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第七章:夏と合宿とワサビと雨と
ジャンプ・イン・骨休め
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渡「あの米田さん、申し訳ないんですが、先に戻っててもらえませんか? 僕たちもすぐに戻るので……」
修「あ、わかりました。では車で待機しています」
渡「米田さんに言ってんだよ! すみません米田さん、それじゃ……」
米田「かしこまりました。それでは車でお待ちしております」
渡「どうもすみません」
二人は互いに頭を下げると、米田は車へ、渡は修のもとへ歩いて行った。また、渡に合わせて知哉と重も修のもとへと近づいった。
渡「……………こんなことあってたまるか」
修「いやホントにそう」
渡「なんで被害者ぶってんだよ!」
修「バカ、俺だって知らなかったんだよ! 汚苦多魔だって知ってたら選ばねぇよ!」
重「決めた本人がなんで知らないんだよ! だいたい、どうやってここに決めたの?!」
重の質問に修の勢いは減衰していった。
修「探したっつーか…… まぁその、自分でいろいろ探したんだけどさ、なかなか良い‥」
知哉「長い話が何なんだよ」
修「伯父さんに聞いたんだよ……」
重「伯父さんて不動産やってるあの伯父さん?」
修「そう」
重「ウチがいま使ってるあの事務所と工場を紹介してくれたあの伯父さん?」
修「だからそうだよ!」
渡「なるほどね…… 帰ったら伯父さんと三者面談だな」
修「なんでだ?」
渡「いわくつき物件といい、汚苦多魔村といい、ろくなもの紹介してないだろ!」
知哉「トンネル……」
修「あ?」
知哉「トンネルだよ! 汚苦多魔村なんつーおっかねぇ名前のとこなんだ、トンネルでスッと眠気にやられたのも何か関係があるだろ!」
重「こうなったら妖怪の仕業ってことも考えられるよ?」
修「……俺が言うのもなんだけどさ、妖怪な訳ねぇだろバカ!」
重「何だコノ! 椎名さん! こいつに何か言ってやってくださいよ!」
重は振り返って椎名の姿を確認すると、後ろの三人に言った。
重「ちょっとみんな、あれ見てみ?」
重の言葉に三人が視線をやると、うつむいてスマートホンをいじっている椎名の姿あった。
修「こんな状況でスマホなんかいじってんじゃねぇよピエロ!」
修の大声に驚いた椎名は、危うくスマートホンを落とすところだった。
椎名「ちょ、ちょっと! 驚かさないでよ!」
渡「『驚かさないでよ』じゃないんですよ。こんな時にスマホなんかいじって」
椎名「いや、あれだよ? 汚苦多魔村について調べてたんだよ?」
あぁ、スマホで調べればいいのかと、知哉は検索結果を椎名に聞いた。
知哉「それで、なんて書いてありました?」
椎名「それがねぇ……」
椎名はスマートフォンの画面が四人に見えるように向けてみせた。
椎名「ネットに繋がらないし、電池切れちゃった」
知哉「……役に立たないなぁ」
椎名「ホントだよねぇー」
知哉「椎名さんに言ってんですよ!」
椎名「あ、そうなの? ごめんごめん、あははは」
陽気に笑い出す椎名。しかし、四人の冷ややかな視線に気が付くと、椎名はすぐに話を変えた。
椎名「それで、どうするの?」
修「どうするも何も、普通にこのまま汚苦多魔村に行って合宿しますよ」
知哉「ホントかよ?」
修「いわくつきだ何だ言って、結局工場から出てきたのはこの脱サラピエロさんだったんだから、汚苦多魔村だって椎名さんレベルで終わるって」
椎名「椎名さんレベル……」
修「だからまぁ、車に戻ったらさ、米田さんにいろいろ聞いてみっから。それでいいだろ?」
渡「そうするしかないか……」
重「ここまで来ちゃってるしね」
修「じゃ、米田さん待たせてんだから、車に戻ろうぜ?」
知哉「そうだな」
せっかくの景色を楽しむこともできずに何でも屋達は車へと戻っていった。
修「あ、どうもお待たせしてしまって……」
車の外で待っていた米田は、修の声にすぐに反応した。
米田「いえいえ、お気になさらないでください。では、どうぞお車へ」
促された何でも屋達は、米田に気を使いながら車に乗り込んでいった。米田は全員が乗車したことを確認すると、細かな確認作業をしてから車に乗りこんだ。
米田「それでは出発いたしますが、よろしいでしょうか?」
修「はい、大丈夫です」
米田「かしこまりました。後ほどまたお知らせいたしますが、汚苦多魔村に続く道が大変な悪路なのでご了承下さい。では出発いたします」
米田は再び滑らかに車を発進させた。それからは先ほどと同じように心地よい運転が続き、美しい景色が車窓を流れていった。このままではまた睡魔に襲われてしまうと、修は米田に質問をぶつけてみた。
修「あの米田さん、質問いいですか?」
米田「はい、もちろん」
修「汚苦多魔村ってすごい字ですけど、理由といいますか、由来ってどんなものなんですか?」
眠気覚ましにもなるのではないかと、修は一つ目の質問をそれに決めたのだった。
米田「村の名前についてはよく聞かれます。良い意味で使われない漢字がほとんどですからね」
修「えぇ、それがちょっと気になって……」
米田「なぜ、汚苦多魔という名前になったのか? それを説明するには戦国時代まで時を遡らなければなりません」
修「戦国時代ですか!? 随分と歴史のある村なんですね」
米田「えぇ。その当時、汚苦多魔村は『おくのたま村』と言いまして、『おく』は数字の桁の億、『の』は乃木坂の乃、『たま』は宝玉の玉と書いて億乃玉村と呼んでいました。美しい風景が広がり、銘水や質の良い温泉、大地は肥え、村はその名の通り宝であふれていました」
修「真逆のイメージですね……」
米田「そんな村の噂がある人物の耳に届きました。その人物の名は剃刀切左ェ悶。村の近く一帯を治めていたお殿さまです。戦が続き、切左ェ悶を始め、家臣や兵たちも疲れ切っていた所へ村の噂。それではと億乃玉村に骨休めにいらっしゃいました」
修「あぁ、それで旅館の名前が『骨休め』なんですね?」
米田「えぇ。そして村にやってきた切左ェ悶は『噂通りの素晴らしい村である』と感動されたようで、家来の方たちと疲れを癒しました。そして村を去る当日、村人総出の見送りを前に、切左ェ悶はおっしゃいました」
何でも屋達の頭の中には、それぞれが想像する切左ェ悶の凛とした姿があった。
米田「この村は本当に宝で溢れていた。景色も湯も水も素晴らしかった。しかし、この村の一番の宝はそなたたち村の民である。私の理想とする平和な生活がここにはあり、それを作り上げ支えている勤勉な皆の衆こそが宝なのだ。刀や大義ばかりを振り回す侍などはいらぬのかもしれんな……」
半分だけ切左ェ悶になりきって話し続ける米田。
米田「何が起こるかわからぬ戦乱の世。この村の存在が知れ渡ってしまえば、我が物にしようと下劣な者どもが来るやもしれん。我らがここに残って守ろうにも余計に目を引く。そこで考えがある」
米田は八割がた切左ェ悶になっていた。
米田「億乃玉村という村の名を汚苦多魔村とするのじゃ。さらに、幽霊や魑魅魍魎の類の話をでっちあげ、人の寄り付かない村にすればよい。さすれば、乱世を乗り越えることもできよう。天下が統一され世が治まった暁には、再び億乃玉村と名乗ればよい。その頃には、私のこの案も客寄せの話にできるであろう……」
すでに切左ェ悶、いや、剃刀切左ェ悶様になっていた米田は、切左ェ悶がそうしたように、微笑みをこぼしていた。
椎名「切左ェ悶様……」
感動した椎名は様付けで呼び、重にいたっては、
重「切様……」
このとおりである。
米田「それから数年後、十三歳の初陣から人々の平和のために戦い続けた切左ェ悶は、その人生に幕を下ろしました。切左ェ悶、二十五歳の時でございました」
重「若い! 若すぎるよ……」
修「俺達よりも年下かぁ……」
