない?」
子供みたいにクシャッと笑う彼の笑顔が好きだった。
ゲームでは誘い相手が違う、ではなくて、男の方から誘うのがフツーじゃない?
だった。
でも、あのシーンで笑った笑顔と同じ笑顔を向けて君が笑う。
「でも、今日は気分がいいから踊ってあげるよ」
と、手を乗せてニーっでは悪戯な笑みを浮かべると背中に腰に手を回す。
室内から聞こえる音楽に合わせてステップを踏み、優雅にターンを決める。
サラサラと流れる髪が夜空の色に溶けてとても綺麗だった。
そこまではまたゲームと同じ。
…でも俺が欲しいのは
ゲームを擦る行為なんかじゃなくて
目の前のハーラルをただ愛おしいと思いたいだけ。
愛したいだけなんだ。
この一瞬で燃え尽きても
砕けても
それでも自分の想いを貫きたいだけ。
「ハーラル…」
ステップを止めてぎゅっと抱き締める。
ここからはもうゲームのシナリオなんかじゃない。
「んー…?どーしたの?」
ポンポンと宥めるように背中を叩かれる。
「少しでもいいから、長く一緒にいて欲しい」
「ふはっ…プロポーズじゃないんだから。どーゆこと?」
クスクスと笑いながら顔を上げた彼の瞳と目が合う。
少しの沈黙の後
「…俺は、ハーラルが好きだよ」
「……どう言う意味で?」
困惑気味な彼の頬をそっと撫でて少し上向かせると
ゆっくり距離を詰めていく。
もし嫌なら此処で拒絶して欲しい。
そんな事を思いながら、彼の長い睫毛が揺れるのが一本一本見えるくらいの距離まで近付いて
更に暈けるほど近くなるまで距離を詰めてから唇を重ね合わせた。
チュッとリップ音を立てて唇を離れても、また触れたくなって啄むようなキスを何度も繰り返す。
次第に我に返ったハーラルに口元を覆われて制止されてしまうまで、我を忘れてキスをした。
耳どころじゃなくて破裂しちゃいそうなくらい真っ赤なハーラルは涙目のまま睨んでくる。
「まって!酔ってるの?…冗談にしてもやりすぎ!!」
「冗談ならこんな事しない。冗談でキスするような、…そんな奴だと思ってた?」
「違う…けど!でも急に…なんでこんな事…」
「急じゃないよ。ずっと好きだったんだ」
「僕、聞いたことないし!初めて聞いたし!!」
「初めて言ったからね」
「でも…でも…っ」
潤んだ瞳が可愛いんだけども、泣かせたかったわけじゃない。
ギュッと抱き締めてあやすように背中を撫でる。
可愛すぎるのでついでに頭のてっぺんにキスをするのも忘れない。
「驚かせてしまってごめんね。…ちゃんと伝えたくて」
「………アリーシャ王女は?婚約間近って持ち切りだったよ」
「相手は俺じゃ無いけどね」
「…どう言うこと?」
「見てごらん」
テラスの窓からだとハーラルの身長じゃ見えないから、抱き上げると
「ちょっ!やめて!!」
「…良い子だから」
しー…、と人差し指を唇に当てて室内を指を指す。
ガラス越しの室内にはアリーシャを送り届けてくれた騎士と、嬉しそう並んで笑うアリーシャの姿があり
「…だれ、あの人」
「アリーシャ王女の想いの人。迎えに来てもらっていたんだ」
「聞いてない…」
「そりゃね。トップシークレットだから。アリーシャ王女にも内緒だったから」
状況を説明してハーラルを下ろした。
「アルはどうするの?」
「なにが?」
「この国の事。世継ぎとか、結婚とか」
「世継ぎは置いといて…、結婚したいのはハーラルしかいないんだけど」
「………はぁ。僕、寵妃とかお断りなんですけど?」
「ハーラルとしか結婚するつもりはないんだけど…?」
「そんなの尚更ダメじゃん」
「ダメじゃないよ。ハーラルしか愛おしいなんて思える気がしない」
じっと彼を見つめて
「…ねぇ、ハーラル」
