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第二章・門出なセプテンバー

修のポンコツ問答

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 正式な契約を結んだ計良は、何でも屋のメンバーとしての初日を迎えた。いつもと同じように目を覚まし、夫と共に家事と朝食を済ませた。そして、支度を整えると、家で仕事をする夫に「いってきます」を告げた。

計良「それじゃ、いってきます」

 小型のボディバッグを肩から掛けた計良は、愛用のスニーカーを履いた。

夫「あぁ、うん、気をつけて……」

計良「……なに?」

夫「えっ、なにが?」

計良「それはこっちのセリフなの」

夫「……いやぁ、ゴミ捨ても残ってるから、下まで一緒に行ってお見送りしようかなって」

計良「私がついでに捨てるからいいって」

夫「ダメだよ、今日は僕の当番だし……はい、それじゃ行きましょう行きましょう」

 結局、計良は夫と一緒にマンションの部屋を出て、エレベーターに乗った。そして五階から一階まで降りる間、昨日の夕食の話をする二人は手を繋いでいた。そう、付き合い始めた頃から二人の関係はあまり変わっていない。

計良「はい、それじゃ、いってきます」

夫「うん、気をつけてね。いってらっしゃい」

 夫の笑顔に笑顔で返した計良は、マンション前の道を歩き始めた。何でも屋へ行くためには、歩き始めた道の二つ目の曲がり角を曲がらなければならない。
 その曲がり角まではおよそ100メートル。それなりの距離がある。ただそれでも計良は曲がり角を曲がる前に「たぶんあの人……」と振り返った。

計良「……やっぱりね」

 夫はまだマンション前で計良の事を見ていた。そして計良が振り返った事に気がつくと、笑顔で手を振り始める。

計良「はいはい、いってきます!」

夫「気をつけてね!」

 計良は踵を返して何でも屋に向かって歩き始めた。いつまでたっても恋人気分が抜けない夫と、満更でもない自分の気持ちから込み上げる笑いをこらえながら。
 それから約四十分後。計良は徒歩とバスとで何でも屋の事務所に到着した。すでにシャッターは開いており、事務所の引き戸のガラス越しに、知哉と重がお茶を飲んでいるのが見えた。

計良「本当にのどかね」

 計良が引き戸を開けて中に入ると、二人は微笑みながら「おはようございます」とそれぞれのトーンで言った。

計良「おはようございます」

知哉「事務が主な仕事ですけど、何でも屋としての初日ですね!」

重「ということでコチラをどうぞ」

計良「何だろ?」

重「まず、きのう届いた新しいユニフォームです。男女兼用のポロシャツなんですよ」

 そういって重が差し出した新品のポロシャツは、綺麗に折り畳まれて透明なビニール袋に入れられていた。

計良「あら、素敵な青色。これって何色? 浅葱あさぎ色とか?」

知哉「おっ! さすが計良さん!」

計良「当たり?」

知哉「当たりです!」

 計良は片方の口角をぐっと上げると、ポンと胸を叩いた。

計良「計良久美子」

 自身の名を自信たっぷりに言い放った計良に、思わず重が吹き出した。

重「なんですか今の」

計良「なんですかって重君、一発で浅葱色って当てちゃう感じが『私こと計良久美子』ってことじゃない」

重「なるほどなるほど……今度の人生の先輩はこういう感じなのか」

 対面に座る知哉の顔を頷きながら見る重。つられて頷く知哉。

計良「えっ、なにそれ。どゆこと?」

知哉「今度の人生の先輩は『どういうこと?』を『どゆこと?』って言う感じなのか」

 対面に座る重の顔を頷きながら見る知哉。つられて頷く重。

計良「だから、なーにそれ?」

知哉「いえ、前にウチで働いてた椎名さんとの比較といいますか、違いを感じたといいますか……」

計良「あー、そういうこと。その椎名さんって方はどういう人だったの?」

重「レッドスクエア社を辞めてピエロに転職して、お金がなくなってウチの倉庫に勝手に寝泊まりしていたところを僕らに見つかって、警察にたっぷりお叱りを受けた後でそのまま何でも屋になって、先々月に何でも屋も辞めて大道芸一本で勝負している『脱サラピエロ』という感じの人です」