修は腕を組み目を閉じる。
知哉「そこらのバカに聞かしてやりたいぜ。小うるせぇ音出して走ってるバカとかよ」
修「ペケペケ音出してツースト乗ってるお前が言うの?」
知哉「私は違法改造してません! 真面目なライ‥」
渡「それにしても、なんで汚苦多魔のままなんですか? もう億乃玉村に戻してもいいんじゃないんですか?」
米田「それがですね、汚苦多魔村と改名してから、旱や不作、流行り病などが一切なくなったそうで」
渡「本当ですか!? それはすごい……」
米田「剃刀家は戦乱の波にのまれ消えてしまいましたが、切左ェ悶様や兵たちがこの村をお守りしてくださっているのでは、そう考えた村の人たちは碑を村に建て、守り神として祀り、村の名を正式に汚苦多魔村にしたのです」
修「いやぁ、切左ェ悶さんにはもうアレです、感服の至りですよ。すごい話ですねホント」
椎名「もう、日本昔話みたいだもんね? まぁ昔話なんだけどさ」
修「感動しましたよ」
修が遠い目をしていると、渡が後ろからツンツンと指で突いた。
渡「ちょっと……」
小声で話しかける渡。
修「なに?」
渡「ついでにトンネルの事も聞いちゃいなさいよ」
修「この余韻の中を!? 聞く? トンネルの事を?」
渡は黙ったまま一度だけ頷くと体勢を戻した。修は嫌々ながらも米田に話しかけた。
修「……あの米田さん?」
米田「はい、なんでしょう?」
修「あのーですね、トンネルの話なんですけど、急にその、睡魔に襲われて寝てしまったんですけど…… 理由といいますか何かご存知でしょうか?」
米田「申しあげにくいのですが……」
米田は苦い顔をした。
米田「それは私のせいだと思います……」
渡「えっ? 米田さんのせい?」
意外な返答に渡が声を出してしまった。
米田「はい。実は私、子供のころから車が大好きでして。特に車の運転に憧れていました。幼い頃から頭の中でイメージをしては、ミニカーやゲームなどで遊んでいました」
修「はぁ……」
米田「それは小学一年生の時でした。テレビの職業特集で運転手をやっていましてね? もう一目惚れです。清潔感のある制服、格好いい帽子、純白の手袋、宝石のように光り輝く車……」
米田は切左ェ悶のときと同じ力の入れ具合だった。
米田「私の車好きに拍車がかかり、十八歳で免許を取得し、二十二歳で二種を取得して以来、運転技術を磨き続けました。その結果……」
渡「その結果?」
米田「あまりに乗り心地が良くて、乗せるお客様のほとんどが寝てしまうのです。旅館の番頭さんには『家の布団より良く寝られるよ』なんて言われてしまいまして……」
修「そうだったんですか…」
米田「ここだけのお話ですが、某有名政治家の方がおいでになるときは必ず私が運転手を務めるんです。その政治家の方はずっと自慢話をされるので、到着までは寝てもらおうという事で」
修「あぁ、なるほど」
米田「ですが……」
米田は言いかけたまま静かに車を止めた。辺りはと木が生い茂り暗かった。
米田「南側から村を目指す皆様は、これ以降、眠ることはございません……」
修「ど、どういう意味ですか?」
急な展開に緊張が走る何でも屋一同。
米田「先ほど皆さんにお伝えした悪路、それがここから始まるからです」
修「あ、そういうことですか」
米田「皆様、今一度シートベルトを確認してください。そうしましたら、しっかりと掴まり、慌てず、喋らずを心がけてください。さすがの私も、この道を滑らかに走る事はできませんので…… それでは準備はよろしいでしょうか?」
何が何だかわからない一同だったが、米田に言われた通りにするつもりでいた。
修「全員大丈夫みたいです」
米田「わかりました。それでは行きます」
真剣な面持ちの米田が車を発進させると、未舗装の道はさっそく車を揺らしはじめた。
知哉「うおっ!」
慎重に進んでいく車であったが、小さなくぼみや石のせいで時折ガタンと車体は跳ねる。
重「ぐっ!」
進めば進むほど道の状況は悪くなる一方で、それに比例して車の揺れもひどくなっていった。
椎名「おっと! ぐぇっ! すごいっ!」
揺れに耐えきれず椎名が一人騒いでいると、車はヘアピンカーブに入り、するどく左に曲がった。
椎名「イタッ!」
椎名は遠心力で右側に押しやられる。
米田「皆様! これからが一番の悪路になりますので、先ほど言ったことを守ってくださいぃ! それに加えっ!」
揺れのため米田もまともには喋ることができない。
米田「外の景色はご覧にならないようにお願いしますっ!」
何でも屋達は言われた通りにしっかり掴まり、舌をかまないよう喋らず、パニックを起こさないように心掛けた。しかし、外の景色を見るなと言われたら何となく見てしまう。
修「……」
知哉「……」
重「……」
左方向への急カーブ。しかし、左側の座席に座っていた三人は声を上げることはなかった。景色に目をやっても先ほどと同じく生い茂る木々が続くだけ、騒ぐことのほどでもない。しかし、右側に座っていた二人は違った。
渡「ギャーッ!」
椎名「ザァーッ!」
叫び声をあげる二人に驚く三人。
修「ど、どうしたんだよ!?」
渡「な、な、なにも無かったんだよ! 崖なのに、木も柵も何も無かったんだよ! 崖なのに! 崖なのに!」
椎名「下に…… 下に、下に!」
修「なんですか!? 大名行列ですか!?」
椎名「違うよ! 崖下に朽ちた車が数台……」
知哉「えぇっ!?」
知哉が驚くと同時に右へ曲がる車。当然、三人は遠心力で左側に押し付けられる。そうなれば目線は自然と外の景色にいってしまう。
修「ピャーッ!」
知哉「ツェーッ!」
重「ヌゥーッ!」
想像を絶する光景に悲鳴を上げる三人。
知哉「いつの間にこんな高いとこまで登ってきたんだ!?」
修「ギリだよギリ! 車幅いっぱいだったぞ!」
重「米田さん! あとどれくらいで着くんですか?!」
米田「もうしばらくのご辛抱ですっ!」
集中力を切らさずに悪路を乗り越えていく米田の声。何でも屋五人は揺れと恐怖の景色に歯を食いしばった。l
米田「ん? よし、見えたぞ! 皆さん! 衝撃に備えてください! 少し飛びます!」
米田の訳の分からない言葉に一同はポカンッとしつつも、各々衝撃に備えた。すると次の瞬間、激しく音を出して揺れていた車は静かになった。車は悪路の段差によって跳躍し、宙に浮いていたのだ。
そして宙に浮いている車を「スローモーション」の時が包んだ。
修「ぐっ……」
重「ひゃっ……」
知哉「うぇっ……」
左側の三人は声を漏らして、
渡「……………」
渡は声を出せず、
椎名「うぽっ……」
椎名に至っては口から魂が半分出ていた。
米田「………着地します!」
その声と共にスローモーションは切れ、車は舗装された道に着地した。車はタイヤを鳴らし横に滑っていきながらなんとか止まった。
米田「……ふぅ、皆様、お怪我はございませんか?」
米田は平然として聞いた。が、放心状態の何でも屋たちが言葉を返せるわけも無く、修がかろうじて頷いたのが精一杯だった。
米田「わかりました。それでは……」
何事も無かったかのように米田は車を発進させ、目の前にある駐車場へと入っていった。
そこそこ広い駐車場には、十数台の車が駐車されており、ほとんどが四駆の車だった。どの車も泥でひどく汚れていた。
米田「ここも駐車場なのですが、住民の皆様の専用でして……」
聞かれてもいないことを話しながら、米田は路面に書かれた矢印に従って場内を進んでいく。
米田「駐車場の奥が当旅館専用の駐車スペースとなっているんです」
米田の言う通り、駐車場の奥に『骨休め専用』と書かれた看板と駐車スペースがあった。米田はその駐車スペースの一番手前に車を静かに停めた。
米田「皆様、大変お疲れ様でした。到着いたしました。只今、お荷物を運ぶためのカートを持ってきますので、準備のほうをよろしくお願いします」
米田は車のキーを修に返すと、車を降りて小走りで去っていった。