「そんな顔してもダメ。アル。もうすぐ子供じゃなくなるんだよ」
いや中身はアラフォーなんですけども。
…言わないけど。
「背負うものがアルフリートにはたくさんある。
ここから見渡す街の光も、その先の山々も、君がこれから守っていくものだ。……それを共に背負うのは僕じゃない」
「…ハーラルがいい。共に歩くのも、支え合うのも。この先も、ずっと」
「…………無理だよ。ごめん」
彼は悲しみの色をした目を伏せて、それ以上の言葉を発する事なく人混みに溶けるようにして姿を消してしまった。
それを言われたら自分の為に、しかないんだよなぁ…。
あの涙の後、彼女はしっかりと自分の役割を果たし舞踏会の場で鮮烈なデビューを飾り未だ話題の中心にいる。
社交スキルはまぁ問題ないだろうし、いつまでも隣でサポートしなくともと思ってドリンクを取りに来たところだ。
遠巻きに観察は出来るし、何かあればフォロー体制は問題ない。
誰かしら護衛が彼女の傍にいる手筈になっている。
今はハーラルの時間らしい。
楽しそうに笑う2人の姿はあまり面白いものでもないけれど、ハーラルが楽しそうにしてるならいいか、とも思う。
もう一度言うけど面白くはない。
「殿下、眉間に皺を刻んだまま笑顔を浮かべてもレディに嫌われますよ?」
「カインか…。何かあったか?」
「別に。楽しめてなさそうな殿下にお節介をと思いまして」
普段はしっかりと仕事を熟す彼らなので、公私は分けているらしく専らこう言う場では敬語で接してくる。
普段が普段なので気持ち悪、と正直思うが、会議中にどんなに仲良い同僚も敬語になるアレと同じかと思うと妙に納得した。
「楽しんでるよ。ハーラルの髪に合わせたピンクのタイピンが似合いすぎてて可愛いとか。どうせならどれかを色を合わせたかったとか、そんなとこを思ってたくらいには」
「…お前な、…失礼」
小声だけど聞こえてるよ。と意味を込めてチラりと彼を見る。察した彼は軽い咳払いをしつつも悪びれるわけでもなく飄々している。
「ハーラルとべーーーったりなのは知ってましたけど、そんなにベタ惚れでしたたっけ?」
「…あまり表立って出さないだけだよ。だからって惚れてるか惚れてないかはまた別問題かな」
視線はハーラルに向けたままカイルに返答してるからあまり説得力は無いかもしれないけど、アリーシャとワルツを踊り始めた姿が気になってそこから目を離せそうもない。
スチルでは何度も見る姿だけど
動画じゃなかったからねゲームの方は。
なるべく目に焼き付けておきたい。
「そう?前はもっと誤魔化す感じで捉えどころない笑顔で笑ってるだけでしたよね?」
「…それは今も変わらないし、対外的には変えるつもりないんだけどね。さすがに仲間の前では繕うのも面倒になってきたんだよ」
「…それは、実に良い傾向だ。もっと自分を出した方がいいんですよ、殿下は」
バシッと背中を叩かれた。どこまでも容赦ない。
「自由にやればいいんじゃないですか。殿下は殿下のやれる事を」
可笑しそうに笑うカインに反して周りの貴族はギョッとしてるけどカイン自体も侯爵家の嫡男だから指摘も何も出来ないんだろうなと苦笑するしかない。
「じゃ、俺はハニー達と踊って来るからまた。近くにはいるんで何かあったらお声掛け下さい」
「あぁ、楽しんで」
手を振り、人混みに紛れていくカインを見送ると視線をまた中央に向ける。
先程まで中央のホールで踊っていたはずなのだが、周囲を見渡してもその姿は何処にも見当たらない。
ドリンクを取りに行った訳でもなければ、誰かと談笑しているわけでもない。
忽然と2人の姿が見えなくなってるのだ。
攫われた…?
いや、周囲には他の護衛もつけているしルイ達も周りを固めている。
確かこの後って…!