計良「……随分ユニークな経歴というか、ねぇ?」

知哉「そうなんですよ。ただ今でもよく会ってますよ。この間も一緒にラーメンを食べましたし」

重「不定期ですが、通常の営業の他に駅前の広場で大道芸を披露しているんですよ」

計良「あっ! 見たことある! 京新線若松駅の前でしょ!」

重「そうですそうです。その人が椎名さんです」

計良「へぇー、そうだったんだー」

重「あっ、あとですね、この鍵も渡しておきます」

 重が取り出した鍵には、板状の小さなプラスチックのキーホルダーがついており、そこには更衣室と書いてあった。

重「倉庫二階にある女性用の更衣室の鍵です」

計良「これ三つとも同じ更衣室の鍵?」

重「マスターと予備の鍵です。なので無くさないようにお願いします!」

計良「無くした場合は……」

重「もちろん鍵屋さんを呼ばなきゃいけませんし、新しい鍵もつくらないといけませんから、こちらにいます寺内知哉さんのお給料から……」

知哉「なんで俺が弁償すんだよ!」

重「だって知ちゃん、女性の更衣室の鍵だよ?」

知哉「…………なにがどう『だって』なんだよ」

 知哉の言葉に、重はわざとらしい笑いを見せる。そのあまりの憎たらしい笑顔に、知哉やも程よくイラついてしまい、どうしても笑ってしまう。

重「知ちゃん、ここは我慢のしどころだよ」

知哉「一番我慢ならねぇとこだろ! ここで踏ん張らなきゃ鍵を無くす度に俺持ちじゃねぇか!」

計良「知哉君、どういたしまして」

知哉「いやあの、意味が分からないんですけど! なんで俺が『お礼の言葉』を言ったことになってるんですか!」

計良「というか、修君と渡君は依頼人の方の所へもう向かってるのかな?」

 修と渡と重を足して三で割ったような人だな。知哉は計良に感じていた「既視感」のような物の正体が少しずつわかってきた気がしていた。

重「はい。さっき二人から依頼人の方と合流したと連絡がありましたよ。教授さんのほうはですね、掃除の現場に向かっているみたいです。修のほうも合流したそうです」

知哉「納屋さん、質問したい事が相当溜まってんだろうな……」

重「そうだろうねぇ。普通の疑問とか質問とかとは違った感じだもんね。まっ、修相手に溜まっていた質問吐き出してもらって、納屋さんにはスッキリしてもらいたいよ」

知哉「だな。モヤモヤだストレスだを解消してもらわないとな」

計良「あの、私も質問いいかな?」

知哉「もちろんですよ。それで質問はなんですか?」

計良「教授さんって渡君のあだ名だよね?」

知哉「そうですよ……あっ、すみません! おい大先生、お客さんがいないからってあだ名で呼んじゃ、計良さんが誰の事を言ってるか分からないだろ!」

重「今さ、俺のこと何て呼んだ?」

知哉「何って大先……いや呼んでない」

 呆れた嘘に呆れ笑いを見せる重。

重「呼んでないわけないだろ!」

知哉「呼んでないって言ってんだろ。何でもかんでも自分の事だと思いすぎなんだよ、自意識過剰だ自意識過剰」

重「知ちゃん。小中高大社と過ごしてきて、今が一番バカってなんなの?」

 自分に対する重の的確な指摘に、知哉は顔を伏せて笑いを堪えるしか無かった。まぁ、ほとんど我慢できてはいないが。

重「ほ、本当にさ‥」

 自分で言って重も笑ってしまっていた。

重「自分も一緒になってあだ名で呼ぶわ、呼んだのに呼んでないって言うわ、高身長の無駄使いもするわ……」

知哉「身長は有効に活用してるだろ!」

重「まったく本当に……」

計良「あの、また質問いいかな?」

重「えっ? あぁ、はい、もちろんです。なんでしょう?」

計良「渡君が教授さんで、重君が大先生っていうあだ名なのね?」

重「はい、そうです」

計良「もしかして、そのあだ名を付けたのは修君?」

重「そうです!」

知哉「いやぁ計良さん、よく分かりますねぇ!」

計良「……知哉君て数字強いでしょ?」

知哉「えっ! なんで分かるんですか!」

計良「重君は何かのきっかけで人が変わるというか、変身しちゃうようなことない?」

重「すごい! どうして分かるんですか!」

 先ほど同じように片方の口角をぐっと上げた計良は、ポンと胸を叩いた。

計良「計良久美子」

 言いながら笑いを堪えていていた計良は、ポロシャツを手に更衣室へと歩いていった。

知哉「……計良さんってさ」

重「うん」

知哉「何でも屋ここのこと気に入ってくれたよな」

重「うん、かなり気に入ってくれたと思う」

知哉「なんかメンバーが増えたことで、新規オープンって感じがするな」

 重は黙って頷いていたが、何かを思いついたようで、勢いよく口開いた。そして同時に、知哉も口開いた。

重「計良だけにコケラ落と……」
知哉「計良だけにコケラ落と……」

重「同じこと言うんじゃないよ!」

知哉「うるせぇ! こっちのセリフだ!」

重「仕事しろ、仕事!」

知哉「するようるせぇ!」

 二人はケラケラと笑いながら、それぞれの依頼の準備に取り掛かった。
 そのころ、質問男こと納屋と合流した修は、東京の街にいた。これは納屋が指定した場所で、本人いわく「人が多い場所ほど疑問が生まれる」ということらしい。ただ、先ほどから駅前のベンチに二人して腰掛けたままでいた。

修「あの……納屋さん」

納屋「………………」

修「あの…………」

 納屋は修を無視しているわけではない。眉間にシワを寄せ、必死になって質問を考えているのだ。溜まりに溜まった質問を吐き出そうと思った瞬間、頭の中が真っ白になり、質問が全てどこかへ行ってしまったのである。
 多種多様な質問の大荷物を引っさげ、意気揚々と修と合流した納屋は、まるで置き引きに遭った可愛そうな被害者のようだった。