修「………おい、みんな大丈夫か?」
徐々に落ち着いてきた修はシートベルトを外して後部座席のほうへと振りむいた。
重「……まぁ、とりあえずは大丈夫かな」
重の声に合わせて渡と知哉は数度うなずいた。
修「そうか。椎名さんは大‥ 丈夫じゃねぇなアレは……」
修に見えたかどうかはわからないが、椎名の魂は口から半分以上出ていた。
椎名「うぽっ………」
何かしゃべったと思ったら『うぽっ』と謎の言葉。修は車を降りて後部座席のドアを開けた。
修「椎名さん! 大丈夫ですか!?」
うぽうぽ言ってろくな反応を示さない椎名。修は椎名の前に座っている渡に、中指をはじくジェスチャーをしてみせた。気付けにデコピンを一発お見舞いしてやれということらしい。
渡「……はいはい」
渡の強力なデコピンがうぽうぽピエロの額の中心をとらえた。
椎名「がはっ!」
額を押さえてうずくまる椎名。他の四人に見えたかはわからないが、半分出ていた椎名の魂はもとに戻っていった。
椎名「伏せて!」
正気に戻った椎名は額を押さえながら窓の外を警戒し始めた。
椎名「早く伏せて! スナイパーがいる!」
修「デコピンだよピエロ!」
椎名「えっ!? あ、あぁそうか…… びっくりした……」
重「大丈夫ですか?」
椎名を見て落ち着きを取り戻した重が話しかけた。
椎名「うん、ありがとう、もう大丈夫。それじゃ車降りて、磯部もち食べに行こうか……」
修「記憶! 記憶が飛んでますよ椎名さん!」
椎名「え? あっ、そうか、旅館についたんだよね? 思い出した思い出した」
おとぼけピエロを見ていた知哉は緊張がゆるみ笑い出した。
知哉「それじゃ、車降りて荷物出すか?」
修「そうだな」
修はトランクのほうへまわり、他の四人はゾロゾロと車から降りた。
重「うーん、肌寒いね」
知哉「夏っていってもやっぱり山だな」
知哉は長袖をもってきて正解だったと思いながら、修の手伝いを始めた。
椎名「いやー、それにしてもすごい道だったね」
渡「ホント、すごい道でしたね。ラリーで通るような道でしたもんね」
椎名「そうそう…… あっ、駐車場の裏は竹林なんだねぇ」
渡「竹の緑って良いですよねぇ、なんかこう、清涼感があるというか……」
呑気に話す二人に、修は嫌味ったらしく冗談を言った。
修「お二人さんはどこからいらしたんですかぁ?」
渡「千葉のほうから来たんですよ番頭さん」
修「誰が番頭さんだ!」
村に着くまでの事を忘れてしまったかのように、くだらないやり取りをする二人。
米田「お待たせいたしましたー!」
米田がバゲッジカートを押しながら戻ってきた。
米田「お待たせいたしました。それではお荷物をこちらに載せていただけますか?」
渡「わかりました。番頭さんお願いします」
修「はい、かしこまり! バカ! 番頭じゃねぇって言ってんだろ! もう自分の荷物は自分でやれ!」
修は持っていた渡の荷物を元の位置に戻すと、自分の荷物だけをカートに乗せた。
渡「一回持ったんなら載せてくれてもいいでしょうよ!」
知哉「いいから早く載せちゃえよ」
そういいながら知哉が自分の荷物をカートに載せると、他の三人も後に続いて荷物を載せた。米田は全員分の荷物が載せられたことを確認すると口開いた。
米田「それではご案内いたします」
荷物でずっしりと重くなったカートを慎重に押していく米田。その後を歩いていく何でも屋たち。
米田「出口を出ましてすぐ左手に当旅館がございます」
何でも屋たちが米田に言われて左のほうを見てみると、歴史を感じさせる旅館の一角が見えた。また出口右側には二階建ての建物が三軒続いており、手前から郵便局、土産物屋、工芸品店が入っていた。
知哉「おぉ、なんか味わいのある建物だな、あの二階建てのやつ」
修「あれは蔵…」
渡「蔵造りっていうんだよあれは」
修「なんで俺を遮って言ったんだよ?」
渡「え? ごめん、知ちゃんは俺に聞いてるのかなって思ったから」
修「いや別に構わないんだけどよ」
知哉「…んで? なんていうんだよ、あの建物は?」
修「今言ったろ!」
渡「今言ったろ!」
知哉「わりぃ、ちゃんと聞いてなくて……」
修「聞いてないって何だよ! 聞こえなかったんならまだしもよ!」
渡「ちゃんと聞いてなさいよ、自分で質問したんだから!」
知哉「わりぃわりぃ」
椎名「ちょっとみんな! どこ行くの!」
椎名の声に振り返る三人。言い争っている間に三人は旅館の入り口を通り過ぎていたのだ。
修「あ、通り過ぎてた」
米田「皆さん、こちらですよ!」
言われた三人は苦笑いのまま小走りをする。
修「どうもすみません……」
米田「いえいえ。それではこちらです」
何でも屋たちは米田の案内で旅館の中に入っていった。
渡「はぁー、これは立派な造りだ……」
藍染杉の床に和紙の壁紙、奥は全面ガラス張りで庭園が見え、まっすぐ伸びる竹や青々とした紅葉が光を浴びて涼やかな印象を与えていた。
重「これは綺麗だね……」
修「こんなとこだったのかぁ」
知哉「お前ホントに何も知らないまま決めたんだな」
修「申し訳ない」
米田「それでは久石様、お手続きを……」
修「あ、わかりました。おう、それじゃちょっと行ってくるからよ、バカみたいに口半開きにして待ってろ」
知哉「うっせぇよ」
冗談を言った修は米田の後についていき、他の四人はガラス張りから見える庭園のほうへ近づいていった。
重「うわぁ、きれいな庭。庭園って言うの? ホントにきれいだね」
椎名「季節ごとに映えるような植物が植えてあるんだねぇ。秋にはあの紅葉がきれいだろうね」
渡「そうでしょうね。あっ、鹿威しがあるじゃない」
知哉「コラコラ、呼び捨てにするんじゃないよ」
渡「は? 誰を?」
知哉「誰をって教授さんよ、鹿威しさんに決まってるだろ?」
渡「なんで鹿威しにさんを付けんの?」
知哉「鹿威しさんは鳥獣を追い払う、つまりはだ、鹿威しさんがいらっしゃれば、修学旅行の時、露天風呂でイノシシに追いかけられて、温泉街をパンツ一丁で逃げ回らなくても済んだんだよ俺は」
渡「……あったでしょ?」
知哉「はい?」
渡「露天風呂のところに鹿威しあったでしょ」
知哉「ないよ、ないない」
渡「あったよ! イノシシ騒動の後に風呂に入って、鹿威しがあるのに何でイノシシが出てきたんだ、って皆で笑いながら浸かってたじゃない」
知哉「………うーわ、そうだった、そうだった! 鹿威しの野郎、さん付けで呼ばせやがって!」
修「なーにバカ言ってんだ?」
手続きを終えた修が四人のところへとやってきていた。
修「米田さんが部屋まで案内してくれるってよ。行くぞ?」
そういって歩き出す修のあとに四人がついていくと、エレベーター前で米田が待っていた。
米田「お待たせいたしました。お部屋にご案内いたします」
計ったようなタイミングで米田の後ろのエレベーターの扉が開いた。米田は素早くカートを中に入れると、『開』ボタンを押し続けた。
米田「どうぞお入りください」
その声に何でも屋たちはエレベーターに乗り込んだ。
米田「皆様のお部屋は三階になります」
米田が話しながら『閉』ボタンを押すと、扉は閉まりエレベーターは上がっていった。そして十秒も経たないうちに三階に到着すると、扉は開いた。
米田「どうぞ、お先に」
修「扉押さえておくんで米田さん先に降りていいですよ」
重「はい、どうぞ」
米田「……それでは、失礼して」
米田はカートと一緒にエレベーターを降り、その後を何でも屋たちがぞろぞろと続いた。
米田「ありがとうございました」
修「いやぁ、困ったときはお互いさまですから」
米田「皆様のお部屋はこちらになります」
歩き出す米田の後についていく何でも屋たちは、途中で渡り廊下を渡った。米田の説明によれば、今いた受付のある建物が本館、渡り廊下の先の建物が新館という事だった。
米田「皆様」
米田はカートを通路脇に止めて、何でも屋たちのほうへ振り返った。