好感度の1番高いキャラとテラスでのイベントがあるはず。
そこでのイベントがキャラ攻略に関わる最大の要所だった。
…マズイな。
グラスを置いてテラスへと繋がるスペースに向かうが人が多すぎてなかなか前に進む事が出来ない。
ダンスホールを突っ切れば早いのだが、流石にそれは難しい。
何処にも2人が見当たらないのだから恐らくテラスにいる事は間違いないのだが…
焦燥と苛立ちで足取りが少し早くなる。
このままだとゲームの強制力でハーラルが
誰かのものになるなんて
…………いやだ。
その笑顔も
猫みたいに時々甘えて来る天邪鬼なところも
甘えてるように見せて
本当は1番に甘やかしてくれる優しさも
誰にも渡したくない。
目の前に次々に現れては消えていく人たちに
思わず舌打ちしたくなるのをアルフリートというキャラを守る為に堪えつつ前に進んでいると
「殿下…っ!」
ニコルがモーリスを連れて小走りで近寄ってきた。
2人がここにいると言う事は…。まったくタイミングが悪いな。
「おかえり。準備はどうなってる?」
「もちろーん!完璧デース!」
「ニコルが迷子にならなかったらもっと早かった…」
「まぁそれもね、想定済みだから大丈夫」
「想定済みってヒドイ!」
「…さすが…殿下」
キャラ把握くらいはしてるんだよ、これでも。
ハーラルに偏りすぎてるのは否めないけども。
「あれ?アリーシャ王女は?」
「…ちょうど探してるところでね」
「えぇ?!それって大丈夫?」
「大丈夫、ハーラルがついてるはずだから」
キョロキョロとニコルが辺りを見渡す。
「あ!いた!!」
「あれ?アルフリート殿下?お揃いでどうされたんですか?」
彼女は無警戒にも単独でこのホール内を彷徨いていやがったのが驚きだ。
少し離れたところにコンラートを見つけたから少し安心したのだが。
ハーラルは…?
此方に気付いてバタバタと走り寄るアリーシャに思わず溜息が漏れてしまった。
「………(この残念王女がっ)」
「ひぃ~~!!私なにかやらかしました?!」
表情だけはにこりと笑って心で思っただけなんだけど、彼女には伝わったらしい。
「まだ何も。それより急ぎで控室に行って欲しい。ニコル、モーリス、案内してくれ」
「えっえっ?!何かあったんですか?」
「話は後ですよー!ほら早くー」
背中をグイグイ押して先に進むよう促すニコルに少し頭が痛い。
「ニコル、いちよう王女。丁重に扱って」
「いちようはひどいです!!」
「はーい、では、王女。お手を拝借~」
それも違うけど、もうツッコむの疲れてきたな。
「あ!アルフリート殿下!ハーラル様はテラスです!…行ってあげて下さい」
にっこり微笑んで彼女はその場を後にした。
最後に準備した仕上げは完璧だし
…これで強制的にフラグは折れるはず。
ただ…
ハーラルのフラグは…
私が回収してもいいんだろうか?
ただ推しを見つめているだけで幸せだった。
推しが幸せそうに笑ってくれるなら、なんでもしようと思った。
結局のところ
アリーシャに協力したのだって
政務を熟したのだって
アルフリートとしてあろうとしたのだって
結局はハーラルの傍に居たかったからだけで。
傍にいられて
会話ができて
触れられることで
もっと欲しくなってしまった。
…最初はただ推しの幸せを願っていただけなのに。
今は。
テラスはもうすぐそこなのに足取りが鉛をつけたように重い。
一歩一歩進む足がまるでスローモーションのようだ。
意を決してテラスに続く扉に手をかけて外に出る。
カツン、カツンと靴を鳴らして彼へと近付いていくのに
此方に気付く様子もない彼は街並みを見下ろして
鼻歌混じりに何かを歌って遠くを見るばかりで此方に気付く様子もない。
「”…一緒に踊って頂けませんか?"」
それがヒロインのセリフ。
そのセリフきっかけでイベントはスタートする。
「なぁにそれ?誘う相手が違うじゃない?」
子供みたいにクシャッと笑う彼の笑顔が好きだった。
ゲームでは誘い相手が違う、ではなくて、男の方から誘うのがフツーじゃない?