修「すみません、納屋さん!」

納屋「は、はい! なんでしょう!」

修「やっぱり、思い浮かびませんか?」

納屋「……えぇ。もう一つも出てきません」

修「うーん、腕を組んで眉間にシワを寄せてるだけじゃ、余計に思い出せなくなると思うんですよ。ですから、もっとこう肩の力を抜いて……」

納屋「……肩の力を抜く」

修「そうですそうです! そして深く息を吸って吐いて……」

納屋「吸って……吐いて……」

修「そしたら、合掌といいますか、手のひらと手のひらを合わせてください」

納屋「は、はい」

修「次に肩幅より少し狭いくらいに手のひら同士を離して、軽く拳を握ってください」

納屋「少し狭いくらいに……」

修「そうです。そしたら左右交互にグーとパーを繰り返してください」

納屋「グーパー? 右がグーなら……」

修「左はパーです」

 納屋は何かのリラックス方法なんだろうと、静かにグーとパーを左右交互に繰り返し始めた。すると、修はパーの動きに合わせて言った。

修「お前が悪いんだ! いいや、お前が悪いんだ! 違う、お前が悪い……」

 あまりの下らなさに、納屋だけでなく、言った修もうつむいて肩を揺らした。

納屋「ひさ、久石さん」

修「は、はい、なんでしょうか」

納屋「あの……」

修「はい……」

納屋「ネタが古い……」

 的確な鮮度の指摘に、修は笑うしかなかった。

修「すみません、もう少しワサビを効かせたほうが良かったですよね?」

納屋「いや、そのワサビも古そうなんで……」

 寸分たがわぬ所を射抜かれた修は、また笑うしかなかった。

修「すみません……でもどうですか? リラックス出来たんじゃないですか?」

 言われてみれば。そんな顔で納屋は数度頷くと、辺りを見回した。リラックスした状態からなら、何かを見て質問を思い出すかもしれない、そう思ったのだ。

納屋「…………久石さん!」

修「思い出しましたか!」

納屋「いや『』です!」

修「アハハハッ……」

納屋「ちょっと久石さん、アハハハじゃないですよ! 無になっちゃったじゃないですか」

修「いやぁ、さすが納屋さんだ! そう簡単に無の境地に辿り着けるとは! 良かったですねぇ!」

納屋「あ、どうも、ありがとうございます! 違う違う。ありがとうございますとかじゃないんですよ久石さん。 無の境地を求めてる訳じゃないんですから」

修「でも無の境地ということは質問や疑問に悩まされることがないんですよ?」

納屋「質問に満足のいく答えが返ってきたとき、疑問がスカッと晴れたときの、あの清々しい感じが良いんですよぉ……」

修「だから早く質問してくださいって言ってるんですよ!」

納屋「アハハハッ……」

修「いや納屋さん、アハハハじゃないんですよ!」

納屋「私も早く質問したいんですが、本当に出てこないんですよ……」

修「納屋さん、ちょっと街を歩きましょう。そうすればその内に出てきますよ」

納屋「そうだと良いんですけど……」

 九時過ぎの駅前。人でごった返す街の中を、可笑しな二人組は歩き始めた。
 目的地もなく、ただ人の流れと道に身をまかせ、二人は歩き続けた。時折、納屋は立ち止まり何か言いたげに修の顔を見るが、しっくりこないのか、前に向き直し歩きだしてしまう。
 しかしである。大通りの広い道を一台の高級スポーツカーが通った時だった。納屋の脳内で何かが走った。

修「ったく、小うるせぇ音立てやがって……見せびらかしで、んな車乗ってると事故るぞ?」