米田「本当にお疲れ様でございました。お部屋に到着いたしました」
渡「いえいえ、米田さんも運転お疲れ様でした」
米田「ありがとございます。それでは……」
米田は鍵を開けると、扉を開いてドアストッパーを設置した。
米田「お荷物をもって中にお入りください」
何でも屋たちは各々荷物を手にして部屋に入ると、靴を脱いで奥へと進んでいった。
重「いい部屋だねぇ」
修「おう、本当そうだな」
部屋は広い和室だった。畳はもちろんのこと、座椅子に座卓、湯呑茶碗などがのった盆に菓子入れなど、どれも和室らしかったが、床の間に生けられた花、壁に掛けられた絵画、窓際に置かれた籐製の椅子は旅館を感じさせた。しかしながら特筆すべきは窓からの眺めで、知哉は景色に見入っていた。
重「やっぱり懐中電灯が分かりやすいところに設置されてんのをみると、泊まりに来たって感じするよねぇ」
重にとっては懐中電灯が実感の湧くそれだった。
渡「他に実感の…… やっぱいいや、何でもない」
重「……?」
米田「それでは皆様……」
米田は和室の入り口付近で正座をした。
米田「暫くしましたら合宿所から教官の方がお見えになりますので、その際にはそちらにあります内線電話でお知らせいたします」
修「わかりました」
米田「鍵はこちらに置いておきます。それでは何かありましたら、内線電話から受付までお願いします。では、失礼します」
米田は一礼すると部屋を後にした。
修「はーあ……」
修は荷物を部屋の隅に置くと、畳の上にだらしなく寝ころんだ。渡と重も荷物を隅に置くと、座椅子に腰かけた。知哉は荷物を置いたものの、景色を見続け、椎名は置いた荷物の中をゴソゴソやっていた。
修「はぁ、なんか疲れたな……」
椎名「疲れたって、誰のせいだと思ってるの?」
修「うるせぇな、妖怪パーティーがどうのって喜んでたろ?」
重「今しゃべったのは椎名さんだよ」
修「えぇっ!?」
修は上半身を起こして驚いた。
椎名「そうだよ、僕だよ?」
修「なに珍しく文句言ってるんですか」
椎名は荷物を隅に移動させると座椅子に座った。
椎名「文句じゃないよ、けどすごい道のりだったじゃない」
修「でも椎名さんのご希望通り、楽しい思い出になったんじゃないんですか?」
修は少し嫌味ったらしく言った。
椎名「………えへへへ」
修「いや、楽しかったのかよ!」
椎名「今までの人生であんな体験したことないもの」
知哉「何を興奮してるんですか」
景色を見ていた知哉も座椅子に座った。
重「ほら修!」
修「ん、なんだ?」
重「お茶入れなさいよ、お茶」
修「なんで俺が‥」
椎名「楽しかったけど、死ぬ思いしたんだから、お茶くらい入れてもバチは当たらないよねぇー」
重「ねぇー」
二人は顔を見合わせ、首を傾けながら声を合わせた。
修「ったく、何が『ねぇー』なんだよ…… よいしょ」
修は座卓の上にあった電気ケトルを手に立ち上がると、水を入れに和室から出て行った。
修「おうっ!?」
壁の向こうから修の驚く声が聞こえた。何に驚いたのかと四人が考えていると、電気ケトルに加え、新たに1リットルのペットボトルを手にして修が戻ってきた。
修「おい、見てくれよコレ」
修はペットボトルと電気ケトルを座卓の上に置くと、元いた位置に座った。
渡「なにそのペットボトル?」
修「むこうの冷蔵庫にさ、ぜひ汚苦多魔村の銘水『水明』をお試しください、って書いてあったんだよ。で、冷蔵庫開けてみたらこれが入ってたんだよ」
渡「そういえば、米田さんが言ってたね、汚苦多魔村の水は銘水だって」
修「だからこれでお茶入れようぜ?」
修は『水明』を電気ケトルに入れると、コンセントを差し込み湯を沸かし始めた。
知哉「はいよ、湯呑茶碗」
気を利かせた知哉は重なっていた湯呑茶碗を一つ一つに分けていった。
修「おう、サンキュー。んで、お茶っ葉は……」
修が菓子入れを開けると、中には人数分の粉末スティックタイプのお茶が用意されていた。
修「あれ、このタイプ?」
すこしばかり気を落とした修だったが、湯呑茶碗の一つ一つに粉末の茶葉を入れていった。
修「……よし。おっ、さすが電気ケトル、沸くのが早いな!」
先ほど電源を入れた電気ケトルはすでに銘水を沸かし終えていた。
渡「最近のは結構早いよね」
修「だよな」
修は話を聞きながら電気ケトルの湯を湯呑茶碗に入れていった。
修「ほれ、お茶入ったぞ」
渡「はい、サンキュー」
椎名「ありがとう」
出された茶をズズっとやる二人。
渡「おっ! これ美味しいよ!」
重「うん、おいしい」
重は粉末スティックの包装を手に取った。
重「うーんとねぇ、村の銘水に合わせて作ったオリジナル商品って書いてあるよ」
修「あっ、そうだったの? 甘く見てたな……」
重は見ていた包装を手にしながら菓子入れを気にしていた。
知哉「なんだ? どうしたよ?」
重「菓子入れでしょそれ、他に何か入ってないの?」
修「あぁ、入ってたよ。えーっと、桑の実ゼリー? だってよ」
修は個別包装されたゼリーを全員に配った。
知哉「あれか、あのーほら、房総のさビワゼリーあんじゃん?」
修「あぁ、あれの桑の実バージョンって感じだな」
知哉「そうそう。でも桑の実懐かしいな」
渡「小学校の校庭にあったやつよく食べてたよね」
修「食ったなぁ。そうい‥」
重「うまいっ! 甘酸っぱくてうまいっ!」
修「もう食ってんのかよ?」
重「いいから早く食べてみなさいよ!」
重に言われて食べ始める四人。
渡「これも美味しいねぇ」
知哉「うわっ、うまっ」
修「バカみたいな感想だな」
知哉「なんだよ、じゃあ何て言うんだよ?」
修「くわっ、うまっ」
知哉「くだらねぇな、何がくわっなんだよ?」
二人がバカを言っていると、椎名の方向から『チュルンッ!』と大きな音が聞こえ、追いかけざまに椎名の『ウクッ!』という焦りと驚きに満ちた声が聞こえてきた。
当然、他の四人は椎名へと目をやった。すると、椎名は目を大きく見開き、カラになった桑の実ゼリーの容器を見つめていた。
知哉「………一応聞きますけど、どうしたんですか?」
椎名「い、いやぁ…… ちょっと強く容器を押しちゃって、そしたら勢いよくゼリーが出てきて、あとはチュルンッとお聞きの通り」
渡「なにがお聞きの通りなんですか! 少しずつ噛んでお食べ下さいって書いてあるんですから、気を付けてくださいよ」
椎名「申し訳ない……」
渡「というか、話変わるけど、このゼリーお土産にいいんじゃない? 汚苦多魔村オリジナル商品って書いてあるし……」
修「そうだな。後で売店で確認してみるか」
お茶とゼリー、そして美しい景色を楽しみながら休憩していると、部屋の電話が鳴り響いた。
重「おっ」
電話に一番近い重が受話器を取った。
重「はい、こちら若松何でも‥ あ、すみません、もしもし……」
日々の習慣だろうか、職業病だろうか、重は事務所での受け答えをしてしまった。他の四人はクスクスと笑い出す。
知哉「あのまま話してたら依頼を受けてたな」
修「割引クーポンはお持ちですかってな?」
重も自分のミスが可笑しかったが、電話をしているために必死でこらえた。
重「は、はい、わかりました。ありがとうございます。はーい、失礼します」
重は電話を切るや否や笑いながら言い返した。
重「うるさいんだよ横でクスクスと! こっちは毎日真面目に仕事をしてるからいつもの癖が出ちゃうんだよ!」
修は重に言い返そうとしたが、一人腹を抱えて笑い始めた。
重「なによ? そんなに笑うほど‥」
修「ち、違うんだよ。思い出し笑いだよ…… いや妹がさあ、玄関のチャイムが鳴って『はーい』って玄関まで行ったらよ?」
美穂『はい、もしもし久石です』
修「って言ったんだよ! 電話じゃねぇんだからよぉ?」
修の話に笑ってしまう四人。
修「はー、それで? 何の電話だったんだよ?」
重「あのね、合宿所の教官がもうすぐ来るから、新館一階の会議室4でお待ちくださいって」