だった。
でも、あのシーンで笑った笑顔と同じ笑顔を向けて君が笑う。
「でも、今日は気分がいいから踊ってあげるよ」
と、手を乗せてニーっでは悪戯な笑みを浮かべると背中に腰に手を回す。
室内から聞こえる音楽に合わせてステップを踏み、優雅にターンを決める。
サラサラと流れる髪が夜空の色に溶けてとても綺麗だった。
そこまではまたゲームと同じ。
…でも俺が欲しいのは
ゲームを擦る行為なんかじゃなくて
目の前のハーラルをただ愛おしいと思いたいだけ。
愛したいだけなんだ。
この一瞬で燃え尽きても
砕けても
それでも自分の想いを貫きたいだけ。
「ハーラル…」
ステップを止めてぎゅっと抱き締める。
ここからはもうゲームのシナリオなんかじゃない。
「んー…?どーしたの?」
ポンポンと宥めるように背中を叩かれる。
「少しでもいいから、長く一緒にいて欲しい」
「ふはっ…プロポーズじゃないんだから。どーゆこと?」
クスクスと笑いながら顔を上げた彼の瞳と目が合う。
少しの沈黙の後
「…俺は、ハーラルが好きだよ」
「……どう言う意味で?」
困惑気味な彼の頬をそっと撫でて少し上向かせると
ゆっくり距離を詰めていく。
もし嫌なら此処で拒絶して欲しい。
そんな事を思いながら、彼の長い睫毛が揺れるのが一本一本見えるくらいの距離まで近付いて
更に暈けるほど近くなるまで距離を詰めてから唇を重ね合わせた。
チュッとリップ音を立てて唇を離れても、また触れたくなって啄むようなキスを何度も繰り返す。
次第に我に返ったハーラルに口元を覆われて制止されてしまうまで、我を忘れてキスをした。
耳どころじゃなくて破裂しちゃいそうなくらい真っ赤なハーラルは涙目のまま睨んでくる。
「まって!酔ってるの?…冗談にしてもやりすぎ!!」
「冗談ならこんな事しない。冗談でキスするような、…そんな奴だと思ってた?」
「違う…けど!でも急に…なんでこんな事…」
「急じゃないよ。ずっと好きだったんだ」
「僕、聞いたことないし!初めて聞いたし!!」
「初めて言ったからね」
「でも…でも…っ」
潤んだ瞳が可愛いんだけども、泣かせたかったわけじゃない。
ギュッと抱き締めてあやすように背中を撫でる。
可愛すぎるのでついでに頭のてっぺんにキスをするのも忘れない。
「驚かせてしまってごめんね。…ちゃんと伝えたくて」
「………アリーシャ王女は?婚約間近って持ち切りだったよ」
「相手は俺じゃ無いけどね」
「…どう言うこと?」
「見てごらん」
テラスの窓からだとハーラルの身長じゃ見えないから、抱き上げると
「ちょっ!やめて!!」
「…良い子だから」
しー…、と人差し指を唇に当てて室内を指を指す。
ガラス越しの室内にはアリーシャを送り届けてくれた騎士と、嬉しそう並んで笑うアリーシャの姿があり
「…だれ、あの人」
「アリーシャ王女の想いの人。迎えに来てもらっていたんだ」
「聞いてない…」
「そりゃね。トップシークレットだから。アリーシャ王女にも内緒だったから」
状況を説明してハーラルを下ろした。
「アルはどうするの?」
「なにが?」
「この国の事。世継ぎとか、結婚とか」
「世継ぎは置いといて…、結婚したいのはハーラルしかいないんだけど」
「………はぁ。僕、寵妃とかお断りなんですけど?」
「ハーラルとしか結婚するつもりはないんだけど…?」
「そんなの尚更ダメじゃん」
「ダメじゃないよ。ハーラルしか愛おしいなんて思える気がしない」
じっと彼を見つめて
「…ねぇ、ハーラル」
「そんな顔してもダメ。アル。もうすぐ子供じゃなくなるんだよ」
いや中身はアラフォーなんですけども。
…言わないけど。
「背負うものがアルフリートにはたくさんある。
ここから見渡す街の光も、その先の山々も、君がこれから守っていくものだ。……それを共に背負うのは僕じゃない」
「…ハーラルがいい。共に歩くのも、支え合うのも。この先も、ずっと」
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