納屋「500円の車ってどんな車でしょうね?」

修「はい?」

納屋「500円の車ってどんな車でしょうか?」

修「……500万円なら国産のいい車が買えますよ」

納屋「500円です。500円」

修「もしかして、質問ですか?」

納屋「はい。ちょっと思い付いたので」

修「そうですか。それはいいんですけど、500円の車なんて……」

納屋「久石さんらしい答えで構わないので」

修「私らしい?」

納屋「作り話でも構いません。あと、面白くお願いします」

 急に始まった納屋の無茶振り。だが何でも屋として、逃げることは許されない。

修「面白くって言われても難しい……難しいな。500円? 500円の車?」

納屋「500円です」

修「……あのー、よくですね、安い値段の車なんて言うと、ねぇ、紙で出来てるだとか木で出来てるだとか言いますよね、冗談とかで」

納屋「あぁ、何か聞いたことあります」

修「でもよく考えてみてくださいよ。紙で車を作るなんて相当な技術ですよ? 逆に技術料で値段が高くなっちゃいますよ」

納屋「なるほど。言われてみれば確かにそうですね……」

修「そうなんですよ……」

納屋「……いや、あの久石さん?」

修「な、なんですか?」

納屋「いや、ですから、500円の車はどんな車なのかを教えて欲しいんです」

修「そうでした……えーっと、セダンとワゴンの二種類ありまして。まぁ、ちょっとあの、中古でしてね? まぁ500円ですから……」

納屋「そうですよね。それは中古ですよね」

修「それでセダンなんですけど、あの、外装はサビもなく綺麗で、窓枠のパッキンだとか細かいところもしっかりしてましてね。ボンネット開けてもらえば分かるんですけど、エンジンルームも綺麗で」

納屋「今の所は全然あれですね、問題ないですね」

修「そうなんですよ。型も6年前ぐらいで走行距離のほうも当然ながら少ないんです。タイヤも問題なくて」

納屋「良いじゃないですか。何色なんですか?」

修「これはあの……ブルーマイカです」

 色を聞いた納屋は思わずプッと吹き出した。

納屋「本当ですか?」

修「本当ですよ! ただオリジナルの色じゃないです」

納屋「あっ、そういうことですか。塗装したんですか」

修「はい。まぁ寄せていけば買う人が出てくるんじゃないかという感じですかね。リムもゴールドなんで……」

 色を聞いた納屋は再びプッと吹き出した。

納屋「寄せていって、って言ってますけど大丈夫なんですか? 勘違いさせてその……」

修「大丈夫です。その車見て『ラ◯サー』ですよね、って聞いてくるお客さんがほとんどの店なので。ちなみにその車、リアのところに『エボリューション』って入ってます」

納屋「えぇっ!? 何で寄せていってるのに『エボリューション』入れちゃうんですか!」

修「イン○レッサ・エボリューションなので『インエボ』ですよね」

納屋「インエボですよねって……」

修「そうそう、内装も綺麗なんですよ。取り替えざるをえなかったんで当然なんですが」

納屋「えぇっ!? 取り替えざるをえない!? 事故車ですか?!」

修「いやいや、そんなことないですよ! ただ何があってもトランクは開けちゃダメです」

納屋「事故車でしょって! 事件の臭いがプンプンしますよ!」

修「いや本当に事故車じゃないです。でも絶対に何があってもトランクは開けちゃダメです。まぁ、開けようと思っても鍵穴潰してありますし、う、運転席のトランクリッドオープナーも塞いでありますから」