椎名「えっ、それじゃ早く行かないと」
渡「そうですね、じゃ行きますか」
一同は部屋を後にすると、エレベーターに乗って一階の会議室に向かった。
修「あ、わかりました。では車で待機しています」
渡「米田さんに言ってんだよ! すみません米田さん、それじゃ……」
米田「かしこまりました。それでは車でお待ちしております」
渡「どうもすみません」
二人は互いに頭を下げると、米田は車へ、渡は修のもとへ歩いて行った。また、渡に合わせて知哉と重も修のもとへと近づいった。
渡「……………こんなことあってたまるか」
修「いやホントにそう」
渡「なんで被害者ぶってんだよ!」
修「バカ、俺だって知らなかったんだよ! 汚苦多魔だって知ってたら選ばねぇよ!」
重「決めた本人がなんで知らないんだよ! だいたい、どうやってここに決めたの?!」
重の質問に修の勢いは減衰していった。
修「探したっつーか…… まぁその、自分でいろいろ探したんだけどさ、なかなか良い‥」
知哉「長い話が何なんだよ」
修「伯父さんに聞いたんだよ……」
重「伯父さんて不動産やってるあの伯父さん?」
修「そう」
重「ウチがいま使ってるあの事務所と工場を紹介してくれたあの伯父さん?」
修「だからそうだよ!」
渡「なるほどね…… 帰ったら伯父さんと三者面談だな」
修「なんでだ?」
渡「いわくつき物件といい、汚苦多魔村といい、ろくなもの紹介してないだろ!」
知哉「トンネル……」
修「あ?」
知哉「トンネルだよ! 汚苦多魔村なんつーおっかねぇ名前のとこなんだ、トンネルでスッと眠気にやられたのも何か関係があるだろ!」
重「こうなったら妖怪の仕業ってことも考えられるよ?」
修「……俺が言うのもなんだけどさ、妖怪な訳ねぇだろバカ!」
重「何だコノ! 椎名さん! こいつに何か言ってやってくださいよ!」
重は振り返って椎名の姿を確認すると、後ろの三人に言った。
重「ちょっとみんな、あれ見てみ?」
重の言葉に三人が視線をやると、うつむいてスマートホンをいじっている椎名の姿あった。
修「こんな状況でスマホなんかいじってんじゃねぇよピエロ!」
修の大声に驚いた椎名は、危うくスマートホンを落とすところだった。
椎名「ちょ、ちょっと! 驚かさないでよ!」
渡「『驚かさないでよ』じゃないんですよ。こんな時にスマホなんかいじって」
椎名「いや、あれだよ? 汚苦多魔村について調べてたんだよ?」
あぁ、スマホで調べればいいのかと、知哉は検索結果を椎名に聞いた。
知哉「それで、なんて書いてありました?」
椎名「それがねぇ……」
椎名はスマートフォンの画面が四人に見えるように向けてみせた。
椎名「ネットに繋がらないし、電池切れちゃった」
知哉「……役に立たないなぁ」
椎名「ホントだよねぇー」
知哉「椎名さんに言ってんですよ!」
椎名「あ、そうなの? ごめんごめん、あははは」
陽気に笑い出す椎名。しかし、四人の冷ややかな視線に気が付くと、椎名はすぐに話を変えた。
椎名「それで、どうするの?」
修「どうするも何も、普通にこのまま汚苦多魔村に行って合宿しますよ」
知哉「ホントかよ?」
修「いわくつきだ何だ言って、結局工場から出てきたのはこの脱サラピエロさんだったんだから、汚苦多魔村だって椎名さんレベルで終わるって」
椎名「椎名さんレベル……」
修「だからまぁ、車に戻ったらさ、米田さんにいろいろ聞いてみっから。それでいいだろ?」
渡「そうするしかないか……」
重「ここまで来ちゃってるしね」
修「じゃ、米田さん待たせてんだから、車に戻ろうぜ?」
知哉「そうだな」
せっかくの景色を楽しむこともできずに何でも屋達は車へと戻っていった。
修「あ、どうもお待たせしてしまって……」
車の外で待っていた米田は、修の声にすぐに反応した。
米田「いえいえ、お気になさらないでください。では、どうぞお車へ」
促された何でも屋達は、米田に気を使いながら車に乗り込んでいった。米田は全員が乗車したことを確認すると、細かな確認作業をしてから車に乗りこんだ。
米田「それでは出発いたしますが、よろしいでしょうか?」
修「はい、大丈夫です」
米田「かしこまりました。後ほどまたお知らせいたしますが、汚苦多魔村に続く道が大変な悪路なのでご了承下さい。では出発いたします」
米田は再び滑らかに車を発進させた。それからは先ほどと同じように心地よい運転が続き、美しい景色が車窓を流れていった。このままではまた睡魔に襲われてしまうと、修は米田に質問をぶつけてみた。
修「あの米田さん、質問いいですか?」
米田「はい、もちろん」
修「汚苦多魔村ってすごい字ですけど、理由といいますか、由来ってどんなものなんですか?」
眠気覚ましにもなるのではないかと、修は一つ目の質問をそれに決めたのだった。
米田「村の名前についてはよく聞かれます。良い意味で使われない漢字がほとんどですからね」
修「えぇ、それがちょっと気になって……」
米田「なぜ、汚苦多魔という名前になったのか? それを説明するには戦国時代まで時を遡らなければなりません」
修「戦国時代ですか!? 随分と歴史のある村なんですね」
米田「えぇ。その当時、汚苦多魔村は『おくのたま村』と言いまして、『おく』は数字の桁の億、『の』は乃木坂の乃、『たま』は宝玉の玉と書いて億乃玉村と呼んでいました。美しい風景が広がり、銘水や質の良い温泉、大地は肥え、村はその名の通り宝であふれていました」
修「真逆のイメージですね……」
米田「そんな村の噂がある人物の耳に届きました。その人物の名は剃刀切左ェ悶。村の近く一帯を治めていたお殿さまです。戦が続き、切左ェ悶を始め、家臣や兵たちも疲れ切っていた所へ村の噂。それではと億乃玉村に骨休めにいらっしゃいました」
修「あぁ、それで旅館の名前が『骨休め』なんですね?」
米田「えぇ。そして村にやってきた切左ェ悶は『噂通りの素晴らしい村である』と感動されたようで、家来の方たちと疲れを癒しました。そして村を去る当日、村人総出の見送りを前に、切左ェ悶はおっしゃいました」
何でも屋達の頭の中には、それぞれが想像する切左ェ悶の凛とした姿があった。
米田「この村は本当に宝で溢れていた。景色も湯も水も素晴らしかった。しかし、この村の一番の宝はそなたたち村の民である。私の理想とする平和な生活がここにはあり、それを作り上げ支えている勤勉な皆の衆こそが宝なのだ。刀や大義ばかりを振り回す侍などはいらぬのかもしれんな……」
半分だけ切左ェ悶になりきって話し続ける米田。
米田「何が起こるかわからぬ戦乱の世。この村の存在が知れ渡ってしまえば、我が物にしようと下劣な者どもが来るやもしれん。我らがここに残って守ろうにも余計に目を引く。そこで考えがある」
米田は八割がた切左ェ悶になっていた。
米田「億乃玉村という村の名を汚苦多魔村とするのじゃ。さらに、幽霊や魑魅魍魎の類の話をでっちあげ、人の寄り付かない村にすればよい。さすれば、乱世を乗り越えることもできよう。天下が統一され世が治まった暁には、再び億乃玉村と名乗ればよい。その頃には、私のこの案も客寄せの話にできるであろう……」
すでに切左ェ悶、いや、剃刀切左ェ悶様になっていた米田は、切左ェ悶がそうしたように、微笑みをこぼしていた。
椎名「切左ェ悶様……」
感動した椎名は様付けで呼び、重にいたっては、
重「切様……」
このとおりである。
米田「それから数年後、十三歳の初陣から人々の平和のために戦い続けた切左ェ悶は、その人生に幕を下ろしました。切左ェ悶、二十五歳の時でございました」
重「若い! 若すぎるよ……」
修「俺達よりも年下かぁ……」
修は腕を組み目を閉じる。
知哉「そこらのバカに聞かしてやりたいぜ。小うるせぇ音出して走ってるバカとかよ」
修「ペケペケ音出してツースト乗ってるお前が言うの?」
知哉「私は違法改造してません! 真面目なライ‥」
渡「それにしても、なんで汚苦多魔のままなんですか? もう億乃玉村に戻してもいいんじゃないんですか?」
米田「それがですね、汚苦多魔村と改名してから、旱や不作、流行り病などが一切なくなったそうで」
渡「本当ですか!? それはすごい……」
米田「剃刀家は戦乱の波にのまれ消えてしまいましたが、切左ェ悶様や兵たちがこの村をお守りしてくださっているのでは、そう考えた村の人たちは碑を村に建て、守り神として祀り、村の名を正式に汚苦多魔村にしたのです」
修「いやぁ、切左ェ悶さんにはもうアレです、感服の至りですよ。すごい話ですねホント」
椎名「もう、日本昔話みたいだもんね? まぁ昔話なんだけどさ」
修「感動しましたよ」
修が遠い目をしていると、渡が後ろからツンツンと指で突いた。
渡「ちょっと……」
小声で話しかける渡。
修「なに?」
渡「ついでにトンネルの事も聞いちゃいなさいよ」
修「この余韻の中を!? 聞く? トンネルの事を?」
渡は黙ったまま一度だけ頷くと体勢を戻した。修は嫌々ながらも米田に話しかけた。
修「……あの米田さん?」
米田「はい、なんでしょう?」
修「あのーですね、トンネルの話なんですけど、急にその、睡魔に襲われて寝てしまったんですけど…… 理由といいますか何かご存知でしょうか?」
米田「申しあげにくいのですが……」
米田は苦い顔をした。
米田「それは私のせいだと思います……」
渡「えっ? 米田さんのせい?」
意外な返答に渡が声を出してしまった。
米田「はい。実は私、子供のころから車が大好きでして。特に車の運転に憧れていました。幼い頃から頭の中でイメージをしては、ミニカーやゲームなどで遊んでいました」
修「はぁ……」
米田「それは小学一年生の時でした。テレビの職業特集で運転手をやっていましてね? もう一目惚れです。清潔感のある制服、格好いい帽子、純白の手袋、宝石のように光り輝く車……」
米田は切左ェ悶のときと同じ力の入れ具合だった。
米田「私の車好きに拍車がかかり、十八歳で免許を取得し、二十二歳で二種を取得して以来、運転技術を磨き続けました。その結果……」
渡「その結果?」
米田「あまりに乗り心地が良くて、乗せるお客様のほとんどが寝てしまうのです。旅館の番頭さんには『家の布団より良く寝られるよ』なんて言われてしまいまして……」
修「そうだったんですか…」
米田「ここだけのお話ですが、某有名政治家の方がおいでになるときは必ず私が運転手を務めるんです。その政治家の方はずっと自慢話をされるので、到着までは寝てもらおうという事で」
修「あぁ、なるほど」
米田「ですが……」
米田は言いかけたまま静かに車を止めた。辺りはと木が生い茂り暗かった。
米田「南側から村を目指す皆様は、これ以降、眠ることはございません……」
修「ど、どういう意味ですか?」
急な展開に緊張が走る何でも屋一同。
米田「先ほど皆さんにお伝えした悪路、それがここから始まるからです」
修「あ、そういうことですか」
米田「皆様、今一度シートベルトを確認してください。そうしましたら、しっかりと掴まり、慌てず、喋らずを心がけてください。さすがの私も、この道を滑らかに走る事はできませんので…… それでは準備はよろしいでしょうか?」
何が何だかわからない一同だったが、米田に言われた通りにするつもりでいた。
修「全員大丈夫みたいです」
米田「わかりました。それでは行きます」
真剣な面持ちの米田が車を発進させると、未舗装の道はさっそく車を揺らしはじめた。
知哉「うおっ!」
慎重に進んでいく車であったが、小さなくぼみや石のせいで時折ガタンと車体は跳ねる。
重「ぐっ!」
進めば進むほど道の状況は悪くなる一方で、それに比例して車の揺れもひどくなっていった。
椎名「おっと! ぐぇっ! すごいっ!」
揺れに耐えきれず椎名が一人騒いでいると、車はヘアピンカーブに入り、するどく左に曲がった。
椎名「イタッ!」
椎名は遠心力で右側に押しやられる。
米田「皆様! これからが一番の悪路になりますので、先ほど言ったことを守ってくださいぃ! それに加えっ!」
揺れのため米田もまともには喋ることができない。
米田「外の景色はご覧にならないようにお願いしますっ!」
何でも屋達は言われた通りにしっかり掴まり、舌をかまないよう喋らず、パニックを起こさないように心掛けた。しかし、外の景色を見るなと言われたら何となく見てしまう。
修「……」
知哉「……」
重「……」
左方向への急カーブ。しかし、左側の座席に座っていた三人は声を上げることはなかった。景色に目をやっても先ほどと同じく生い茂る木々が続くだけ、騒ぐことのほどでもない。しかし、右側に座っていた二人は違った。
渡「ギャーッ!」
椎名「ザァーッ!」
叫び声をあげる二人に驚く三人。
修「ど、どうしたんだよ!?」
渡「な、な、なにも無かったんだよ! 崖なのに、木も柵も何も無かったんだよ! 崖なのに! 崖なのに!」
椎名「下に…… 下に、下に!」
修「なんですか!? 大名行列ですか!?」
椎名「違うよ! 崖下に朽ちた車が数台……」
知哉「えぇっ!?」
知哉が驚くと同時に右へ曲がる車。当然、三人は遠心力で左側に押し付けられる。そうなれば目線は自然と外の景色にいってしまう。
修「ピャーッ!」
知哉「ツェーッ!」
重「ヌゥーッ!」
想像を絶する光景に悲鳴を上げる三人。
知哉「いつの間にこんな高いとこまで登ってきたんだ!?」
修「ギリだよギリ! 車幅いっぱいだったぞ!」
重「米田さん! あとどれくらいで着くんですか?!」
米田「もうしばらくのご辛抱ですっ!」
集中力を切らさずに悪路を乗り越えていく米田の声。何でも屋五人は揺れと恐怖の景色に歯を食いしばった。l
米田「ん? よし、見えたぞ! 皆さん! 衝撃に備えてください! 少し飛びます!」
米田の訳の分からない言葉に一同はポカンッとしつつも、各々衝撃に備えた。すると次の瞬間、激しく音を出して揺れていた車は静かになった。車は悪路の段差によって跳躍し、宙に浮いていたのだ。
そして宙に浮いている車を「スローモーション」の時が包んだ。
修「ぐっ……」
重「ひゃっ……」
知哉「うぇっ……」
左側の三人は声を漏らして、
渡「……………」
渡は声を出せず、
椎名「うぽっ……」
椎名に至っては口から魂が半分出ていた。
米田「………着地します!」
その声と共にスローモーションは切れ、車は舗装された道に着地した。車はタイヤを鳴らし横に滑っていきながらなんとか止まった。
米田「……ふぅ、皆様、お怪我はございませんか?」
米田は平然として聞いた。が、放心状態の何でも屋たちが言葉を返せるわけも無く、修がかろうじて頷いたのが精一杯だった。
米田「わかりました。それでは……」
何事も無かったかのように米田は車を発進させ、目の前にある駐車場へと入っていった。
そこそこ広い駐車場には、十数台の車が駐車されており、ほとんどが四駆の車だった。どの車も泥でひどく汚れていた。
米田「ここも駐車場なのですが、住民の皆様の専用でして……」
聞かれてもいないことを話しながら、米田は路面に書かれた矢印に従って場内を進んでいく。
米田「駐車場の奥が当旅館専用の駐車スペースとなっているんです」
米田の言う通り、駐車場の奥に『骨休め専用』と書かれた看板と駐車スペースがあった。米田はその駐車スペースの一番手前に車を静かに停めた。
米田「皆様、大変お疲れ様でした。到着いたしました。只今、お荷物を運ぶためのカートを持ってきますので、準備のほうをよろしくお願いします」
米田は車のキーを修に返すと、車を降りて小走りで去っていった。
修「………おい、みんな大丈夫か?」
徐々に落ち着いてきた修はシートベルトを外して後部座席のほうへと振りむいた。
重「……まぁ、とりあえずは大丈夫かな」
重の声に合わせて渡と知哉は数度うなずいた。
修「そうか。椎名さんは大‥ 丈夫じゃねぇなアレは……」