納屋「もう笑うの我慢できてないじゃないですか!」

修「それでワゴンのほうはですね、いま言った『インエボ』と同じく基本的な車体の状態は良いです。良好です。ただ絶対に後部座席は使用しないでください」

納屋「ワゴン車の売りを封印!?」

 先ほどから我慢できていなかった修だが、今度は完璧に声を出して笑った。

納屋「大人数乗れたり、荷物をたくさん載せられるからワゴン車買うのに、それを封印なんですか!?」

修「もちろんです」

納屋「もちろんですって……えっ、何がもちろんなんですか?」

修「まっ、そんな感じですかね、500円の車は。今みたいな受け答えで大丈夫ですか?」

 作り話にしても少しやりすぎたかなと、心配していた修。ただ、本当に心配しながら言っていたのかは甚だ疑問である。

納屋「いやぁ、どこかに行ってしまった質問とは全く違うタイプの質問になってしまいましたが、かなり満足してますよ。今みたいな質問をもっとしてもいいですか?」

修「納屋さんがそれで良いんでしたら構いません」

 面白い返しが出来るかと、修は内心ヒヤヒヤとしていた。

納屋「それじゃ今度は……500万円の携帯音楽プレイヤーってどういう感じですかね?」

修「500万円? 500万円のプレイヤーですか……まぁまぁ、さっきも言ったように、よくある話でいえば、金で出来てるだとか、ダイヤが散りばめられているとか……」

納屋「あー、確かによく言いますね」

修「あとは限定品でプレミアムが付いて高いとか、集中情報監視システム搭載で高いとか……」

納屋「システムのは聞いたことがないんですけど……」

修「ただ本当に500万円する携帯音楽プレイヤーはそんなもんじゃありませんよ。もうですね、プロアマ問わず、最新の音楽が自動で取り込まれるんですよ」

納屋「あー、そういう感じなんですか」

修「そうなんですよ。再来年の曲まで自動で入りますからね」

納屋「再来年!? 未来の音楽が手に入るんですか!?」

修「入りますよ。まだデビューしてない歌手の音楽から、まだ結成してないバンドの楽曲とかも」

納屋「えぇっ! けっ、結成していないバンドの曲も手に入るんですか!?」

修「入ります入ります。再来年以内には結成して曲を発表してますから。ただこれ……」

納屋「はい、なんでしょう」

修「再来年の曲が一曲も手に入らない時は……まぁ人類に何かが起きたということですね」

納屋「なんというか、こ、恐いですね……」

修「そうなんですよ。あとダイヤが付いてます」

納屋「結局ダイヤ付いてるんですか!」

 修の答えに笑っていた納屋の目に、テラスのあるコーヒー店が映った。

納屋「あっ、ダイヤさん!」

修「久石です!」

納屋「あっ、すみません。久石さん、あそこでコーヒー飲みながら質問してもいいですか?」

修「分かりました。コーヒーの代金は私どものほうで持ちますので……」

納屋「とんでもないですよ! お願いします!」

修「どっちなんですか」

納屋「お言葉に甘えます」

修「わかりました。それにしても納屋さん、何か調子がいい感じになってきましたね」

納屋「あ、そうですか?」

修「そうですよ。さっきまでは泣きっ面に太刀みたいな顔して……」

納屋「一刀両断!?」

修「プッ…………」

納屋「泣きっ面に太刀? 蜂ですよね?」

修「すみません、蜂です蜂。いや本当に表情も明るくなって……」

納屋「なんて言うんですかねぇ、今まで抱えていた疑問だとか質問が解決した時とはまた違った快感と言いますか、楽しさと言いますか、そういう感じでして」