修に見えたかどうかはわからないが、椎名の魂は口から半分以上出ていた。
椎名「うぽっ………」
何かしゃべったと思ったら『うぽっ』と謎の言葉。修は車を降りて後部座席のドアを開けた。
修「椎名さん! 大丈夫ですか!?」
うぽうぽ言ってろくな反応を示さない椎名。修は椎名の前に座っている渡に、中指をはじくジェスチャーをしてみせた。気付けにデコピンを一発お見舞いしてやれということらしい。
渡「……はいはい」
渡の強力なデコピンがうぽうぽピエロの額の中心をとらえた。
椎名「がはっ!」
額を押さえてうずくまる椎名。他の四人に見えたかはわからないが、半分出ていた椎名の魂はもとに戻っていった。
椎名「伏せて!」
正気に戻った椎名は額を押さえながら窓の外を警戒し始めた。
椎名「早く伏せて! スナイパーがいる!」
修「デコピンだよピエロ!」
椎名「えっ!? あ、あぁそうか…… びっくりした……」
重「大丈夫ですか?」
椎名を見て落ち着きを取り戻した重が話しかけた。
椎名「うん、ありがとう、もう大丈夫。それじゃ車降りて、磯部もち食べに行こうか……」
修「記憶! 記憶が飛んでますよ椎名さん!」
椎名「え? あっ、そうか、旅館についたんだよね? 思い出した思い出した」
おとぼけピエロを見ていた知哉は緊張がゆるみ笑い出した。
知哉「それじゃ、車降りて荷物出すか?」
修「そうだな」
修はトランクのほうへまわり、他の四人はゾロゾロと車から降りた。
重「うーん、肌寒いね」
知哉「夏っていってもやっぱり山だな」
知哉は長袖をもってきて正解だったと思いながら、修の手伝いを始めた。
椎名「いやー、それにしてもすごい道だったね」
渡「ホント、すごい道でしたね。ラリーで通るような道でしたもんね」
椎名「そうそう…… あっ、駐車場の裏は竹林なんだねぇ」
渡「竹の緑って良いですよねぇ、なんかこう、清涼感があるというか……」
呑気に話す二人に、修は嫌味ったらしく冗談を言った。
修「お二人さんはどこからいらしたんですかぁ?」
渡「千葉のほうから来たんですよ番頭さん」
修「誰が番頭さんだ!」
村に着くまでの事を忘れてしまったかのように、くだらないやり取りをする二人。
米田「お待たせいたしましたー!」
米田がバゲッジカートを押しながら戻ってきた。
米田「お待たせいたしました。それではお荷物をこちらに載せていただけますか?」
渡「わかりました。番頭さんお願いします」
修「はい、かしこまり! バカ! 番頭じゃねぇって言ってんだろ! もう自分の荷物は自分でやれ!」
修は持っていた渡の荷物を元の位置に戻すと、自分の荷物だけをカートに乗せた。
渡「一回持ったんなら載せてくれてもいいでしょうよ!」
知哉「いいから早く載せちゃえよ」
そういいながら知哉が自分の荷物をカートに載せると、他の三人も後に続いて荷物を載せた。米田は全員分の荷物が載せられたことを確認すると口開いた。
米田「それではご案内いたします」
荷物でずっしりと重くなったカートを慎重に押していく米田。その後を歩いていく何でも屋たち。
米田「出口を出ましてすぐ左手に当旅館がございます」
何でも屋たちが米田に言われて左のほうを見てみると、歴史を感じさせる旅館の一角が見えた。また出口右側には二階建ての建物が三軒続いており、手前から郵便局、土産物屋、工芸品店が入っていた。
知哉「おぉ、なんか味わいのある建物だな、あの二階建てのやつ」
修「あれは蔵…」
渡「蔵造りっていうんだよあれは」
修「なんで俺を遮って言ったんだよ?」
渡「え? ごめん、知ちゃんは俺に聞いてるのかなって思ったから」
修「いや別に構わないんだけどよ」
知哉「…んで? なんていうんだよ、あの建物は?」
修「今言ったろ!」
渡「今言ったろ!」
知哉「わりぃ、ちゃんと聞いてなくて……」
修「聞いてないって何だよ! 聞こえなかったんならまだしもよ!」
渡「ちゃんと聞いてなさいよ、自分で質問したんだから!」
知哉「わりぃわりぃ」
椎名「ちょっとみんな! どこ行くの!」
椎名の声に振り返る三人。言い争っている間に三人は旅館の入り口を通り過ぎていたのだ。
修「あ、通り過ぎてた」
米田「皆さん、こちらですよ!」
言われた三人は苦笑いのまま小走りをする。
修「どうもすみません……」
米田「いえいえ。それではこちらです」
何でも屋たちは米田の案内で旅館の中に入っていった。
渡「はぁー、これは立派な造りだ……」
藍染杉の床に和紙の壁紙、奥は全面ガラス張りで庭園が見え、まっすぐ伸びる竹や青々とした紅葉が光を浴びて涼やかな印象を与えていた。
重「これは綺麗だね……」
修「こんなとこだったのかぁ」
知哉「お前ホントに何も知らないまま決めたんだな」
修「申し訳ない」
米田「それでは久石様、お手続きを……」
修「あ、わかりました。おう、それじゃちょっと行ってくるからよ、バカみたいに口半開きにして待ってろ」
知哉「うっせぇよ」
冗談を言った修は米田の後についていき、他の四人はガラス張りから見える庭園のほうへ近づいていった。
重「うわぁ、きれいな庭。庭園って言うの? ホントにきれいだね」
椎名「季節ごとに映えるような植物が植えてあるんだねぇ。秋にはあの紅葉がきれいだろうね」
渡「そうでしょうね。あっ、鹿威しがあるじゃない」
知哉「コラコラ、呼び捨てにするんじゃないよ」
渡「は? 誰を?」
知哉「誰をって教授さんよ、鹿威しさんに決まってるだろ?」
渡「なんで鹿威しにさんを付けんの?」
知哉「鹿威しさんは鳥獣を追い払う、つまりはだ、鹿威しさんがいらっしゃれば、修学旅行の時、露天風呂でイノシシに追いかけられて、温泉街をパンツ一丁で逃げ回らなくても済んだんだよ俺は」
渡「……あったでしょ?」
知哉「はい?」
渡「露天風呂のところに鹿威しあったでしょ」
知哉「ないよ、ないない」
渡「あったよ! イノシシ騒動の後に風呂に入って、鹿威しがあるのに何でイノシシが出てきたんだ、って皆で笑いながら浸かってたじゃない」
知哉「………うーわ、そうだった、そうだった! 鹿威しの野郎、さん付けで呼ばせやがって!」
修「なーにバカ言ってんだ?」
手続きを終えた修が四人のところへとやってきていた。
修「米田さんが部屋まで案内してくれるってよ。行くぞ?」
そういって歩き出す修のあとに四人がついていくと、エレベーター前で米田が待っていた。
米田「お待たせいたしました。お部屋にご案内いたします」
計ったようなタイミングで米田の後ろのエレベーターの扉が開いた。米田は素早くカートを中に入れると、『開』ボタンを押し続けた。
米田「どうぞお入りください」
その声に何でも屋たちはエレベーターに乗り込んだ。
米田「皆様のお部屋は三階になります」
米田が話しながら『閉』ボタンを押すと、扉は閉まりエレベーターは上がっていった。そして十秒も経たないうちに三階に到着すると、扉は開いた。
米田「どうぞ、お先に」
修「扉押さえておくんで米田さん先に降りていいですよ」
重「はい、どうぞ」
米田「……それでは、失礼して」
米田はカートと一緒にエレベーターを降り、その後を何でも屋たちがぞろぞろと続いた。
米田「ありがとうございました」
修「いやぁ、困ったときはお互いさまですから」
米田「皆様のお部屋はこちらになります」
歩き出す米田の後についていく何でも屋たちは、途中で渡り廊下を渡った。米田の説明によれば、今いた受付のある建物が本館、渡り廊下の先の建物が新館という事だった。
米田「皆様」
米田はカートを通路脇に止めて、何でも屋たちのほうへ振り返った。
米田「本当にお疲れ様でございました。お部屋に到着いたしました」
渡「いえいえ、米田さんも運転お疲れ様でした」
米田「ありがとございます。それでは……」
米田は鍵を開けると、扉を開いてドアストッパーを設置した。
米田「お荷物をもって中にお入りください」
何でも屋たちは各々荷物を手にして部屋に入ると、靴を脱いで奥へと進んでいった。
重「いい部屋だねぇ」
修「おう、本当そうだな」
部屋は広い和室だった。畳はもちろんのこと、座椅子に座卓、湯呑茶碗などがのった盆に菓子入れなど、どれも和室らしかったが、床の間に生けられた花、壁に掛けられた絵画、窓際に置かれた籐製の椅子は旅館を感じさせた。しかしながら特筆すべきは窓からの眺めで、知哉は景色に見入っていた。
重「やっぱり懐中電灯が分かりやすいところに設置されてんのをみると、泊まりに来たって感じするよねぇ」
重にとっては懐中電灯が実感の湧くそれだった。
渡「他に実感の…… やっぱいいや、何でもない」
重「……?」
米田「それでは皆様……」
米田は和室の入り口付近で正座をした。
米田「暫くしましたら合宿所から教官の方がお見えになりますので、その際にはそちらにあります内線電話でお知らせいたします」
修「わかりました」
米田「鍵はこちらに置いておきます。それでは何かありましたら、内線電話から受付までお願いします。では、失礼します」
米田は一礼すると部屋を後にした。
修「はーあ……」
修は荷物を部屋の隅に置くと、畳の上にだらしなく寝ころんだ。渡と重も荷物を隅に置くと、座椅子に腰かけた。知哉は荷物を置いたものの、景色を見続け、椎名は置いた荷物の中をゴソゴソやっていた。
修「はぁ、なんか疲れたな……」
椎名「疲れたって、誰のせいだと思ってるの?」
修「うるせぇな、妖怪パーティーがどうのって喜んでたろ?」
重「今しゃべったのは椎名さんだよ」
修「えぇっ!?」
修は上半身を起こして驚いた。
椎名「そうだよ、僕だよ?」
修「なに珍しく文句言ってるんですか」
椎名は荷物を隅に移動させると座椅子に座った。
椎名「文句じゃないよ、けどすごい道のりだったじゃない」
修「でも椎名さんのご希望通り、楽しい思い出になったんじゃないんですか?」
修は少し嫌味ったらしく言った。
椎名「………えへへへ」
修「いや、楽しかったのかよ!」
椎名「今までの人生であんな体験したことないもの」
知哉「何を興奮してるんですか」
景色を見ていた知哉も座椅子に座った。
重「ほら修!」
修「ん、なんだ?」
重「お茶入れなさいよ、お茶」
修「なんで俺が‥」
椎名「楽しかったけど、死ぬ思いしたんだから、お茶くらい入れてもバチは当たらないよねぇー」
重「ねぇー」
二人は顔を見合わせ、首を傾けながら声を合わせた。
修「ったく、何が『ねぇー』なんだよ…… よいしょ」
修は座卓の上にあった電気ケトルを手に立ち上がると、水を入れに和室から出て行った。
修「おうっ!?」
壁の向こうから修の驚く声が聞こえた。何に驚いたのかと四人が考えていると、電気ケトルに加え、新たに1リットルのペットボトルを手にして修が戻ってきた。
修「おい、見てくれよコレ」
修はペットボトルと電気ケトルを座卓の上に置くと、元いた位置に座った。
渡「なにそのペットボトル?」
修「むこうの冷蔵庫にさ、ぜひ汚苦多魔村の銘水『水明』をお試しください、って書いてあったんだよ。で、冷蔵庫開けてみたらこれが入ってたんだよ」
渡「そういえば、米田さんが言ってたね、汚苦多魔村の水は銘水だって」
修「だからこれでお茶入れようぜ?」
修は『水明』を電気ケトルに入れると、コンセントを差し込み湯を沸かし始めた。
知哉「はいよ、湯呑茶碗」
気を利かせた知哉は重なっていた湯呑茶碗を一つ一つに分けていった。
修「おう、サンキュー。んで、お茶っ葉は……」
修が菓子入れを開けると、中には人数分の粉末スティックタイプのお茶が用意されていた。
修「あれ、このタイプ?」
すこしばかり気を落とした修だったが、湯呑茶碗の一つ一つに粉末の茶葉を入れていった。
修「……よし。おっ、さすが電気ケトル、沸くのが早いな!」
先ほど電源を入れた電気ケトルはすでに銘水を沸かし終えていた。
渡「最近のは結構早いよね」
修「だよな」
修は話を聞きながら電気ケトルの湯を湯呑茶碗に入れていった。
修「ほれ、お茶入ったぞ」
渡「はい、サンキュー」
椎名「ありがとう」
出された茶をズズっとやる二人。
渡「おっ! これ美味しいよ!」
重「うん、おいしい」
重は粉末スティックの包装を手に取った。
重「うーんとねぇ、村の銘水に合わせて作ったオリジナル商品って書いてあるよ」
修「あっ、そうだったの? 甘く見てたな……」
重は見ていた包装を手にしながら菓子入れを気にしていた。
知哉「なんだ? どうしたよ?」
重「菓子入れでしょそれ、他に何か入ってないの?」
修「あぁ、入ってたよ。えーっと、桑の実ゼリー? だってよ」
修は個別包装されたゼリーを全員に配った。
知哉「あれか、あのーほら、房総のさビワゼリーあんじゃん?」
修「あぁ、あれの桑の実バージョンって感じだな」
知哉「そうそう。でも桑の実懐かしいな」
渡「小学校の校庭にあったやつよく食べてたよね」
修「食ったなぁ。そうい‥」
重「うまいっ! 甘酸っぱくてうまいっ!」
修「もう食ってんのかよ?」
重「いいから早く食べてみなさいよ!」
重に言われて食べ始める四人。
渡「これも美味しいねぇ」
知哉「うわっ、うまっ」
修「バカみたいな感想だな」
知哉「なんだよ、じゃあ何て言うんだよ?」
修「くわっ、うまっ」
知哉「くだらねぇな、何がくわっなんだよ?」
二人がバカを言っていると、椎名の方向から『チュルンッ!』と大きな音が聞こえ、追いかけざまに椎名の『ウクッ!』という焦りと驚きに満ちた声が聞こえてきた。
当然、他の四人は椎名へと目をやった。すると、椎名は目を大きく見開き、カラになった桑の実ゼリーの容器を見つめていた。
知哉「………一応聞きますけど、どうしたんですか?」
椎名「い、いやぁ…… ちょっと強く容器を押しちゃって、そしたら勢いよくゼリーが出てきて、あとはチュルンッとお聞きの通り」
渡「なにがお聞きの通りなんですか! 少しずつ噛んでお食べ下さいって書いてあるんですから、気を付けてくださいよ」
椎名「申し訳ない……」
渡「というか、話変わるけど、このゼリーお土産にいいんじゃない? 汚苦多魔村オリジナル商品って書いてあるし……」
修「そうだな。後で売店で確認してみるか」
お茶とゼリー、そして美しい景色を楽しみながら休憩していると、部屋の電話が鳴り響いた。
重「おっ」
電話に一番近い重が受話器を取った。
重「はい、こちら若松何でも‥ あ、すみません、もしもし……」
日々の習慣だろうか、職業病だろうか、重は事務所での受け答えをしてしまった。他の四人はクスクスと笑い出す。
知哉「あのまま話してたら依頼を受けてたな」
修「割引クーポンはお持ちですかってな?」
重も自分のミスが可笑しかったが、電話をしているために必死でこらえた。
重「は、はい、わかりました。ありがとうございます。はーい、失礼します」
重は電話を切るや否や笑いながら言い返した。
重「うるさいんだよ横でクスクスと! こっちは毎日真面目に仕事をしてるからいつもの癖が出ちゃうんだよ!」
修は重に言い返そうとしたが、一人腹を抱えて笑い始めた。
重「なによ? そんなに笑うほど‥」
修「ち、違うんだよ。思い出し笑いだよ…… いや妹がさあ、玄関のチャイムが鳴って『はーい』って玄関まで行ったらよ?」
美穂『はい、もしもし久石です』
修「って言ったんだよ! 電話じゃねぇんだからよぉ?」
修の話に笑ってしまう四人。
修「はー、それで? 何の電話だったんだよ?」
重「あのね、合宿所の教官がもうすぐ来るから、新館一階の会議室4でお待ちくださいって」
椎名「えっ、それじゃ早く行かないと」
渡「そうですね、じゃ行きますか」
一同は部屋を後にすると、エレベーターに乗って一階の会議室に向かった。
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