修「あぁ、なるほど」

納屋「もちろん質問の内容が全く違うわけですけど、私の周りの人たちでは、先ほど久石さんが答えて下さったような答えは返ってこないんですよ。とにかく真面目で」

修「でも、この前にお話しを聞いた時の様子ですと、非常に親身になって……」

納屋「それはそうなんですけどね。もちろん、本当に親身になって考えてくれるので、嬉しいんですけど、久石さんのようなオバカな返答が聞き……」

修「オバカって言いました!?」

納屋「い、いえ! 言ってないですよ。トンチの効いた返答だなって……」

修「まぁ、本当にオバカな返しをしてるので構わないですけど……」

 コーヒー屋にたどり着いた二人は、質問のためには色々な物が見えたほうがいいと、テラスの席に座った。

店員「ご注文を伺います」

修「あっ、納屋さんお先にどうぞ」

納屋「ありがとうございます。えっとそれじゃ、三種のベリーキャラメルラテを一つください」

店員「かしこまりました」

納屋「じゃあ次どうぞラテさん」

修「久石です!」

納屋「あっ、すみません! どうぞ久石さん!」

修「オリジナルブレンドをください」

店員「かしこまりました。それでは少々お待ち下さい」

修「はい、ありがとうございます。いやー、それじゃあ納屋さん、続けましょうか?」

納屋「あっ、いいですか? あのー、ちょっと思い出した質問がありまして」

修「本当ですか! それは良かったです」

納屋「名言とか格言の質問なんですけど、どうにもしっくりこないものが多くて……」

修「しっくりこない?」

納屋「はい。何か言葉が足りないと言いますか、分かりづらい名言が多いと思うんですよ」

修「そう……ですかね? 足りませんか? 十分だと思うんですけどねぇ」

納屋「あと何か上から目線で決めつている気がして。昔から名言や格言に逆らいたい気持ちってものが少しありましてね」

修「納屋さんが? 意外ですね……」

納屋「ただ、どうしても言い返せないんですよ。それが悔しくて悔しくて……じゃあ今から言うのでお願いします。えー、この世は‥」

修「すみませんすみません! な、なんですか!?」

納屋「ですから、私が言い返したくても言い返せない名言を言うので、私の代わりに言い返してほしいんですよ。えー、この世は絶え‥」

修「ちょ、ちょっと待ってください! これもさっきのように何でも……」

納屋「はい。言い返して、気持ち的に勝っていればオッケーです」

 唐突に始まった言い返し問答。その問答にプロアマがあるかは定かでないが、素人の俺にそんなことが可能なのかと、修は緊張しながら一つ目の名言を待った。

納屋「では。えー『この世は絶え間ないシーソーだ』です。どうぞ久石さん」

修「この世は絶え間ないシーソーだ……まぁ向こうにすべり台もありますけどね」

納屋「な、なんですか?」

修「それあれですよね、モンテーニュでしたっけ?」

納屋「そうです、モンテーニュの言葉です」

修「いやなんかね、知った口きいてますけど……」

 修は半笑いのまま、この感じで最後まで押し通すと心に誓っていた。

修「この世は絶え間ないシーソーだ、ってシーソーの上にずっといるんですもん、モンテーニュは」

納屋「あっ、そういうことですか」

修「そうですよ。だからあのー、シーソーから降りれば済むことなんですよ。向こうにはすべり台があるんですよ。なんならジャングルジムあるしブランコもあるんですよ。通りの向かいには牛丼屋もありますしね?」

納屋「い、いや牛丼屋は‥」

修「その横のテナントビルの一階には飯館いいだて不動産が入ってますし、二階には飯館歯科医院も入ってるんですよ? 三階にはビバ・フラダンス教室が入ってて」

納屋「なんでフラダンスなのにビバなんですか?」

修「それは皆が言ってるんですけど、まぁ教室の先生は『気持ちはビバなんだ』の一点張りですからね? ……なんの話でしたっけ?」

納屋「いや、シーソー……」

修「あぁ、そうでした。つまり、この世は絶え間ないシーソーだ、なんて言ってねぇで家に帰って塾に行く支度しろってことですよ」

納屋「子供だったんですか!?」

修「子供です子供。んなこと言ってる内は、シーソーから降りられない内は子供ですよ」

納屋「あぁ……あのニーチェの言葉に『忘却は、より良き前進を生む』というのがありますけど、あれは?」

修「まぁ忘却は、より良き前進を生む、って言ってることも忘れてますからね」

納屋「いや、あの……」

 納屋は笑うのをこらえながら、半笑いの修に何か言おうとするが、修は間に入る隙間を納屋に与えなかった。

修「だからもう、同じ轍を踏んでばっかりですからね。傾向と対策も忘却の彼方へですから、そりゃ義理のお姉さんにも小言の一つや二つもらいますよ」

納屋「どういうシチュエーションなんですか!?」

修「婿入して番頭をやってるわけですから、忘却がどうのこうの言ってる場合じゃないんですよ、ニーチェも。はい次!」

納屋「え、えーっと、アインシュタインが『先のことは考えたことがない、すぐに来てしまうから』と言ったんですけど……」

修「なるほど『先のことは考えたことがない、すぐに来てしまうから』ですか。でも三十分の遅刻だぞ、ってことですよ」

納屋「アインシュタインが遅刻をした……」

修「そうですよ。10時だって言ってんのにシラーっと30分の遅刻ですよ。それで来るなり謝るわけでもなく『先のことは考えたことがない、すぐに来てしまうから』とこうですよ。だから私は言いましたよ『すぐ来てないじゃん!』って」

 納屋は頭の中でアインシュタインと修のやり取りを想像し、笑うだけだった。

修「そうしたら『すぐ来るのは先なんであって、僕じゃない』って言い出して。いやそんなの関係ねぇよ時間守れよって言ったらですよ、『来る途中、重力で空間が歪んでて』なんてぬかしやがりまして。一般相対性理論なんてクソくらえって言ってやりましたよ!」

納屋「で、でも、そんなこと言ったら流石にアインシュタインも怒るんじゃないんですか?」

修「いや、そう言ったら何かテヘペロみたいな顔して……」

納屋「えっ!」

修「あの写真は怒ってる私に見せたテヘペロの顔ですから。あの写真も私が撮った、あの……」

 あまりにバカバカしい自分の話に、修自身も絶え切れず、うつむき肩を揺らし始める。その時だった。

店員「コーヒーをお持ちいたしました」

修「あっ、ありがとうごさいます」

納屋「ありがとうございます」

店員「ご注文は以上ですね」

修「はい、そうです」

店員「あの、私も名言のやついいですか?」

修「えっ? あ、はい、どうぞ……」

店員「芥川龍之介が『文を作るのに欠かせないものは、何よりも創作的情熱である』と言ったらしいんですけど……」

修「あっ『お前に言われなくても知ってるよ』とお伝え願いますか?」

 修の乱暴な返しに店員は思わず笑った。だが、納屋は笑いを何とか我慢しながら言った。

納屋「ひ、久石さん、誰かにぶっ飛ばされますよ?」

修「ニーチェの言葉に『忘却は、より良き前進を生む』というのがありまして……」

 納屋からの依頼内容が変わってきてしまった頃、渡は「片付けたい女」を、ようやく豪邸に連れてきたところだった。
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※ 必ずお読みください ※ この作品は、フリー台本としてご利用いただけます。 会話形式で一人語りの構成となっております。 ストーリーの内容、使用している文言は全年齢対応になっている筈です。 もしお気に召しましたら、ボイス作品などに採用してくだされば幸いです。 ご利用の際は、コメントなど残して頂けますと、私が喜びます。ついでにエールなど入れて下さいますと、私が潤います。 ※ ご利用時の用法・用量 ※ 語尾変換、方言化などのアドリブはご自由にどうぞ。 セリフの並べ換え、結末の変更など、ストーリーの構成に関わる改変はご遠慮下さい。 一応れっきとしたオリジナル作品ですが、ネタ自体は定番なので、カブってる何かが既にあるかもしれません。文章作品の投稿は初めてなので、何か失礼がございましたら申し訳ありません。ご容赦下さい。 投稿のタイミングが季節外れですみません_:(´ཀ`」 ∠): ……イケカテゲフンゲフン

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
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政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

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